K-ness.

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K-ness.
K-ness.の画像
プロフィール
リングネーム K-ness.
ダークネス・ドラゴン
MAKOTO
斎藤誠
本名 斎藤誠
ニックネーム 青き光
暗黒龍
身長 174cm
体重 74kg
誕生日 1974年4月16日(40歳)
出身地 東京都練馬区
所属 DRAGON GATE
スポーツ歴 器械体操ハンドボール[1]
トレーナー アニマル浜口
デビュー 1996年
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K-ness.(クネス、1974年4月16日 - )は、日本プロレスラー。本名は斎藤 誠(さいとう まこと)。東京都練馬区出身。身長174cm、体重74kg。血液型B型。DRAGON GATE所属[1]

来歴[編集]

アニマル浜口レスリング道場でトレーニングを積み、1996年みちのくプロレスでデビュー。その後レッスル夢ファクトリーに移籍し、MAKOTOのリングネームで闘龍門JAPANに参戦、C-MAXの一員となるもTARUと不仲を起こし、敗者追放マッチに敗れ闘龍門マットから姿を消す。

その後、謎の覆面レスラーダークネス・ドラゴン(通称・クネス)として闘龍門マットに再登場。望月成晃率いるM2Kに加入し、ドラゴン・キッドと抗争を繰り広げるが、2002年有明コロシアムで行われたマスカラ・コントラ・マスカラ戦でキッドに敗れ、マスクを脱ぎ素顔を公開する。

抗争終結後はマスクを一新してリングネームを現在のK-ness.に改め、一時は正規軍に所属していたが、それは斎藤了を引き込む為のスパイ行為であり、リーダーがマグナムTOKYOに替わったM2Kに再合流してDo FIXERを結成。2003年以降は肩の怪我に悩まされ、欠場を繰り返す。

2004年、DRAGON GATEの発足と同時にDo FIXERを離れ、望月らとファイナルM2Kを結成。しかし椎間板ヘルニアを患い、2005年末のKING OF GATE出場を最後に長期欠場を宣言。2006年ワールド記念ホール大会で復帰したが、状態はまだ思わしくなく、継続して試合に出ることは出来なかった。

2006年末にトップ戦線から一歩退いた形として再度復帰、またファイナルM2Kからの脱退と前後してDRAGON GATEの現場監督に就任する。それからは“ハリウッド”ストーカー市川等とコミカルな試合をするのがリング上での主な姿だった。

しかし体調が上向いてきたため、2007年8月に行われたタッグリーグ戦にドン・フジイと組んで出場。同時に第一線への復帰を宣言する。リーグ戦の結果は厳しかったが、翌9月に博多スターレーンで行われたトライアングルゲート選手権で勝利を収め、戴冠と共に完全復活をアピールした。

現在は選手として活躍する傍ら、現場監督としても、冷静な判断と場を読む上手さと間をいかしたマイクアピールで、DRAGON GATEを統括している。

2009年12月20日に12月27日の福岡国際センターでのマスカラ・コントラ・カベジェラ金網マッチに出場予定だった負傷欠場中の斎藤了の代役として登場し、REAL HAZARDに加入した。その後、横須賀享とユニットを離脱(その後REAL HAZARADは分裂)。ユニットには属さずに横須賀享と「クネスカ」として活動。

2010年1月11日に最多防衛記録をかけた谷嵜なおきから勝利し、悲願のブレイブゲート奪取。設立者の一人だが、意外にも初戴冠であった。2月7日に博多スターレーンでPACから防衛を果たすも、2月27日の京都KBSホールでスペル・シーサーからベルトを奪われる。

5月13日の後楽園ホールで横須賀享と共にツインゲートを奪取。第12代王者に輝いた。その後4度の防衛に成功するが、土井成樹&Gamma組に奪われてしまう。

2013年は1月17日に後楽園ホールYAMATO、3月7日には鷹木信悟をシングルマッチで破り、CIMAが保持するオープン・ザ・ドリームゲート王座への挑戦を表明、4月4日に対戦するも敗れた。しかし2013年内にDRAGON GATEの主要4大タイトル全てに挑んだ唯一の選手となり、このうちツインゲートとトライアングル・ゲートを獲得した[1]

リングネーム[編集]

斎藤誠が用いたことがあるリングネーム

斎藤誠(本名)
MAKOTO
素顔にペイント。
ダークネス・ドラゴン
ウルティモ・ドラゴンもしくはドラゴン・キッドを模した黒いマスク。
K-ness.(現在も使用中)
マスク側頭部の「龍」の部分が十字架に変更されるなど、ドラゴンからは独立したキャラクターになる。その後、イメージカラーを青に変更。アニマル浜口道場からの友人である吉江豊が参戦したときは、吉江のカラーに合わせてピンク色のコスチュームだった。
ターボness.

得意技[編集]

クロスアーム式の技と蹴り技を武器に闘龍門時代はNWAウェルター級、DRAGON GATEではブレイブゲートの中量級を積極的に活性していた。同じ中量級でライバルと言われていた吉野正人やドラゴン・キッドに対する技を開発したことも特筆される。

ダークネスバスター
クロスアーム式のノーザンライトボム。現在はヘルニアの影響もあって、使用機会が減っており、大一番でのみ使用する。
ダークネスボトム
ロック・ボトムと同じ技。ただし最近では体を反転しないHエッジの形に近い。
延髄斬り
飛び上がるのではなく、シャイニング・ウィザードの様に相手の足を使って駆け上がるように蹴るのが特徴。蹴った後に「パンッ」と音が良く鳴る。
ユダ
ドラゴン・キッドのクリストを切り返すジャベ。コルバタで頭を挟まれる瞬間に相手の左足を右手で捕え、相手の右足を左膝裏に挟み、相手の左腕を左手で取って後方へ極める。名前の由来はキリストを裏切ったイスカリオテのユダから。吉野正人のフロムジャングルに対しても使用した。
昇竜脚
アッパー気味のレッグラリアート。一回転して繰り出す派生技「竜巻昇竜脚」もある。
D3(ダークネス・ドラゴン・ドライバー)
クロスアーム式のライガーボム。TAKAみちのくのみちのくドライバーIと同型。
ソル・ノチェセル
YOSSINO(現:吉野正人)との抗争で生まれたジャベ。吉野のソル・ナシエンテに対抗して作られた、腕を交差させ、さらに足を脇で挟んでしまう相手の両手両足を極めるジャベ。極まってしまうと完全に身動きが取れなくなるので、無理矢理振りほどくしかない。「日の出」を意味するソル・ナシエンテに対し、ソル・ノチェセルは「日没」を意味する。吉野との抗争終了後からは使われなくなった。
TAB(ティーエービー)
吉野のコウモリ(BAT)の逆さ読み。相手と背中合わせになった状態で、自分の足首を相手の太ももに引っかけ、相手を前屈みにさせて両腕を上方へ絞り上げる。
ディテイン
D3のようなクラッチで相手を持ち上げ、そのまま腕のロックを外してシットダウンしつつ相手を後方にぶん投げる変形フェイスバスター。
介錯
いわゆるバズソーキック。座りこんだ相手に見得を切り、側頭部にミドルキックを放つ。躱されてもすぐさま後ろ蹴りを放つ。
青き光
うつ伏せ状態の相手の両腕を首の前で交差させ、自分の体を相手の横に流しつつ、そのまま反り上げる。クロスアーム式ジャストフェイスロックといった感じである。
クイック
いわゆる丸め込み技。主に横十字固めが用いられる。名の通り丸め込みが素早い。また、丸め込みを返されても、二重三重と連続で仕掛けることにより勝利する場合もある。
光の輪(旧名:ダイアル固め)
ローリング・クラッチ・ホールド(前方回転エビ固め)と変形ローリング・クレイドルを合わせたような丸め込み技。ローリング・クラッチ・ホールドから、相手の脇に自分の両足を引っかけるように横方向に回転し、そのまま自分を中心に円を描くように1周回ったあと改めてエビ固めで丸め込む。一周してから丸め込む場合と、丸め込みながら一周する場合がある。現在の主なフィニッシュホールドである。
ランニングスリー
相手をコーナーポストに吊り下げて顔面に蹴りを浴びせた後、ハイジャックバックブリーカーの体制に抱え上げそのままランニングパワーボムのように叩きつける技。対CIMAへのドリームゲート戦に向けて使用し始めた奥の手。
バンパイアシザース
リング方向を向いて相手をコーナートップに座らせ自分はトップロープを踏み台にしてジャンプし相手の両肩に肩車するように跳び乗りアストロシザースで放り投げる。MAKOTO時代に使用していた技で長らく使用していなかったが、CIMAとのドリームゲート戦で久しぶりに解禁。

以下は横須賀享との合体技。クネスカパケットと呼ばれる。

ジャンボの脚
横須賀のジャンボの勝ちとK-ness.の昇竜脚との合体技。
ニー横須賀
須賀ドラニー
カナディアンバックブリーカーに抱え上げた相手にK-ness.がコーナーからニー・ドロップを落とし、その勢いでカナディアンハンマーに移行する技。
セルフサービス・ボム
相手を1人持ち上げてそのまま相手パートナーにパワーボムの形で抱えさせ、そのままパワーボムにいかせる技。双方にやらせると「二名様御案内」となる。相手に「味方を攻撃してしまった」という錯覚を起こさせ、精神的動揺を招く。
ボトムとプレス
∞の光(むげんのひかり)
二人できめる青き光。クロスした腕を左右から引っ張り上げる。

その他[編集]

  • ダークネス・ドラゴンからK-ness.に改名するきっかけはM2Kの時の仲間チョコフレークK-ICHIがアダ名で呼んでいたことに由来する。
  • YOSSINO(現:吉野正人)との抗争で吉野の新技に「白夜」と名付けたり、公式掲示板で時折詩を書く等ポエットとしても知られる。
  • かなりのゲーマーで、新幹線での移動中などはPSPなどで時間を潰している。
  • かなりのドラゴンボール(漫画)好きであり、自宅にはレアフィギアなどを数え切れないほど所有している。
  • 現場監督というポジションのため、試合後、選手に呼ばれて『こいつと試合を組ませてくれ。』と要望されることが多々あるが、その際、『いいよ。』と即座に軽く答えることがある。
  • ブレイブゲート王座の提唱者の一人。
  • かなりの酒豪であるが現在は節制中。2007年に入ってからのコンディションの向上は禁酒によるものとも言われる。
  • たびたび若手お笑い女芸人の合コンの話で出てくる(合コンの時もマスクを被っていると言う話)。
  • Gammaとはみちのくプロレスで同日にデビューした同期。2011年にはタッグを結成し、ツインゲートに挑戦した。

外部リンク[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「2014プロレスラー カラー写真名鑑」p.11、週刊プロレスNo.1714、2013年12月5日増刊、ベースボール・マガジン社