W.A.S.P.
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| W.A.S.P. | |
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W.A.S.P.(2006年9月17日、スタヴァンゲル公演)
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| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ヘヴィメタル、グラム・メタル |
| 活動期間 | 1982年 - |
| レーベル | ミュージック・フォー・ネイションズ キャピトル・レコード CMC International |
| 公式サイト | www.waspnation.com |
| メンバー | |
| ブラッキー・ローレス ダグ・ブレアー マイク・デューダ マイク・デュプキー |
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| 旧メンバー | |
| ランディ・パイパー クリス・ホルムズ トニー・リチャーズ スティーヴン・ライリー ジョニー・ロッド フランキー・バネリ ステット・ホーランド ダレル・ロバーツ |
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W.A.S.P. (ワスプ)は 1984年にデビューしたアメリカ合衆国のヘヴィメタルバンド。ブラッキー・ローレスを中心にロサンゼルスで結成され、ポップでキャッチーなロックンロールと残虐なパフォーマンスで人気を博した。
目次 |
[編集] メンバー
[編集] 現在のメンバー
- ブラッキー・ローレス(Vo.g /1982-)
- ダグ・ブレアー(g /1992, 2001, 2006-)
- マイク・デューダ(b /1997-)
- マイク・デュプキー(Dr /2006-)
[編集] デビュー当時のメンバー
- ブラッキー・ローレス(デビュー当時はVo,b。現在はVo.g)
- ランディ・パイパー(g /1982-1986)
- クリス・ホルムズ(g /1983-1990, 1996-2001)
- トニー・リチャーズ(Dr /1982-1984)
[編集] 過去在籍したメンバー
- スティーヴン・ライリー(Dr /1984-1987)
- ジョニー・ロッド(b /1986-1989, 1992-1993)
- フランキー・バネリ(Dr /1989-1990, 1992, 1995, 2001, 2004)
- ステット・ホーランド(Dr /1991-2005)
- ダレル・ロバーツ(g /2001-2006)
[編集] 来歴
- 1982年、ブラッキー・ローレスを中心にロサンゼルスで結成。
- 1984年4月、シングル「Animal(Fuck Like A Beast)」でデビュー。タイトルと歌詞が過激なため、所属レコード会社の『キャピトル・レコード』から発売が許可されず、イギリスの『ミュージック・フォー・ネイションズ』から発表。
- 同年8月、『キャピトル』からデビュー・アルバム『W.A.S.P.』発表。問題の「Animal」収録は見送られた(後にリマスター盤CDに収録される)。が、9月には早くもドラムのトニー・リチャーズが脱退。後任にスティーヴン・ライリーが加入。
- 1985年11月、2ndアルバム『The Last Command』発表。
- 1986年7月、ランディ・パイパーが脱退したため、後任にジョニー・ロッド(b.、元キング・コブラ)を迎え、11月リリースのの3rdアルバム『Inside The Electric Circus』以降、ブラッキーがベースからリズム・ギターにパート・チェンジ。
- 1987年8月、「モンスターズ・オブ・ロック」に出演。
- 1989年2月に4thアルバム『The Headless Children』をリリースするも、9月にオリジナル・メンバーだったクリス・ホルムスが脱退。デビュー当時からのメンバーがブラッキーだけとなり、バンドはほぼ解散状態となる。
- 1992年6月、ブラッキーがソロ・アルバムとして製作した『The Crimson Idol』を、レコード会社のアドバイスによりW.A.S.P.名義の5thアルバムとして発表。今作品はザ・フーの『トミー』に影響を受けたコンセプト・アルバムである。ツアーにはダグ・ブレアー(g)が参加している。8月に「モンスターズ・オブ・ロック」に再び出演。
- 1995年の6thアルバム『Still Not Black Enough』もブラッキーのソロ・プロジェクトの意味合いの強い作品となった。
- 1997年の7thアルバム『Kill Fuck Die』で、クリス・ホルムズ復帰。
- 『K.F.D.』時のメンバーにより、『Helldorado』(1999年)『Unholy Terror』(2001年)の2作が発表される。
- 2001年、クリスが再び脱退。『Unholy Terror』のツアーにはダグ・ブレアー(g)が参加している。
- 2002年、ダレル・ロバーツ(g)を加え『Dying For The World』を発表。湾岸戦争に参加した兵士からもらったファンレターにブラッキーは激しく感動し「彼らに新しいものを提供せねばならない」と述べていた。ファンレターの内容は、兵士が戦車で突撃する際に、とても怖かったので「Animal」や「Wild Child」を大音響で戦車のスピーカーから流したというものだった。
- 2004年、コンセプトアルバム『The Neon God: Part 1 - The Rise』、『The Neon God, Part 2 - The Demise』を発表。ツアー後、ダレル・ロバーツとステット・ホーランドが脱退。
- 2007年ダグ・ブレアー(g)、マイク・デュプキー(dr)が加入。『Dominator』発表。
- 2007年から2008年にかけて、クリムゾンアイドル15周年アニバーサリーツアーを実施。スクリーンにクリムゾンアイドルの映像を上映しつつ、アルバム10曲を忠実に再現するステージだった。
- 2009年『Babylon』発表。「Babylon's burning」のプロモビデオが作成された。
[編集] パフォーマンス
ブラッキーが股間にノコギリをつけたファッションで、血糊を飲むなどの過激なパフォーマンスを展開。 クリスは股間を掻き毟り(毛虱だったとは本人の談)、ランディはコスチュームの背中から煙を噴出していた。 『Kill Fuck Die』に伴うツアーでは、豚(もちろん模型)を殺すという残虐なショウも行われたが、1997年の来日公演では神戸連続児童殺傷事件の直後だったため自粛した。同じく過激なパフォーマンスで有名なマリリン・マンソンも影響を公言している。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] スタジオ・アルバム
- 魔人伝 - W.A.S.P.(1984年)
- ザ・ラスト・コマンド - The Last Command(1985年)
- エレクトリック・サーカス - Inside The Electric Circus(1986年)
- ヘッドレス・チルドレン - The Headless Children(1989年)
- クリムゾン・アイドル - The Crimson Idol(1992年)
- スティル・ノット・ブラック・イナフ - Still Not Black Enough(1995年)
- キル・ファック・ダイ - Kill Fuck Die(1997年)
- ヘルドラド - Helldorado(1999年)
- アンホーリー・テラー - Unholy Terror(2001年)
- ダイイング・フォー・ザ・ワールド - Dying For The World(2002年)
- ネオン・ゴッド パート1 ザ・ライズ - The Neon God: Part 1 - The Rise(2004年)
- ネオン・ゴッド パート2 ザ・ディマイズ - The Neon God, Part 2 - The Demise(2004年)
- Dominator(2007年)
- Babylon(2009年)
[編集] ライヴ・アルバム
- ライヴ・ベスト - Live...In The Raw(1987年)
- ダブル・ライヴ・アサシンズ - Double Live Assassins(1998年)
- The Sting(2000年)
[編集] ベスト・アルバム
- ファースト・ブラッド…ラスト・カッツ〜ザ・ベスト・オブ・W.A.S.P. - First Blood...Last Cuts(1993年)