J・K・ローリング
| J・K・ローリング | |
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ホワイトハウスにて(2010年)
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| 誕生 | 1965年7月31日(46歳) |
| 職業 | 小説家 |
| 活動期間 | 1994年 - 現在 |
| 主題 | ファンタジー |
| 代表作 | 『ハリー・ポッターシリーズ』 |
| 主な受賞歴 | ネスレ・スマーティーズ賞 ブリティッシュ・ブック・アウォーズ アストゥリアス皇太子賞平和部門 |
| 処女作 | 『ハリー・ポッターと賢者の石』 |
| パートナー | ニール・マレー |
| 子供 | 3人(男児1人、女児2人) |
| 公式サイト | J.K.Rowling Official Site |
J・K・ローリング(J.K. Rowling、女性、1965年7月31日 - )は、子ども向けのファンタジー小説『ハリー・ポッターシリーズ』の作者として有名なイギリスの児童文学作家。本名はジョアン・ローリング(Joanne Rowling)で、英国勲功章を受章したことを示す場合は、Joanne Rowling, OBEと書かれる。
目次 |
[編集] ペンネーム
現在のペンネーム「 J・K・ローリング」は、本のターゲットとなる男の子が女性作家の作品だと知りたくないだろうと心配した出版社が、イニシャルを用いるように求めたためにつけられたものである。ローリングはミドルネームを持っていなかったので、祖母のキャスリーン(Kathleen)にちなみ、ペンネームをJ・K・ローリングとした[1]。最近のインタビューによると、ハリー・ポッターシリーズが終わっても作家業を続け、作家名も変えないと発言している。
なお、本人が'ジョアン(Joanne)でなくジョー(Jo)と称するのを好むのは、子どもの時、ジョアンと呼ばれるのは怒られる時だけだったためで[2]、ペンネームではない。
[編集] 人物
イギリス南西部ブリストルの北東約15キロ、グロスタシャーにあるイェイト(en:Yate)に住むジェームズ・ローリングとアン・ローリング夫妻の長女として生まれた。生まれた病院は、隣町のチッピング・ソドベリーにある。2年後に妹が生まれ、本人が4歳の時に家族はグロスタシャーのウィンターボーン(en:Winterbourne)に移り、さらに9歳の時にタッツヒル(en:Tutshill)へと引っ越し、「チャーチ・コテージ」と呼ばれる19世紀半ばに建てられたゴシック風の建物で、美しい庭に囲まれて成長した[3]。近くには、自然豊かなディーンの森があった[4]。
子ども時代から物語を書くことが好きで、初めて書いたのはラビットという名前のウサギの話しで、6歳の時である[5]。その後エクセター大学でフランス語を中心に学び、パリ留学も経験した。卒業後は、ロンドンのアムネスティ・インターナショナルで秘書として働く。
1990年に、マンチェスターからロンドンに向かう4時間遅れた列車の中で、魔法学校に通う少年ハリー・ポッター、そしてロンとハーマイオニー3人の着想が突然誕生し、自宅に帰り、その晩のうちに書き始めた。本人にとっても初めての興奮する体験で、インタビューに対し、どこからイメージが湧いてきたのかわからないと述べている[6]。その年の12月に母を難病の多発性硬化症で亡くして大きなショックを受け、その影響は執筆中だった本の内容にも及んだ。
その後、英語教師としてポルトガル在住中に結婚。一女ジェシカが生まれたが、夫との不和のため夫との元を飛び出し、1993年末にジェシカを連れて帰国後離婚。小説が売れる前のエディンバラでの生活は、離婚後の生活苦と貧困でうつ病になり、「自殺も考えた」ことがあると英北部エディンバラ大学の学生誌に明かした。この時の経験が、ハリー・ポッターシリーズに登場するディメンターのもととなった。
娘の存在に支えられながら数ヶ月をかけてうつ病を完治させ、貧しいシングルマザーとして生活保護を受けながら『ハリー・ポッターシリーズ』第1作『ハリー・ポッターと賢者の石』を執筆した。カフェに居座って執筆することが多かったことにつき、本人は、暖房費節約のためという話しを否定し、子どもが眠るにはベビーカーに乗せて散歩するのが最も効果的だったので、子どもを連れ出し、眠った後に近くのカフェに入って書いた、と説明している[5]。
こうして1995年に完成した原稿は、エージェントを通じて12の出版社に提出されたが、あまりに長編で、出版する会社は現れなかった。新人による子ども向け書籍の出版に取り組んでいたブルームズベリー出版社が出版することとなったのは、受け取った原稿を、編集者が自分で読む前に8歳の子どもに手渡して反応を見たからである。1時間後に部屋から出てきた子どもは、「パパ、これは他のどんなものよりもずっと素敵だ」と話した[7]。
イギリスのブルームズベリー出版社から出版された同書は、「ネスレ・スマーティーズ賞」や「ブリティッシュ・ブック・アウォーズ」など多くの文学賞を受賞するなど、新人作家としては異例の扱いを受け児童文学として高く評価されるとともに、多数の外国語に訳される世界的ベストセラーとなり、子供のみならず広範な大人の読者をも獲得した。
2001年には医師のニール・マレーと再婚し、2003年に男の子、2005年には女の子を出産している。
政府の生活保護により離婚後の生活苦を凌いだ経緯から、労働党を支持している。
また紙媒体での本の重要性を説いており、電子書籍による自著の販売に反対している。ただ、近年では後述する「ポッターモア」で電子書籍に関するアンケートを設けるなど、自作の電子書籍化に向けての動きと思われるトピックスも存在する。
2011年、ポッターモア(en:Pottermore)を発表した。
[編集] 資産・金銭
年収約1億2500万ポンド(日本円で約182億円)は、「歴史上最も多くの報酬を得た作家」とされている。
2003年5月、イギリスのお金持ちリストが発表され、ローリングがハリー・ポッターの本、映画、その他関連商品から手にした金額が560億円だったことがわかった。この金額はエリザベス女王よりも多く、イギリス国内では上から122番目の富豪になるという。[8]
2007年1月、経済誌フォーブス誌がエンターテイメント界で活躍する女性で資産の多い女性トップ20を発表し、総資産1210億円で2位にランクインした。
2010年1月、英大衆紙The Sunによると、スコットランドに260万ポンド(日本円で約3億7500万円)で5軒目となる新たな豪邸を購入したという。この豪邸は31部屋もある大邸宅であるが、J・K・ローリングは2、3部屋を見ただけで購入を即決したという。担当をした不動産屋は「彼女は2、3部屋を見ただけで即決しました。所有者が『2階は見なくてもいいですか?』と聞くまでは2階も特に見ようとはしていなかったです」と明かしている。さらにJ・K・ローリングは2010年のクリスマスは家族とこの家で過ごしたいと熱望し、現在の所有者がクリスマスまでに出ていくのであれば30万ポンド(日本円で約4500万円)を購入金額に上乗せして支払ってもいいと言っているという。総資産が5億6000万ポンド(日本円で約840億円)もあるJ・K・ローリングは今回の豪邸以外にもスコットランドに3軒、ロンドンに1軒の豪邸を所有しているという。[9]
[編集] 略歴
- 1995年、エディンバラのカフェで『ハリー・ポッターと賢者の石』を書き上げた。
- 1996年、同書がブルームスベリー出版社から出版されることが決まる
- 1997年、同書がイギリスで発売され、ベストセラーとなる。
- 1998年、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』出版。
- 1999年、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』出版。
- 2000年、『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』出版。児童文学への貢献を評価されて英国勲功章 (OBE) を受章。
- 2003年、『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』出版。
- 2005年、『ハリー・ポッターと謎のプリンス』出版。
- 2007年、『ハリー・ポッターと死の秘宝』出版。
[編集] 作品リスト
- 『ハリー・ポッター』シリーズ
- 『ハリー・ポッターと賢者の石』 (Harry Potter and the Philosopher's Stone)(映画化)
- 『ハリー・ポッターと秘密の部屋』 (Harry Potter and the Chamber of Secrets)(映画化)
- 『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』 (Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)(映画化)
- 『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』 (Harry Potter and the Goblet of Fire)(映画化)
- 『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』 (Harry Potter and the Order of the Phoenix)(映画化)
- 『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(Harry Potter and the Half-Blood Prince)(映画化)
- 『ハリー・ポッターと死の秘宝』 (Harry Potter and the Deathly Hallows)(映画化・製作にも携わっている)
[編集] 脚注
- ^ Transcript of Oprah Interview". hpthedailyprophet.com. 2010. Retrieved 18 November 2010.
- ^ CBC Interview #1, 26 October 2000
- ^ http://www.cinematoday.jp/page/N0033789
- ^ ディーンの森は、ハリー・ポッターシリーズ7巻前半で、スネイプの守護霊によってハリーがグリフィンドールの剣を見つけ、ロンと再会する場所である。
- ^ a b BBC放送インタビュー、2001年12月28日
- ^ All about Harry Potterボストン・グローブ紙、1999年10月18日
- ^ The Independant News、2005年7月3日
- ^ http://www.cinematoday.jp/page/N0003280
- ^ http://www.cinematoday.jp/page/N0021887
[編集] 外部リンク
- J.K.Rowling Official Site - Harry Potter and more - 公式サイト(英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語・日本語)
- J.K.Rowling Official Site - 公式サイトテキスト版(英語)
- J.K.Rowling Twitter Official Site - ツイッター公式(英語)
- J.K.Rowling YouTube Official Site - YouTube公式(英語)
- Quick QuotesとMadam Scoop's Index - J・K・ローリングの言行録が検索できるサイト。公式サイトに収録されていない発言も載っている。
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