BLITZ
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| BLITZ | |
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本社所在地 | 東京都西東京市新町4-7-6 |
| 設立 | 1981年6月 |
| 業種 | 輸送用機器 |
| 代表者 | 山口 聡 |
| 資本金 | 4,000万円 |
| 外部リンク | http://www.blitz.co.jp/ |
株式会社ブリッツは、カーチューニングパーツ(ターボ、コンプレッサー、マフラー、エアクリーナー、メーター、燃料制御コンピューター、インタークーラー、エアロ、バイナル等)の企画、製造、販売を目的とする日本の企業。1981年設立。BLITZはドイツ語で稲妻と言う意味。
2002年より野村謙とともに、全日本プロドリフト選手権(D1グランプリ)に参戦している。
「電脳集団」とたびたび称され、その通り電子系統パーツ(特に既存の電子系統をさらなる調整が可能になるコントローラーが多い)などの最新の電子機器を満載した新型車への対応もいち早く行っている。
目次 |
沿革 [編集]
- 1981年 : ドイツKKK社製(Kühnle Kopp und Kausch)ターボチャージャーキットのカーチューニングパーツの販売を目的として、株式会社ブリッツを設立。
- 1993年 : 愛知県知立市に物流センターを開設。
- 1995年 : 東京都調布市に事業所を開設。
- 1996年 : 愛知県刈谷市に生産センターを開設。開発・生産・販売の一貫体制を確立。
- 1997年 : 生産センターを愛知県安城市へ移転する。
- 1998年 : 営業所を札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・福岡の6拠点体制とする。
- 1999年 : 東京都調布市より東京都西東京市に移動。
- 2000年 : 組織改正を行い、営業本部・開発本部・管理本部の3本部体制とする。
- 2003年 : 物流センター、生産センターを統合、愛知県安城市に名古屋本部を開設。
レース活動 [編集]
全日本プロドリフト選手権 D1GP [編集]
BLITZは初のワークス・チームであり、当初より監督は社員の阿部成人(2011年より独立)、ドライバー野村謙の体制で参戦している。
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ ER34 D1 SPL
- シリーズ総合第3位
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ ER34 D1 SPL 2003
- シリーズ総合第7位
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ ER34 D1 SPL 2004
- シリーズ総合第5位
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ ER34 D1 SPL 2005
- シリーズ総合第6位
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ ER34 D1 SPL 2006
- シリーズ総合第2位
- D1ワールドオールスター優勝
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ DIREZZA ER34 '07
- シリーズ総合第5位
- ドライバー 野村謙
- 車両 BLITZ DUNLOP ER34 '08
- シリーズ総合第4位
- ドライバー 野村謙
- 車両 DUNLOP Norton 360 ER34 '09
- シリーズ総合第3位
- ドライバー 野村謙
- 車両 DUNLOP / Norton なめんなよ ER34 '10
- シリーズ総合第4位
- ドライバー 野村謙
- 車両 DUNLOPなめんなよ ER34 '11
- シリーズ総合第6位
主なデモカー [編集]
- 753スープラ - ニュルブルクリンクオールドコースで当時ストリートカーレコードだった7分53秒を切るため、Optionとのジョイント企画で製作されたJZA80スープラベースのチューニングカー。結果は7分49秒で無事に更新された。
- R-348 - ドイツ・アウトバーンにてストリートカー最高速記録を抜くために製作されたBNR34スカイラインGT-Rベースのチューニングカー。ターボにはK5-850Rを用い、推定850馬力を記録。ドイツへ運んでからさまざまなトラブルに巻き込まれ、343km/hでプロジェクトは終了した。その後アメリカのシルバーステイツで使われたのだが、ガス欠でリタイヤに終わっている。
- BLITZ D1 ER34 '04SPEC - 日産・スカイライン (ER34) ベースのチューニングカー。'03SPECでの懸念材料だった車重を200kg軽量化。ボンネットにはBNR34用のカーボンボンネットを用い(ヒンジ部はBNR34用を流用)、ドアやトランク、バンパーに至るまでカーボンやFRPを多用。ウインドウもアクリル化されて車重は実に1,200kg台を数える軽量マシン。エンジンはRB25DETをベースに、初期はK5-660RタービンにRB26DETT用6連スロットルで吹け上がりとパワー感を両立。2005年第6戦の富士ではK27タービン+2.8ℓ化して低回転でのトルクを増強。2006年第2戦の菅生ではついにホリンジャー製の6速のシーケンシャルミッションを搭載し切れ目のないシフトワークを実現。外見では2004年第5戦のお台場からローマウントタイプのGTウイングが装着され、2007年第5戦エビスでは野村選手が店長の「URAS」の新作フルエアロキットとハイマウントタイプのGTウイングに仕様変更された。2008年から、タービンをK5-700Rに変更している。2004年に1勝、2006年に3勝、2007年に1勝を挙げ、ブリッツのドリフト史を繁栄させた立役者である。
関連項目 [編集]
- サード(BLITZ共々シグマ・オートモーティブが母体)