SPEEDO
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| 本社所在地 | ノッティンガム |
|---|---|
| 設立 | 1914年 |
| 業種 | 水着、水泳用品製造販売 |
| 主要株主 | ペントランド・グループ(Pentland Group) |
| 外部リンク | http://www.speedo.com |
SPEEDO(スピード)は、イギリスに本拠を置く国際的な水着メーカー、およびブランドである。特に競泳用水着が有名で、マイケル・フェルプスなど多くの水泳選手と契約を結んでいる。英語圏等では競泳用水着の代名詞としても使われる。日本語表記は「スピード」であるが、原語での発音は[spiːdoʊ]であり忠実にカナ表記すれば「スピードウ」となる。
日本では長年ミズノが製造・販売のライセンス契約を結んでいたが、2007年5月末をもって契約を終了。以後は三井物産が日本国内でのライセンスを取得し、ゴールドウインが三井物産から受託する形で競泳用水着や衣料品などの開発・販売を担当している。
目次 |
[編集] 歴史
1914年、オーストラリア・シドニー近郊のボンダイビーチにて、スコットランド人のアレクサンダー・マクレー(Alexander MacRae)によって、マクレー靴下製造社(McRae Hosiery manufacturers)として創業。その後、マクレー・ニッティング・ミルズ社(MacRae Knitting Mills)に改称し水着の製造に着手。
1928年に初めて「レーサーバック」といわれる今日の女性用競泳用水着の定型を開発し製造した。これにより世界で最初の競泳用水着メーカーのひとつとなる(このときよりSPPEDOブランドを使用)。第二次世界大戦中は、蚊帳などの軍需製品の製造を行っていたが、1951年に水着製造を再開し、株式を公開した。1955年に競泳用水着にナイロンを使用。1956年のメルボルンオリンピックでは、男性用競泳用水着にこの新素材を導入したことが国際的に脚光を浴び、競泳用パンツの代名詞となった。1968年、1972年、1976年のオリンピックでメダルを獲得した選手の7割近くが同社の水着を使用している。
1970年代からライクラ(Lycra)等の新素材を水着開発に生かしてきた。1990年代後半には「アクアブレード」「ファストスキン」等競泳用の新素材開発に注力し、サメなどのいくつかの水生生物の肌素材の特徴を模倣することで水の抵抗を低減することを狙った。
2007年から若年層市場を狙い、日本のファッション・ブランド「コム・デ・ギャルソン」と協働で商品開発を行っている。
現在はイギリスのペントラント社が買収し、スピード・インターナショナル(Speedo International Limited)として傘下のブランドとなっている。
[編集] 主な契約選手・人物、スポンサーシップ
[編集] 選手
[編集] 団体
- 国際水泳連盟(FINA):公式FINAパートナー
- オーストラリア水泳連盟 等
[編集] 日本での事業展開
[編集] 経緯
ミズノは長年にわたり、アジアでの「SPEEDO」ブランド商品の企画・製造・販売を許されたライセンシーであった。1965年に業務提携を結び、以後デサントが同様にアジア・北太平洋地域のライセンシーとなっている「arena(アリーナ)」ブランドグループと激しい競争を繰り広げてきた。近年では日本の高い技術力を買われ、アジアのみならず全世界の「SPEEDO」ブランドグループにおける先端技術開発の役割を担い、サメの肌にヒントを得た「ファストスキン」シリーズを開発、全世界のブランドグループ参加各社に供給してきた。[1]
ミズノは2006年に創業100周年を迎えたのを機に、「自社ブランドによる世界戦略を強化する」という方針を明確にしたためSPEEDO社とのライセンス契約との更新を行わなかった。その後ミズノはスピード社との契約終了後、自社ブランド(「ミズノスイム」)による製品を製造・販売している。一方SPEEDO社は新たに三井物産とライセンス契約を締結し、三井陣営はスピード社との契約発効後、2008年シーズンに向けて直ちに新製品の発売を開始した。
ミズノ時代は北島康介や寺川綾ら日本のトップ選手とも契約していたが、それらの契約はミズノに引き継がれた。一方でミズノが開発にかかわった「ファストスキン」などの諸権利はブランドの関係で三井物産陣営に引き継がれた(ミズノは使えなくなった)。
[編集] 日本における課題
日本国内における課題は山積みである。主なものは以下の通り。
- ライセンシー移動に伴う販路拡大
- 日本水泳連盟(水連)公認の獲得
ミズノがライセンシーの時代は当然のごとくミズノの販路を使って販売されていたため、日本中に普及していた。ゴールドウインは営業規模や販路がミズノに比べて小さく、ライセンシー異動により取扱店舗が大幅に減少した。
また日本水連の公認が得られるかどうかも、日本国内で販売するにあたっては重要な要素となる。国際水泳連盟の基準に適合していれば公式大会で使用できるが、日本代表チームの水着は公認メーカー[2]の製品から採用されるため、実質的には日本国内の各選手も公認メーカーの水着を着用して大会に出場しているのが現状である。この公認メーカーの地位は「SPEEDO」のライセンシー異動後も引き続きミズノに与えられたため、当初は「SPEEDO」が日本代表選手の水着として採用される可能性はないとされていたが、次項により状況が一変した。
[編集] LZR RACER着用選手による世界記録連発
2008年の北京オリンピックシーズンに向けて投入された新水着「LZR RACER(レーザー・レーサー)」を着用した選手が、次々と世界記録を更新した(2008年7月7日現在、短水路を含め計45以上)。北京オリンピックでのアメリカ合衆国代表選考会では8個の世界新記録と1個の世界記録タイが、日本でも6月のジャパンオープンでこの水着により15個の日本新記録、1個の世界新記録が生まれている。一部では自己記録を4秒以上も縮めた選手もいる。
LZR RACERはアメリカ航空宇宙局・大学や専門家の協力を得て開発されたもので、縫い目が無いのが特徴で抵抗が軽減され、撥水性にも優れる。
一方で、浮力との関係を問題視する声も相次ぎ、国際水泳連盟が調査を表明。結果「優位性の科学的根拠は無く規則にも違反していない」との結論だった。また米国のTYRスポーツ社は2008年5月、スピード社を独占禁止法違反の疑いで連邦地裁に提訴した。[3]
2008年5月時点では日本水連は前述の通り「SPEEDO」と契約しておらず、日本代表選手は北京オリンピックでは着用できず、日本水連は「契約した3社に今後も改良を求める」との立場だった。各社はこれを受け、5月30日に改良型の水着を発表。公式大会などで選手が試用して比較を行ったうえで、日本水連は6月10日に「SPEEDO」水着など、日本水連契約外でも国際水連公認であれば使用を認めることを決めた。

