2010年フィリピン香港人拉致事件

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2010年フィリピン香港人拉致事件
拉致された観光バス
場所 フィリピンの旗 フィリピンマニラRizal Park
座標 北緯14度34分52秒 東経120度58分30秒 / 北緯14.58104度 東経120.974922度 / 14.58104; 120.974922座標: 北緯14度34分52秒 東経120度58分30秒 / 北緯14.58104度 東経120.974922度 / 14.58104; 120.974922
日付 2010年8月23日
午前10時頃から翌日午後9時半 (UTC+8)
標的 原警察長官復職要求
攻撃手段 拉致事件
武器 M16とナイフ[1]
死亡者 人質8人と犯人1人(計9人)[2]
負傷者 人質7人とその他2人(計9人)
他の被害者 康泰旅行社の観光グループ(編號PMK04-100820)
犯人 ロランド・メンドーサ(Rolando Mendoza)
対処 フィリピン政府警備隊による応戦

2010年フィリピン香港人拉致事件(にせんじゅうねんフィリピンほんこんじんらちじけん)は、2010年8月23日フィリピンマニラ市で発生したフィリピン元警察官による香港人25人の人質拉致事件である。

事件の経過[編集]

  • 10時30分ごろ - 元警察官ロランド・メンドーサが市内観光をしていた香港からの旅行客が乗ったバスに、旅行客を装い乗り込もうとした事から始まった。これをツアーガイドに断られたところで、所持していた小銃を持ち強引に観光バスを拉致した。この時点で、現地ツアーガイドやコンダクター、運転手及び、旅行客併せて合計23名が人質となった。騒乱に紛れて添乗するツアーコンダクターがメールにて一報をいれた。観光バス所属の会社が香港旅遊業議会、旅遊注冊署、香港保安局、在香港フィリピン総領事館、在フィリピン中国大使館に救援を求めた[3][4]
  • 11時ごろ - 開放された人質のうち最も早く解放されたのは、66歳の老婦人と現地ガイドだったが、現地カメラマン2人が代わりに人質となりバスに乗り込む事となった。続いて午後12時30分頃には女性1人と子供3人が続いて解放された。解放された女性は、実の娘2人以外に、別の男の子1人も自分の息子だと偽り下車した。
  • 14時15分 - 犯人はバスのガラスで「big deal will start after 3PM today」(今日午後3時は大事件が発生)、「big mistake to correct a big wrong decision」(大間違いで大間違った決定を是正する)のメモを掲示した。犯人の弟が現場で交渉した。
  • 18時ごろ - フィリピン政府が送られた拒否通知を読んだ犯人は怒らさせた。
  • 19時09分 - 家族が逮捕されたとの情報を知ったは、犯人はさらに怒りをました。
  • 19時23分 - 2名の人質が殺害された。
  • 19時38分 - 少なくとも23回の銃声が聞こえた。犯人はさらに人質を殺した。
  • 20時42分 - 犯人が射殺された。
  • 翌日 - 被害者8人死亡確認。

脚注[編集]

  1. ^ 無綫電視新聞 2010-08-23 [1]
  2. ^ 菲律賓馬尼拉香港旅行團死傷團員名單,香港政府新聞處新聞公報
  3. ^ 菲律賓搶手劫持 港導遊電話偷報
  4. ^ 菲律宾劫持事件现感人一幕 丈夫用身体挡子弹救妻