RGD-33手榴弾
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| 正式名称 | РГД-33 | |
| 長さ | 191mm | |
| 直径 | 52mm | |
| 重量 | 771g | |
| 炸薬 | TNT80g | |
| 遅延時間 | 3-4秒 | |
| 製造国 | ソビエト | |
RGD-33手榴弾(ロシア語表記РГД-33)は1933年に旧ソ連で開発された手榴弾である。
第一次世界大戦でロシア軍が使用していたM1914手榴弾の後継手榴弾である。 RGD-33の「RGD」とは「ルチノア・グラナータ・デグチャレフ(Ruchnaya Granata Degtyareva)」の事でDP28軽機関銃の開発で有名なデグチャレフが設計した手榴弾である。(グラナータとはロシア語でグレネードの意) 形状はドイツ軍で使用されたM24型柄付手榴弾と同じく円筒形の炸薬に木製の柄を付属させた物で炸薬には80gのTNT火薬を使用し有効殺傷範囲は10m-15mとされる。防御型手榴弾に分類され発火後の遅延時間は約3-4秒。炸薬部の表面には爆発後、破片が均等に広がるように細い溝が彫られている。全体重量は771gでこれは他国の手榴弾と比較して若干重いが、体格の良いソビエト兵は、約35-40メートルまでの投擲が可能であった。
RGD-33手榴弾は第二次世界大戦中期から使用され、内部構造を単純化させた後継のRG-42手榴弾の登場まで主にソビエト軍で使用された。その後のベトナム戦争でもRGD-33手榴弾はF1手榴弾と同様に南ベトナム解放民族戦線(通称:ベトコン)によって使用されている。