ウェルシュ・ウイスキー

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ウェルシュ・ウイスキー英語:Welsh whisky、ウェールズ語:Wisgi CymreigまたはWysgi chwisgi)は、ウェールズで作られるウイスキーである。一時ニューポットの生産(原酒の生産)が途絶えたものの、現在はThe Welsh Whisky Companyがウェルシュ・ウイスキーを製造している。

ウェルシュ・ウイスキーの歴史[編集]

ウェールズでの醸造酒の生産の歴史は古く、いつ頃から醸造酒が生産されていたのかはよく判らない。これに対して蒸留酒の生産は、醸造酒の生産よりも歴史が短いことは判っている。記録に残っている中で、ウェールズにおける最初の蒸留酒の生産は、356年バージー島英語版の「Reaullt Hir」という人物が、「chwisgi」と言う蒸留酒を作ったというものである[1]

しかし、このReaulltという名前は、ウェールズの人々の名前ではなく、アングロノルマン語(フランス語系の言語)の名前、つまり、外来の名前である[2]

さらに、この「chwisgi」という語もウェールズ語ではなく、スコットランド・ゲール語の「uisge beatha」または「uisce beatha」に由来する[注釈 1]、やはり外来語なのである。ともあれ、これがウェールズにおいて、初めての蒸留酒が製造されたという記録である。その後、いわゆる中世にはウィスキーと呼べる蒸留酒(ウェルシュ・ウイスキー)が、ウェールズでは製造されて続けていた。ところが、19世紀に入ってからは、禁酒運動のあおりを受けて、ウェルシュ・ウイスキーの生産は減少傾向となり、ついに19世紀末にはウェルシュ・ウイスキーの新酒が作られなくなってしまった。蒸留したてのウィスキーの原酒をニューポットと呼ぶが、このニューポットが確実に作られたという記録は、Welsh Whisky Distillery CompanyのR. J. Lloyd Priceが、1887年にニューポットを生産したというものである。そして、遅くとも1894年には、蒸留が行われなくなったとされる[3]

以降、ニューポットの生産は完全に途絶えたものと考えられている。そして、Welsh Whisky Distillery Companyは、製品のウィスキーも、1900年には売ることができなくなってしまった。なお、このWelsh Whisky Distillery Companyは、結局1910年に倒産してしまう[4]

こうしてウェルシュ・ウイスキーは姿を消した。その後、1990年代に入るとウェルシュ・ウイスキーを復活させようという計画が持ち上がった。ただし、当初は複数銘柄のスコッチ・ウィスキーをウェールズで混ぜて、それをウェールズで瓶に詰めただけのものを「ウェルシュ・ウイスキー」と標榜しようとしていた。しかし、このような事業は認められないと訴訟が起こされ、結局この事業は中止させられた[5]

それでも、2000年にThe Welsh Whisky Companyが設立されることが公表された。The Welsh Whisky Companyは、ウェールズのペンデリン(Penderyn)にウィスキーの蒸留所を建設し、ここでニューポットの生産を開始した。これにより、ウェルシュ・ウイスキーの生産が再開されたことになる。ただし、ウィスキーの製造工程には熟成が必要であるため、すぐに出荷するわけにはゆかない。The Welsh Whisky Companyによるウィスキーが商業ベースで販売されたのは、2004年のことである[6]

この時を以って、ウェルシュ・ウイスキー(ウェールズで作られるウィスキー)は復活した。なお、このペンデリン(Penderyn)にある蒸留所は、2009年現在も稼動を続けている。

復活後のウェルシュ・ウイスキー[編集]

The Welsh Whisky Companyによって復活したウェルシュ・ウイスキーは、その蒸留所が位置する場所(おおよそ北緯51度45分、西経3度31分付近)の地名を冠した『Penderyn』(ペンデリン)という銘柄のシングルモルト・ウイスキーとして販売されている。

2016年にはウェールズ西部のLlandysul近くのDà Mhìle蒸留所が自身初のウイスキーとしてオーガニックシングルグレーンウイスキーを瓶詰めした。この時点で、ウェールズ内に2つの蒸留所が製造と販売を行なっている実績ができたため、EUの法律上、ウェールズはウイスキー産業を有していると公式に認定された。

2020年にはColes蒸留所がウェールズ国内三番目のシングルモルト・ウイスキーをCarmarthenshireのLlanddarogにて製造した。

その他では『Aber Falls』『In the Welsh Wind』などの蒸留所が設立された。

蒸留所[編集]

Penderyn

『Penderyn』は、ブレコン・ビーコンズ国立公園(Brecon Beacons National Park)内のペンデリン(Penderyn)に存在する小さな蒸留所で製造されていて、ブレコン・ビーコンズ国立公園の水を使用している。ただし、この蒸留所で仕込みを行っているわけではなく、ウォッシュ(蒸留前のビールに似た醸造酒)は、ブレインズ・ブリュワリー(Brains Brewery)という地元ウェールズのビール醸造所から手に入れている。このウォッシュを、ここで蒸留した後、熟成を行って製品化しているのである。なお、2009年現在『Penderyn』という銘柄には3つの種類が存在し、どれも製品のアルコール度数は46%に調整されているが、製法が異なっている。『Penderyn Madeira Finished』は、バーボン樽(以前バーボンの熟成に用いた)で熟成を行った後、仕上げの熟成を、以前マデイラ・ワイン(Madeira wine)の熟成に用いた樽で行って作るシングルモルト・ウィスキーである。『Penderyn Sherrywood』は、シェリー樽(以前シェリー酒の熟成に用いた樽)で熟成を行って作るシングルモルト・ウィスキーである。この他、『Penderyn Peated』という種類も存在する。


Da Mhile


Coles


Aber Falls


In the Welsh Wind

関連項目[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ いずれも、「命の水」という意味。したがって、「chwisgi」も同様の意味である。なお、「命の水」という名称は、蒸留酒に対してしばしば与えられてきた。ウィスキーアクアビットウォッカも、全て「命の水」という意味の言葉である。

出典[編集]

  1. ^ Mary Chitty (1992) "The monks on Ynys Enlli"
  2. ^ Alex Kraaijeveld (2000) "Welsh whisky - The Early Myths."
  3. ^ Amanda Kelly (8 May 2000). "Welsh will make a rare bit of whiskey"
  4. ^ Davies, John; Jenkins, Nigel (2008). "The Welsh Academy Encyclopaedia of Wales." p.957、p.958 Cardiff: University of Wales Press. ISBN 978-0-7083-1953-6
  5. ^ Amanda Kelly (8 May 2000). "Welsh will make a rare bit of whiskey."
  6. ^ "Rebirth of Welsh whisky spirit." BBC News. 8 May 2008.

外部リンク[編集]