Yak-42 (航空機)
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| Yak-42 | ||
|---|---|---|
| 要目一覧 | ||
| 運航乗員 | 2 | |
| 乗客 | 120(最大) | |
| 初飛行日 | 1975年3月7日 | |
| 初就航日 | 1980年末 | |
| 全長 | 36.38m | |
| 全幅 | 34.20m | |
| 高さ | 9.80m | |
| 翼面積 | 150.0 m² | |
| エンジン | ZMKBイーフチェンコ=プロフレース D-36, 3発 | |
| 推進力 | 64 kN(14,300 lbf) | |
| 最大離陸重量 | 15,500 kg | |
| 機体重量 | 9,400kg | |
| 巡航速度 | 810 km/h | |
| 航続距離 | 3,000km | |
| 離陸距離 | 1,800m | |
| 着陸距離 | 1,100m | |
| 最大上昇限界高度 | 9,700m | |
| 生産機数 | およそ300機 (生産継続中) | |
Yak-42(ロシア語:Як-42ヤーク・ソーラグ・ドヴァー)は、ソ連のヤコヴレフ設計局が開発したジェット旅客機。
目次 |
[編集] 概要
Yak-42は、Yak-40を大型化した短距離用3発機である。機体はYak-40同様、Tu-154やボーイング727のような機体後部にエンジンを設置したリアエンジンレイアウトである。しかしながら、乗客数が120席と同じ小型の地域路線用のYak-40の30席クラスよりも4倍も増加しており、まったくの新造機と言ってもよい機体である。 また、Yak-40同様、機体後部に引き込み式タラップ(en:Airstair)を備えていて、 ボーディング・ブリッジや外付けタラップが無くても乗り降りが出来るようになっている[1]。
1973年に計画が公表され、1975年に試作機が初飛行、1980年にアエロフロート・ソ連航空で就航している。しかし1982年6月28日に製造ミスによる水平安定板の機構不具合により墜落して乗員乗客全員が死亡する事故(アエロフロート8641便墜落事故)を起こしたため、不具合が修正される1984年までアエロフロートは運航を停止する措置を取っており、かなり深刻であったと思われる。
現在では不具合も解決され、性能も優れているため今でも多くの派生型が生産中の模様である。主な派生型としてはYak-42D(Як-42Дヤーク・ソーラク・ドヴァー・デー)がある。(Yak-42Dはかつての西側諸国での騒音規制もクリアしている。[2])
Yak-42は、ロシアやウクライナを中心に徐々に従来のツポレフ製旅客機を代替するなどしてその運用の幅を広げている。旧ソ連諸国の航空会社ではソ連崩壊後は西側製の機体を導入することが流行となったが、本機はその中にあって堅調な販売実績をあげているといえる。
[編集] 運航している航空会社
[編集] かつて運航していた航空会社
[編集] 脚注
- ^ Yak-42Dの引き込み式タラップ Airliners.net
- ^ ”After updating the Yak-42 aircraft fully meet the Chapter 3 ICAO standard on noise level.”/公式HP