Z旗

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Z旗

Z旗(ゼットき)、Z信号旗同士の意思疎通のために用いる国際信号旗の1つ。

国際信号旗はアルファベット文字旗(26種)、数字旗(10種)、代表旗(3種)、回答旗(1種)の計40種。この中でZ旗はアルファベットの"Z"の文字を示す信号として用いられる他、単独で「私は引き船が欲しい」、漁場では「私は投網中である」の意を示す信号としても用いる。日本では、旗に付けられた意味に因み(意味は後述)、スポーツ競技の応援や、選挙・受験等、負けられない勝負に挑む時、『勝利』を祈願して用いられる場合もある。

海戦における使用[編集]

国際的にはZ旗は前節の意味しか有していない。しかしZ旗は海戦史において特別な意味を持つ旗としても広く認知されている。

日露戦争時の1905年5月27日 - 28日にかけて日本海で行われた日本海海戦の際、トラファルガー海戦の事例に習い、東郷平八郎連合艦隊司令長官の座乗する旗艦三笠のマストにアルファベット最後の文字であるZ旗を掲揚し、「皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」という意味を持たせて掲揚した。この文案は名文家として有名な連合艦隊参謀の秋山真之であるとされている。日本海海戦の逸話以降、日本海軍ではZ旗は特別な意味を持つこととなり、太平洋戦争大東亜戦争)中の日本海軍では、大規模な海戦の際には旗艦のマストにZ旗を掲揚することが慣例化した。真珠湾攻撃での赤城では、Z旗を直接掲揚せず、DG旗(D→Gの順で並べて掲揚)をZ旗の代わりとして(DG旗はZ旗と同意味で用いられる)掲揚した。また、太平洋戦争末期の第二五二海軍航空隊攻撃第3飛行隊は、彗星の垂直尾翼にマーキングとして使用したことで知られる。

自衛隊における使用[編集]

戦後に設立した海上自衛隊ではZ旗を掲揚する慣例は絶えていたが、2011年10月27日から11月4日に沖縄県南東海域で行われた日米合同軍事訓練においてイージス艦「ちょうかい」のマストに掲揚された。このZ旗は「ちょうかい」に常備されていたものではなく、以前の日本海海戦記念式典でクルーが手作りで作成し、イベントで使用していたもの[1]。後日行われた訓練の最終日にフォトエキササイズで戦闘旗を掲げるように日本側指揮官から命令が下ったが、その時「ちょうかい」は戦闘旗に使える大型の旭日旗がたまたま手許になく、それに代わる旗として掲揚された。作戦中の護衛艦にZ旗が掲揚されるのは戦後初めての事だった[1]

企業での使用例[編集]

ダットサンZ / フェアレディZ における逸話[編集]

1960年代中期、当時のアメリカ日産の社長・片山豊が企画提案したのがきっかけで開発が始まったスポーツカー「開発コード "Z"」のスタッフ達に、片山が奮起を願って贈呈した旗でもある。

車名は当時片山が望んだ「DATSUN Z」ではなく、日本では「フェアレディZ」とされ、販売された。片山が当時社長を勤めていたアメリカ日産では、「DATSUN 240Z」として発売された。

船舶業における使用[編集]

長崎県大島造船所では、円高への危機感を背景に、Z旗を掲げることで自社の従業員らを鼓舞し危機意識を高めたという[2]

コーポレートマーク[編集]

CADメーカーの図研では、社名の「図」や「Z」のイメージを持たせ、そしてZ旗をかけあわせたコーポレートマークを制定している[3](Z旗で赤色の部分も青色となっている)。

右翼系団体の使用[編集]

  • 一部の右翼系市民団体は活動でZ旗の持参を歓迎し、使用している。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 宮嶋茂樹 「MIGHTY FLEET 精強なる日本艦隊」 講談社、2012年、148頁。ISBN 978-4062180764
  2. ^ 「会社案内」『株式会社大島造船所/会社案内大島造船所
  3. ^ コーポレートフィロソフィ 図研、2013年8月10日閲覧

関連項目[編集]