国鉄EF16形電気機関車

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EF16形は、かつて日本国有鉄道(国鉄)に在籍した直流電気機関車である。EF15形の改造により1951年(昭和26年)に登場した勾配区間用の電気機関車である。

EF16 28

目次

[編集] 登場の経緯

第二次世界大戦終結後、貨物列車牽引用電気機関車の標準形式として1947年(昭和22年)からEF15形が量産され、1949年(昭和24年)に直流電化された奥羽本線福島 - 米沢間にも同形式が投入された。しかし、板谷峠を通過する同区間は33‰の急勾配が連続しており、下り勾配でブレーキ(機械的な踏面ブレーキ)を多用することにより、輪心に焼きばめした車輪(タイヤ)が摩擦熱で膨張し緩むトラブルが続発した。対策として、屋根上に水タンクを設置し、車輪に水をかけて冷却する方法が採られたが、抜本的解決には至らなかった。

そこで、同区間で使用しているEF15形に回生ブレーキを追設し、従来の踏面ブレーキの使用頻度を大幅に下げることとした。国鉄の電気機関車の回生ブレーキは、戦前のEF11形で試験的に用いた例があるが、本格的採用は本形式が初となった[1]。性能がEF15形と大きく変化したため、改造機には新形式EF16形を付与、改番した。

1955年上越線水上 - 石打間用として追加改造された。

[編集] 区分別概説

奥羽本線(福島 - 米沢) 用の前期改造車と上越線用の後期改造車では仕様が相当異なるため、本稿では前者を「福米型」、後者を「上越型」と便宜的に区分し、以下に差異や経歴などを概説する。

[編集] 「福米型」(1 - 12)

1951年から翌年にかけ、奥羽本線の勾配区間である福島 - 米沢間の直流電化に伴い改造されたグループである。同区間で使用していたEF15形1 - 8・20 - 23の12両が改造され、EF16 1 - 12となった。本形式の使用区間では高速走行を行わないため、高速走行に用いる弱め界磁制御の機器を取り外し、代わりに電力回生ブレーキを設けた。改造の際、外観は前面に重連総括制御用のジャンパ栓を設けたこと以外ほとんど変化がなかったが、改造前に先述の理由で水タンクを取り付けていたほか、奥羽本線投入時に正面扉上と前照灯へのツララ切りの設置、それに警笛、砂箱の増設などを実施しているので、他地域のEF15形とは相当外観が異なる。

改造前と同じ福島機関区に配置。1961年に運転開始された気動車特急「つばさ」も、使用車両であるキハ82系気動車の出力不足のため、福島 - 米沢間は本形式が牽引した。

1964年、同区間に新形式のEF64形が配置されたことで余剰となり、1 - 10は回生ブレーキ撤去と弱め界磁制御の再設置でEF15形に復元された。番号も改造前の新製時原番号に戻されている。11・12は回生ブレーキを後述の「上越型」と同様のものに交換、水タンクや増設警笛を撤去するなど、仕様を揃えた上で水上機関区に転属し、上越線で引き続き使用された。

[編集] 「上越型」(20 - 31)

1955年(昭和30年)から1957年(昭和32年)にかけ、上越線水上 - 石打間の急勾配区間用として改造されたグループである。同区間は20‰の勾配が連続していたことから、本形式を投入することになり、EF15形16 - 19・24 - 28・31 - 33の12両が改造された。回生ブレーキの性能が33‰対応である奥羽本線用のものと異なっていることや、将来の福米形増備を考慮したことから番号を20から付して区別した。

配置は水上機関区であった。のちに奥羽本線用であった11・12を加え、14両体制となった。

1980年(昭和55年)以降、EF64形の新区分番台であるEF64形1000番台に置き換えられ、1982年(昭和57年)までに全車廃車になった。

[編集] 主要諸元

[編集] 保存車両

上越線水上駅近くにある道の駅水紀行館」に28号機が静態保存されている。本形式唯一の保存機だが、屋根の下での保存とは言え維持管理が適切でないため荒廃が進みつつある。

[編集] 脚注

  1. ^ 後に、アプト式時代の信越本線横川 - 軽井沢間(碓氷峠)の専用機であるED42形にも、同様に回生ブレーキが追設された。

[編集] 参考文献

[編集] 関連項目

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