ThinkPad 220

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ThinkPad220(シンクパッド - )は、1993年にIBMから発売されたノートパソコンThinkPadシリーズの一つである。 当時としては画期的な小型サイズで、サブノートというジャンルの草分けとなった。

目次

[編集] 概要

ThinkPad220は、ノート型のパーソナルコンピュータのひとつで、CPUIntel386SL 16MHzモノクロの640X480ドット液晶ディスプレイに80MBハードディスクドライブを標準装備していた。これは、この時代においても標準を下回るスペックであったが、A5ファイルサイズ、重さ1kgは、当時の一般的なノートパソコンの半分に近かった。また、フロッピーディスクドライブは外付けであったが標準装備しており、さらにRS-232Cポート、プリンタポートパラレルポート、外部マウス/キーボードコネクタを標準サイズで持っていた。メモリは標準で2Mバイト、6Mバイトまで増設可能だった。保証のない8Mバイトメモリによる増設も報告されている。

キーボードもコンパクトサイズながらIBM標準配列で、左上にトラックボールを装備していた。本体は全体がつや消しの黒の中で、この赤いトラックボールだけが目立ちチャームポイントになってもいた。ちなみにクリックボタンはキーボードの右上についており、これは本体を両手で持ち上げて操作することを想定した配置である。

このほかにPCMCIAカードスロットが一基装備(PCカードタイプI、タイプII)されていたが、これはカードを裏返しにして挿すというやや特殊なものであった。スロットの位置が底面ギリギリなため、本来上面になる側に突起がある形状のPCカードを挿入しデスク上で220を使う場合、220の下にスペーサーとなる物を置き、本体を浮かせる必要がある。さらに、当時はこの規格そのものに不安定な部分があり、あまり使い勝手はよくなかった。

また、乾電池による駆動が可能で、単3型を6本入れられるようになっており、カタログ上は8時間持つとされているものの、実際にはその半分以下であった。なお、バックライトを消しても視認できる半反射式液晶ディスプレイや、当時としても低スペックなCPUの採用は省電力対策のためであった由。

製品にはこの他に活用法がビデオテープで付属していた。これも当時としては珍しいことであった。

[編集] ソフトウェア

本体に付属したソフトウェアは「IBM DOS バージョン5.0/V」と「Note Menu」で、起動すれば自動的に Note Menu が立ち上がるようになっていた。これには簡単なPIMや設定、それにその他のアプリケーションソフトを登録して起動する機能があった。

当時はWindows 3.1が普及し始めた時期で、凝ったユーザーは220にこれをインストールしていた。なんとか使える程度には動いていたらしい。上記の10Mバイトへのメモリ増設によりWindows 95実用にならない遅さでインストール可能。

[編集] モバイルコンピューティングとの関連

パソコンはダイナブックという構想があったように、元来から持ち歩くことを前提として考えられていた面がある。しかし、そのためのラップトップ及びノートパソコンはとても持ち歩けるようなものではなく、その重量から時にはニークラッシャーなどと呼ばれたものである。電子手帳などの類似的な商品はあったものの、それらはそれぞれに独自の規格によるものであった。そうした中で、いつでもどこでもコンピュータを触りたい、触れるようにしたいという欲求がこの製品を作り上げたと見ることができる。

日本IBMでは、PS/55noteで日本国内市場に参入した直後から、この製品につながる企画が始まったらしい。日本のあるべきノートパソコンの姿として、さらに小さいものが必要だと考え、その具体的な姿として、VHSビデオテープサイズを想定し、最初に作られたのが重量500gを切るものであった。この試作品モノリスの名で伝説的に伝えられている。しかし、社内での判断は、これはほとんどの人には使えないと言うことで、一回り大きくして作られたのが220となった。

当初は5550台限定のモニター販売というものであったが、すぐに売り切れたことから増産され、最終的には2万台程度が売れたものと言われている。製品そのものとしては大当たりというのは難しいが、この後、各社からこれに近いサイズの製品が出され、サブノートというジャンルが確定した。また、モービルコンピューティング(当時はこう呼ぶ方が多かった)の流れを大きく促す原動力ともなった。

[編集] 影響

220発売後のユーザーからの評価は大きく二つに分かれた。一つはこれでもまだ大きいという意見で、これはモノリスを作ったようなタイプのユーザー、コンピュータが大好きでいつでもいじっていたいマニア的な声であった。他方では、もう少し大きくても構わないから使いやすいもの、具体的にはカラー液晶で、もう少し早いCPUで、ハードディスク容量も十分にあって、Windowsがちゃんと動くものを、というような意見である。

結果は後者の方が遥かに多かった。これは、大ざっぱに言えば、オフィス自宅の別なくそのまま仕事を続けたい、という需要で、要は、「マニアの玩具」としてよりも、「ビジネスツール」としての期待が大きかったのである。後にこの流れが『モバイル」という言葉で代表されるようになる。

この声によって後の流れはほぼ決まったと言って良く、日本IBMの次の製品となるThinkPad 230Csは一回り大きく重くなって、カラー液晶搭載となった。また、他社の製品もそれに習い、サブノートというジャンルは、おおよそ重量にして1-2kgと言われるようになった。ジャンルの開拓者が一番小さい、ということになったのである。より小さなものを望むユーザーの一部はHP100LX/HP200LXなどへ向かったが、日本IBMもこの方向をあきらめた訳ではなく、モノリスのコンセプトは後にPalm Top PC 110として結実する。ちなみに、230Cs発売時に、日本IBMから、「アンケートの結果から、とりあえず『大きい方』から出す。『小さい方』を捨てた訳ではない」とのコメントが出されたという。

[編集] ユーザーの活躍

この製品は、ユーザーの勝手連的な活動が派手に見られた製品としても最初のものである。容量の小さいハードディスクを如何に使うか(または換装)、あるいは稼働時間の短い電池をどう使えば長持ちするか、どの電池が長持ちするか、CPUのクロックアップはどうすべきか、と言ったような活用ノウハウがあちこちで追求され、情報の交流が行われた。その成果は書籍という形で具体化された。次のような本が出ている。

  • ビットマップファミリー著『IBM ThinkPad220徹底活用ブック』ビー・エヌ・エヌ、1993年
  • 220研究会編『ThinkPad 220』エーアイ出版、1994年

特定のパソコン商品に対して、その製造元との関連以外からこのような書籍が出たのもこれが最初と思われる。前者は後に類似題の書籍が他機に対しても出るようになり、略して徹活本などと言われるものの走りである。内容は、基本的なハードウェアや操作の解説に始まり、具体的な使用法に至る、かなり濃いものであった。例えば、電池に関して、どのメーカーの電池が持ちがよいかをテスト(デンチマークテスト)し、さらには単1型電池用外部電池ボックスを試作したり、太陽電池で動かそうとしたりと、様々なアプローチが詰め込まれていた。

後者ではソフトウエアの使い方に重点が置かれ、Windows 3.1の何をどうやって削り、容量の少ないハードディスクに詰め込むかが具体的に解説されていた。ワープロ・松試供版などが付録されていたのも目を引く。このような動きもそれ以降のパソコンに引き継がれるものとなった。


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