ウィリー・サニョル
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名前 | ||||||
本名 | ウィリアム・サニョル | |||||
愛称 | サグス、サギー | |||||
カタカナ | ウィリー・サニョル | |||||
ラテン文字 | Willy SAGNOL | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | フランス | |||||
生年月日 | 1977年3月18日(47歳) | |||||
出身地 |
ローヌ=アルプ地域圏 ローヌ県 サン=テティエンヌ | |||||
身長 | 182cm | |||||
体重 | 82kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | DF (RSB) | |||||
利き足 | 右足 | |||||
ユース | ||||||
1990-1995 | サンテティエンヌ | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
1995-1997 | サンテティエンヌ | 46 | (1) | |||
1997-2000 | モナコ | 71 | (0) | |||
2000-2009 | バイエルン・ミュンヘン | 184 | (7) | |||
2003-2008 | バイエルン・ミュンヘンII | 3 | (0) | |||
代表歴2 | ||||||
2000-2008 | フランス | 58 | (0) | |||
監督歴 | ||||||
2013-2014 | フランス U-21 | |||||
2014- | ボルドー | |||||
1. 国内リーグ戦に限る。2014年12月1日現在。 2. 2014年12月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
ウィリー・サニョル(William "Willy" Sagnol, 1977年3月18日 - )はフランス・ロワール県サン=テティエンヌ出身の元サッカー選手。現サッカー指導者。フランス代表であった。現役時代のポジションはディフェンダー(右サイドバック)。
経歴
クラブ
ASサンテティエンヌで1995-96シーズンに18歳でリーグ・アンにデビュー。翌年には19歳ながらもキャプテンに任命された。ちなみにこの時は右サイドハーフやボランチでプレーしていた。右サイドバックはモナコ移籍後にコンバートされたもので、これにより一気に才能を開花させ、1999-2000シーズンのリーグ優勝に貢献した。
2000-01シーズンからはバイエルン・ミュンヘンでプレー。左サイドバックだった同胞のビセンテ・リザラズと共に多くのタイトル獲得に寄与した。
2006年冬には契約満了と共にユヴェントス移籍の噂が流れたが結局は契約延長した。2007年はアキレス腱の怪我からの復帰のためにリハビリ中であったが、復帰のメドが経たずその間にクリスティアン・レルやフィリップ・ラーム等にポジションを奪われたため2009年2月22日をもって現役を引退した。
代表
代表としてはユースを経てA代表に招集され、2000年のトルコ戦にてデビューした。長年の間、名手リリアン・テュラムの陰に隠れた存在だったが、EURO2004でのテュラムの代表引退後は不動のレギュラーとなる。2005年にテュラムは代表復帰したが、センターバック専任のためポジションは安泰であった。初めて代表レギュラーとして臨んだ大舞台である2006年W杯では、全試合にフル出場し、母国の準優勝に貢献した。その後はアントニー・レヴェイエールやフランソワ・クレール、バカリ・サニャ等が台頭したがポジションは守った。
指導者
現役引退後は指導者に転向し、2013年にU-21フランス代表の監督に就任した。
2014年5月23日、U-21フランス代表の監督を退任し、FCジロンダン・ボルドーの監督に就任した[1]。
所属クラブ
- ASサンテティエンヌ 1995-1997
- ASモナコ 1997-2000
- バイエルン・ミュンヘン 2000-2009.2
脚注
出典
- ^ ボルドー、サニョル氏の指揮官就任を発表 Goal 2014年5月24日付