エプスタイン・バール・ウイルス

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エプスタイン・バール・ウイルス
EBウイルス(球状のものがウイルス)
分類
: 第1群(2本鎖DNA)
: ヘルペスウイルス目
Herpesvirales
: ヘルペスウイルス科
Herpesviridae
亜科 : ガンマヘルペスウイルス亜科
Gammaherpesvirinae
: リンフォクリプトウイルス属
Lymphocryptovirus
: ヒトヘルペスウイルス4型
学名
Human herpesvirus 4
シノニム

Epstein-Barr virus

エプスタイン・バール・ウイルス(エプスタイン・バーウイルスとも、Epstein-Barr virusEBウイルス)とは、ヘルペスウイルス科に属するウイルスの一種。学名はヒトヘルペスウイルス4型(Human herpesvirus 4、HHV-4)と変更されたが、今なお旧称が広く用いられている。

歴史

1958年デニス・バーキットは中央・西アフリカの子供の顎に好発する悪性リンパ腫を記載した(バーキットリンパ腫)。1964年マイケル・エプスタインアイヴォン・バーはこの腫瘍の細胞培養に成功し、その細胞内に電子顕微鏡でヘルペス型ウイルス粒子を発見した。その後、このウイルスの血清疫学、生物活性が明らかにされ、発見者にちなんでエプスタイン・バール・ウイルス(EBV)と呼ばれるようになった。

分類と性質

EBウイルス(EBV, Epstein-Barr virus)は、ガンマヘルペスウイルス亜科リンフォクリプトウイルス(Lymphocryptovirus)属に分類されるウイルスで、ヒトヘルペスウイルス4型(HHV-4, Human herpesvirus 4)とも呼ばれる。エンベロープを有し、その二本鎖ウイルスゲノムは約170kb、80個を超える遺伝子をコードしていることが明らかになっている。日本人では成人までに9割以上の人が唾液等を介してEBVに感染する。巧妙に潜伏、また時に応じて再活性化を来たして維持拡大を図るため、ウイルスは終生にわたって排除されない。EBVの主要な感染細胞はB細胞であるが、その他TNK細胞上皮系細胞にも感染しうる。

感染と病態

乳幼児期の初感染は無症候もしくは低症候性に推移し、感染に気づかないことも多い。一方で青年期以降に初感染すると、伝染性単核(球)症(IM, Infectious mononucleosis)を発症することがある。倦怠、発熱、リンパ節腫脹、咽頭炎、肝脾腫などを主徴とし、一週間から一ヶ月程度で治癒する。

伝染性単核症のほか、EBVは下記のように多様ながん(増殖性疾患)の原因となる。EBV陽性がんは多段階発がんで、その原因としては、1)EBVのがん遺伝子の効果、2)宿主ゲノムのジェネティック/エピジェネティックな変化、3)免疫系の影響、が挙げられる。1)のがん遺伝子にはCD40、BCRの機能的なミミックであるLMP1やLMP2Aなどが挙げられる。2)には、バーキットリンパ腫に見られるIg-Mycの転座や、各種のがんで報告されている特異的変異などが挙げられる。3)としては、CTL等による腫瘍免疫のほか、近年では逆に免疫/炎症システムががんの維持進展をサポートしている場合もある、との説も有力になってきている。

バーキットリンパ腫(BL, Burkitt Lymphoma)はヒトで初めて発見されたウイルス陽性がんで、アフリカの小児に好発する。胚中心由来のB細胞リンパ腫で、Ig-Mycの転座を特徴とし、ほぼ100%においてEBV陽性である。アフリカ以外でもまれに発生するが、その場合EBV陽性率は低い。Ig-Mycの転座のほか、TP53やRB2の変異が報告されている。

ホジキンリンパ腫(HL, Hodgkin lymphoma)においては、Hodgkin Reed Sternberg(HRS)細胞という胚中心由来の腫瘍細胞と、その周囲に高度に集簇する非腫瘍性のリンパ球が特徴であり、HRS細胞にEBVが検出される場合がある。EBV陰性、陽性に関わらずHRS細胞にはNF-kB関連分子の変異が多く報告されており、NF-kBシグナルががん化に大きく寄与しているものと考えられる。

日和見リンパ腫(Opportunistic lymphoma)/免疫不全関連リンパ増殖性疾患(Immunodeficiency-associated lymphoproliferative disorders)は、エイズや臓器移植に伴う免疫不全に起因する。増殖性を獲得しているのはEBVによって不死化されたBリンパ球である。通常であれば腫瘍免疫によって排除されているが、免疫抑制状態では排除できずに発症する。類縁の病態として、加齢等に伴う免疫能の低下によって生じると考えられる、老人性EBV陽性びまん性大細胞型B細胞性リンパ腫(EBV-positive diffuse large B cell lymphoma of eldery)、膿胸関連リンパ腫(PAL, Pyrothrax-associated lymphoma)が挙げられる。

慢性活動性EBV感染症(CAEBV, chronic active EBV infection)は、EBVが感染しているNKもしくはTリンパ球の増殖性疾患である。溶解感染関連遺伝子に対する抗体価が高いケースが多いために“慢性活動性“という名称をつけられているが、増殖しているT/NK細胞においてEBVは、他のEBV陽性がん同様、溶解感染ではなく潜伏状態にある。伝染性単核症様の症状が長期継続するほか、蚊刺過敏症、種痘様水疱症英語版赤血球貪食症候群などが随伴する場合がある。まれな疾患ではあるが、日本を含む東アジアでは比較的発症率が高い。

T/NKリンパ腫のうち、鼻型節外性NK/Tリンパ腫(ENKTL, extranodal NK/T cell lymphoma, nasal type)、アグレッシブNK細胞白血病(ANKL, aggressive NK cell leukemia)においては、ほぼ100%でEBV陽性となっている。少なくとも一部のケースにおいては、慢性活動性EBV感染症から悪性転化してT/NKリンパ腫を生じる。TP53, K-ras, βカテニン, FoxO3などの変異が報告されている。日本を含む東アジアでは比較的発症率が高い。

中国南部に多い上咽頭癌(NPC, nasopharyngeal carcinoma)では、やはりほぼ100%の腫瘍細胞からEBVが検出されるため、EBVが主因であると考えられる。上咽頭上部には扁桃があり、解剖学的位置関係からEBV陽性リンパ球やEBVに暴露する機会が高いであろうことも特筆される。EBVの他では、塩漬けの魚の消費と強い相関が見られ、含有されるニトロソアミンなどの変異原性物質の関与が推定されている。高度なリンパ球の浸潤がみられることから以前はリンパ上皮腫(lymphoepithelioma)と呼ばれていたが、癌の本態はリンパ球ではなく上皮細胞である。随伴する変異としてRassif1A, P16, TP53, Cyclin D1などの報告がある。

胃癌(GC, Gastric carcinoma)のうち約10%弱からEBVが検出される。上咽頭癌同様、EBV陽性胃癌においてはほぼ全例に高度なリンパ球の浸潤が伴う。TP53, ARID1の変異が報告されているほか、P16やE-cadherinなどのサイレンシングもEBV陽性胃癌に随伴する事象として明らかにされている。

感染様式とウイルスの遺伝子

EBVには潜伏感染(latent infection)と溶解感染(lytic infection、別名ウイルス産生感染, productive infection)の二つの感染様式がある。EBVは細胞に感染すると、多くは潜伏感染を成立させて持続的に維持されるが、ごく一部が再活性化し、溶解感染を引き起こして子孫ウイルスを産生する。EBV陽性がん細胞においてもウイルスは基本的には潜伏状態にあり、LMP1などのがん遺伝子を発現して腫瘍性増殖をサポートする。一方でEBVの再活性化や溶解感染も、がんの発生維持進展に一定の貢献をしていると考えられる。

潜伏感染においては、EBVはごく限られた遺伝子群(latent genes潜伏感染遺伝子)のみを発現し、ウイルスゲノムは細胞核内で宿主染色体に付着してエピソームとして存在する。宿主の細胞分裂サイクルに同調してS期に一回複製し、娘染色体に付着して分配されることで宿主が複製、分裂してもウイルスが希釈、減少することなく維持される。EBV潜伏感染は潜伏感染遺伝子の発現パターンによってI型、II型、III型の3つに分類されている。I型潜伏感染はバーキットリンパ腫、胃癌などに見られる様式で、EBNA1, EBERを発現している。II型感染はホジキンリンパ腫、NK/Tリンパ腫、上咽頭癌などに見られ、I型で発現している遺伝子に加えてLMP1, LMP2A,Bを発現する。III型は日和見リンパ腫や、培養細胞レベルでEBVをBリンパ球に感染、不死化させた場合(リンパ芽球様細胞, LCLs, lymphoblastoid cell linesと呼ばれる)に見られ、II型に加えてEBNA2,EBNA3A,B,C, EBNA-LPなどを発現する。なお、メモリーB細胞でのEBV感染様式として、EBER以外ウイルス遺伝子の発現がほとんど確認できない0型という潜伏様式の存在も確認されている。

以下、代表的な潜伏感染遺伝子について簡単に説明する。EBNA1はEBVゲノムを宿主染色体につなぎ止めるアンカーとして働く。LMP1はEBVのコードする最も主要ながん遺伝子である。細胞膜上に存在し、CD40のシグナルを模倣して恒常的にNF-kB, MAPK, STAT, AKTなどを活性化することでB細胞増殖を亢進する。LMP2AはBCRをミミックして、AKTやカルシウムシグナルを活性化する。EBERはタンパクをコードしていない低分子量RNAで、RNApol IIIによって極めて多量に転写されるため、in situ hybridyzationなどによるウイルス検出のマーカーとしてよく利用される。EBNA2はIII型の潜伏感染においてLMP1などの転写を増強することで不死化に関与する。EBNA2自身はDNAに結合できないため転写因子としては働けないが、RBP-JkappaやPU.1など宿主の転写因子と結合することで転写補助因子として機能する。

次に溶解感染について説明する。一般にヘルペスウイルス溶解感染の遺伝子は、厳密に制御されたカスケード様の発現パターンを示す。最も始めに前初期(IE, immediate early)遺伝子が発現する。IEには転写活性化因子など遺伝子発現に関わる遺伝子が含まれており、これによって初期(E, early)、および後期(L, late)遺伝子の発現が誘導される。初期遺伝子にはウイルスDNA複製に関係する酵素などが含まれており、後期遺伝子には糖タンパクなどウイルス粒子構成タンパクが含まれる。発現した材料でウイルス粒子を再構成し、複製したウイルスDNAをパッケージングした上、成熟して細胞の外に放出する。

溶解感染において発現する代表的な遺伝子には以下のようなものがある。IEとして発現するBZLF1(別名Zta,ZEBRAなど)、BRLF1(Rta)は潜伏状態にあったウイルスを溶解感染に誘導する上で非常に重要な働きをする転写活性化因子である。初期遺伝子として、BALF5と呼ばれるウイルスDNAポリメラーゼ、BMRF1(別名EA-D, early antigen diffuse)と呼ばれるDNAポリメラーゼプロセッシビティファクターなどのDNA合成関連遺伝子群のほか、Bcl-2のホモログであるBHRF1(vBcl-2)なども発現する。後期クラスにはカプシドタンパクや糖タンパクなどの構造タンパクが含まれる。それらのうちgp350と呼ばれる糖タンパクは、子孫ウイルスのエンベロープに取り込まれ、新規感染の際、吸着レセプターであるCD21(およびCD35)に結合する。gH/gL/gp42複合体は、HLA class IIに結合し、細胞への侵入を誘導する。

関連項目