RQ-1 プレデター
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RQ-1 プレデター
RQ-1 プレデター(Predator, 英語で捕食者、略奪者の意)はジェネラル・アトミックス社製の無人航空機(UAV)。アメリカ空軍では中高度長時間滞空 (MALE)無人機システムに分類されている。主な任務は偵察やヘルファイアミサイルによる対地攻撃(武装型のMQ-1のみ)で、1995年の配備以降ボスニア(セルビア)、アフガニスタン、パキスタン、イラク、およびイエメンで作戦に参加した。
プレデターは無人機4機、地上誘導ステーション(GCS)、衛星通信サイトおよび55人の要員で構成されるシステムであり、初期量産型のRQ-1K無人機を使用するシステムはRQ-1A、改良型のRQ-1L無人機を使用するシステムはRQ-1B(MQ-9 リーパーの試作機であるRQ-1 プレデターBとは異なる)という名称が付けられている。
RQ-1のRは偵察、Qは無人機を意味するアメリカ国防総省の名称であり、1は無人偵察航空機の第1作目であることを意味している。また改良で武装の搭載が可能になったことを反映して2005年にRから多用途を意味するMに名称を変更してMQ-1となった。
2009年現在、アメリカ空軍の無人機部隊は195機のプレデターと28機のリーパーで構成されている。
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[編集] 機体の開発
1980年代前半、CIAとペンタゴンはそれぞれ無人偵察機の実験を続けていたが、CIAはアメリカ空軍と比べ小型、軽量かつ目立たない無人機を好んでいた。そして1990年代前半にCIAはエイブラハム・カレム(イスラエル空軍の元チーフデザイナーで、1970年代後半にアメリカに渡った)と彼の会社であるリーディングシステムズ社(後に破産して米国の軍事企業に買収されたがCIAはそこから5機のGnat無人機を秘かに購入した)によって開発された無人機アンバー(amber)に関心を持つようになり、その後カレムと静音エンジンの開発をすることで同意した。これがプレデターの開発の始まりである。
本格的な開発はジェネラル・アトミックス社が1994年1月にプレデター開発の契約を獲得してから始まり、1994年1月から1996年6月までの間、先進概念技術実証(ACTD)フェーズが行われた。このACTDフェーズの間ジェネラル・アトミックス社から12機のUAV(Gnat750の派生型)と3基の地上誘導ステーションで構成される3つのシステムが購入された。なお、プレデターの初期生産コストは320万ドルだった。
プレデターはACTDフェーズ中の 1995年4月から5月に作戦実験を成功させたため、同年7月には早くもCIAがネバダ州ネリス空軍基地の第11偵察飛行隊で訓練を受けた要員を使用しボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で混乱するバルカン半島への実戦展開を行うことになった。
2000年からのアフガニスタンにおける活動時には、アメリカ空軍は60機のプレデター(RQ-1K)を購入していたが、すでにそのうち20機を損失していた。 損失した理由として敵に撃墜されたものは僅かで、悪天候、とくに寒冷な気象条件下における損失(ペンタゴンの評論家の中には高い損失率を操作手順のミスだと言う者もいた)が大半であった。このためアメリカ空軍は寒冷な気象条件への対応策として以後調達されたプレデターに改良されたエンジンとアビオニクスの導入および除氷装置の搭載をおこなった。改良された機体は RQ-1L(武装型はMQ-1L)に名称が変更され、この機体を使用するプレデターシステムはRQ-1B(MQ-1B)と呼ばれるようになった。
[編集] 機体の性能
ユーゴスラビア紛争における活動時、プレデターのパイロットは無人機を運用する基地(CIAはハンガリーやリトアニアから内密に飛行させていた)の滑走路近くに止めた車両から機体を操縦する必要があった。これは当時プレデターの誘導に使用していた軍事衛星ネットワークの問題で、離陸と初期の上昇飛行の間は直接無線信号で誘導する必要があったからである。しかし2000年以降はE-8 J-STARSの使用などによる通信状況の改善で離陸と上昇の間無線信号で機体を誘導する必要は無くなり、運用地域から遠く離れた場所にある司令部(ラングレーのCIA本部など)からでも機体を完全に制御することが可能となった。
プレデターは見通し線外で飛行する際にはC-バンド見通し線データリンクやKu-バンド衛星データリンクを通して地上誘導ステーションから制御される。地上誘導ステーションの乗組員はパイロットと2人のセンサー員で構成されている。プレデターは機首にカラーTVカメラ、赤外線カメラ、 レーザー指示器などで構成されるマルチ-スペクトラル ターゲティングシステム(MTS)を装備している。レーザー指示器は他の航空機が使用するレーザー誘導爆弾の誘導やMQ-1が運用するAGM-114の誘導に使用される。また以前は合成開口レーダーを搭載していたが、現在は軽量化のため搭載されていない。
プレデターUAVは6つのパーツに分解して「棺」(the coffin)と呼ばれる箱に収納できる。これにより航空機本体と支援機材すべてをC-130輸送機に搭載して世界中に素早く展開することが可能となっている。
[編集] 武装型の開発
アメリカ空軍とビックサファリ(アメリカ空軍の研究機関)はコソボでの活動後、無人機に攻撃能力を持たせる研究をするために主翼の補強、パイロンの追加、レーザー目標指示器の搭載などの改修をおこなったプレデターを用意した。このプレデターは2001年2月21日に3発のヘルファイア対戦車ミサイルの実射テストを行い、標的の停車した戦車に全弾命中させることに成功した。このプレデターにはその後MQ-1Aの名称が付けられた。
2000年からアフガニスタンでプレデターが行った偵察活動の功績を見た当時のCTC(CIA傘下のテロ対策機関)の責任者コファー・ブラックはオサマ・ビンラディン抹殺に武装型プレデターが使えると考え計画を強く後押しするようになった。彼やCIAの圧力でアメリカ空軍の武装型プレデターの開発ペースは大幅に加速されたといわれている。
武装型プレデターのヘルファイアミサイル発射試験は2001年度中に何度か行われており、6月最初の週にはネバダ州の砂漠でビンラディンの住居を模した建物へのミサイル発射実験まで行われていた。しかし、武装型プレデターの実戦投入は同年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件には間に合わなかった。
[編集] その他
機体そのものに人間が搭乗しないため撃墜されたり事故をおこしても操縦員に危険はないが、無人機の操縦員が大きな精神的ストレスを抱えることが問題になっている。[1]
2003年3月イラクにおいて、スティンガーを搭載した本機がMiG-25と交戦している。この時は、スティンガー・ミサイルは命中せず、MiGにより撃墜された。なおこれは、お互いに対空兵器を装備した有人機と無人機による初めての空中戦とされる。
日本の航空自衛隊では、ミサイル防衛システムや離島防衛、領海監視などの用途で滞空時間の長いUAVを必要としている。そのため航空自衛隊は2007年度からこの種のUAVを導入することを計画し、このプレデターも導入候補のひとつとして挙げられていたが、国内開発されたTACOMを採用する方針となった。
プレデターを改良した機体としてMQ-9 リーパーとMQ-1C ウォーリアがある。
[編集] スペック
機体の仕様
- 操縦員(遠隔操作): 2名(パイロット1名、センサー員1名)
- エンジン: ロータックス914F 4気筒エンジン×1、115hp(86kW)
- 全長: 27 ft(8.22 m)
- 翼幅: 48.7 ft(14.8 m)
- 翼面積: 123.3 sq ft(11.5 m²)
- 空虚重量: 1,130 lb(512 kg)
- 最大離陸重量: 2,250 lb(1,020 kg)
機体の性能
- 最高速度: 135 mph (117 knots, 217 km/h)
- 巡航速度: 81–103 mph (70–90 knots, 130–165 km/h)
- 失速速度: 62 mph (54 knots, 100 km/h)
- 航続距離: 3,704 km (2,000 nm)
- 実用上昇限度: 25,000 ft(7,620 m)
武装
- AGM-114ヘルファイア×2(MQ-1B)
- AIM-92 スティンガー×2 (搭載可能な機数は不明) (MQ-1B)
[編集] 関連項目
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