P・チダンバラム

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インドの旗 インド共和国の政治家
チダンバラム・パラニヤッパン
ப. சிதம்பரம்
Palaniappan Chidambaram
Pchidambaram.jpg
生年月日 1945年9月16日(69歳)
出生地 British Raj Red Ensign.svgイギリス領インド帝国
カンダヌール
(現・タミル・ナードゥ州シヴァガンガイ県
所属政党 インド国民会議(-1996、2004-)
タミル州国民会議(1996-2001)
国民会議民主党(2001-2004)
配偶者 ナリニ・チダンバラム

内閣 マンモハン・シン
任期 2012年8月1日 -
大統領 プラナブ・ムカルジー

内閣 デーヴェー・ガウダ
任期 1996年6月1日 - 1997年4月27日

内閣 マンモハン・シン
任期 2004年5月22日 - 2008年11月30日

内閣 マンモハン・シン
任期 2008年11月30日 - 2012年7月31日
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P・チダンバラム(ப. சிதம்பரம் : P. Chidambaram ; チダンバラム・パラニヤッパン、パラニヤッパンは父名。சிதம்பரம் பலனியப்பன் : Chidambaram Palaniyappan)は、タミル人政治家弁護士。現在、インド政府の財務大臣を務める。富裕さと実直さ[要出典]で知られる。

生涯[編集]

出自及び学歴[編集]

インドタミル・ナードゥ州シヴァガンガイ県カーナードゥカーッターンにて、1945年9月16日に生まれた。

マドラス大学を卒業して科学学士号(B.Sc.)および法学学士号(B.L.)を取得し、ハーバード大学にて経営学修士号(M.B.A.)を取得した。

政治家としての経歴[編集]

左翼政治家として出発し、1984年にタミル・ナードゥ州のシヴァガンガイ選挙区からインド下院選挙に出馬して初当選。

ラジーヴ・ガンディー政権のもと、1985年から1989年の間、タミル・ナードゥ州内閣の商業担当相として、国民会議派による経済改革に参画した。1991年から1996年には、ナラシンハ・ラーオ政権のもとで再びタミル・ナードゥ州内閣の商業担当相となった。

1996年、国民会議派が全インド・アンナー・ドラーヴィダ進歩同盟と連携するにあたって同党から離脱し、統一戦線に参加したタミル州国民会議に参じ、1998年までインド財務大臣を務めた。

2001年、タミル州国民会議派を離脱し、独自の政党国民会議民主党を組織する。その後同党はインド国民会議派に吸収され、2004年のインド下院選挙ではチダンバラムはインド国民会議派の有力候補となって、シヴァガンガイ選挙区から当選した。

2004年より、マンモハン・シン首相が率いるインド国民会議派を中心とした統一進歩同盟政権の一員として財務大臣を務める。2008年ムンバイでの連続テロ事件の後、内務大臣に横滑りした。その後、2012年プラナブ・ムカルジー財務大臣が大統領に就任したことにともない、財務大臣に復帰した[1]

家庭 親族[編集]

  • 妻:C・ナーリニー(C. Nalini ; ナーリニー・チダンバラム)
  • 息子:C・カールッティケーヤン(C. Karthik ; カールッティケーヤン・チダンバラム)
  • 義理の娘:C・シュリーニーティ(C・Srinithi ; シュリーニーティ・チダンバラム)

出典[編集]

  1. ^ インド首相:財務相にチダムバラム内相起用-3度目の就任へ(Bloomberg)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]