東京ディズニーランド

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東京ディズニーランド
TokyoDisneyland from above 1989.jpg
舞浜駅と東京ディズニーランドの航空写真。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を元に作成。
施設情報
愛称 TDL(略称)
テーマ ディズニー
キャッチコピー ようこそ、夢と魔法の王国へ
The Kingdom of Dreams and Magic
事業主体 株式会社オリエンタルランド
管理運営 株式会社オリエンタルランド
面積 51万m2
来園者数 2581万8000人(2009年度、TDL・TDS合計)
開園 1983年昭和58年)4月15日
所在地 279-0031
千葉県浦安市舞浜1-1
位置 北緯35度37分58.51秒 東経139度52分49.38秒 / 北緯35.6329194度 東経139.8803833度 / 35.6329194; 139.8803833座標: 北緯35度37分58.51秒 東経139度52分49.38秒 / 北緯35.6329194度 東経139.8803833度 / 35.6329194; 139.8803833
公式サイト http://www.tokyodisneyresort.co.jp/tdl/
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東京ディズニーランド®(とうきょうディズニーランド、英称Tokyo Disneyland®略称TDL)は、千葉県浦安市にある東京ディズニーシー (TDS) などと共に東京ディズニーリゾート (TDR) を形成するディズニーパークである。 他国のディズニーパークと違い、誘致当時の経緯(後述)からTDSと共に唯一ディズニーグループの直営ではなく、オリエンタルランド (OLC)ライセンス方式で運営する。なお東京ディズニーリゾートで販売されているキャラクターの著作権や版権ビジネスは、ウォルト・ディズニー・ジャパンが担当している。

シンボルはシンデレラ城である。

目次

[編集] 開業の経緯

建設計画当時、ウォルト・ディズニープロダクションズ(当時、現:ウォルト・ディズニー・カンパニー。以下「ディズニー」)は、EPCOT Center(現EPCOT フロリダ州オーランド)の設計・建設のまっただ中で初の海外投資には消極的であり、リスクを軽減するために、ディズニーによる直接経営を避けた。そのため京成電鉄三井不動産、朝日土地興業(当時、後に三井不動産に吸収合併)が主要株主であるOLCがディズニーとのライセンス契約のもと施設を所有運営し、ディズニー側がパークの設計をすると共に版権および運営の指導・クオリティー管理を行い、そのすべての費用をOLCが負担する方式をとった。1984年昭和59年)にディズニーは企業買収騒動の末、経営陣が入れ替わるなどの「お家騒動」があったが、この方式は細かな見直しをのぞけば現在までほぼ一貫して同じである。 2006年平成18年)現在、一番新しい香港ディズニーランド・リゾートを含め世界で5つあるディズニーのテーマリゾートのうち、運営会社にディズニーが全く出資していないのはTDLのあるTDRを運営しているOLCだけである。

ディズニーパークの設計を行う専門組織であるWED Enterprises(現 Walt Disney Imagineering)は当時その多くのリソースをEPCOT Center (現 Epcot )に投入していたためTDLのオープン当初のパーク施設のデザインはそのほとんどが米国に既に存在した二つのディズニーパークからの複製であった。 特にフロリダ州オーランドウォルト・ディズニー・ワールド・リゾート内にあるマジック・キングダム・パークから多くの影響を受けており、世界に4つある「ディズニーランド」と名の付くディズニーパークのうち、TDL以外の3パークはすべて「眠れる森の美女の城」をシンボルにしているが、TDLでは、マジック・キングダム・パークと同じ「シンデレラ城」をシンボルとしている。

TDLの建設時、ディズニー側にあったアトラクション等の設計図面は現場での度重なる変更を完全には反映しておらず、米国のパークに現存する施設との不一致が多数確認された。より米国のオリジナルのパークに忠実な施設を日本に再現するため、日本側のスタッフが何度も米国に赴いて実測図を作成し、それを基に新たな設計図面が起こされた。

それらの図面類は日本の建築基準法やディズニーの機密保持等の関係もあり、TDL内にある「ドキュメントコントロールセンター」と呼ばれる部署で集中管理され、施設改修時には随時最新版に差し替えられ、「ここの図面があればTDLをもう一つ作ることができる」と言われるように、すべての図面類をここで保管している。なお、世界のディズニーパークでこのような形で図面を集中管理するようになったのはTDLが初めてである。

[編集] 建設候補地

建設候補地は浦安市舞浜の他、清水市(現・静岡市清水区)、御殿場市横浜市川崎市我孫子市ひたちなか市などがあったが、東京都心に近い立地の良さからディズニー側はかなり早い段階から舞浜に決めていた。しかし誘致合戦でOLCからより良い条件を引き出すため最後まで清水市と舞浜の二カ所を候補地として残した。最終的にディズニー首脳陣は日本の象徴である富士山が常に見える場所では人工物が引き立たなくなってしまうと言う表向きの理由を付けて清水市を除外した。なお横浜は埋め立てで場所をとると工業地帯の用地不足になるとのことから早い段階で候補から外された。

[編集] 沿革

肩書きは全て当時のもの。

[編集] チケット・入場料金

[編集] パーク

それぞれのテーマに分かれたエリアが7つあり、それらを「テーマランド」と呼ぶ。各テーマランドに配置されるアトラクションや物販店・飲食店および装飾類は、そのテーマに合わせてイメージの統一が図られている。園内の施設は、アトラクション以外の施設も全てOLC直営である。ワールドバザールをシンデレラ城へと抜けた場所の芝生には、カルガモが多く生息している。

パーク内にはショップ、レストラン、サービス施設が多数点在する。

メイン・キャラクター

ディズニーの主だったキャラクターは大抵登場するが、中でも「ビッグ5」(米国では "FAB 5" や "fabulous 5")と呼ばれるメイン・キャラクターは、パレードやショーなどでもほぼ必ず登場し、別格とされている。

ミッキーマウスミニーマウスドナルドダックグーフィープルート

また、チップとデールを入れて、「ビッグ7」とも呼ばれる。最近はデイジーダックやマリー、スティッチやクラリスを入れてビッグ10やビッグ11と呼ばれる場合もあるが、公式ではない。

パーク内にいるこれらキャラクター達は、ちゃんとした個性を持つキャラクターとして扱われる。「ミッキーはミッキー」であり、誰が演じているか意識させない点を徹底している。キャラクターを演じるキャストは、「TDRでキャラクターを演じている(いた)事実を、在職中・退社後問わず外部の人間に漏らさない」旨の機密保持契約をOLCと交わさなければならない。ところが、1990年に当時の首相である海部俊樹が来園した際、帰り際に「ミッキーやミニーの中にいる人たちも本当にご苦労様でした」とスピーチし、広報のキャストらは困ってしまった。

また、京葉線が鉄道施設の火災による停電により不通になった2006年9月、パークへのキャスト出勤が困難となり開園時間が遅くなったトラブルの際、テレビ朝日の報道リポーターがTDRの広報担当キャストに「ミッキーやミニーは大丈夫でしたか?」という質問をすると、キャストは「ミッキーやミニーはここに住んでますから」と答えた。ストーリー上、上記の主要キャラクターは、パーク内のトゥーンタウンに居住しており、本籍もそこにある。同エリアの「ミッキーの家とミート・ミッキー」に展示されている「彼」のパスポートに明記されている。

[編集] テーマランド一覧

[編集] ワールドバザール

アメリカ20世紀初頭の「典型的な地方都市」の町並みを再現したテーマランド。ウォルト・ディズニーの出身地マセリーンがモデルとされている[6]。TDL以外では「メインストリートUSA」と呼ばれる。サービス施設と物販店が多く、現実のショッピングモールに準じた配置となっており、実質的にアトラクションは存在していない。日本では雨の多い気候に合わせて、アーケード商店街の様に通路全体を「オール・ウェザー・カバー」と名付けた強化ガラス製の大屋根で覆うことで、全天候型エリアとなっている。他のディズニーパークとテーマランドの名称が異なるのはこのためでもある。

[編集] アドベンチャーランド

未開の地を探検したり、海賊のいた世界を冒険したりすることを題材にしたテーマランド。「カリブの海賊」、「ジャングルクルーズ」、「魅惑のチキルーム」など、米国ディズニーランドでも歴史が古いアトラクションの移入が多い。また、ウォルト・ディズニーが愛したとされるロイヤル・ストリートもアドベンチャーランドにある。

[編集] ウエスタンランド

アメリカ開拓時代の西部の町並みを再現したテーマランド。海外のディズニーランドでは「フロンティア・ランド」と呼ばれる。「アメリカ河」という環状の「河」が敷地の多くを占め、アメリカ河の中央には散策型施設「トムソーヤ島」がある。アメリカ河を航行する「蒸気船マークトウェイン号」や、鉱山列車型のローラーコースタービッグサンダー・マウンテン」、劇場型アトラクション「カントリーベア・シアター」などがある。

[編集] クリッターカントリー

ディズニー映画『南部の唄』を題材に「小動物たちの住む郷」をテーマにしたテーマランド。1992年10月1日から公開された。ウォーターシュート型アトラクション「スプラッシュ・マウンテン」と、園内で唯一の人力アトラクション「ビーバーブラザーズのカヌー探険」がある。

[編集] ファンタジーランド

西洋のおとぎ話をテーマにしたテーマランド。園内のシンボル「シンデレラ城」はここに存在する。『シンデレラ』、『ピノキオ』、『白雪姫』、『ふしぎの国のアリス』等、往年のディズニー作品をモチーフにしたアトラクションが多い。 人気のアトラクション「イッツ・ア・スモールワールド」や「ホーンテッドマンション」もこのファンタジーランドに位置する。

[編集] トゥーンタウン

ディズニーアニメをテーマにした「ミッキーと仲間たちの住む街」という設定のテーマランド。1996年4月15日(開園13周年)から公開された。親子連れなど低年齢層向けのアトラクションが多い。ミッキーマウスに必ず会うことができる「ミッキーの家とミート・ミッキー」がある。講談社がこのテーマランド全体のスポンサーになっている。「ディズニーキャラクターたちが運営している」という店やワゴンが多い。街全体がギャグに溢れている。

[編集] トゥモローランド

人類月面着陸以前に想い描かれた無機的なSF世界を元に「未来の国」をテーマにしたテーマランド。「スペース・マウンテン」や「スター・ツアーズ」等のスリル系アトラクションや「キャプテンEO」などの映像系のアトラクションなどがある。

そのコンセプト上、アトラクションには常にその時点での最新技術やテーマが求められることから、技術やテーマが時代遅れとなったアトラクションの入れ替えが最も多いテーマランドである。特にトゥモローランドに多い映像系のアトラクションは投資額が少ないものの、人気の持続が難しく入れ替えが早い。開園当初からウォルト・ディズニー・ワールドにあるエプコットと非常に似たコンセプトを持つエリアである。

[編集] Trivia

  • 東京ディズニーランドのシンデレラ城のファンタジーランド側の出入口の上にはディズニー家の紋章が掲げられている。また、その紋章は以前までシンデレラ城の旧カラーと同じ白色だったが、2006年4月から7月にかけて行われていたシンデレラ城の補修工事とシンデレラ城ミステリーツアーの撤去作業によって、金色に塗り替えられている。なお歴史上実在するディズニー家の紋章はまったく別の意匠である。

[編集] アトラクションとエンターテイメント

東京ディズニーランドのアトラクション東京ディズニーランドのエンターテイメント東京ディズニーランドのアトモスフィアを参照。

[編集] 今後の計画

[編集] 新アトラクション『グーフィーのペイント&プレイハウス

2012年(平成24年)8月24日にオープンする予定である。場所はトゥーンタウンのグーフィーのはずむ家の跡地。提供は株式会社講談社。

[編集] 全面リニューアル『スター・ツアーズ:アドベンチャー・コンティニュー

2013年(平成25年)春にオープン予定。場所はトゥモローランドの現スターツアーズ。 リニューアルに伴い、2012年4月2日クローズ。

[編集] 事件・事故等

  • 1983年(昭和58年)4月 : トム・ソーヤ島で幼児が岩場から転落し、頭がい骨骨折の重傷。開園後初の重大事故であったという。その後も同種の事故が発生したため、問題の岩場は改修が重ねられた[7]
  • 1984年(昭和59年)3月18日 : 駐車場で3歳の幼児が観光バスに頭部を轢かれて死亡。開園11ヶ月目にして初の死亡事故となった[7][8]
  • 1984年(昭和59年)10月 : アトラクション「スペース・マウンテン」に乗車した女性が意識不明となり、病院への搬送後死亡。死因は急性心不全[7]
  • 1986年(昭和61年)11月 : アトラクション「スペース・マウンテン」で部品落下事故。乗客1人が軽いけが。
  • 1987年(昭和62年)6月 : アトラクション「スペース・マウンテン」停止後に最前列に座った男性が立ち上がらなかった。担架が運び込まれるも脳溢血でほぼ即死だったことが判明[9]
  • 2001年(平成13年)9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件の影響により、アメリカ文化の移入であるTDRもテロの標的にされる懸念から、警備が強化され入園者の手荷物に対する検査等が開始され現在に至るも継続中。
  • 2003年(平成15年)12月5日 : アトラクション「スペース・マウンテン」において走行中、車軸が折れ車両の脱線事故が発生、ゲスト12人が乗っていたがけがはなかった。原因はTDR全体で設計書の単位ルールを見直した際、単位見直し前の古い設計書と新ルールに基づいた新しい設計書の2種類(インチとミリ)が存在してしまい、古い設計書の数値を用いて新設計書の単位で発注してしまった為、仕様に合致しないサイズの車軸が納品・使用され、規定外の隙間が生じた為。事故発生後約2か月半の間クローズされた。
  • 2007年(平成19年)1月18日 : レストラン「イーストサイド・カフェ」にて提供された前菜『カプレーゼ(モッツァレラチーズとトマトの前菜)』のうち、9食に賞味期限が1月17日となっているモッツァレラチーズを使用していたことが18日14時10分に判明。OLCは、判明後直ちに提供を一時中止し新たに賞味期限内のチーズが納品されたことにより提供を再開し、この事実を翌1月19日に公表[10]すると共に市川保健所などに届出を行った。OLCの調査によると、原因は納品担当者が当日の日付を1月17日と勘違いし、賞味期限切れに気付かないまま当該チーズを自社倉庫から出庫・納品していたことに加え、店舗担当者が本来行われるべき納品されたチーズの日付確認及び商品検収記録簿への記載を行わないまま使用し、本来の納品フローと異なる対応をした為である。
  • 2007年(平成19年)5月31日 : パーク内の商品店舗などで大阪府高石市の市立中学校3年の男子生徒15人が修学旅行として訪問の際、“集団万引”していたことが判明した。万引した15人は発覚後、修学旅行から隔離され謝罪、引率責任者の教頭がTDRへ出向き謝罪、商品を返却した。なお、TDR側は「学校の指導に任せます」として、本件に対しては被害届は出していない。また、翌年以降の修学旅行も予定どおりTDL訪問を含め行っているという。
  • 2007年(平成19年)12月9日 : 午後6時10分ごろ、停電によるシステム障害が発生し、「スペースマウンテン」など25のアトラクションが一時停止し、順次復旧するも閉園時間までに4つのアトラクションが再開できない事態となった。ショップやレストラン、エンターテイメントプログラムに影響はなく通常通り実施され、閉園時間の繰上げなどは行われなかった。後日使用できる優待パスポートと後日利用可能な優先入場整理券が希望者に配布された。TDR関連の停電によるシステム障害は落雷の影響を除くと2004年10月22日TDSに続いて2度目となる。なお、事故原因はバックステージにある特別高圧変電所の移転作業中に配電システムの接続不備があったため、配電先の圧縮空気製造機器が停止、アトラクションの空圧が喪失したことにより一斉に複数のアトラクションで非常停止機能が実行されたものであった。
  • 2008年(平成20年)1月3日 : 午後2時30分ごろ、アドベンチャーランドにあるアトラクション「スイスファミリー・ツリーハウス」3階から出火。17平方メートルを焼いて消し止められた。周辺にいたゲスト100人が避難し、現場が一時閉鎖された、ゲストやキャストに怪我人は無かった。原因は非公開だがキャストが駆けつけ時、電気系統によるトラブルは確認されなかった。この小火騒ぎは、パーク運営時間中に発生した初めての火災事故である。この事故により当該アトラクションは約2週間クローズされた。
  • 2008年(平成20年)1月8日 : 午後2時20分ごろ「ディズニー・ドリームス・オン・パレード"ムービン・オン"」の公演中にフロートの支柱が折れ、装飾物が約3メートルの高さから地面に落下した(落下事故はパーク開園以来初めて)。見物のゲストらにけがはなかった。このフロートは全17台のフロートのうち1台で、鉄製の支柱(直径約14センチ)を固定している金具が破断し、支柱と先に付いた惑星を模した強化プラスチック製の球体9つ(計約300キロ)が落ちた。原因は2007年12月に行われたフロートの定期点検の際、内部構造の非破壊検査を本来検査を行う資格のない専門業者の従業員が行った為に適正に行われず、結果この段階であったであろう金具の金属疲労による亀裂を見逃した為である。この事故に伴い、「ディズニー・ドリームス・オン・パレード"ムービン・オン"」と「東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツ」の全フロート(計46台)の緊急点検のため、11日までの公演を中止し、安全点検が行われた。
  • 2008年(平成20年)3月27日 - 4月19日 : 賞味期限切れの商品「明治ベビーフード赤ちゃん村麦茶」4個をTDL内で販売した。従業員のチェックミスが原因。
  • 2009年(平成21年)8月12日 : オリエンタルランドに対して2009年(平成21年)6月18日正午ごろ「(東京ディズニーランドを)閉園しなかったら爆発するぞ」などと電話をかけて脅したとして千葉県警浦安署は12日、威力業務妨害容疑で岐阜県の自称アルバイトの男(35)を逮捕した。通報を受けた浦安署員が園内を調べたが不審物は見つからなかった。調べによるとこの男は名古屋市のバス会社に勤務しており、ディズニーランド行きの長距離バスも運転していたが、6月に無断欠勤するようになり、事件3日前の15日に会社を辞めていた。
  • 2011年(平成23年) 3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響により、TDRを含む東京湾岸の埋立地の広域で液状化現象が見られ、パーク内の施設点検を行うため終日運営を見合すことになった[11]。運営再開は2011年3月21日を目途に発表するとのこと[12][13]だったが、結局未定となった。その後、パーク再開が4月15日と公式に発表された[14]。再開後も、節電のため営業時間の短縮や一部アトラクション・イベントの自粛などを行う。

[編集] その他

  • パークの名称決定時には、ディズニーとOLCの名称を合わせた「オリエンタルディズニーランド(Oriental Disneyland)」や日本を意識した「ディズニーランド・ジャパン(Disneyland Japan)」等も候補に挙がったが、世界的に有名な都市「東京」圏内にあり、名称で所在地が明確になる等で「東京ディズニーランド(Tokyo Disneyland)」に決定したと言われている。 なお、TDLが開業時から1999年前半まで使われていたパークのシンボルマークは「『D』を表した□状の内側にパークのホストである(設定の)ミッキー・マウスのシルエットをあしらい、それをオリエンタルランドの『O』字で囲んだものである。これは現在では、『ディズニーとOLCの友好の証』と言われているが、決定当時は仮決定していた「オリエンタルディズニーランド」という名称に疑問を呈したOLCに対して、ディズニー側が名称変更は認めたものの、シンボルマークの変更は認めなかったためである。1999年秋頃からは現行のシンデレラ城のシルエットに変更した。
  • TDL開園10周年の記念式典の際に当時のディズニーCEOマイケル・アイズナーは、大成功を収めているTDLプロジェクトをライセンス方式で運営したことを「史上最大の失敗」と冗談めかして語っている。TDL計画当初、ディズニー側は自社の長年の計画であったフロリダのEPCOT Center(現:Epcot)に多額の投資をしており、海外進出を考える段階ではなかった。そのためリスクを避けるためライセンス方式による運営で、ディズニーは全く出資していない。
  • パーク内は随所に遠近法を利用しており、シンデレラ城と、三大マウンテンと呼ばれるコースター系アトラクション(スペース・マウンテンビッグサンダー・マウンテンスプラッシュ・マウンテン)の最上部は、ほぼ同じ高さである。ちなみに一番高さが高いのはシンデレラ城で、51m。
  • アトラクションは、アナハイムのディズニーランドと基本は同じものが多いが、同じアトラクションでも日米双方のアトラクションを体験すると若干ダイジェストされているものがあることがわかる。
  • TDLをはじめとするディズニーパークは、世界的に有名な施設であることから多くの都市伝説、及びそれに類するデマが存在するが、その多くが根拠のないものである。都市伝説に関する詳細は東京ディズニーランドの都市伝説の項目を参照のこと。
  • 浦安市は2002年からショーベース成人式を開催している。これは、新成人で構成される実行委員会からの提案を受け、浦安市がOLCと協議した結果、実現したものである。(詳しくは浦安市を参照。)
  • 現在、TDLは年中無休で営業しているが、以前は1年間に数回「休園日」というものが存在した。これは、テーマランドの一つである「ワールドバザール」が店舗面積4,098m²の「第1種大規模小売店舗」に該当するため、大規模小売店舗法によって休日が規定されていたことが影響している。休園日は主に冬季に設定され、クリスマスなどイベントの飾り付けや通常では出来ない大規模なメンテナンス(オーディオアニマトロニクスの交換にヘリコプターを使う場合もあった)を行ったり、火災や地震など実際の営業で起こり得る災害を想定した大掛かりな防災訓練を行ったことがある。2000年6月に大規模小売店舗法は廃止され、新たに大規模小売店舗立地法が執行されたことで、現在休園日は設定されていない。
  • 1957年5月三越日本橋本店屋上に「こどもの夢の国 楽しいディズニーランド」という屋上遊園地が設置された。西井一夫編『60年安保・三池闘争 1957-1960 石原裕次郎の時代』毎日新聞社、36ページに当時の写真が掲載されている。東京ディズニーランドが開業する遥か以前にも、日本に「ディズニーランド」の名を冠する施設が存在していたことになる。また、同様の写真が『写真と資料で読む昭和30年代大図鑑!! 三丁目の夕日の時代 日本橋編』小学館,21ページにも掲載されている。それによると、昭和32年、ディズニーとの契約により期間限定で設置されたとのこと。メリーゴーランド等のアトラクションやシンデレラ城が設置された。
  • 園内には多くの「ヒドゥン・ミッキー(隠れミッキー)」(壁画やオブジェの一部にさりげなくミッキーフェイスがあしらわれている)なるものが多く存在している。これはTDSでも見られる。また、ビドゥン・ピノキオも存在し、これはTDLの、イッツ・ア・スモールワールド内で見ることができる。
  • ヒドゥンミッキーの具体的な位置は、「トゥーンタウンの車のタイヤ跡」や「男性用トイレの洗浄ボタン」(いずれもTDL)などである。
  • 学校行事として来園する際には制服着用での来園(特に学ラン)を控えるよう旅行代理店を通じて呼び掛けている(ただし強制ではない)
  • ハロウィンイベントの特定日にはゲストがディズニーキャラクターの全身仮装を出来る。その際の注意点として、ディズニーとスクウェア・エニックスのコラボレーション作品『キングダム ハーツ』シリーズの仮装が現在のところ認められていない点が挙げられる。仮装は現在のところディズニーアニメーションもしくはアトラクションに登場するキャラクターのみが認められており、キングダムハーツシリーズはゲーム作品である為、オリジナルキャラクターの版権がディズニーにあるとはいえ、認められた仮装には含まれていない。また、これに限らずキングダムハーツシリーズのアトラクション自体も、当然ながら存在しない(仮装ルールは毎年変更がある為、今後も同様である保証は無い点に注意のこと。詳しくはその年のルールを参照。)。
    • 尚、過去の仮装ルールページの注意点イラストに、キングダムハーツシリーズの主人公であるソラの衣装の一部が掲載され、明確に禁止された事もある。
  • 屋内系のアトラクションのシアター入口等にある扉は手前(外側)に開くようになっているが、これは浦安市の消防条例により非常脱出時に扉を押して出口に向かえる様にする(パニックドア)ことが定められているためである[15]
  • 以前はピンバッジの交換会(ピントレ)が行われていて交換の為の待ち合わせ場所「ピンステーション」があったが現存しない。

[編集] アクセス

[編集] 鉄道

[編集] バス

東京ディズニーランド入口付近に、バスターミナルがある。以下の路線が乗り入れ、東京ベイシティ交通京成バスを中心とした事業者により運行されている。

[編集] 道路

  • 最寄りの高速出口
  • 最寄りの高速入口
    • 首都高速湾岸線舞浜入口(西行)
    • 首都高速湾岸線葛西出入口(西行)
    • 首都高速湾岸線浦安出入口(西行・東行)
  • 駐車場

なお、駐車場については東京ディズニーリゾートの駐車場、東京ディズニーランドを参照のこと

[編集] バス・ターミナル

[編集] オフィシャルスポンサー

オフィシャルスポンサー制度は、ウォルト・ディズニーの発案によりカリフォルニアのディズニーランド(DL)で始まった制度で、日本語で表記する場合は「参加企業制度」となる。

参加企業の資格
  • 参加企業はパーク内の施設やエンターテイメントを提供する。
  • 参加企業は1業種1社
  • 参加企業は業界のリーディングカンパニーであることが望ましい。
参加企業に付与される権利
  • 参加企業は自社の広告宣伝や販売促進といった営業活動、あるいは広報活動などに、TDRをひとつの媒体、素材として使用できる
  • 参加企業はパーク内の提供施設において、企業名やブランド名を告知することができる。
  • 参加企業はCMやパンレット等の広告物にTDRの名称やロゴ・マークやパーク内画像等の各種ビジュアルを使用できる。
  • 参加企業はTDRチケットやTDR専用商品、TDR施設利用権を使用した宣伝や販売促進活動などを行うことができる。
  • 参加企業のうち、サービスが主な事業である日本航空を『オフィシャル・エアライン』、ジェーシービーを『オフィシャル・カード』とし、ゲストがTDRの内外で両社のサービスを利用する場合に特典を付与している。
  • 上記権利の有効範囲は原則として日本国内に限られる。
東京ディズニーリゾートの地図

[編集] 現在のスポンサー

なお、ワールドバザールに「三井住友銀行(旧三井銀行)浦安支店東京ディズニーランド出張所」が存在するが、三井住友フィナンシャルグループはオフィシャルスポンサーではない。また、OLCのメインバンクでもない(OLCの主要取引銀行はみずほコーポレート銀行(旧:日本興業銀行)と中央三井信託銀行(旧:三井信託銀行))。これは大株主の三井不動産のメインバンクが三井銀行であったことが影響している。なお、1997年までは銀行の店舗出店が大蔵省によって規制されており銀行の独断で自由に出店できなかった点(→インストアブランチ参照)、三井信託銀行は法人と個人富裕層向け取引が中心で、店舗数が信託銀行の中では少ない方であったという背後環境もあった。

[編集] 過去の主なスポンサー

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ “開園5周年を迎え、年間パスポート発売 東京ディズニーランド” (日本語). 朝日新聞朝刊 (朝日新聞社): p. p.30. (1988年2月28日) 
  2. ^ 3月18日時点における「東北地方太平洋沖地震」の影響に関するお知らせ (PDF)”. オリエンタルランド (2011年3月18日). 2011年4月15日閲覧。
  3. ^ “ミッキーに会えた! ディズニーランド1ヶ月ぶり再開”. 朝日新聞. (2011年4月15日). http://www.asahi.com/national/update/0415/TKY201104150142.html 2011年4月15日閲覧。 
  4. ^ http://www.olc.co.jp/wpmu/wp-content/blogs.dir/2/files/2011/04/20110420_03.pdf
  5. ^ 同日より東京ディズニーランド・エレクトリカルパレード・ドリームライツがリニューアルにより休演する予定の為、7月7日までは雨天時に限らず公演予定
  6. ^ ミニ番組『夢の通り道』にて、マセリーンを取り上げたことが数回あるが、いずれもワールドバザールのモデルとして紹介している。
  7. ^ a b c 古川更子「東京ディズニーランド事故白書」『文藝春秋』1990年12月号
  8. ^ 事故翌日の朝日新聞毎日新聞朝刊にも報道記事あり。こちらでは幼児の年齢が4歳となっている。またこの件は粟田房穂・高成田享著『ディズニーランドの経済学』においても触れられている
  9. ^ 朝日新聞社会部 『それからの時』 朝日新聞社、1992年、13-14頁。ISBN 9784022565389
  10. ^ 賞味期限切れチーズ使用に関するお知らせ (PDF)”. オリエンタルランド (2007年1月19日). 2010年3月18日閲覧。
  11. ^ 本日の地震の影響による明日のパーク運営について (PDF)
  12. ^ 3月13日以降のパーク運営について (PDF)
  13. ^ 3月14日時点における「東北地方太平洋沖地震」の影響に関するお知らせ (PDF)
  14. ^ 「東京ディズニーランド®」の運営再開について (PDF)”. オリエンタルランド (2011年4月12日). 2011年4月15日閲覧。
  15. ^ 東京ディズニーランド社内誌「Tokyo Disneyland LINE」開園10周年記念要約版

[編集] 外部リンク

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