THE BEST
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| THE BEST | ||
|---|---|---|
| イベント詳細 | ||
| シリーズ | PRIDE(THE BEST) | |
| 主催 | DSE | |
| 開催年月日 | 2002年2月22日 | |
| 開催地 | 東京都文京区 |
|
| 会場 | 後楽園ホール | |
| 試合数 | 全6試合 | |
| イベント時系列 | ||
| PRIDE.18 | THE BEST | PRIDE.19 |
THE BEST(ザ・ベスト)は、日本の総合格闘技イベント。2002年2月22日、東京都文京区の後楽園ホールで第1回大会が開催された。本大会は無名選手や若手選手のPRIDEへの登竜門として開催されたイベントである。
目次 |
[編集] 大会概要
PRIDEを運営するドリームステージエンターテインメント(DSE)が主催。2002年に全3回の大会が行なわれた。ルールは5分2R、ロープを張った8角形のリングの中で試合が行われた。大会のネーミングは、BLOOD(血)、ENERGY(情熱)、SWEAT(汗)、TEAR(涙)の頭文字の4文字とBESTをかけたもの。
スカイパーフェクTV!が視聴料金1500円のペイパービューによる生中継を行なった他、地上波では東海テレビが東海3県ローカルで深夜に録画放送を行なった。解説は当時格闘技雑誌『SRS-DX』編集長だった谷川貞治、ゲストは『PRIDE王』のナビゲーターも務めていたタレントの佐藤江梨子。
東海テレビで放送されていたPRIDE情報番組『PRE-PRIDE』『PRIDE王』の番組内企画PRE-PRIDEから、江宗勲、光岡映二、岡見勇信ら優勝者の活躍の舞台となった。特に江には期待がかけられ、第2回大会からメインイベントの大任を任せられている。
また、PRIDEに1度は参戦したもの、PRIDEから遠ざかっていた選手にも再浮上の機会が与えられた。高瀬大樹、ジャイアント落合、今村雄介らのうち、高瀬がBESTでの活躍が認められて、2003年6月のPRIDE.26へ出場することになった。
PRIDEファンクラブの会員には2000円と一般入場者より低価格に抑え、後楽園ホールやディファ有明といった小さめの会場を選んで2002年中に3回の大会を数えた。しかし、主役に期待されていた江宗勲が第3回大会を欠場し、そのまま格闘技を引退。最後の大会も島田裕二レフェリーと選手のブッキングを担当するブッカーKこと川崎浩市がプロデュースするチーム対抗戦という路線になり、主催のDSEの体制変更に伴い新たにPRIDE武士道シリーズが設けられたことで、BESTは終了した。BESTの出場選手のうち、高瀬、光岡、岡見らがPRIDE武士道に参戦していった。
THE BESTで使用された8角形のリングは、2001年10月のPRIDE.17からPRIDEのリングに採用されていくはずだったものが、流用されたものと言われる[1]。
[編集] 試合結果
- 第1試合 5分2R
- ○
光岡映二 vs.
アンソニー・マシアス × - 2R終了 判定3-0
- 第2試合 5分2R
- ○
キム・ジョンワン vs.
マンモス佐々木 × - 1R 0:25 フロントチョーク
- 第3試合 5分2R
- ○
高瀬大樹 vs.
ジョイユ・デ・オリベイラ × - 2R終了 判定3-0
- 第4試合 5分2R
- ○
ジャイアント落合 vs.
西田操一 × - 1R 2:00 TKO(レフェリーストップ)
- 第5試合 5分2R
- ○
江宗勲 vs.
アミール・ラナヴァルディ × - 2R 1:19 KO(右ストレート)
- 第6試合 5分2R
- ○
今村雄介 vs.
ジョー・サン × - 1R 0:33 タップアウト
- 公式には「スタンディングアームロック」とされていた。サンは入場後、ファールカップを装着していなかったためバックステージに戻され、装着後再入場した。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 外部リンク
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