S-125 (ミサイル)

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4連装ミサイルランチャーに載せられたS-125
S-125 Neva Pechora Saaremaa.jpg

S-125「ネヴァー」(ロシア語С-125 Неваエース・ストー・ドヴァーッツァチ・ピャーチ・ニヴァー)は、ソビエト連邦が開発した高・中高度防空ミサイル(SAM)である。愛称は、古都サンクトペテルブルクを流れるとして有名なネヴァ川に因む。NATOコードネームではSA-3「ゴア」(Goa)と呼ばれており、日本を含む西側諸国では一般にこちらの名称で呼ばれる事も多い。

S-125はステルス攻撃機F-117ナイトホークを撃墜したことで知られている[1]

概要[編集]

開発[編集]

ソ連がその広大な領域をSAMの傘でカバーする事はS-75(SA-2ガイドライン)の登場と大量配備によって実現されたが、ソ連がこれで満足したわけではなかった。確かにS-75は戦略爆撃機偵察機等の高高度を飛ぶ目標に対しては効果的であったが、より低い高度を飛ぶ目標に対しては効果的でないように思えた。そこで、1956年にはS-75を補完するべく中/高高度迎撃用SAMの開発がスタートし、開発にはS-75と同じくラボーチキン設計局があたった。

開発は1959年頃におおむね完了し、1961年には部隊配備が始まった。まずはモスクワ近郊に展開する国土防空軍のSAM部隊に、続いて各地の主要都市や飛行場の防空部隊に配備された。

ミサイルの構成はS-75同様、射出用のタンデム式固体燃料ロケット・ブースター(燃焼時間2.6秒)及びミサイル本体から成る。ミサイル中央部には4枚の翼が付けられ、後端部に4枚の大型安定翼、また先端部に4枚の小型制御翼がある。ミサイルはS-75より小型で、全長は6.1m、直径は0.37m(ブースターは0.55m)、重量は発射時で946kgである。弾頭は60kg高性能炸薬で、危害半径は10m弱といったところである。射程は6~22km、射高は1.5~12kmである。

1964年には低高度に於ける迎撃性能を向上させたS-125M/M-1(SA-3B)が登場した。こちらは重量が若干増えて950kgになり、射程は2.5~18km、射高は0.05km~18kmである。

敵機の探索には探知範囲250kmのP-15(NATOコード“Flat Face”)警戒レーダーが担当し、目標高度に関しては最大高度32kmまで探知可能なPRV-11(NATOコード“Side Net”)高高度探知レーダーが担当する。直接戦闘に関わるのはNATOコードLow Blow(ローブロー)管制/戦闘レーダー(探知範囲40km)である。ローブローは同時6目標追尾が可能で、選択された目標に関する情報をUHFを通じてミサイルに送る。後期型のローブローは新たにテレビカメラを搭載し、激しいジャミングが行われていてもカメラから得られた情報をミサイルに送ることで任務の遂行を可能にしている。

S-125はソ連と関係の深い諸国にも輸出され、輸出型はS-125「ペチョーラ」(С-125 Печора)と呼ばれる。こちらは、ペチョラ川に因む愛称である。

実戦[編集]

S-125は1970年エジプトで初めての戦果を挙げている。同地では1968年に勃発した第三次中東戦争が終結した後も「消耗戦争」と呼ばれる断続的に戦闘が行われる状況が続いていた。ソ連は1970年にソ連防空軍の部隊を派遣し、スエズ運河沿いに防空陣地を形成した。その後数日間のうちにイスラエル空軍F-4Eファントム3機が撃墜された。

1972年にはベトナム戦争にも参加し、ここでもF-4ファントム戦闘機を撃墜している。

最も大規模に使用されたのは1973年に勃発した第四次中東戦争であり、スエズ運河に沿って防空陣地が形成された。ただし、この戦争では2K12「クープ」(SA-6ゲインフル)ZSU-23-4「シルカ」の方が注目を集め、S-125はその陰に隠れてしまった感がある。

S-125はこれ以外にもイラン・イラク戦争湾岸戦争コソボ紛争など様々な戦場で使用された。特筆すべきは1999年3月27日にコソボ紛争に於いてF-117ナイトホークステルス攻撃機を撃墜した戦果である。セルビアの首都ベオグラード近郊上空[1]第49戦闘航空団[1]に所属する1機、コールサイン「ヴェガ31」[2]、シリアルナンバー「82-0806」(1982年度会計発注の22号機)[1][2]が撃墜されている。迎撃したのはセルビア防空軍第250防空ミサイル旅団第三中隊[1]で、指揮官名はダニ・ゾルタン中佐[1]。第三中隊では、西側の新鋭軍用機に対応する為に、S-125の射撃管制システムを改良しており、レーダーの送受信機を改造して長波長、低周波数の電波を利用してF-117の探知を可能にしていたとされる[1]。F-117に対して発射された2発の対空ミサイルの内、一発が左翼を直撃し、F-117は墜落した[1]

現状[編集]

開発開始から既に半世紀が経とうとしているが、いまだに北朝鮮やエジプトなどいくつかの国で配備され続けている。また、独立した旧ソ連諸国でもS-200S-300のようなより新しい対空ミサイルとともに防空の一端を担っているとされている。また、冷戦終結・ソ連崩壊後は運用各国で車載式など独自の発展型も開発されている。

バリエーション[編集]

S-125「ネヴァー」(С-125 «Нева»、SA-3A)
初期型。
S-125M「ネヴァーM」(С-125М «Нева М»、SA-3B)
1964年から使用されたバージョン。
S-125M1「ネヴァーM1」(С-125M1 «Нева М1»、SA-3C)
レーダーを改良し、ECCM(対ECM)能力を高めたもの。
M-1「ヴォルナー」(М-1 «Волна»、SA-N-1)
S-125の海軍仕様。様々な艦に搭載された。愛称は「」の意味。「ヴォルナーM」などの改良型がある。

運用国[編集]

運用国及び退役国

退役国[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 航空ファン』No.680(2009年8月号) 文林堂 pp60~63
  2. ^ a b 『JWings』2003年8月号 p48
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