セックス・ピストルズ
| セックス・ピストルズ | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 別名 | ピストルズ |
| 出身地 | |
| ジャンル | パンク・ロック |
| 活動期間 | 1976年 - 1978年 1996年 2002年 - 2003年 2007年 - 2008年 |
| レーベル | EMI ヴァージン・レコード ワーナー・ミュージック |
| 公式サイト | Sex Pistols Official Site |
| メンバー | |
| ジョニー・ロットン (ボーカル) スティーヴ・ジョーンズ (ギター) ポール・クック (ドラムス) グレン・マトロック (ベース) |
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| 旧メンバー | |
| シド・ヴィシャス (ベース) | |
セックス・ピストルズ (Sex Pistols) は、イギリスのパンク・ロックバンド。1970年代後半のロンドン・パンク・ムーヴメントを代表するバンドである。ポピュラー・ミュージック・シーンで初めて、イギリス王室やイギリス政府などを名指しで攻撃した。
目次 |
[編集] メンバー
- メンバー
- ジョニー・ロットン(本名:ジョン・ライドン) - ボーカル
- スティーヴ・ジョーンズ - ギター
- ポール・クック - ドラムス
- グレン・マトロック - ベース
- シド・ヴィシャス - ベース(1979年死去)
[編集] 概要
1970年代半ばのロック・シーンは、ハードロックとプログレッシヴ・ロックが二大主流で、超絶技巧のギターテクニックや、初期の高価なシンセサイザーなどが用いられ、「スーパー・バンド」と一般聴衆たちとの間には溝が生まれつつあった。
当時、ロンドンのキングス・ロードで『SEX』というブティックを経営していたマルコム・マクラーレンは、店に出入りしていた不良少年のスティーヴ・ジョーンズ(ギター)とポール・クック(ドラムス)が結成したアマチュアバンドに目をつけた。マルコムはアメリカで2週間ほどニューヨーク・ドールズのマネジャーを務めたことがあり、ニューヨーク・パンク・ムーヴメントをイギリスでも流行らせたいと思っていた。そのバンドにグレン・マトロック(ベース)とジョニー・ロットン(ヴォーカル)を加え、貸しスタジオで練習を重ねた後、セックス・ピストルズとしてライブデビューした。
当時としては反動的なシンプルなギター・コード、イギリス政府・イギリス王室・EMIのような体制や権威を扱き下ろす歌詞、短くカットした髪をツンツンに立て、破れた服を安全ピンで留めるといった斬新なファッション、テレビや雑誌のインタヴューで "shit"、 "fuck"、 "cunt"を連発するというスキャンダルにより、すぐに注目されるようになった。同時に、保守層からは敵視され、演奏会場ではどこでも中止運動が起こった。メンバーが襲われて重傷を負う事件すら発生した。エリザベス女王在位25周年祝典の日にテムズ川のボートでゲリラライヴを行い、英国国歌と同名の曲『God Save the Queen』を演奏し逮捕された。このプロモーションの成果は上々で、全英シングルチャートで最高2位(NMEチャートでは最高1位)を記録した。
ボーカルのジョニー・ロットンは、『Anarchy In the U.K.』で、「おれは反キリスト者でアナーキスト」と叫び、破壊思想を流布するとして当局から監視された(ちなみに、それまでアナーキーという言葉は左翼インテリの間でしか使われていなかった言葉で、事実上ピストルズがこの言葉を一般に広めたといえる)。元MI5(英国機密情報局)部員が後に証言したところによると、MI5のテロリストやスパイの監視を行う部署に、『1977年コンテンポラリーミュージック破壊活動分子』というタイトルの付いたファイル群があり、その膨大な書類はすべてピストルズに関するものだったという。しかし、ピストルズは左翼のみに支持されたわけではなく、曲『Bodies』はイギリスの保守ソングのランキング10位中にランクインしている。
安全ピンや、髪をツンツンに立てるといったファッションは、元々リチャード・ヘル(テレヴィジョンやハートブレイカーズの創設メンバー)が行っていたものを、マルコム・マクラーレンが採り入れたと言われているが、ジョン・ライドンの自伝では、ピストルズ加入以前から短髪を緑色に染めたり、親に買ってもらったスーツをカットして安全ピンで繋ぐなどしていたと記述されている[1]。
1977年にベーシストのグレン・マトロックが、ジョニー・ロットンとの不和などの理由で脱退。後継ベーシストとして、古くからロットンと親しかったシド・ヴィシャスが採用された。彼はピストルズの熱心な「追っかけ」であり、ルックスも良く、ポゴダンスを生み出し、ライヴ会場では様々な武勇伝で有名だった。このシドの加入で、ピストルズはよりスター性のあるバンドとなった。しかし、作曲面における功績が大きかったグレンの脱退はバンドの将来に暗い影を落とすことになった。
大手レーベルのEMIと契約し、シングル『Anarchy In the U.K./I Wanna Be Me』をリリースするが、テレビで放送禁止用語を連発したことが問題となり、契約を破棄された。つぎにA&Mと契約したが、シングル『God Save the Queen/No Feelings」の発売直前に破棄された。結果としてバンドは両者から巨額の違約金を手に入れた。最後にヴァージン・レコードと契約し、以後すべてのシングル、アルバムをここから発売している。
この契約トラブル劇は、レーベルに所属するプログレッシブ・ロックのミュージシャン達の強硬な反対も大きく影響していたといわれる。最終的に契約したヴァージンでも、マイク・オールドフィールド(ヴァージン契約第1号ミュージシャンでもある)が最後まで契約に反対していたという。
唯一のオリジナル・アルバム『勝手にしやがれ!!』は、ロキシー・ミュージックやピンク・フロイド、ポール・マッカートニーなどを手掛けたクリス・トーマスによってプロデュースされた。クリスは1996年・2007年の再結成のライヴ盤のプロデュースも行っている。
マルコムは、アルバムの販売権をヴァージンには独占させず、フランスの会社に1曲多い盤の製作を許可するなどの揺さぶりをかけた。米国では、大手のワーナー・ブラザーズ、日本では当初日本コロムビアからと、本来の資本系列とは無関係に発売された(後に、日本盤はヴァージン提携レーベルからの発売に変更された)。
1978年、ワーナーの企画により、保守的なアメリカ南部からツアーを始めたが、何故か先進的なニューヨークのある東部を周らなかった。そのツアー中、バンドは破滅へと向かう。
[編集] 来歴
- 1976年11月 - 結成
- 1977年10月 - ファースト・アルバム『Never Mind the Bollocks』を発売。
- 1978年1月14日 - 初のアメリカツアーの最中(サンフランシスコ、ウインターランド公演後)に、ジョニー・ロットンがバンドを脱退。実質上 バンドの終焉となる。
その後、スティーヴ・ジョーンズとポール・クックは、イギリスの大列車強盗犯人であるロナルド・ビッグスや、ナチスの戦犯で絞首刑の判決を受け、処刑前に自殺したが1972年まで死体が見つからなかったため南米逃亡説のあったマルチン・ボルマン(これは、本人かどうかも不明だが、映画『ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル』でも、ナチスの制服を着用した男が登場している)とコラボレーションを行い、おふざけ半分でピストルズを延命させた。マルコムは、嫌がるシド・ヴィシャスに、フランク・シナトラの「My Way」の替え歌をレコーディングさせ、レコード発売も行っている。その後シドは、恋人であったナンシー・スパンゲンを刺殺した容疑をかけられたまま、麻薬の大量摂取が原因で他界。結果的には、シドの代表的ナンバーとなった。
- 1996年 - 「金のため」とうそぶきオリジナルメンバーにより再結成。ワールド・ツアーの一環として来日し、洋楽アーティストとしては異例の1か月間、18公演を行っている。
- 2002年 - 夏に2回目の再結成、イギリスとアメリカで2公演を行う
- 2003年 - 夏にアメリカ・ツアーを行う。
- 2006年 - ロックの殿堂入りの資格を得るが、ジョニー・ロットン筆頭に本人達は殿堂入りを蹴った。
- 2007年 - 11月に4回目の再結成を行い、ワールド・ツアーを展開。
- 2008年 - サマーソニックに出演。
[編集] 来日公演
[編集] 1996年
- ツアー公演
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- 10月28日,29日,11月19日 CLUB CITTA'
- 10月31日~11月2日,13日,14日、松下IMPビル
- 11月4日,5日 日本武道館
- 11月7日 福岡サンパレス
- 11月9日~11日 CLUB DIAMOND HALL
- 11月17日 長野県松本文化会館
- 11月21日 北海道厚生年金会館
- 11月23日 仙台サンプラザ
[編集] 2008年
- 単独公演
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- 8月12日 STUDIO COAST(江東区)
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- アナーキー・イン・ザ・UK / アイ・ワナ・ビー・ミー (Anarchy In the U.K. / I Wanna Be Me)
- ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン / ディド・ユー・ノー・ロング (God Save the Queen / Did You No Wrong)
- プリティ・ヴェイカント / ノー・ファン (Pretty Vacant / No Fun)
- さらばベルリンの陽 / サテライト (Holidays In the Sun / Satellite)
[編集] アルバム
- スタジオ・アルバム
- 勝手にしやがれ!! - Never Mind the Bollocks(1977年)
- ライヴ・アルバム
- Anarchy in the UK: Live at the 76 Club (1985年)
- 勝手に来やがれ!! - Filthy Lucre Live(1996年)
- Raw and Live (2004年)
- 企画盤
- Spunk (ブートレグ-1977年、オフィシャル-2006年)
- ザ・グレイト・ロックン・ロール・スウィンドル - The Great Rock'n'roll Swindle(1979年)
- Some Product: Carri on Sex Pistols (1979年)
- Flogging a Dead Horse (1980年)
- Kiss This (1992年)
- Jubilee (2002年)
- Sex Pistols Box Set (2002年)
- Agents of Anarchy (2008年)
[編集] 映像作品
- ノー・フューチャー(2000年、バンドのドキュメント)
- クラシック・アルバムズ:勝手にしやがれ(2002年、レコーディングのドキュメント)
- ザ・グレイト・ロックンロール・スウィンドル(2003年、1980年公開の映画)
- 勝手にやったぜ!!(2008年、ライブDVD)
[編集] 注釈
- ^ 多くのピストルズ関連の書物でも、ピストルズ加入以前のジョニー・ロットンは、ロック史上でも代表的なプログレのバンドで当時すでに権威的存在になっていたピンク・フロイドの公認Tシャツの上の"Pink Floyd"のプリントの前に"I hate"と自分で書いてそれを着て街を歩くような、独自のセンスと批判精神を兼ね備えた有名な不良だった。
[編集] 出典
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク