北大西洋条約機構事務総長

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北大西洋条約機構
事務総長
現職者
イェンス・ストルテンベルグ

就任日 2014年10月1日
初代就任ヘイスティングス・イスメイ
創設1952年
ウェブサイトNATO

北大西洋条約機構事務総長(きたたいせいようじょうやくきこうじむそうちょう、: Secretary General of the North Atlantic Treaty Organization)は、北大西洋条約機構NATO, : North Atlantic Treaty Organization)における外交官職であり、国際事務局(IS, : International Staff)の最高責任者[1]である。欧州連合軍最高司令官と並ぶ重要な職務とされ、司令官がアメリカ人であるのに対し、事務総長はヨーロッパの政治家が就任している[2]。その主な職務は、加盟各国間の調整や職員の統率である。2024年3月時点の事務総長は、ノルウェー出身のイェンス・ストルテンベルグである[3]

創設まで[編集]

北大西洋条約の第9条は、加盟各国に対し、各国代表者による理事会の設置を求めており、それに基づき北大西洋理事会が設置された。当初、理事会は加盟各国の外相による年次会合とされていた[2][4]。1950年5月になり、より緊密な協力関係の構築及び国際業務の増大に対応するため、ロンドンに拠点を置き、各国は外相の全権代理となる代表を派遣した[5]。代表の議長には、文民部門を含めて、機構を統率することが求められた[6]

代表による会合は、1950年7月25日に初めて開催され、議長にはアメリカ大使のチャールズ・スポフォード英語版が選出された[7]。機構の具体化のために、幾つかの組織が創設されたが、最も重要な事項としては、欧州連合軍司令官の単一指揮の元に統合した単一の軍事機構が設置されることがあった[8] 。統合化も含めた機構の整備は、NATOの組織を急拡大させた。組織の一部として、代表の会合は、外交分野のみならず国防や財政分野も含めた事項も取り扱うようになり、重要性を増していった[9]

機構の拡大とともに、代表の権限も増大したため、アメリカのW・アヴェレル・ハリマンを議長とする臨時理事会が開催された。この会議では、パリにNATOを統率する公式な事務局を設立するとし[10]、それに対しNATOをより強化かつ協調させる組織となることや、北大西洋理事会議長以外の誰かが幹部となることを求めた[11]。1952年2月のリスボン会合において、北大西洋理事会は、機構の文民部門を統率し、文民職員を指揮し、理事会を支援する職務としての事務総長を設置することとした[12]

経緯[編集]

リスボン会合の後、各国は事務総長適任者の選定にあたった。駐米イギリス大使であったオリヴァー・フランクスを選出しようとしたが、断られている。1952年3月13日に、イギリス陸軍の大将と内閣における英連邦大臣の経歴を有するヘイスティングス・イスメイが初代事務総長に就任している[2][13]。事務総長は後に、北大西洋理事会の議長となるが、この時点ではスポフォードが議長であり、イスメイは副議長であった。イスメイは第二次世界大戦中における高位軍人の経歴に加え、戦後は外交官としての経験もあり、この職務は適職であったと評されている[2][14]

スポフォードがNATOを退いた後、組織改編によって、北大西洋理事会は年次で一名の儀礼的な代表を選出し、事務総長が理事会副代表として会合の議長を務めるとされた[15]。イスメイは1957年5月まで事務総長を務めている[16]

イスメイの後任には、ベルギーの首相と外相の経験を持つポール=アンリ・スパークが就任している。

歴代事務総長[編集]

肖像 氏名
(生没年)
就任日 退任日 在任期間 前職 出身国
1
ヘイスティングス・イスメイ
いすめい へいすていんくすヘイスティングス・イスメイ
(1887–1965)
1952年3月24日1957年5月16日5年, 53日英連邦大臣イギリスの旗 イギリス
2
ポール=アンリ・スパーク
すはあく ほおるあんりポール=アンリ・スパーク
(1899–1972)
1957年5月16日1961年5月21日3年, 340日首相ベルギーの旗 ベルギー
3
ディルク・スティッケル(英語版)
すていつける ているくディルク・スティッケル英語版
(1897–1979)
[注釈 1]
1961年4月21日1964年8月1日3年, 102日外務大臣英語版オランダの旗 オランダ
4
マンリオ・ブロジオ
ふろしお まんりおマンリオ・ブロジオ
(1897–1980)
1964年8月1日1971年10月1日7年, 61日駐英大使イタリアの旗 イタリア
5
ヨゼフ・ルンス(英語版)
るんす よせふヨゼフ・ルンス英語版
(1911–2002)
1971年10月1日1984年6月25日12年, 268日外務大臣英語版オランダの旗 オランダ
6
ピーター・キャリントン
きやりんとん ひいたあピーター・キャリントン
(1919–2018)
1984年6月25日1988年7月1日4年, 6日外務・英連邦大臣イギリスの旗 イギリス
7
マンフレート・ヴェルナー
うえるなあ まんふれえとマンフレート・ヴェルナー
(1934–1994)
[注釈 2]
1988年7月1日1994年8月13日 †6年, 43日国防大臣ドイツの旗 ドイツ
セルジョ・バランチーノ
はらんちいの せるしおセルジョ・バランチーノ
(1934–2018)
代理
1994年8月13日1994年10月17日65日NATO事務次長イタリアの旗 イタリア
8
ウィリー・クラース
ういりい くらあすウィリー・クラース
(1938-)
[注釈 3]
1994年10月17日1995年10月20日1年, 3日外務大臣英語版ベルギーの旗 ベルギー
セルジョ・バランチーノ
はらんちいの せるしおセルジョ・バランチーノ
(1934–2018)
代理
1995年10月20日1995年12月5日46日NATO事務次長イタリアの旗 イタリア
9
ハビエル・ソラナ
そらな はひえるハビエル・ソラナ
(1942-)
1995年12月5日1999年10月14日3年, 313日外務大臣英語版スペインの旗 スペイン
10
ジョージ・ロバートソン
ろはあとそん しよおしジョージ・ロバートソン
(1946-)
[注釈 4]
1999年10月14日2003年12月17日4年, 64日国防大臣イギリスの旗 イギリス
アレッサンドロ・ミヌート=リッツォ(英語版)
みぬうとりつつお あれつさんとろアレッサンドロ・ミヌート=リッツォ英語版
(1940-)
代理
2003年12月17日2004年1月1日15日NATO事務次長イタリアの旗 イタリア
11
ヤープ・デ・ホープ・スヘッフェル
すへつふえる やあふてほおふヤープ・デ・ホープ・スヘッフェル
(1948-)
[注釈 5]
2004年1月1日2009年8月1日5年, 212日外務大臣英語版オランダの旗 オランダ
12
アナス・フォー・ラスムセン
らむすせん あなすふおおアナス・フォー・ラスムセン
(1953-)
2009年8月1日2014年10月1日5年, 61日首相デンマークの旗 デンマーク
13
イェンス・ストルテンベルグ
Stoltenberg, Jensイェンス・ストルテンベルグ
(1959-)
2014年10月1日(現職)9年, 169日首相ノルウェーの旗 ノルウェー
NATO事務次長 Deputy Secretaries General of NATO[25]
氏名 出身国 任期–
1 Jonkheer van Vredenburch オランダの旗 オランダ 1952年-1956年
2 Baron Adolph Bentinck オランダの旗 オランダ 1956年-1958年
3 Alberico Casardi イタリアの旗 イタリア 1958年-1962年
4 Guido Colonna di Paliano イタリアの旗 イタリア 1962年-1964年
5 James A. Roberts カナダの旗 カナダ 1964年-1968年
6 Osman Olcay トルコの旗 トルコ 1969年-1971年
7 Paolo Pansa Cedronio イタリアの旗 イタリア 1971年-1978年
8 Rinaldo Petrignani イタリアの旗 イタリア 1978年-1981年
9 Eric da Rin イタリアの旗 イタリア 1981年-1985年
10 Marcello Guidi イタリアの旗 イタリア 1985年-1989年
11 Amedeo de Franchis イタリアの旗 イタリア 1989年-1994年
12 セルジョ・バランチーノ イタリアの旗 イタリア 1994年-2001年
13 アレッサンドロ・ミヌート・リッゾ イタリアの旗 イタリア 2001年-2007年
14 クラウディオ・ビソニェーロ イタリアの旗 イタリア 2007年-2012年
15 アレキサンダー・バーシュボウ英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2012年-2016年
16 ローズ・ゴットモーラー英語版 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 2016年-2019年
17 ミルチェア・ジョアーナ英語版  ルーマニア 2019年-(現職)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 健康問題により、任期を1年残して退任した[17]
  2. ^ ヴェルナーは在任中の1994年8月13日に癌により死去した。同年10月に後任のウィリー・クラースが就任するまで、事務次長のセルジョ・バランチーノが職務を代行した[18]
  3. ^ クラースは、1980年代の経済相時代の収賄容疑により1995年10月20日に辞任した。同年12月に後任のハビエル・ソラナが就任するまで、事務次長のセルジョ・バランチーノが職務を代行した[19]
  4. ^ ロバートソンは2003年1月に、同年12月で退任することを発表した[20]。後任にはヤープ・デ・ホープ・スヘッフェルが選出されたが、オランダ議会での公務のため就任が2004年1月1日まで延期された[21]。スヘッフェルの就任まで任期を延長するようロバートソンに要請したが断られたため、事務次長のアレッサンドロ・ミヌート・リッゾが職務を代行した。
  5. ^ スヘッフェルの就任は2004年1月1日付だが[22]、職務を開始したのは1月5日だった[23][24]

出典[編集]

  1. ^ 5. NATO機構図」『北大西洋条約機構(NATO)について』外務省、2023年7月。 オリジナルの2024年1月5日時点におけるアーカイブhttps://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/13168690/www.mofa.go.jp/mofaj/files/100156880.pdf#page=6 
  2. ^ a b c d NATO―21世紀からの世界戦略,佐瀬昌盛,文藝春秋,1999年,ISBN 9784166600564
  3. ^ Sweden officially joins NATO” (英語). NATO (2024年3月7日). 2024年3月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月8日閲覧。 “NATO Secretary General Jens Stoltenberg”
  4. ^ Ismay, p. 24
  5. ^ Ismay, p. 28
  6. ^ “15th - 18th May: London”. NATO Final Communiques 1949-1974. NATO Information Service. p. 56 
  7. ^ Ismay, p. 31
  8. ^ Ismay, p. 37
  9. ^ Ismay, p. 41
  10. ^ Ismay, p.44
  11. ^ Ismay, p.46
  12. ^ Ismay, p. 48
  13. ^ RESOLUTION ON THE APPOINTEMENT OF LORD ISMAY”. 2015年11月25日閲覧。
  14. ^ Daniel, Clifton (1952年3月13日). “Ismay Named Civilian Chief of Atlantic Pact Organization”. The New York Times 
  15. ^ Fedder, p. 10
  16. ^ Brosio, p. 39
  17. ^ Cook, Don (1964年4月3日). “Resignation announced by Stikker”. The Washington Post 
  18. ^ Marshall, Andrew (1994年8月15日). “Hunt is on to find new Nato chief”. The Independent (London). https://www.independent.co.uk/news/world/europe/hunt-is-on-to-find-new-nato-chief-1383606.html 2009年3月29日閲覧。 
  19. ^ Whitney, Craig (1995年10月21日). “Facing Charges, NATO Head Steps Down”. The New York Times. https://www.nytimes.com/1995/10/21/world/facing-charges-nato-head-steps-down.html?n=Top/Reference/Times%20Topics/Subjects/E/Ethics&scp=2&sq=willy%20claes%20resign&st=cse 2009年3月29日閲覧。 
  20. ^ Smith, Craig (2003年1月23日). “NATO Secretary General to Leave His Post in December After 4 Years”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2003/01/23/world/nato-secretary-general-to-leave-his-post-in-december-after-4-years.html?scp=2&sq=lord+robertson&st=nyt 2009年3月29日閲覧。 
  21. ^ “Jaap de Hoop Scheffer”. Newsmakers (Thomson Gale) (1). (2005年1月1日) 
  22. ^ Crouch, Gregory (2003年9月23日). “NATO Names a Dutchman To Be Its Secretary General”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2003/09/23/world/nato-names-a-dutchman-to-be-its-secretary-general.html?scp=1&sq=jaap+de+hoop+scheffer&st=nyt 2009年3月29日閲覧。 
  23. ^ “NATO Chief Steps Down”. The New York Times. (2003年12月18日). https://www.nytimes.com/2003/12/18/world/world-briefing-europe-nato-chief-steps-down.html?scp=4&sq=jaap+de+hoop+scheffer&st=nyt 2009年3月29日閲覧。 
  24. ^ Crouch, Gregory (2004年1月6日). “New NATO Chief Takes Over”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2004/01/06/world/world-briefing-europe-new-nato-chief-takes-over.html?sec=&spon=&scp=1&sq=New%20NATO%20Chief%20takes%20over&st=cse 2009年3月29日閲覧。 
  25. ^ NATO Who's who? – Deputy Secretaries General of NATO”. NATO. 2012年7月20日閲覧。

参考文献[編集]

  • Brosio, Manlio (1969). NATO: Facts and Figures. NATO Information Service. https://archives.nato.int/nato-facts-and-figures;isad 
  • Ismay, Hastings (1954). NATO: The First Five Years. NATO 
  • Fedder, Edwin (1973). NATO:The Dynamics of the Alliance in the Postwar World. Dodd, Mead & Company. ISBN 0-396-06621-6 

関連項目[編集]