AIM連合

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AIM連合: AIM alliance、AIM同盟とも訳される)とは、1991年10月にアップルコンピュータIBMモトローラの3社間で結ばれた企業提携で、PowerPCアーキテクチャによる、コンピュータの新しい標準を作ることを目的とした。名称は3社の頭文字(Apple-IBM -Motrola)からである。

PowerPC連合と呼ばれることもあるが、新しいオペレーティングシステムマルチメディア記述言語の開発も含んでいた。

概要[編集]

AIM連合の目標は、新しいコンピュータ設計と次世代のオペレーティングシステムにより、支配的なウィンテルのコンピューティングプラットフォームに挑戦することであった。それは、マイクロプロセッサの設計としてインテルx86が採用しているCISCプロセッサには将来が無く、他方RISCには未来があり、今後の数年が大きな機会のある期間となる、との考えであった。

CPUはIBMのPOWER1のシングルチップバージョンであるPowerPCであった。IBMとモトローラはPowerPCチップをこの新しいプラットフォーム用に製造した。PowerPCベースのコンピュータアーキテクチャはPRePと呼ばれ、後にCHRPとなった。PRePとCHRPは、PowerPCやPCIを採用し、RS/6000でも採用された。

アップルとIBMは提携の一環として、タリジェント(Taligent)とカレイダ(Kaleida)と呼ばれる2つの新しい合弁会社を設立した。タリジェントは、PowerPCプラットフォーム上で稼働する、コードネーム「ピンク」(Pink、後にTaligentOS)と呼ばれる次世代のオペレーティングシステムを開発するため、アップルのソフトウェアエンジニアの中核チームから形成された。カレイダの目的は、オブジェクト指向クロスプラットフォームマルチメディアスクリプト言語 (Script X) の開発で、それは開発者に、プラットフォームのPower用の全く新しい種類のアプリケーションを作る事を可能にするものとされた。

しかし、PRePやCHRPの普及というモトローラやIBMの努力は失敗し、その上で稼働するオペレーティングシステムの供給と言うアップル・IBM・タリジェントの試みも失敗した。そしてアップルとIBMはリファレンスデザインでパラレルポートが必須か必須では無いか合意できなかった[要出典]。新しいプラットフォームでは最終的には、いくつかのUNIXに加え、Microsoft Windows NTOS/2などのオペレーティングシステムがサポートされる予定だったが、ユーザーにはインテルベースのプラットフォームではなくPRePシステムを使用する理由は少なかった。BeOSを稼働させるために設計されたBeBoxは、いくつかのPRePハードウェアを使用したが、標準との互換性は完全では無かった。またインターネット技術の急速な台頭により、クロスプラットフォームのマルチメディアを含んだ記述言語はHTMLなどが普及した。カレイダは1995年に解消された。タリジェントは1998年に解消しIBMに吸収された。

AIM連合による成果のうち、PowerPC計画は成功となった。アップルは1994年に、PowerPCチップをMacintoshに搭載したPower Macintoshラインを開始した。後の2004年にモトローラはPowerPCを含む半導体部門を分社化しフリースケール・セミコンダクタを設立した。

Appleの脱退と連合の終焉[編集]

2005年頃にアップルはPowerPCの開発の方向性と性能に失望した(IBMとフリースケールはサーバと組み込み向けプロセッサに重点を置き、高性能なポータブル・コンピュータに適したチップがなくなった)ため、2006年までにはほぼ全てのMacintoshは、インテルのx86プロセッサに移行しAIM連合は終焉に至った。なお、PowerPCは組み込み市場で成功しており、特に第7世代のゲーム機の主要3機種は全て、PowerPCベースのプロセッサを採用している。

その後[編集]

連合解体後、アップルはマイクロソフトと「歴史的和解」を行いコンシューマ市場重視に戻った。後にPowerPC向けチップセットの開発を行っていた設計チームはApple A4の開発に転じ、iPhone等で採用された。IBMはハイエンドのサーバーと組み込み市場に特化した。フリースケール・セミコンダクタはPower.orgで現在もIBMとも協業している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]