オグリローマン

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オグリローマン
品種 サラブレッド
性別
毛色 芦毛
生誕 1991年5月20日
死没 2015年3月3日(24歳没)
ブレイヴェストローマン
ホワイトナルビー
生国 日本の旗 日本北海道三石町
生産者 稲葉牧場
馬主 小栗孝一
調教師 鷲見昌勇笠松
瀬戸口勉栗東
厩務員 ?
→竹邑行生
競走成績
生涯成績 15戦7勝
獲得賞金 1億4772万3000円
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オグリローマンとは日本競走馬繁殖牝馬である。おもな勝鞍は桜花賞半兄オグリキャップ(父ダンシングキャップ)がいる。兄と同じく笠松競馬場でデビューし7戦6勝の好成績を残し(主戦騎手は兄と同じく安藤勝己)、中央競馬への移籍後に兄の成し得なかったクラシック制覇を果たしている。

戦績

笠松競馬所属時代

1993年岐阜県笠松競馬場の鷲見昌勇厩舎に入厩。7月28日に初戦(ダート800m)を迎え、6馬身差で圧勝。その後、1勝を挟み、秋風ジュニア(8月25日:ダート1400m)でマルカショウグンの2着に敗れた。しかし次走ジュニアクラウン(9月29日:ダート1400m)でマルカショウグンに雪辱した。その後も連勝を重ね、12月29日ジュニアグランプリ(ダート1600m)まで白星を重ね、地方通算7戦6勝の成績を挙げ、中央入りした。

中央競馬移籍後

1994年中央競馬栗東トレーニングセンター瀬戸口勉厩舎に転厩。中央競馬初戦は2月19日エルフィンステークス。兄の影響+武豊とコンビを組むという話題性もあり1番人気に推されるも、初めての芝コースということも影響したのか殿負けに終わった。中央転厩2戦目は桜花賞トライアルチューリップ賞に出走。主戦の武豊が中山遠征のため、田原成貴(前走エルフィンステークス1着、桜花賞1番人気3着のローブモンタントの主戦騎手)とコンビを組み、アグネスパレードの2着に敗れはしたものの陣営にとっては手ごたえをつかむことができたレースとなった。

そして、3番人気で迎えた本番桜花賞では、鞍上を武豊に戻し最高の状態に仕上げられた。他馬を怖がる気性に最内枠という厳しい条件ではあったが、武豊の好騎乗もあり、直線では鋭い末脚を繰り出し、ゴール前はツィンクルブライドとの激しい追い比べになった。写真判定の結果、ハナ差で兄の成し得なかったクラシック制覇を達成することが出来た。またこの勝利で、武豊は史上2人目の桜花賞連覇を達成した。また、ウイニングラン中には、スタンドからオグリコールが沸き起こった。

この勝利によって、次走優駿牝馬では1番人気に押されたものの、距離の影響もあったのか勝ったチョウカイキャロルに大きく離された12着に終わった。その後、秋競馬ではエリザベス女王杯等、4レースに出走したものの精彩を欠き一度も掲示板に乗ることは叶わなかった。翌年1月に脚部骨折したこともあり早々と現役を引退し、生まれ故郷の稲葉牧場で繁殖入りした。 2011年に不受胎となり、繁殖牝馬を引退。同地で余生を送る事になった。

2015年3月3日、心不全のため同地で死亡した[1]。馬齢24歳。

2016年1月12日、桜花賞で勝利するなどの活躍をして地方競馬全体を盛り上げた功績が認められて、NARグランプリの特別表彰馬に選出された[2]

繁殖成績

馬名 生年 毛色 馬主 戦績
第1子 オグリロマンス 1996年 芦毛 ノーザンテースト 小栗孝一 9戦2勝
(引退・繁殖)
第2子 オグリデンセツ 1997年 鹿毛 ジェネラス ターフ・スポート 7戦1勝
(引退)
第3子 オグリピンキー 1998年 鹿毛 トニービン 小栗孝一 4戦0勝
地方3戦0勝
(引退・繁殖)
第4子 オグリチーフ 2000年 芦毛 コマンダーインチーフ 小栗孝一
→江島勝代
2戦0勝
地方153戦9勝
(引退)
第5子 チジョウノテンシ 2002年 鹿毛 デヒア ターフ・スポート
→(有)稲葉牧場
1戦0勝
地方18戦8勝
(引退・繁殖)
第6子 オグリホット 2003年 芦毛 タバスコキャット 小栗孝一 6戦0勝
地方49戦11勝
(引退)
第7子 ロマンシエール 2005年 鹿毛 アグネスデジタル サンデーレーシング 17戦2勝
(引退・繁殖)
第8子 オグリモンスター 2006年 黒鹿毛 コマンダーインチーフ 小栗孝一 地方26戦2勝
(引退)
第9子 シュンプウサイライ 2008年 鹿毛 フレンチデピュティ ローレルレーシング
→(有)稲葉牧場
1戦0勝
地方1戦0勝
第10子 オグリテツ 2010年 芦毛 トワイニング 小栗孝一 地方7戦3勝
(現役)
  • 第1子オグリロマンスが1999年3月28日に武幸四郎の騎乗でデビューし3着。同年4月11日に2戦目で初勝利を挙げた。8戦目の雲仙特別(900万下)では武豊が騎乗したが6着に終わった。
  • 第6子オグリホットが2006年にウイナーカップ(盛岡競馬場)を制している。
  • 第7子ロマンシエールの2勝目は、騎乗した中舘英二にとって通算1500勝目の記念の勝利となった。ブログで「すごく思い入れのある馬です」と語っている[3]

血統表

オグリローマン血統ネヴァーベンド系ナスルーラ系)/ Nasrullah3×5=15.63% 、 Nearco 4×5 =9.38% (血統表の出典)

*ブレイヴェストローマン
Bravest Roman
1972 鹿毛
父の父
Never Bend
1960 鹿毛
Nasrullah Nearco
Mumtaz Begum
Lalun Djaddah
Be Faithful
父の母
Roman Song
1955 鹿毛
Roman Sir Gallahad III
Buckup
Quiz Song Sun Again
Clever Song

ホワイトナルビー 1974
芦毛 北海道新冠町
*シルバーシャーク
Silver Shark 1963
芦毛 アイルランド
Bussion Ardent Relic
Rose o'Lynn
Palsaka Palestine
Masaka
母の母
ネヴァーナルビー 1969
黒鹿毛
*ネヴァービート Never Say Die
Bride Elect
センジュウ *ガーサント
スターナルビー F-No.7-d


脚注

  1. ^ 94年桜花賞馬オグリローマン死す…24歳 - サンスポ予想王TV、2015年12月28日閲覧
  2. ^ 『NARグランプリ2015』表彰馬・表彰者決定 - 地方競馬情報サイト、2016年1月12日閲覧
  3. ^ 中舘英二公式ブログ「逃稿日記」

外部リンク