アリゾナ・ダイヤモンドバックス

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アリゾナ・ダイヤモンドバックス
Arizona Diamondbacks
1998創設
所属リーグ
チーム名
  • アリゾナ・ダイヤモンドバックス (1998年 - )
本拠地
永久欠番
獲得タイトル(獲得年)
ワールドシリーズ優勝(1回)
リーグ優勝(1回)
地区優勝(5回)
  • 1999
  • 2001
  • 2002
  • 2007
  • 2011
ワイルドカード(0回)
球団組織
オーナー ケン・ケンドリック
GM デーブ・スチュワート
監督 チップ・ヘイル

アリゾナ・ダイヤモンドバックス英語: Arizona Diamondbacks、略称:ARI[1])は、メジャーリーグベースボール(以下、MLB)ナショナルリーグ西地区所属のプロ野球チーム。本拠地はアリゾナ州フェニックスにあるチェイス・フィールド

チーム名は、アリゾナ州一帯に生息するダイヤガラガラヘビ(背中に菱形の紋様を持つヘビ。ヒシモンガラガラヘビとも言われる)に由来している。 野球のグラウンドであるダイヤモンドにも通じる命名である。チーム名が長いため“D-Backs”と略表記されることもある[2][3]。 または単純にヘビ=Snakesという愛称も現地ではよく用いられる。

球団の歴史

MLBのエキスパンション(球団拡張)の一環として1998年創立。1年目は65勝97敗と大きく負け越すが、同年末にMLB屈指の左腕ランディ・ジョンソンの獲得に成功し、ワールドシリーズ制覇への大きな一歩を踏み出す。1999年にはプレーオフ初出場を果たすが、ディビジョンシリーズニューヨーク・メッツに1勝3敗で敗れた。

2001年にはジョンソンと豪腕カート・シリングの大車輪の活躍により、ワールドシリーズニューヨーク・ヤンキースとの歴史的死闘の末、第7戦でルイス・ゴンザレスがヤンキースの守護神マリアノ・リベラから逆転サヨナラヒットを放ち、球団創設4年目でワールドシリーズ制覇という快挙を成し遂げる。このシリーズのMVPはジョンソンとシリングが同時受賞している。

2002年も地区優勝するも、ディビジョンシリーズでセントルイス・カージナルスに破れ、2003年はランディ・ジョンソンとカート・シリング両投手の故障で地区3位に終わるが、ブランドン・ウェブがメジャーデビューを果たすなどして若手が少しずつ台頭してきたため積極的にトレードを行ってチームの平均年齢が若くなり「ヤンク・バックス」[4]と呼ばれた。

2004年5月18日にアトランタのターナー・フィールドで行われた対ブレーブス戦でランディ・ジョンソンが完全試合を達成したが、この年は51勝111敗と大きく負け越す。オフにはウォーリー・バックマンの監督就任が発表されたが、2度の逮捕歴に加えて破産歴もあったことから、わずか4日後に解任される事態も起きている。

2006年11月8日、球団はチームカラーを赤へ変更すると発表、ユニフォームが赤を基調としたデザインに変更された。深い赤はアリゾナ州の景勝地として有名なセドナの赤い岩を、ベージュはソノラ砂漠の砂をイメージしたもの。また、これまでビジター用キャップに使用されていた、ガラガラヘビがチーム名の頭文字"D"を象っているロゴマークが、ホーム用キャップに使用され、これまでホーム用キャップで使用されていた"A"のロゴが赤基調に変更されビジター用キャップに使用されることになった。

2007年、下馬評は決して高くなかったが若手が台頭し、得点よりも失点が多いにもかかわらず5年ぶりに地区優勝を果たした。

2009年2010年と2年連続で地区最下位に沈んだが、2011年には前年のワールドシリーズ覇者、サンフランシスコ・ジャイアンツを振り切り4年ぶりの地区優勝。ディヴィジョンシリーズではミルウォーキー・ブルワーズを相手に0勝2敗から2勝を挙げて巻き返しを見せたが、敵地ミラー・パークで勝てなかった事が響き、2勝3敗で敗退した。

2011年12月12日にブルワーズをFAになっていた斎藤隆と契約。チーム初の日本人選手となったが、故障が重なり16試合の登板にとどまり、斎藤は2012年限りでメジャーリーグを去った。

2012年5月26日、ミゲル・モンテロと球団史上最高額となる5年総額6,000万ドルの契約を結んだ。前年16勝を挙げたダニエル・ハドソンが故障で離脱。新人のウェイド・マイリーダルビッシュ有に並ぶ新人トップタイの16勝を挙げたが、主力選手の低迷などで3位に沈んだ。オフにクリス・ヤングジャスティン・アップトンら2011年の地区優勝メンバーを放出。クリフ・ペニントンマーティン・プラドランドール・デルガドらを獲得した。

2013年は首位・ロサンゼルス・ドジャースと11ゲーム差の2位となった。ポール・ゴールドシュミットが36本で最多本塁打(パイレーツペドロ・アルバレスと同数)、125打点で最多打点のタイトルを獲得した。

2014年は序盤からリーグ最低勝率で低迷し、シーズン途中にポール・ゴールドシュミット、ブロンソン・アローヨパトリック・コービンなどの主力選手が相次いで大怪我で離脱し、4年ぶりに地区最下位となってしまった。12月8日、キューバから亡命したヤズマニー・トマスと6年総額6,850万ドルの大型契約を結び、球団の契約の史上最高額を更新した。

2015年1月14日、この年、野球殿堂入りをしたランディ・ジョンソンが付けていた背番号51を永久欠番にすると発表した。

選手名鑑

現役選手・監督・コーチ

アリゾナ・ダイヤモンドバックス ロースター
40人ロースター 監督・コーチ/他

投手

捕手

内野手

外野手


監督

コーチ

60日故障者リスト


* アクティブ・ロースター外
2024年4月17日更新

公式サイト(英語)より:アクティブ・ロースター, 40人ロースター, コーチ, 選手の移籍・故障情報, 予想オーダー

ロースター一覧

殿堂入り選手

永久欠番

傘下マイナーチーム

クラス チーム 参加リーグ 提携 本拠地
AAA リノ・エーシズ
Reno Aces
パシフィック・コーストリーグ
Pacific Coast League
2009年 アメリカ合衆国の旗ネバダ州リノ
エーシズ・ボールパーク
AA モービル・ベイベアーズ
Mobile BayBears
サザンリーグ
Southern League
2007年 アメリカ合衆国の旗アラバマ州モービル
ハンク・アーロン・スタジアム
A+ バイセイリア・ローハイド
Visalia Rawhide
カリフォルニアリーグ
California League
2007年 アメリカ合衆国の旗カリフォルニア州バイセイリア
レクレーション・パーク
A ケーンカウンティ・クーガーズ
Kane County Cougars
ミッドウェストリーグ
Midwest League
2015年 アメリカ合衆国の旗イリノイ州ケーン郡ジェネバ
フィフス・サード・バンク・ボールパーク
A- ヒルズボロ・ホップス
Hillsboro Hops
ノースウェストリーグ
Northwest League
2001年 アメリカ合衆国の旗オレゴン州ヒルズボロ
ロン・トンキン・フィールド
Rookie+ ミズーラ・オスプレイ
Missoula Osprey
パイオニアリーグ
Pioneer League
1996年 アメリカ合衆国の旗モンタナ州ミズーラ
オグレン・パーク・アット・アレジエンス・フィールド
Rookie アリゾナリーグ・ダイヤモンドバックス
Arizona League Diamondbacks
アリゾナリーグ
Arizona League
1989年 アメリカ合衆国の旗アリゾナ州スコッツデール
ソルト・リバー・フィールズ・アット・トーキング・スティック
ドミニカン・サマーリーグ・ダイヤモンドバックス
Dominican Summer League Diamondbacks
ドミニカン・サマーリーグ
Dominican Summer League
1997年 ドミニカ共和国の旗ドミニカ共和国
シウダー・デ・ベイスボル

脚注

  1. ^ ARZAZと表記する場合もある。
  2. ^ Chris Creamer's SportsLogos.net2015年7月13日閲覧
  3. ^ 日本語表記でも新聞などでDバックスの略表記が見られる。
  4. ^ ベースボールマガジン社『月刊メジャーリーグ2004年3月号』 69ページ

関連項目

外部リンク