LST-325 (戦車揚陸艦)

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LST-325アメリカ合衆国海軍の退役した戦車揚陸艦で現在インディアナ州エバンズビルに停泊している。このタイプの他の艦船同様に特別な名前はなく記号表示により識別されている。(LSTはLanding Ship, Tankの略である。1955年7月以降はアメリカの郡や行政区の名前が付けられるようになった。)

2009年6月24日、アメリカ合衆国国家歴史登録財(NRHP)に指定され[1]、2009年7月2日、アメリカ合衆国国立公園局の週間リストに登録された[2]

経歴[編集]

1942年~1961年、アメリカ海軍[編集]

1942年10月27日、ペンシルベニア州フィラデルフィアで進水。北アフリカ地域でシチリアジェーライタリアサレルノへの侵略に参加。1944年6月6日、オマハ・ビーチでのノルマンディー上陸作戦への参加により、歴史上最も大きな艦船の1つとなった。初めての航業には車両59両、高級船員31名、下士官兵408名が搭載。この航業はフランスからイギリスへ戻る途上、親交のある港で死傷者38名を降ろした。次の9ヶ月間、ヨーロッパの解放を達成するために必要な数千もの人員や物資を運ぶためイギリス海峡を40回以上往復した。1945年3月にアメリカに戻るまでイギリスとフランスの間を物資運搬のために運行し続けた。1946年7月2日、フロリダ州グリーン・コーブ・スプリングスで退役し、大西洋予備部隊のドックに入る。

1951年、海上輸送司令部と共にUSNS T-LST-325として再度運行し、北大西洋開発援助に参加して、カナダグリーンランドの東海岸沿いに前哨部隊探査基地建設のためラブラドル海デービス海峡バフィン湾に入港した。1961年9月1日、海軍船舶登録簿により、国防予備船隊に係船するため所属を連邦海事局(MARAD)に変更。

1964年~1999年、ギリシャ海軍[編集]

1964年9月1日、無償援助の一環としてギリシャに向かう。1964年から1999年の間、ギリシャ海軍シロス(RHS Syros L-144)として活動。

アメリカ海軍戦車揚陸艦記念博物館[編集]

2000年、退役軍人で構成されるThe USS LST Memorial, Inc.はこの艦船を入手。ギリシャから買い取り、補修してからアメリカへ向けて出航し2001年1月10日アラバマ州モービルへ到着。2003年、ミシシッピ川オハイオ川を航行。インディアナ州エバンズビルで10日間35,000人以上が内覧した。2005年5月と6月バージニア州アレクサンドリアマサチューセッツ州バザーズ湾ボストングロスターなどの港を60日間かけて自家発電により航行。ニューヨーク州オリエントコネチカット州ニューロンドンを結ぶフェリーとして日常的に使われているLST-510や湾岸の浚渫船のMVコロンビアと同様に、数少ない航行可能な戦車揚陸艦の1つとされている。船員によると継続的にメンテナンスや修復が行なわれ元の形を留めている。2005年10月1日、インディアナ州エバンズビルに常時停泊することとなったが、毎年他の港にも訪れている。

エバンスビル[編集]

第二次世界大戦中、インディアナ州エバンスビルの川岸に戦車揚陸艦のため45エーカー (18 ha)の造船所が作られた。最盛期のエバンスビル造船所は従業員19,000人以上がおり、この規模の大型船を週に2隻完成させており、国内で最も大きな戦車揚陸艦造船所となった。エバンスビル造船所で24隻の普通船舶、167隻の戦車揚陸艦、35隻の他の船舶が作られた。現在LST-325はここに常時停泊し、戦車揚陸艦と軍事の記念博物館となっている。

関連事項[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ Boeder, Steve (2008年12月22日). “National Register of Historic Places Registration: USS LST-325 (pdf)”. National Park Service. 2009年8月12日閲覧。 (92 pages, with diagrams and approximately 40 photos)

外部リンク[編集]