B-2 (航空機・初代)

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カーチス B-2 コンドル

飛行するB-2-CU 28-399号機 (1930年撮影)

飛行するB-2-CU 28-399号機
(1930年撮影)

カーチス B-2 コンドルCurtiss-Wright B-2 Condor )は、アメリカ合衆国カーチス・ライト社が開発し1920年代アメリカ陸軍に運用された双発複葉爆撃機。

社内名称はCW-52(タイプ52)。

概要[編集]

カーチス・ライト社がライセンス生産したマーティン社開発のMB-2(NBS-1)と、その発展型であるNBS-4の改良型であり、それらの胴体の木製構造を鋼管羽布張りに変え、エンジンを換装する等の改良が加えられている。

開発[編集]

B-2の2基のエンジンは上下翼の間に、胴体の左右に添うように置かれたエンジンナセルに収められ、それぞれのナセルの尾部は機銃座に充てられていた。MB-2では後方の銃座は胴体に設けられていたが、射界を妨げるとして変更されたが、これは競作相手のXB-1も同様だった。尾翼は双尾翼である。

試作機はXB-2(シリアル26-211)として開発され、陸軍航空隊からの要求によりハフ・ダランド社のXB-1シコルスキー・エアクラフト社のS-37およびフォッカー社のXLB-2と競作が行われたが、他の3つはすぐに脱落しXB-2が選定された。XB-2はその後もより小型でコストも低いキーストンXLB-6と比較されたり、大型過ぎて格納庫への収納が難しいなどの問題があったりしたが、軍はその優れた性能を認め、1928年に12機の製造契約が締結された(シリアル28-398~399、29-28~37)。

B-2のうち1機は複操縦装置つきに改修され、B-2Aと呼ばれた。機長席と副操縦士席の複操縦装置は、1930年代以降爆撃機の基本装備となった。また、B-2を基本にした輸送機コンドル18も2機制作された(シリアル33-320~321)。

運用[編集]

B-2は1930年代の技術的進歩によって急速に時代遅れとなり、早くも1934年には部隊から姿を消した。B-2の後、カーチス・ライト社は陸軍の爆撃機製作から撤退し、1930年代以降は「ホーク」戦闘機(追撃機)、海軍の急降下爆撃機「ヘルダイバー」などにメインを移している。

諸元[編集]

  • 乗員: 5名
  • 全長: 14.5 m
  • 全幅: 27.4 m
  • 全高: 4.9 m
  • 翼面積: 140 m2
  • 空虚重量: 4,100 kg
  • 全備重量: 7,480 kg
  • エンジン: カーチス・ライト V-1570-7 "コンカラー" 水冷V型12気筒(離昇出力、600馬力)×2
  • 最高速度: 212 km/h
  • 巡航速度: 183 km/h
  • 航続距離: 1,300 km
  • 上昇限度: 4,030 m
  • 上昇力: 3.7 m/s
  • 翼面荷重: 53 kg/m2
  • 出力重量比: 120 W/kg
  • 武装: 7.62 mmルイス機銃 ×6
  • 爆弾: 1,100 kg(近距離作戦時1,800 kg)

関連項目[編集]

  • T-32 コンドルII - カ-チス社の複葉双発輸送機だが、本機との技術的関係はない。

脚注[編集]