性同一性障害
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性同一性障害(せいどういつせいしょうがい、Gender Identity Disorder,GID)とは、生物学的には完全に正常であり、しかも自分の肉体がどちらの性に所属しているかをはっきり認知していながら、その反面で、人格的には自分が別の性に属していると確信している状態(日本精神神経学会)を指す、病名あるいは障害名である。
しばしば簡潔に「心の性と身体の性が食い違った状態」と記述される。症状の度合いは、自分の持つ外性器に非常な嫌悪感を持ち外科的処置を必要とする状態から、異性装(女装、男装)を行うことで耐えられる状態まで様々である。
同性愛と混同されることがしばしばあるが、意味合いは全く異なる。
目次 |
[編集] 概要
生物学的概念としての男女のいずれかの身体形状に正常に属す身体をもっているにも関わらず、性自認がそれと一致していないことを訴える症例を総じて性同一性障害と称している。なお性自認とは、「自分のことを男と思っているのか、女と思っているのか」という自己イメージのことを指す(性自認参照)。 自己の中に男性性女性性が同時に存在する状態。本人が苦しんでいる場合に限り障害とする。
[編集] DSM-IV上での説明
DSM-IV(精神障害の診断と統計の手引き)においては「臨床的に著しい苦痛または、社会的、職業的または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」という一文が付記される。
[編集] 日本精神神経学会によるガイドライン
日本国内における性同一性障害への医療的アプローチの基準である、日本精神神経学会の「診断と治療のガイドライン」によれば、性同一性障害の診断は次のように行なわれる。
- 生活歴の聴取
- 性別違和感の実態を調査する。アメリカ精神医学会「精神障害の診断と統計の手引き」第4版 (DSM IV) や 「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」第10版 (ICD10) を参考としながら、以下のことを聴取する。
- 自らの性別に対する継続的な違和感・不快感
- 反対の性に対する強く持続的な一体感
- 反対の性役割
- 身体的性別の判定
- 外性器の診察・検査
- 内性器の診察・検査
- 染色体検査
- ホルモン・内分泌系検査
- 除外診断
- 統合失調症などの精神障害によって、本来の性自認を否認したり、性別適合手術を求めたりするものではないこと。
- 文化的社会的理由による性役割の忌避や、もっぱら職業的利得を得るために反対の性別を求めるものではないこと。
- 診断の確定
- 以上の点を総合して、身体的性別と性自認が一致しないことが明らかであれば、これを性同一性障害と診断する。
- 半陰陽、間性、性染色体異常などが認められるケースであっても、身体的性別と性自認が一致していない場合、これらを広く性同一性障害の一部として認める。
- 性同一性障害に十分な理解をもつ精神科医が診断にあたることが望ましい。2人の精神科医が一致して性同一性障害と診断することで診断は確定する。2人の精神科医の意見が一致しない場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察結果を受けて改めて検討する。
なお、性別違和感に要求される「継続性」については、ICD10の性同一性障害の項に書かれている「2年間以上」という基準が参考にされることが多い。
[編集] 症状
以下は、性同一性障害によって引き起こされがちな症状とされるものである。
なお、全ての性同一性障害者に全ての症状が現れるとは限らない。
また、「性同一性障害によってこれらが引き起こされる」とする考えがある一方、逆に「これらの症状が先にあり、その症状の具現化したものの一つが性同一性障害」とする見方もある。
- ジェンダー・アイデンティティ・ディスオーダー (Gender Identity Disorder = G.I.D.)
- 人間のアイデンティティの維持において性自認は重要な役割を果たしている。例えば、「自己を定義するような短文を、被験者に短時間で(焦らせながら)できるだけたくさん書かせる」という実験を行うと、多くの被験者は自己の性別に関する認識を記す。
- 通常、生まれ持った(と思われる)性自認の原型は、自己の身体的特徴を把握することや、社会に於いて性役割を学習し、承認されることで強化され、安定した性自認を形作る。
- しかし、性同一性障害者の場合は逆に、性自認の原型とは矛盾する身体的経験をすることになり、矛盾した性役割を与えられることが多いので、しばしばこれらの経験によって人格の同一性を脅かされる。
- 性別違和感
- 性自認と反する身体的性別を持っていることに違和感を抱き、不快に感じる。特に、MtFの場合ペニス切断願望・乳房願望、FtMの場合にはペニス願望・乳房除去願望などの形で、この違和感が具体化することがしばしばある。性別違和感の存在には、前述の通り身体的性別が人格の同一性を脅かすことにも関係しているとの考え方もある。
- 反対の性役割・ジェンダーパターン
- 前述の通り、性同一性障害者は様々なジェンダー意識を持ち、典型的には多くの点で身体的性別とは反対の性(性自認と一致)の性質を持っている。
- 精神疾患的症状
- 性同一性障害者には、様々な精神症状を伴うことも多い。抑うつ、摂食障害、アルコール依存症、不眠症などが見られる。産経新聞(2003年4月12日)によれば、調査対象の29.2%に不登校経験が、74.5%が自殺を考えたことがあり、自殺未遂や自傷行為に及んだ者は31.1%であり、MtFに比べFtMの方が不登校、自殺未遂・自傷行為経験率が高かった。背景として、性別違和感・偏見から社会で正当に扱われないという経験が、当事者にとって耐え難いものであり、そこから引き起こされたものであるとの見方をとる人もいる[要出典]。また、アスペルガー症候群(自閉症スペクトラムの症状)との関連性も指摘されている。
[編集] そのほかの特徴
[編集] ジェンダー
性同一性障害者のジェンダー意識のあり方は様々である。
- 一般に身体的性別に応じて躾られるので、その性に応じたジェンダーを身につける部分もある。
- 一般の男女と同じく生活の中で見聞きする男女のジェンダーパターンを、意識的・無意識的に学習する部分もあるが、その場合、自分の性自認に応じたものを取り入れる部分もある。
- 先天的に定まっている性自認はそれだけでは不安定であり、それを維持するには性自認に合った身体的・社会的経験が必要となる。性同一性障害者の場合その機会は限られているので、過剰に社会的・文化的な性差に拘り、性自認に応じた行動様式を取ろうとする場合もある。
- 逆に、社会適応を容易にするために性自認とそれに伴う性の意識を押さえ込み、過剰に身体の性に適合した行動様式を取ろうとする場合もある。
これらの間の、無数のパターンがあり得る。
[編集] 職業的・社会的利得
「診断と治療のガイドライン」第1版が提出された当初、「職業的利得を得るために反対の性別を求めるものではないこと」という一文が問題となった。いわゆる「ニューハーフ」や「オナベ」といった職業に就いている者の一部には、性自認と身体の不一致に苦しんでもいる者もいるからである。彼らは「自分たちの状態は職業的利得を求めてのものと解釈され、性同一性障害としてのケアの対象にはならないのか」とこの文言に疑問を投げかけた。
ガイドラインの策定において「職業的・社会的利得」と考えられたのは、日本でいうところのニューハーフやオナベではなく、他者による強制的な性転換であった。比較的貧困で、売春以外観光の呼び物が極端に少ない地域で、そういったことは発生してきた。売春は、男性型の身体より、女性型の身体の方が単価が高く、需要もあることから、若年の間に去勢をし、十代後半になると性転換手術を受けさせ、売春をさせるという行為が多く見られ、それを防ぐための文言だった。
「職業的・社会的利得」という文言がニューハーフやオナベの職に就く人々を性同一性障害診療の場から排除するかのように解釈されるのを防ぐため、ガイドライン第2版では「なお、このことは特定の職業を排除する意図をもつものではない」と明記された。
(なお、ニューハーフやオナベの職に就いている者が全員性同一性障害者である、あるいはその逆という風に職業的異性装と性同一性障害を混同する向きもあるが、これは誤解である。)
[編集] 関連する用語・概念
[編集] 性自認
一般的に「自分 のことを男と思っているのか、女と思っているのか」という自己イメージのことを性自認と称する。
性自認がどのように決定されるかは不明である。
性自認は染色体、性腺、ホルモン、内性器、外性器、ジェンダーパターン、性役割・性指向のいずれからも独立していることが条件とされる。
詳細は「性自認」の記事を参照。
一般では、性同一性障害当事者は男性または女性の二性別のどちらかを性自認していると考えられているが、実際の診療の場では、性自認が中性や無性、それ以外の者も存在する。しかし、「男女のどちらでもない」彼らの場合、例えば中性を性自認する者は現在の社会で生活する上で絶えず他者の「男性か?女性か?」という目にさらされることになるため、男性もしくは女性としての性役割を演じることとなり、また無性の場合は肉体や性役割の想定が難しく、対応が難しいのが実情である。
[編集] 心の性
性自認の意味で「心の性」という言葉が使われることもある。
これにより、性同一性障害は、しばしば簡潔に「心の性と身体の性が食い違った状態」と記述される。
ただしこの「心の性」という表現はジェンダーパターンや性役割・性指向の概念を暗黙に含んでしまいがちであるため、同性愛と混同するなどの誤解を生じやすい。また気持ちの問題と誤解される事も多い。
[編集] 半陰陽
性別の判定をなすための特徴が一方の性別のそれのみによって占められていない身体(特に外性器)を持つ状態を半陰陽 (intersexual) と称する。
性同一性障害者の肉体は半陰陽ではないとする見解が主流である。ただし、一部に半陰陽者であっても性同一性障害者としての扱いを受けてしかるべきであるとの見解もある。
また性自認の考え方は、半陰陽のケースにおいても自己を特定の性別で認識しているという状態を説明するために導入された概念モデルが始まりである(Stoller, 1963-1964)。
[編集] 脳との関係
性自認を脳の状態に帰着させる考え方をとる人もいる。この立場から、性同一性障害を「身体の性別と脳の性別の不一致の状態」と説明する人もいる。これは、性同一性障害の原因としてしばしば言及される「ホルモンシャワー説」(後述)にもつながりうる考え方である。ただし専門的には、現時点では立証されていない仮説である。
性同一性障害者の脳の形状や微細な構造等が、性同一性障害者でない者のそれと異なるか否か、また仮にその差異が存在するとしてその差異が先天的か後天的か、これらについても現時点では検証されていない。ただし、死者の脳の解剖から、GID患者と健常者との比較において脳内の特定部位の形状の差異が見られた例は、以前から複数報告されていた。またその後、目覚ましい医療技術の発達、特に2000年以降の高分解能MRIによる生体研究により、生きている状態での脳の研究が飛躍的に進み、その中でMtFおよびFtMに対する性ホルモン投与前・投与後の脳容積の変化・可塑性などが確認されている。
[編集] 性的虐待との関係
後天的要因が元となり、例えば性的虐待の結果として自己の性を否認する例は存在する。また、専ら職業的・社会的利得を得るため・逆に不利益を逃れるために反対の性に近づくケースもある。
しかしながら、このようなケースは性同一性障害とは呼ばない。一般には、性同一性障害者は何か性に関する辛い出来事から自己の性を否認しているわけではなく、妄想症状の一形態としてそのような主張をしているわけでもなく、利得を求めての詐称でもなく、(代表的な症例では出生時から)自己の性別に違和感を抱き続けているのである。
なお現在、性的虐待と性自認の揺らぎの相関に否定的な考え方も出てきている。というのは、「性に関する何かの辛いできごと」があっても、実際には性自認が揺らいでいる人は決して多くはなく、性同一性障害当事者の多くは「性に関する何かの辛いできごと」がまったくなかったと認識していることが圧倒的に多いからだ。現在、「性別違和を持った当事者が、何らかの性的虐待を受けた」という考え方に変更されてきている。フェミニズムカウンセリングの場では、この考え方が支持されている。一方で、性同一性障害の多くは性的虐待の経験がないが、虐待を受けた当事者が解離性障害などを発症して、性的違和を抱く可能性は現在でも否定されていない。
[編集] 異性装・同性愛との関係
性同一性障害者も一般の男女と同じく、「自分の心理的性別に相応しい服装を好み」(男装や女装といった異性装ではない)、「自分の心理的性別と反対の性を恋愛対象とする」(異性愛)ケースが多い。そのため、身体的性別を基準にして観察すると「異性装を好み」「同性を恋愛対象とする」ように見える。
しかしながら、性同一性障害者の中にも一般の男女と同じく異性装者や同性愛者が存在するので、必ずしも上記の限りではない。
混同されがちであるが、性同一性障害と同性愛や異性装とは、それ自体は全く独立した別個の現象である。
[編集] そのほかの用語
そのほか、性同一性障害に関連する重要な用語を挙げる。
- GID
- Gender Identity Disorderの略。性同一性障害の当事者や関係者は、性同一性障害をGID(ジーアイディー)と呼ぶことが一般的である。
- MtF
- Male to Femaleの略。身体的には男性であるが性自認が女性であるケースをMtF-GIDと呼ぶ。MTFとの記法もある。
- FtM
- Female to Maleの略。身体的には女性であるが性自認が男性であるケースをFtM-GIDと呼ぶ。FTMとの記法もある。
- 性別適合手術(性別再判定手術)
- Sex Reassignment Surgery(SRS)、または、Gender Reassignment Surgery(GRS)の訳語であり、性別再割当手術とも訳される。性自認に合わせて、外科的手法により外性器などの形態を変更することを意味する。一般的には性転換手術(sex-change operation)と言われているが、性自認の観点から見れば性を転換するという表現は相応しくなく、下等動物にみられるように反対性の生殖能力を持つことはできないので、日本精神神経学会の正式訳語としては「性別適合手術」を用いるようになっている。
- 性転換症
- Transsexualismの訳語。 性同一性障害のうち、特に身体的性別に対する違和感・嫌悪感が強く性別適合手術までを望む症例を指す。
- リアルライフ・エクスペリエンス (RLE)
- 実際に望む性別として社会的に生活してみること。24時間継続的に行う場合をフルタイムRLEと言い、何らかの事情でそれができない場合に生活時間の一部をRLEにあてる場合をパートタイムRLEと言う。過去にはリアルライフ・テストと呼ばれた。
- ガイドライン
- 日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン」。日本国内における性同一性障害の診療の基準として参照されている文書である。ブルーボーイ事件を踏まえて策定されており、この文書に従った医療的処置は母体保護法に抵触しないものとみなされている。(ただし、具体的にそれを示す判例は存在しない)
[編集] 医学的背景
[編集] 原因
原因は解明されていないが、以下のような説が広く語られている。現在、性同一性障害に直接関わる医療関係者や性同一性障害当事者の間では、前者が広く支持されている。また、どちらか一方が正しいというわけでなく、様々なケースが存在するという主張や、どちらの説も、性同一性障害者の全てを説明し尽くすものにはなっていないという指摘もある。
[編集] 先天性説
これを「ホルモンシャワー説」と称することがある。ハリー・ベンジャミンが、この説の発祥と言われている。
[編集] 後天性説
上記とは別に、本来の男性が「自分は女性」と思いこむ(あるいはその逆)形で、「解離性障害」などにより後天的に性同一性障害が発症したとする説である。
[編集] 性同一性障害と類似の症状がみられる他の障害など
[編集] 遺伝との関係
しばしば、性同一性障害は親から子へ遺伝するのかという心配をする人も居るが、現在では遺伝する性質の疾患ではないと考えられている。
[編集] 一次性および二次性
性同一性障害を大まかに一次性・二次性の2つの亜群に分類することがある。中核群・周辺群という分類をする医師もいるが、これもほぼ同様のものであると考えられている
ただし一部の医師は、中核群・周辺群を、自性器嫌悪が激しく性別適合手術を強く望むグループと、自認する性の服装・文化的生活・第二次性徴の除去(MtFでは鬚の除去や声の高音化、FtMでは乳房除去や声の低音化等)・自己の自認する性の第二次性徴の発露程度(MtFでは女性化乳房、FtMでは鬚や筋肉質の身体形状)までで満足するグループとの分別に、この対概念を用いている。
一次性(プライマリ)の場合、小児期または青年期前期に発症し、青年期後期または成人期に受診する。身体的性別と反対の性自認を確固たるものとして持っていることが多い。
二次性(セカンダリ)の場合、発症はやや遅く、壮年期や、老年期に近くなることもある。当初は症状が異性装として現れることが多いとも言われる。性自認が確固としたものでなく揺れていることもある。
FtMは比較的均質であると言われ、一次性に属するケースが多い。MtFでは症状がより多様であり、二次性も多く見られる。
これらの分類は症例を検討する際にはある程度有用であるとみなされ、多くの論文で言及されている。一次性と二次性は症状が似ているだけで本質的に異なる疾患なのではないかと考える者もいるが、一方では、症状が表面化した時期が異なるだけで本質的には同じであると考える者もいる。
性同一性障害当事者の中には、このような分類を適切でないと考える者もいる。過去に、医療者が治療の対象を一次性の中の極めて典型的な症例のみに限定しようとしたことがあるという事情や、それを背景として一次性の当事者の一部が二次性の当事者に対して差別的であったこと、一次・二次という表現が質的相違を示唆するが現に観察されているのは発症が早期か中・後期かという時間的差異でしかないので不適切である(二次性の患者でも性別適合手術まで求め性自認も確固としている者も少なくないからである)、というようなことが影響している。
[編集] 医療的対処法
[編集] 精神科領域の治療
精神療法としては、当事者のQOL(生活の質)の向上を目的として次のようなことを行なう。
- 非寛容によりもたらされがちな自己評価の低さを改善させる。
- 性自認やそれに基づく自己同一性を再確認させ、「自分は何者であるか」を明確にさせる。
- 社会生活上に生じうる様々な困難を想定し、その対処法を検討させる。
- リアルライフ・エクスペリエンスを通じて、それに伴う困難も体験させた上で対処法を検討する。
- 抑うつなどの精神症状を伴っている場合には、その治療を優先して行なう。
- 最終的に、今後どのような治療を希望するかを冷静に決定させる。
これらの作業は性同一性障害かどうかの診断と重なる部分もあるので、平行して行われることも多い。
性自認を身体に一致させる方向の精神療法が正しく、また低コストであると考える人もいる。しかし、幾つかの理由から現在の精神療法は性自認の変更を目的としていない。
- 性的バリエーションを否定し、性的マイノリティーへの迫害、排斥に繋がる。
- 過去の治療例から、性自認の変更は成人に対しては極めて困難だと判明している。多くの場合は不可能と考えられている。
- 性同一性障害者自身は性自認の変更を望まないことが多いので、治療の継続が困難である。
- 性自認が人格のあり方を基礎づけていることを考慮すれば、変更が可能であったとしても、それはあくまで多数派の価値観の礎として個人の人生と感覚に干渉する行為であり、まして当事者にとっては自己の否定にもつながり得る。この点で倫理的に許されないという意見もある。
[編集] 身体的治療
[編集] ホルモン療法
身体的性別とは反対の性ホルモンを投与することで、二次性徴の一部を性自認に一致させようとするものである。MtFに対してはエストロゲンなどを、FtMに対してはアンドロゲンなどを用いる。特に、体型が性自認に一致した性に近づくことが多いため、その性に合わせた社会生活を容易にするとともに心理的な葛藤を改善する効果が認められている。
ホルモン投薬の効果は血液を採取して性ホルモンの血中濃度を定期的に監視することによって評価される。ホルモン療法における血液検査は治療目的の検査であっても今のところ健康保険が適用されない。肝機能障害などの一般的な血液検査に比較して費用が桁違いに高額であることから健康保険の適用を望む意見が多くある。
投与形態としては注射剤、添付薬、経口剤があるが、日本においては注射剤が一般的である。注射剤が最も副作用が少ないが、長期にわたる注射のために、注射部位(多くは三角筋あるいは大臀筋)の筋肉の萎縮を引き起こすことがある。全ての事例に於いて頻繁にみられる副作用は肝機能障害であり、そのリスクは経口剤が一番高い。詳細は事例ごとに異なるが、注射剤を用いる場合、1週間から3週間毎の通院が必要で、費用は1月あたり2,000円から10,000円程度である。
解剖学的男性にエストロゲンを投与した場合、次のような作用がある。
- 皮膚がきめ細やかになる。
- 内臓脂肪中心から皮下脂肪中心に。特に骨盤周囲への脂肪の集中。
- 筋肉の減少
- 髭や体毛の減少
- 頭髪の増加、禿の改善
- 乳輪への色素沈着、乳房・乳腺の発育
- 精子生産停止・精巣の機能低下、萎縮、これによる勃起不全
- 前立腺肥大症の場合には症状が改善
- 性欲の減退。攻撃性の減少。
- 貧血気味になる場合あり。
- 抑うつ的な気分になる割合が高くなるという説もあるが、異論もある。
- 血栓症の可能性を高める。心不全・心筋梗塞・脳梗塞の危険性増大。
- 投与が多すぎる場合には乳汁の分泌、下垂体腺腫を起こすことも。
解剖学的女性にアンドロゲンを投与した場合、次のような作用がある。
- 皮膚の乾燥、色素沈着
- 皮下脂肪中心から内臓脂肪中心に。
- 筋肉の発達
- 髭や体毛の増加
- 頭髪の減少。禿げることもある。
- 変声し、声が低くなる
- 排卵停止。卵巣の機能低下。
- 子宮内膜の萎縮。これにより月経停止。
- 動脈の硬化
- にきびの増加
- 陰核の肥大
- 性欲の昂進。攻撃性の増大。
- 貧血の改善
- 顎の広さの拡大。
- 目つきが鋭くなる。
これらの作用は性同一性障害者に生じた場合には性別違和感を改善し、葛藤を少なくする効果がある[要出典]。しかし、それ以外の者に対して反対の性の性ホルモンを投与し上記の作用を生じた場合、自己同一性を脅かし性同一性障害に似た深刻な問題を引き起こすこともあるので注意が必要である。
また上記の内、髭・乳房・排卵への影響は復元に困難が伴い、変声・精巣への影響は数ヶ月以上投与を続けるとほぼ不可逆である。
そのため、ホルモン療法の選択に当たっては性同一性障害にあたることを十分に確認した上で、本人に慎重に判断させる必要がある。「診断と治療のガイドライン」では、ホルモン療法を第2段階の治療としている。第1段階(精神療法)を一定期間受けた後に希望する者に対してのみホルモン療法を行なう。
医学的対処を求めて受診する性同一性障害者の中には、早急なホルモン療法の適用を望む者も多い。しかし、このような事情から現在、ガイドラインに沿った治療においてはこれは認められていない。他方で、男性化した身体は不可逆的であることから、せめて女性化を促すのではなく単に男性化を一時的に停止させる抗男性ホルモン剤の使用はより広く特に未成年者に認められるべきであるとする見解もある。
[編集] 乳房切除
FtMの場合、アンドロゲンを投与しても乳房の縮小はほとんど起こらないので乳房切除術が必要となる場合がある。
乳房が小さい場合には乳輪の周囲を切開して乳腺など内部組織を掻き出し、余剰皮膚を切り取る方式をとる。これは瘢痕が目立たない。
乳房が大きい場合や(乳房を不快に思って圧迫するなどにより)下垂している場合には、乳房の下溝に沿って皮膚を切開する方式を用いる。乳頭は一度遊離させて適切な位置に移植する必要がある。瘢痕が目立つことも多い。
2003年3月の埼玉医科大学総合医療センターのデータでは、入院期間は平均3.8日、費用は個室代を含めて平均55万4千円であった。岡山大学ジェンダークリニックのデータでは、費用は局部麻酔を使用した場合22万ないし23万円、全身麻酔の場合で40万円弱であった。
[編集] 性別適合手術
MtFの場合、精巣の摘出、外陰部形成、膣形成、陰核形成を行なう。FtMの場合、卵巣・子宮の摘出、膣粘膜切除・膣閉鎖、尿道延長・陰茎形成を行なう。
詳細は「性別適合手術」を参照。
[編集] 発現率
アメリカの統計においてはMtF-GIDは3万人に1人、FtM-GIDは5万人に1人と言われているが、もっと多いという説も存在する。日本国内には2200人~7000人程度が存在すると見積もられている。
MtFがFtMよりも多いことやFtMに一次性のケースが目立つことの理由に関して、様々な説がある。
- ジェンダー規範由来説
- 一般に現在の欧米や日本の文化では、男性が女性的であることに比べて女性が男性的であることには寛容である。
- そのため、性同一性障害が比較的軽症であって性別違和感がそれほど強くない場合、FtMでは問題が顕在化しないのではないか。軽症のFtMではそれは「個性である」と認識されて本人も周囲も意識せず、問題が表面化しないため、FtMは少数のより症状の極端な例だけが観察されているのではないか。
- これに対してMtFでは軽度で幾らか女性的な面が表出するだけでも周囲との軋轢を生じるためにより多くの例で問題が表面化するのではないか。
尚、他にも以下のような俗説があるが、医学上の見地から誤りであるとされている。
- イヴ原則由来説
- 人間の男性は、胎児期に女性を作り替えることで発生する。男性への作り替えの引き金が引かれなければ、人間は自然に女性として生まれる。
- そのため、「男性への作り替えに障害が起きて不完全になってしまうケース」は多いが、「男性化の引き金となるべき遺伝子が存在しないのに、誤って一部分だけ作り替えが行われてしまうケース」は少ないのではないか。
→人間の場合、受精卵にSRY遺伝子(Y染色体に含まれる)の働きかけがあれば男性として、なければ女性として生まれる。女性が男性に作り変えられるということはない。詳細は「性染色体」および「Y染色体#性決定」を参照。
ただし、2008年現在の日本国内での状況はこういった上記の数字とは反対に、FtMの受診者数のほうが多い状況である。
- 日本精神神経学会・性同一性障害に関する委員会(中島豊爾委員長)の調査速報値
- 2007年度末までの全国統計
- 全国の主要専門医療機関受診者総数7177名
- MTF:3031名
- FTM:4146名
- 調査対象は、岡山大や埼玉医大、大阪医大、関西医大など全国九つのジェンダークリニック。一人の患者が複数の機関で受診しているケースも含まれている。
- 2008年度GID学会での報告
-
- 岡山大学病院 MtF:345名 FtM:572人(1998〜2008.2 総受診者のうち、GIDが疑われた総数)
- 札幌医科大学付属病院 MtF:83名 FtM:197名(GID外来開設〜2007.12、総受診者数)
- 大分大学付属病院 MtF:7名 FtM:27名(2003〜2008.2 総受診者のうち、GID診断総数)
- 長崎大学付属病院 MtF:36% FtM:64%(2004〜2007.12における初診症例数の構成比)
- あべメンタルクリニック MtF:993名 FtM:1013名(1996.3〜2008.2。相談件数)
- 川崎メンタルクリニック MtF:292名 FtM:401名(2000〜2007 総受診者のうち、GID診断総数)
[編集] 性同一性障害をめぐる社会情勢など
[編集] 歴史的トピック
- 1969年、ブルーボーイ事件。十分な診断をせずに安易に性別再判定手術を行なった医師が優生保護法違反により逮捕された。
- 1998年、埼玉医科大学がFtMの患者に対して、日本国内初の正式な性別再判定手術を行った。
- 2003年、5月、日本で性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(GID特例法)が成立
- 2004年、7月16日、同法施行
- 2007年、4月、拠点医療機関の埼玉医科大学での性別適合手術が中止される。[空白期]
[編集] 判例
性同一性障害に伴うトラブルなどを理由にして行われた懲戒解雇が解雇権の濫用にあたるとされた裁判例がある。それが 2002年の性同一性障害者解雇無効事件(懲戒処分禁止等仮処分申立事件、東京地方裁判所平成14年(ヨ)第21038号、東京地裁平成14年6月20日決定 労働判例830号13頁掲載)である。この事件は、男性として雇用された被用者(原告)が女性装での就労を禁止する服務命令に違反したことを理由の一つ(ほかにも4つの理由が挙げられている)として懲戒解雇されたことに対し、従業員としての地位保全および賃金・賞与の仮払請求の仮処分を申し立てたものである。東京地裁は、性同一性障害である被用者が女性の服装・化粧をすることや女性として扱って欲しいなどの申し出をすることは理由があることだとした。そして、使用者側(被告)は被用者(原告)からのこうした申し出を受けた後も善後策を講じなかったことや、女性の格好をしていては就労に著しい支障を来すということの証明がないことを指摘して懲戒解雇を権利の濫用であるとして無効とし、賃金の支払いを命じた。[1][2][3][4]
[編集] 医療によらない、当事者の対処行動
性同一性障害者は何もしなければその身体的性別に応じて、自己の性自認とは異なる性として扱われることになる。これは多くの場合強く恒常的なストレスをもたらすが、性別違和感などの症状が軽い場合、あるいは性別変更を行う肉体的条件が整わない場合には、何らかの方法でストレスを解消することによりそのまま生活できることもある。
- 性自認に適合した性へと移行することが、社会的・経済的問題によって困難だと考え、この方法を選択しようとする者も多い。
- ジェンダー・アイデンティティ・クライシスによる人格への深刻な被害を避けるための手段が必要である。このため、適当な場で性自認に適合した服装や行動をとることにより、自己の性自認を確認しようとする者もいる。趣味的な異性装者とされる人々の中には、この方法を選択した性同一性障害者が少数含まれていると見られる。
[編集] 10代未満の性同一性障害者
10代未満の性同一性障害者の存在が、メディアで紹介されることがある。日本においても、小学校低学年の男児が「女児として」学校生活を送っている例が紹介されたことがある。アメリカのテレビ番組では、女児として幼稚園に通う男児、女児として小学校に通う男児が紹介され、本人・家族の直接インタビューが紹介されることもあった。
いずれの事例も、家族・学校などが、当事者を全面的にサポートしている。一方、当事者の身体が二次性徴を迎えた時期の状況変化を危惧する感想を寄せる人は少なからず存在する。他方、「ブレンダと呼ばれた少年」事例等を根拠に、それが幼少期特有の性自認の揺らぎに過ぎないのであれば、不可逆的介入がなされていないことから、思春期以降本来の性自認が安定しそれにそぐう生活を送る事が出来るはずであるので大きな問題はないと考えるものも存在する。
[編集] 性同一性障害者が登場する作品
性同一性障害者ないし、性同一性障害と見られるトランスジェンダーの人物が登場する作品。「性同一性障害」という概念が生まれる前の作品も含む。
TVドラマ
- 3年B組金八先生 第6シリーズ (2001年、TBS)
- 29歳の憂うつ パラダイスサーティー (2000年、テレビ朝日)
- 私が私であるために (2006年、日本テレビ)
- アグリー・ベティ (2006年~、ABC/NHK)
- ラスト・フレンズ (2008年、フジテレビ)
- ママはニューハーフ (2009年、テレビ東京)
映画
<< Female to Male >>
- ボーイズ・ドント・クライ / Boys Don't Cry (1999)…(米)
- ロバート・イーズ / Southern Comfort (2001)…(米)
<< Drag Queen >>
- ロッキー・ホラー・ショー / ROCKY HORROR PICTURE SHOW (1975)…(英)
- プリシラ / The Adventures of Priscilla, Queen of the Desert (1994)…(濠)
- キンキーブーツ / KinkyBoots (2005)…(英)
<< Male to Female >>
- 薔薇の葬列 / Funeral Parade of Roses (1969)…(邦)
- ガープの世界 / The World According to Garp (1982)…(米)
- クライング・ゲーム / The Crying Game (1992)…(英)
- ぼくのバラ色の人生 / Ma Vie En Rose :my Life In Pink (1997)…(仏)
- 愛する者よ、列車に乗れ / Ceux qui m'aiment prendront le train (1998)…(仏)
- オール・アバウト・マイ・マザー / All About My Mother , Todo sobre mi madre (1999)…(西)
- ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ / Hedwig and the Angry Inch (2001)…(米)
- アグネスと彼の兄弟 / AGNES UND SEINE BRUDER :Agnes and His Brothers (2004)…(独)
- トランスアメリカ / Transamerica (2005)…(米)
- プルートで朝食を / Breakfast on Pluto (2005)…(愛/英)
小説
漫画・アニメ
- ストップ!! ひばりくん!
- オッパイをとったカレシ
- G.I.D - GENDER IDENTITY DISORDER
- Paradise Kiss
- 逢魔がホラーショー
- 放浪息子 - ただし、作者は「性同一性障害」の語を好まず、作中で使うことを避けていると述べている。
- ラブ★コン
- ピンクとみずいろ
- バーコードファイター
- ボンボン坂高校演劇部
- F.COMPO
- マリア様がみてる
- サウスパーク
- 遊☆戯☆王デュエルモンスターズGX
- ダブルハッピネス
[編集] 性同一性障害であることを公表している著名人
文化・芸術
芸能
スポーツ選手
- 安藤大将 - 元競艇選手
政治家
- 上川あや - 世田谷区議会議員
企業家
その他
[編集] 参考文献
- 池田稔 「私の体は神様がイタズラで造ったの?」 2001 ISBN 9784946448966
- 山内俊雄 「性同一性障害の基礎と臨床」 2001 ISBN 4-88002-431-7
- 大島俊之 「性同一性障害と法」 2002 ISBN 4-535-05812-1
- 野宮亜紀、ほか著 「性同一性障害って何?」 2003 ISBN 4-8461-0310-2
- 山内俊雄 「性同一性障害の基礎と臨床 改定版」 2004 ISBN 4-88002-473-2
- 中村美亜 「心に性別はあるのか?」―性同一性障害のよりよい理解とケアのために― 2005 ISBN 9784902122169
- 中村美亜 「新しいジェンダー・アイデンティティ理論の構築に向けて ―生物・医学とジェンダー学の課題―PDF 」 2006
- 石田仁「性同一性障害―ジェンダー・医療・特例法」[1]御茶の水書房 2008 ISBN 978-4-275-00806-0
- 日本精神神経学会 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第2版) 2002
- 日本精神神経学会 性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン(第三版) 2006
- 針間克己・相馬佐江子(編集)「性同一性障害30人のカミングアウト」 2004 ISBN 4-575-29722-4
- 米沢泉美(編著)「トランスジェンダリズム宣言―性別の自己決定権と多様な性の肯定」 社会批評社 2003 ISBN 4916117557
- Changing your sex changes your brain: influences of testosterone and estrogen on adult human brain structure2006
[編集] 脚注
- ^ 昭文社・性同一性障害を理由に社員解雇
- ^ 「女性として働かせてほしい」 社員側の主張
- ^ 「女装は職場の秩序を乱す」 昭文社側の言い分
- ^ (関連)「大阪市・性同一性障害男性を女性職員として認可」
[編集] 関連項目
- ニューハーフ
- おかま
- おなべ
- 半陰陽
- 同性愛
- 性別適合手術
- メラニー法
- 犯罪
- ヘイトクライム
- 自傷行為
- TSF
- トランスフォビア
- トランスジェンダー
- LGBT
- オートガイネフィリア
- 福祉ネットワーク (NHK)
- ハートをつなごう (NHK)

