異人たちとの夏

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異人たちとの夏
著者 山田太一
発行日 1987年12月1日
発行元 新潮社
ジャンル 長編小説
日本の旗 日本
言語 日本語
形態 四六判変形
ページ数 217(単行本)
224(文庫版)
公式サイト 異人たちとの夏
コード ISBN 978-4-10-360602-4
ISBN 978-4-101-01816-4文庫判
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異人たちとの夏』(いじんたちとのなつ)は、山田太一の小説。これを基にして同名の映画演劇作品も制作された。

妻子と別れた人気シナリオライターが体験した、既に亡くなった筈の彼の家族、そして妖しげな年若い恋人との奇妙なふれあいを描く。『小説新潮1987年1月号に発表され、同年12月に新潮社より上梓。同社により設立された山本周五郎賞の第1回(1988年)受賞作品[1]1991年11月に新潮文庫に収録され、解説を田辺聖子が担当した。

あらすじ[編集]

壮年のシナリオライターである原田は妻子と別れ、マンションに一人暮らし。ある日、幼い頃に住んでいた浅草で、12歳のときに交通事故死した両親に出会う。原田は早くに死に別れた両親が懐かしく、少年だった頃のようにふたりの元へ通い出す。そして、同じマンションに住む桂という女性にも出会い、不思議な女性だと感じながら彼女と愛し合うようになる。しかし、2つの出会いとともに原田の身体はみるみる衰弱していく。

書誌情報[編集]

映画[編集]

日本1988年版)とイギリス2023年版)で二度映画化されている。山田太一の遺族によると、イギリスではアンソニー・ミンゲラも映画化に興味を示していたが2008年に亡くなったため実現せず、2017年頃に映画化が再始動して実現した[2]

1988年版[編集]

異人たちとの夏
The Discarnates
監督 大林宣彦
脚本 市川森一
製作 杉崎重美
出演者 風間杜夫
片岡鶴太郎
秋吉久美子
名取裕子
永島敏行
音楽 篠崎正嗣
撮影 阪本善尚
編集 太田和夫
配給 松竹
公開 日本の旗 1988年9月15日
上映時間 110分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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1988年に映画化され、松竹系で公開された。

ケイ(藤野桂)が宙に浮き形相が変わるシーンでは、500万円を費やしてハイビジョンが使用された[3]

あらすじ(1988年版)[編集]

壮年の人気シナリオライターである原田は妻子と別れ、マンションに一人暮らし。ある晩、若いケイという女性が、飲みかけのシャンパンを手に部屋を訪ねてきた。「飲みきれないから」という同じマンションの住人である彼女を冷たく追い返す。数日後、原田は幼い頃に住んでいた浅草で、彼が12歳のときに交通事故死した両親に出会う。原田は早くに死に別れた両親が懐かしく、少年だった頃のように両親の元へ通い出す。「ランニングになりな」とか「言ってる先からこぼして」などという言葉に甘える。

原田はそこで、ケイという女性とも出会う。チーズ占いで木炭の灰をまぶしたヤギのチーズを選ぶと、「傲慢な性格」だといわれる。不思議な女性だと感じながら彼女と愛し合うようになる。父とキャッチボールをしたり、母手作りのアイスクリームを食べたり、徐々に素直さを取り戻して行く。両親を失ってから一度も泣いたことはなく、強がって生きてきたのだった。

しかし2つの出会いと共に、原田の身体はみるみる衰弱していく。ケイもまたあの日、チーズナイフで自殺していたのだった。「たとえ妖怪、バケモノでもかまわない。あの楽しさ、嬉しさは忘れられない」というが、別れの時が来る。両親と、浅草今半別館ですき焼きを食べることになるが、「たくさん食べてよ」といっても、ふたりは微笑むだけだった。

スタッフ(1988年版)[編集]

出演(1988年版)[編集]

制作[編集]

元々、松竹からの大林への発注は夏に観客をぞっとさせるゾンビ映画だった[4]。一人の女がいろんな人を惑わせて、都会のマンションでホラーを描くという薄いシノプシスが松竹から送られてきた[4]。公開時に物議を醸したエンディングのCGはその名残りである[4]

主人公の父親役は、監督の大林が片岡の江戸弁を気に入り抜擢したもの[5]。大林は鶴太郎がまだ無名だった1978年頃[6]、鶴太郎が劇団未来劇場に出た芝居を観て「エノケン八波むと志渥美清の系譜を引く凄い可能性を持った役者だな」と感想を持っていて[6]、その後、鶴太郎がどんどん売れっ子になり、一緒に仕事をする機会を失ったが、この役なら適役と考え、鶴太郎に「あの頃のあなたの味わいでやってもらえないか」とオファーした[6]。ところが原作者の山田が「あんな太ったヤツの寿司は食えない」と反対した。それを聞いた片岡は必死のトレーニングにより減量し、撮影に間に合わせた[5]

大林は父親役にエノケンをイメージし、主題曲はエノケンの浅草オペラから「リオ・リタ」を起用した[7][8]

大林映画には珍しく、名取が扮する魔女(ケイ)と風間の大胆なベッドシーンがある。また初期構想では、魔女役は秋吉(実際には主人公の母親役)が演じる予定だった[7]。秋吉は「私は一般的、世間的に“自由奔放、小悪魔”といったイメージの報道のされ方をすることが多いのですが、大林監督の作品では全部違うんです。『異人たちの夏』でも、片岡鶴太郎さんが演じる、すぐに仕事を辞めちゃう、稼がないお父さんの横でケラケラ笑っているような自然体のお母さんの役で。大林監督にとっては『それが君だ』という自信があるんですよね。それでお手紙も頂いたくらい」と、やり取りがあったことも明かし、「この作品で、セクシャリティというのは装うものじゃないんだな、ということと、人が『こういうものがセクシャリティ』と決めつけるものではない。それを教えていただいた」となど話した[4][9]。秋吉は本来矛盾するはずの母性と色気を放つ母親役を好演した[10]

映画全体の87パーセントがセットでの撮影[4]松竹大船撮影所に浅草の佇まいが再現された[6]。撮影は1988年春[6]

評価(1988年版)[編集]

  • 雑誌『シティロード』の封切時の映画批評★★★★★…ぜったいに見る価値あり! ★★★★…かなり面白かったです ★★★…見て損はないと思うよ ★★…面白さは個人の発見だから ★…どういうふうに見るかだね)。出典:[11]。以下、〔ママ
    • 川口敦子「あちらとこちらと思っていたらこちらもやっぱりあちらだった、という設定は“どんな顔”“こんな顔”と安心がたちまち突き崩されるあの“むじな”話的大逆転があってこそ生きてくるんだと思う、とすればびんびんに作り上げたあちらの世界に対し、こちらの世界の自然さがいまひとつで自然でないのがウラメシ~、とはいうものの片岡、秋吉の夏姿はなかなか素敵」(★★★)。
    • 中野翠「地下鉄から奇怪体験に滑り込んでいくところジャック・フィニイの『レベル3』で、あとは『ゲイルズバーグの春を愛す』みたいだ。私はこういうアイデアのある映画や小説がすごく好き。秋吉久美子が昔風の安っぽい花柄ワンピースが妙に似合っていた。名取裕子のシーンはかったるいですね。あの役は小林麻美でしょ」(★★★★)。
    • 松田政男「本年度ベストワンに推すべきか、それともワーストワンなのか。ベッドシーンも濃厚な大林宣彦の大変身を目の当たりにして、迷いに迷っている最中だ。主人公の風間を誘い込む鶴太郎=久美子は善霊、裕子は悪霊という二分法に異和が残り、その異和こそが一篇の主題とも見えて〈異人たち〉の側に思い入れれば入れるほど跳ね返えされる構造になっているからだろう」(★★★★★)。
    • 利重剛「この映画、期待している人ってほとんどいないんじゃない? だからその分だけ“案外面白かった”と思う人が多いんじゃないかな、ひどい言い方だけど」(★★★)。

受賞歴[編集]

出典:[12]

2023年版[編集]

異人たち
All of Us Strangers
監督 アンドリュー・ヘイ
脚本 アンドリュー・ヘイ
原作 山田太一
異人たちとの夏
製作 グレアム・ブロードベント
ピーター・チャーニン
セーラ・ハーヴィー
製作総指揮 ダニエル・バトセク
ファルハナ・ブーラ
ベン・ナイト
オリー・マッデン
ダーモット・マキヨン
出演者 アンドリュー・スコット
ジェイミー・ベル
クレア・フォイ
ポール・メスカル
音楽 エミリー・ルヴィエネーズ=ファルーシュ英語版
撮影 ジェイミー・D・ラムジー英語版
編集 ジョナサン・アルバーツ
製作会社 フィルム4プロダクションズ英語版
ブループリント・ピクチャーズ英語版
配給 アメリカ合衆国の旗 サーチライト・ピクチャーズ
日本の旗 ウォルト・ディズニー・ジャパン
公開 アメリカ合衆国の旗 2023年8月31日(テルライド映画祭
アメリカ合衆国の旗 2023年12月22日
イギリスの旗 2024年1月26日
日本の旗 2024年4月19日[2]
上映時間 105分
製作国 イギリスの旗 イギリス
言語 英語
興行収入 アメリカ合衆国の旗カナダの旗 $1,948,472[13]
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山田の原作を元に『異人たち』(原題:All of Us Strangers)のタイトルで監督アンドリュー・ヘイによる2度目の映画化がなされ、サーチライト・ピクチャーズ制作・配給で2023年8月にテルライド映画祭にてプレミア公開された。同年末には北アメリカ、2024年1月にはイギリスで、4月には日本で公開が始まった[2]。舞台はイギリスの首都ロンドンに変更されており、内容も原作に近い1988年版に比べて大胆にアレンジされている[2]。主演はアンドリュー・スコット[14]

あらすじ(2023年版)[編集]

ロンドンに暮らす売れっ子脚本家のアダムは、ある夜、人気のないタワーマンションで謎めいた隣人ハリーと出会う。ハリーとの邂逅をきっかけに、何故か少年時代を無性に懐かしく感じるようになったアダムは、幼い頃に住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなったはずの両親が、亡くなった時と同じ年齢のままで生活していた。

出演(2023年版)[編集]

評価(2023年版)[編集]

Rotten Tomatoesによれば、200件の評論のうち高評価は96%にあたる191件、平均点は10点満点中8.6点、批評家の一致した見解は「『異人たち』は、常に人間の感情に根ざした幻想的なレンズを通して、深い悲しみと愛を考察している。」となっている[15]Metacriticによれば、48件の評論のうち、高評価は47件、賛否混在は1件、低評価はなく、平均点は100点満点中89点となっている[16]

舞台[編集]

スタッフ(舞台)[編集]

出演(舞台)[編集]

ラジオドラマ[編集]

NHK-FM放送FMシアター」枠にて、2017年7月22日29日に前・後編2話が放送された[17]

あらすじ(ラジオドラマ)[編集]

妻子と別れた人気シナリオライターの原田英雄が体験した、ひと夏の超常現象。亡くなったはずの両親・英吉と房子が突然現れ、あやしげな年若い恋人・桂が彼を翻弄する。それは一筋の希望なのか、叶わぬ望みなのか、彼は人生の苦悩から救われるのか? 異人たちとの奇妙なふれあいの中で、生きることの切なさと温かさを描く、究極の家族愛の物語[17]

スタッフ(ラジオドラマ)[編集]

  • 脚色:入山さと子
  • 演出:小見山佳典
  • 音楽:谷川賢作
  • 音響効果:久保光男、伊東珠里
  • 技術:西田俊和、林晃広

キャスト[編集]

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ "第1回(1988年)異人たちとの夏 山田太一 - 過去の受賞作品". 新潮社. 2024年4月15日閲覧
  2. ^ a b c d 木村直子「[週刊エンタメ]山田太一「異人たちとの夏」英で再映画化■大胆な脚色 舞台は今のロンドン/大林監督版以来35年ぶり」『読売新聞』読売新聞社、2024年4月12日、朝刊、12面。2024年4月16日閲覧。
  3. ^ 石井博士 ほか『日本特撮・幻想映画全集』勁文社、1997年5月、315頁。ISBN 978-4-7669-2706-1 
  4. ^ a b c d e 変わらぬ美しさ 秋吉久美子さん登壇!! 第32回 東京国際映画祭「異人たちとの夏」舞台挨拶/前編中編後編TokyoBorderlessTube
  5. ^ a b 『週刊現代』2010年10月9日号, pp. 86–88.
  6. ^ a b c d e 『シティロード』1988年6月, p. 27.
  7. ^ a b 大林 1998, p. 79.
  8. ^ 大人のためのファンタジーホラー『異人たちとの夏』[映画]”. All About (2013年8月28日). 2022年12月20日閲覧。
  9. ^ イベントリポート 秋吉久美子、大林監督作『異人たちとの夏』の泣きどころは「前掛けを振るシーン」”. 東京国際映画祭ニュース. 第32回東京国際映画祭 (2019年11月4日). 2023年12月10日閲覧。
  10. ^ 渡辺武信「映画少年魂の開花とその持続」」『ユリイカ 2020年9月臨時増刊号 総特集 大林宣彦 1938-2020』青土社、2020年8月、62–69頁。ISBN 978-4-7917-0389-0 第52巻第10号。
  11. ^ 「ロードショー星取表 『異人たちとの夏』」『シティロード』1988年9月号、エコー企画、32-33頁。 
  12. ^ 異人たちとの夏”. 映連. 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2022年12月20日閲覧。
  13. ^ All of Us Strangers” (英語). Box Office Mojo. 2024年1月21日閲覧。
  14. ^ a b c d e 久保田和馬 (2022年7月1日). "山田太一の傑作小説「異人たちとの夏」をサーチライトが映画化!アンドリュー・ヘイ監督が現在と過去の狭間を描く". MOVIE WALKER PRESS. ムービーウォーカー. 2022年12月20日閲覧
  15. ^ "All of Us Strangers". Rotten Tomatoes (英語). 2024年1月21日閲覧
  16. ^ "All of Us Strangers" (英語). Metacritic. 2024年1月21日閲覧。
  17. ^ a b NHK オーディオドラマ過去作品アーカイブ / FMシアター「異人たちとの夏」(初回放送:2017年7月22・29日)”. NHK. 2022年9月22日閲覧。

参考文献[編集]

  • 野村正昭「FRONT LINE CINEMA 松竹―大船―大林。これまでの大林ワールドと一味ちがう『異人たちとの夏』撮影快調!」『シティロード』1988年6月号、エコー企画、27頁。 
  • 大林宣彦『大林宣彦ワールド 時を超えた少女たち』PSC(監修)、近代映画社、1998年8月、79頁。ISBN 978-4-7648-1865-1 
  • 『週刊現代』2010年10月9日号、講談社、2010年10月、86-88頁、JAN 4910206421003 

外部リンク[編集]

1988年版映画[編集]

2023年版映画[編集]