19 (音楽グループ)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
| 19 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | J-POP |
| 活動期間 | 1998年 - 2002年 |
| レーベル | ビクターエンタテイメント (1998年 - 2002年 ) |
| 公式サイト | http://www.jvcmusic.co.jp/19/ |
| メンバー | |
| 岡平健治 (ボーカル、ギター、ハーモニカ) 岩瀬敬吾 (ボーカル、ギター) |
|
| 旧メンバー | |
| 326 (作詞、ヴィジュアルプロデュース) (1998年 - 1999年) | |
岡平健治と岩瀬敬吾によるデュオであったが、デビュー当初はイラストレーターの326がビジュアルプロデュースと作詞を担当するメンバーとして参加していた。
目次 |
[編集] メンバー
- 岡平健治(おかひら けんじ)
- ボーカル、ギター、ハープ担当。現3B LAB.☆Sメンバー、兼ねてソロ活動も行っている広島県呉市出身。
- 岩瀬敬吾(いわせ けいご)
- ボーカル、ギター担当。現在はソロで活動中、広島県賀茂郡黒瀬町(現:東広島市)出身。
[編集] かつて所属していたメンバー
[編集] 来歴
岡平健治と岩瀬敬吾の二人によるヴィジュアル・プロデュースと作詞を担当するイラストレーターの326(ミツル)とのコラボレーション・ユニット。326はシングル「すべてへ」以降、脱退。326が脱退した以降、それまでフォーク色の強かった作風が、ロックテイストのものに変化していった。1999年には『あの紙ヒコーキ くもり空わって』、2000年には『水・陸・そら、無限大』でNHK紅白歌合戦にも出場している。
ブレイクしたきっかけとしては、1999年春にTBSテレビの「1999・春」キャンペーン・ソングに『あの紙ヒコーキくもり空わって』が起用されたことにより、問い合わせが殺到し、多くの話題を集めた。
また、その際にTBS系列のうたばんに注目の若手枠で出演し、健治がフリーター時代にお世話になっていた中華飯店にインタビューし、メッセージを貰うという企画だったが、このVTRを見た健治が言葉を発せなくなるほど号泣した。 その後の出演で、「毎日石橋さまと中居さまのいる方角を拝む」「収入の何割かを石橋さま・中居さまに振り込む」など無茶苦茶な誓約書にサインさせられていた(もちろんネタ)。この誓約書は19が解散するまでスタジオに飾られていた。
2002年2月に解散を発表。以降、2人でのPR・マスコミ・ライヴ活動は一切なく、3月21日ラスト・シングル『蒲公英 -たんぽぽ-』を発売し、3月31日に解散した。
2005年10月19日には、携帯の着うたサイトでの人気曲投票の上位17曲を収録したベスト・アルバム『19 〜すべての人へ』が、リリースされた。タイトルは、同じく投票により決定した。
2008年6月4日に、「19トリビュート」が発売された。これは19のデビュー10周年を記念して、19に影響を受けた新時代のアーティスト達が称賛の意を込めたカバーアルバム。
2008年11月19日に、11月21日のデビュー10周年を記念し今まで発売されたアルバム「音楽」「無限大」「up to you」とDVD「西暦前進2000年→"大爆進映像!"」「19 VIDEO CLIPS 1→9」「19 LAST LIVE TV use only」を19プライスということでアルバムは1900円(税込1995円)、DVDは1905円(税込2000円)で再発された。
[編集] 二人の出会い
二人の出会いは、高校3年生の時、とあるコンテストでのこと。健治は地元広島では数々の賞を受賞するなど有名であった。もともと健治に興味を持っていた敬吾は、そのコンテストで健治に話しかけ、自分のオリジナルソングを聞かせた。それがきっかけで一緒に弾き語りをするようになる。 「少年フレンド」の結成である。特に呉駅のロータリーで路上をしていた。
[編集] 19結成
高校卒業後、健治は就職。敬吾は音楽の道を目指して上京する。
二人の道はばらばらになったはずだったが、健治はわずか数週間で退職届も出さず仕事をやめ、上京。金がなかったという理由で東京には行かず、大阪に行く。また敬吾も、音楽の専門学校を中退する。このときには電話で曲を聴かせ合う等といったことを続けていたようである。ちなみに彼らの上京の日は、敬吾が3月28日、健治は8月29日と、お互いの誕生日とされている。 そして、健治もとうとう東京の1歩手前、神奈川の柿生に辿りつく。 下北沢などでライブ活動中に、イラストライター326と出会う。3人は意気投合し「19」結成へ。ようやくデビューをはたす。
セカンドシングル『あの紙ヒコーキ くもり空わって』がロングヒットとなり、1999年のNHK紅白歌合戦出場を果たす。そこでは、326が応援に登場し、19が歌うバックには326によるイラストが掲げられた。これが決定打となり、当時ゆずを中心に復興を遂げていたフォークは「ネオ・フォーク」と言う新ジャンルとして一般にも広く認知される運びとなる。
そして、2000年にシドニーオリンピックの日本代表選手団公式応援ソングとして、『水・陸・そら、無限大』が起用されることになる。
[編集] 解散
2002年3月、最後の曲『蒲公英~タンポポ』を作り上げ、人気絶頂時に互いの音楽性を尊重するために解散。しかし、それから数年後、岡平はこの解散を「大人たちへの報復」と書いている。また「正直後悔している」とも話している。また解散後に岩瀬のコメントは見られないが、解散報告をしたラジオ番組では「前向きに」解散することを何度も繰り返していた。
[編集] その後
19の解散後、CDTVの再結成して欲しいアーティスト1位や青春ソング1位などにもなっており、解散しても19の人気は衰えない。オリコンなどで時折集計される再結成してほしいグループのランキングでは特に現在20代となっている世代に知れ渡っており、『特定の世代』に通じるミュージシャンであることが伺える。3B LAB.☆Sの岡平健治、ソロシンガー岩瀬敬吾としての活動を開始。
二人とも自分たちの仕事の忙しさからなのか、それとも解散前後に噂された不仲のためなのかどうかはわからないが、一度も仕事はおろかプライベートですら岩瀬と岡平の顔合わせはなかった。
再会を果たしたのは2005年で、ベスト盤を制作するにあたって、二人が19の所属レコード会社であったビクターエンタテインメントで再会、実に3年間もの間一度も会っていなかった。ただこれに関しての真偽は明確ではない。岡平が3B LAB.☆として初めてうたばんに出たときに、SMAPの中居からの「敬吾とは連絡とってんの?」という質問に、「はい、マメに連絡とってますよ」と答えている。
19再結成の噂については、岡平は「3Bで10年は活動する」。岩瀬は「ソロシンガーとしてアルバム制作を中心とした活動をする」と、否定とも取れる発言をしている。
「19 〜すべての人へ」が出た後の岡平自身の日記では「19は再結成するつもりはない。しばらくは3B LAB.☆一筋で行きたい。敬吾とは何年後かにどこかの小さいライブハウスでライブしたい」と語っていた。さらに2007~2008年にかけて行われた岡平のソロツアーでは「19の復活はない」と度々口にしている(19時代の楽曲も多く演奏する上での断りと思われる)。
また、2008年4月26日、岡平はアルバム「パンクフォーク」のリリース記念フリーライブで、岩瀬はアルバム「明日の出来事」発売記念インストアライブツアーで共に名古屋に来ており、このときの岩瀬のライブに岡平が客として足を運んでいた。また同じく岡平のフリーライブと岩瀬のインストアツアーは大阪でも同じ日に行われたが、時間帯が全く同じとなり、そのような光景は見られなかった。お互いにしめし合ってのことかは分からないが、公の場でのツーショットであった。
[編集] ディスコグラフィー
[編集] シングル
- あの青をこえて(1998年11月21日)
- あの紙ヒコーキ くもり空わって 1999年3月20日
- すべてへ(1999年10月21日)
- 『果てのない道』(2000年4月21日)
- 水・陸・そら、無限大(2000年7月5日)
- 背景ロマン(2000年11月29日)
- 足跡(2001年4月25日)
- たいせつなひと(2001年8月22日)
- 蒲公英 -たんぽぽ-(2002年3月21日)
[編集] アルバム
- 音楽 1999年7月23日
- 無限大 2000年7月26日
- up to you 2001年9月27日
- 19 BEST●青 2002年4月27日
- 19 BEST●春 2002年4月27日
- 18 〜卒業ライフは入ってない〜 2002年7月10日(少年フレンド名義 1998年3月~5月録音未発表音源)
- 19 BEST LIVE Audio use only 2002年7月24日
- 19 〜すべての人へ 2005年10月19日
- コンプリートBEST 青&春 2007年2月21日
ちなみに解散前までに出された音源、映像数は再発を除くと丁度19になる。
[編集] 未発表曲
非公式未発表曲数は、150曲以上に上ると言われている。岡平が作詞作曲した曲は3B LAB.☆Sのライブで披露されることもある。 また即興による曲も多数あり、ラジオの中でリスナーから詞や言葉を募ってメロディをつけたものもある。その他『なごり雪』や『贈る言葉』などのカバー曲も未発表曲として出回っている。
- 卒業ライフ
- 回転(ファンクラブのみで配布)
- 感謝(ファンクラブのみで配布)
- 大阪梅田(後に岡平のソロアルバムで若干歌詞を変えて発表)
- ラジオのテーマ
- 桜(後に岡平のソロアルバムで「永遠」として発表)
- あぁ、もう学校へついてしまうよ
- 梅干(岡平が小学校6年生の時に初めて作った歌)
- 太陽の下ラブユー(岩瀬敬吾が高校生の時に初めて作った歌)
- なんで勉強しなきゃいけないんだよ
- ケイゴ in the sky
- 満秋
- つまさき
- 青春
- 声
- 童心
- パラソル
[編集] 関連項目
- 広島県出身の人物一覧
- ゆず (同期にデビューしたフォークデュオ)

