2K12

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2K12
Sa6 1.jpg
基礎データ
全長 7.39m
全幅 3.16m
全高 3.45m
重量 14.0t
装甲・武装
装甲 9.4mm
主武装 3連装対空ミサイルランチャー×1
機動力
速度 44km/h
エンジン 4ストローク直列6気筒
液冷ディーゼル
240hp/1,800rpm
行動距離 260km
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3M9
種類 中・低高度防空ミサイル
製造国 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
性能諸元
ミサイル直径 335mm
ミサイル全長 5,800mm
ミサイル全幅 1.245m
ミサイル重量 599kg
弾頭 高性能火薬(59kg
射程 24,000メートル
射高 12,000メートル
推進方式 固体ロケット・ラムジェット統合推進
誘導方式 セミアクティブ・レーダー・ホーミング
飛翔速度 M2.8
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2K12 クープロシア語: 2К12 «Куб»ドヴァー・カー・ドヴィナーッツァチ・クープ)は、ソビエト連邦で開発された自走式の中・低高度防空ミサイル・システムNATOコードネームでは、SA-6 ゲインフル(Gainful:儲ける)と呼ばれた。名称の"クープ"(Куб)とは「3乗」の意味で、ミサイルを3発搭載することに由来する。

概要[編集]

本車は、地上部隊を敵の航空機の攻撃から守る中・低高度を目標とする自走防空システムとして1958年に開発が始まった。

車体は、ASU-85 空挺戦車のコンポーネントを流用した装軌式の2P25と呼ばれるもので、ここに3発の3M9 地対空ミサイルを横一列に搭載したミサイルランチャーを搭載した。2P25は、同時代の対空戦車であるZSU-23-4 シルカでも使用された。

3M9 地対空ミサイルは、一段式の固体ロケット・ラムジェット統合推進を搭載しており、機体後部に操縦翼、機体中ほどに大きめの安定翼を持ち、その隙間を埋めるように4基の空気取り入れ口が斜めに突き出している。弾頭は59kgの高性能火薬で、最大有効射程は24,000メートル、最大速度はM2.8に達する。最大有効高度は12,000メートルで、それ以上の高度は2K11 クルーク(SA-4 ガネフ)自走地対空ミサイルシステムなどが担当した。

また、航空機搭載ECMによるジャミング(電磁妨害)への対策としてある程度のECM耐性を備えると共に、レーダー波が届かなくなった時のために画像誘導を可能にしていた。

もちろん、戦場においてミサイル発射車両である本車だけで行動するのではない。敵機の捜索・捕捉およびミサイルの誘導用に出力25kW、捜査範囲75kmG/H帯火器管制レーダーを搭載した支援車輌は、1S911С91アヂーン・エース・ヂヴィノースタ・アヂーン)と呼ばれた。2P25 ランチャー車輌から発射された3M9 ミサイルは、1S91 レーダー車輌によりセミアクティブレーダー誘導される。

部隊は、通常4輌のミサイル発射車輌、1輌のレーダー車、および4輌の予備ミサイル3発と積載用クレーンを搭載した2T17 運搬/再装填用トラックにより構成された。

本車は、1967年革命記念パレードにおいて初めて一般に公開された。

本車は他国にも輸出され、輸出型はZRK-SD 2K12 エグヴァドラートと呼ばれる(「ZRK-SD」とは、「師団自走対空ロケットシステム」を表すロシア語の頭文字)。

実戦での活躍[編集]

平野に展開する2K12 クープ発射機

本車が経験した最初の、そして最大の実戦は、1973年第四次中東戦争である。ソ連から軍事援助を受けていたエジプトシリアの両国にはシルカと共に大量の本車が送り込まれた。特に、スエズ運河沿いのエジプト領内には、ソ連の首都モスクワ周辺に匹敵する濃密な防空網が形成された。サダト政権下のエジプトは、イスラエルに対し挑発的な演習で動員令を発動させたり、突然ソ連軍事顧問団を帰国させてソ連との不仲を思わせたりしてイスラエルを惑わせた。

そして、10月6日、エジプト・シリアの連合軍は突如イスラエルに侵攻した。エジプトが仕掛けたブラフに惑わされ突然の開戦に驚いたイスラエル国防軍(IDF)もさすがに反応は早く、すぐさまイスラエル空軍F-4が反撃に向かった。彼らは、これまでの戦闘でS-75S-125などのソ連製SAMに遭遇してきたが、それらはECMによるジャミングに弱く、それほど脅威とみなされていなかった。

しかし、スエズ運河に差し掛かったイスラエル空軍機は、新型のミサイルに既存のECMが通用しないことを知って慌てた。また、3M9には、ECM装置自体をロックオンする能力があったため、旧式のECMを作動させたイスラエル機に対しては特に正確に飛んで言ったという話もある。ミサイル群の迎撃を生き延びた者は、こうした場合とるべき唯一の行動、すなわち低空を飛ぶことでミサイルの迎撃を避けようとした。が、彼らを待っていたのはシルカが搭載する4連装23mm機関砲が発する猛烈な十字砲火であった。こうして、本車とシルカの防空コンプレックスにより、イスラエルは開戦初日に40機とも言われる膨大な数の航空機を喪失した。だが、新型ミサイルの登場に対するイスラエルの反応は早かった。彼らはアメリカ合衆国の力も借りつつ、ECM装置の改修によって対抗しようと試みた。また、アメリカから大量のECMポッドが供与されると撃墜率は低下した。一方、侵攻側もソ連技術団がシステムの改良を続け、いたちごっこの様相を呈した。そのため、イスラエルは友軍機に発射されるミサイルの航跡から防空陣地の場所を割り出し、直接攻撃することまでした。

戦闘終結までに本車は20機、いくつかの資料によれば40機程度の航空機を撃墜した。その撃墜率は大体2%程度と、決して目を見張るような数字ではない。これは、命中率が悪いと言うよりも、ミサイルを乱射した結果でもあり、ソ連の顧問は機関銃のように撃ちまくると不満を述べている。とはいえ、本車はこの数字以上にイスラエルに対し脅威を与えた。誘導レーダーには連続波を使用していたが、これは、イスラエル機が搭載していたミサイル警報装置で探知できず、パイロットは目視によりミサイルを探さねばならなかった。ミサイルの機動性は向上したとはいえ、戦闘機の機動にはおよばなかったが、ミサイルを避けるための機動で燃料は消費され、また、そうした機動を行えるように兵器の搭載量は制限された。また、イスラエル機を低空に追い込むことで、シルカなどの近距離防空兵器による撃墜をサポートした。

第四次中東戦争を通じ名を高めた本車は、その後も湾岸戦争コソボ紛争などで使われた。この間にソ連は後継車を開発し、機動防空システムとしての主役はそれらに取って代わられたが、現在でも第三諸国を中心にごく少数が使用されている模様である。なお、本車が経験した最新の実戦は、2003年イラク戦争であり、共和国防衛隊などが使用した。

その他[編集]

2005年秋に中国模型メーカーであるトランペッター社から1/35スケールで、初のインジェクションキット(プラモデル)が発売された。