馬場口洋一
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|---|---|---|---|---|
| 基礎情報 | ||||
| 四股名 | 若翔洋 俊一 | |||
| 本名 | 馬場口 洋一 | |||
| 生年月日 | 1966年3月8日(45歳) | |||
| 出身 | 東京都中野区 | |||
| 身長 | 182cm | |||
| 体重 | 169kg | |||
| 所属部屋 | 二子山部屋 | |||
| 成績 | ||||
| 現在の番付 | 引退 | |||
| 最高位 | 東張出関脇 | |||
| 生涯戦歴 | 496勝444敗57休(100場所) | |||
| 幕内戦歴 | 144勝185敗16休(23場所) | |||
| 優勝 | 十両優勝1回 三段目優勝1回 |
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| 賞 | 敢闘賞2回 | |||
| データ | ||||
| 初土俵 | 1981年5月場所 | |||
| 入幕 | 1991年9月場所 | |||
| 引退 | 1997年11月場所 | |||
| 備考 | ||||
| 2009年3月17日現在 | ||||
馬場口 洋一(ばばぐち よういち、男性、1966年3月8日 - )は、東京都中野区(出生地は千葉県千葉市)出身で日本の総合格闘家、二子山部屋所属の元大相撲力士。大相撲時代の四股名は若翔洋 俊一(わかしょうよう しゅんいち)、最高位は関脇、キックボクシング・総合格闘技でのリングネームは若翔洋、WAKASHOYOを経て本名と同じ馬場口洋一にしたが、現在は再び若翔洋を名乗ってプロレスラーとして活動している。得意手は左四つ、寄り、小手投げ。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] 大相撲時代
中野区立中野富士見中学校(現・南中野中学校。1学年先輩に野村義男がいる)を卒業後、1981年に二子山部屋(師匠は第45代横綱・若乃花)へ入門。同年5月場所に馬場口の四股名で初土俵を踏んだ。付き人を務めていた第59代横綱・隆の里による命名で三段目時代の1983年11月場所より四股名を紫電隆(しでんりゅう)と改名し、1986年1月場所に三段目優勝して幕下に定着した。しかし脊髄分離症によって休場が続いたこともあり、四股名も馬場口に戻した。
治療のかいもあり、1991年5月場所で十両に昇進して若翔洋俊一と改名、十両を2場所で通過して同年9月場所に新入幕を果たした。1993年には元大関・貴ノ花の藤島部屋と合併して新・二子山部屋所属となり、後に横綱となる貴乃花、若乃花兄弟など稽古相手に恵まれ、1993年3月には小結昇進、横綱・曙を破るなどして翌5月場所には関脇に昇進した。
しかし三役・幕内上位に位置したのは1年だけで、その後は伸び悩み幕内下位と十両を往復するなどして1997年9月場所には幕下まで陥落、同年11月場所限りで引退した。引退後は、年寄・音羽山を襲名して二子山部屋部屋付き親方として後進の指導にあたった。2000年3月、元小結・隆三杉の藤島親方が音羽山に名跡変更することになり日本相撲協会を退職した。
その後2001年6月から目黒区上目黒で無国籍料理店「Tour de Paon fooding」を経営したが、2005年7月に閉店。2007年からは全国チェーン店「ちゃんこ江戸沢」(株式会社ジーテイスト首都圏本部)で働くかたわら、プロレス、格闘技をしている。
[編集] 年寄名跡問題
2000年3月に横綱・若乃花が引退、横綱の特権として5年間は現役名のまま相撲協会に残ることができるが(※引退時に年寄名跡を取得していない場合に限った制度である)、直後に藤島を襲名、前藤島の隆三杉が音羽山を襲名し名跡を失った若翔洋は退職した(音羽山は貴ノ浪所有)。
[編集] 格闘家への転向
| WAKASHOYO | |
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| 基本情報 | |
| 本名 | 馬場口 洋一 |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1966年3月8日(45歳) |
| 出身地 | 東京都中野区 |
| 所属 | パンクラスMEGATON →TEAM PAON |
| 身長 | 182cm |
| 体重 | 140kg |
| 階級 | ヘビー級 |
| スタイル | 相撲 |
- 2004年6月 - パンクラスMEGATONに入団
- 2005年1月 - TEAM PAON結成、フリーへ転向
- 2005年3月19日 - K-1でリングネーム若翔洋として格闘家デビュー、7月6日 - HERO'Sで総合格闘技デビュー
- 2006年4月 - リングネームをWAKASHOYOに変更[1]
- 2007年9月8日 - プロレスのIGF「GENOME」でエリック・パーソンと対戦し、STFでギブアップ負け
- 2008年3月29日 - リングネームを本名の馬場口洋一に変更し、DEEP メガトンGPに出場。1回戦で鶴亀金太郎と対戦し、TKO勝ち。格闘家転身後、初勝利を挙げた。6月23日 - IGF「GENOME5 〜北海道元気サミット〜」でエリック・ハマーと対戦し、KO負け。8月15日 - IGF「GENOME6 闘魂BOM-BA-YE」で澤田敦士と対戦し、フォール負け。
[編集] 幕内での場所別成績
- 通算成績(2009年(平成21年)1月場所終了現在)
- 496勝 - 444敗 - 57休場
- 敢闘賞2回
| 一月場所 初場所(東京) |
三月場所 春場所(大阪) |
五月場所 夏場所(東京) |
七月場所 名古屋場所(愛知) |
九月場所 秋場所(東京) |
十一月場所 九州場所(福岡) |
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|---|---|---|---|---|---|---|
| 1991年 (平成3年) |
(幕下) | (幕下) | (十両) | (十両) | 東 前頭 #13 3–12 |
(十両) |
| 1992年 (平成4年) |
西 前頭 #15 6–9 |
(十両) | 東 前頭 #11 5–10 |
(十両) | 西 前頭 #13 10–5 |
東 前頭 #4 8–7 |
| 1993年 (平成5年) |
西 前頭 #3 10–5 敢 |
西 小結 10–5 敢 |
東 張出関脇 7–8 |
西 小結 7–8 |
東 前頭 #1 5–10 |
西 前頭 #5 8–7 |
| 1994年 (平成6年) |
西 小結 6–9 |
東 前頭 #2 4–11 |
東 前頭 #10 2–13 |
(十両) | (十両) | (十両) |
| 1995年 (平成7年) |
東 前頭 #15 8–7 |
西 前頭 #12 9–6 |
東 前頭 #4 3–12 |
東 前頭 #15 11–4 |
東 前頭 #4 7–8 |
西 前頭 #4 5–9–1 |
| 1996年 (平成8年) |
休場 0–0–15 |
東 前頭 #10 6–9 |
西 前頭 #14 4–11 |
(十両) | (十両) | (十両) |
| 各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。 優勝 引退 十両・幕下 三賞:敢=敢闘賞、殊=殊勲賞、技=技能賞 その他:★=金星 番付階級:幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口 幕内序列:横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列) |
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[編集] 主な成績
[編集] 大相撲
- 通算成績:496勝444敗57休(100場所)
- 幕内成績:144勝185敗16休
- 幕内在位:23場所
- 三役在位:4場所(関脇1場所、小結3場所)
- 三賞:2回
- 殊勲賞:2回(1993年1月場所、1993年3月場所)
- 各段優勝
- 十両優勝:1回(1992年7月場所)
- 三段目優勝:1回(1986年1月場所)
[編集] キックボクシング
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 6試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 0勝 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | |
| 5敗 | 5 | 0 | 0 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | 昇平 | 1R 0:46 TKO(ローキック) | 宇都宮蹴拳伝 Vol.2 〜宇都宮四天王凱旋!〜 | 2009年3月29日 |
| × | 上野正美 | 1R 0:40 KO(ローキック) | CHIKUSEI FIGHTING DREAM | 2008年9月15日 |
| × | 濱田淳史 | 1R 1:55 KO(右ローキック) | 燃えろドラゴン! その壱 | 2007年12月22日 |
| × | 嚴士鎔 | 1R 0:54 KO(右ローキック) | 新日本キックボクシング協会「TITANS NEOS II」 | 2007年9月16日 |
| △ | ミスター神風 | 3R終了 判定0-0 | 琉球 Kamikaze Spirits | 2005年11月13日 |
| × | チェ・ホンマン | 1R 1:40 TKO(2ノックダウン:右フック) | K-1 WORLD GP 2005 in SEOUL 【ASIA GP 1回戦】 |
2005年3月19日 |
[編集] 総合格闘技
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 7 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 1 勝 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 5 敗 | 4 | 1 | 0 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | 藤沼弘秀 | 1R 0:17 TKO(スタンドパンチ連打) | DEEP 47 IMPACT | 2010年4月17日 |
| × | 川口雄介 | 1R 0:16 TKO(パウンド) | club DEEP TOKYO 〜メガトンGP 2008〜 【2回戦】 |
2008年5月24日 |
| ○ | 鶴亀金太郎 | 1R 1:22 TKO(パウンド) | DEEP メガトンGP 2008 【1回戦】 |
2008年3月29日 |
| × | 謙吾 | 1R 0:20 TKO(パウンド) | CAGE FORCE EX -western bound- | 2007年2月17日 |
| × | 浜中和宏 | 1R 1:22 アームロック | HERO'S 2006 | 2006年5月3日 |
| △ | 西田操一 | 5分2R終了 判定0-0 | D.O.G | 2005年12月11日 |
| × | ピーター・アーツ | 1R 1:36 TKO(レフェリーストップ) | HERO'S 2005 ミドル級世界最強王者決定トーナメント | 2005年7月6日 |
[編集] 改名歴
- 馬場口 洋一(ばばぐち よういち)1981年5月場所-1983年9月場所
- 紫電隆 洋一(しでんりゅう よういち)1983年11月場所-1989年11月場所
- 馬場口 洋一(ばばぐち よういち)1990年1月場所-1991年3月場所
- 若翔洋 俊一(わかしょうよう しゅんいち)1991年5月場所-1997年11月場所
[編集] 年寄変遷
- 音羽山 俊一(おとわやま しゅんいち)1997年11月-1998年1月
- 音羽山 洋一(おとわやま よういち)1998年1月-2000年3月
[編集] リングネーム
- 若翔洋(わかしょうよう)2005年3月-2006年4月
- WAKASHOYO(わかしょうよう)2006年4月-2008年3月、2010年4月-
- 馬場口 洋一(ばばぐち よういち)2008年3月-2010年4月
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 5.3 曙×フライ、山本宜×WAKASHOYO決定 BoutReview 2006年4月29日
[編集] 外部リンク
- 公式サイト
- 本人のブログ
- K-1 選手データ
- HERO'S 選手データ
- SHERDOG 選手データ
- 若翔洋 俊一 - 相撲レファレンス