1994年イギリス労働党党首選挙

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
党首選の結果、新しく党首に選出されたトニー・ブレア
マーガレット・ベケット
党首選まで臨時党首を務める
ジョン・プレスコット
次点。後に副党首となる

1994年イギリス労働党党首選挙The 1994 Labour Party Leadership Election)は、イギリスの政党、労働党の党首を決定した選挙。前党首のジョン・スミスの急死をうけて実施された。この結果、トニー・ブレアが党首に選出され、1997年の総選挙を経て労働党は与党となる。

党首選[編集]

党首選は1994年7月21日に行われた。5月12日、前党首ジョン・スミスが急死したことをうけての選挙であり、この間の臨時党首はマーガレット・ベケットが勤めていた。保守党ジョン・メージャー政権の支持率が低下していたことから、この選挙は単に労働党の党首を決めるだけでなく、将来のイギリスの首相を選出する選挙であったともいえる。

党首選は、労働党が1981年以降採用しているシステムにのっとり、労働党の庶民院議員、欧州議会議員の票、労働党員の票、労働党系列の3つの労働組合員の票による投票で行われた。なお、この選挙からかつてのブロック投票制(組合ごとの投票。例えば、1000人の労働組合のリーダーは組合員の意向に関らず1000票を投じることが出来た)を改め、1人1票制度が導入された。

立候補したのは以下の3人。

影の内相。"ニューレイバー(新しい労働党)"を提唱。
党内のベテラン議員。
副党首を務めていたが、スミスの死後臨時党首、影の首相となる。

ベケットは、労働党では史上初めて、さらに現時点でも唯一の党首選挙に立候補した女性候補であった。

結果[編集]

労働組合票 党員票 議員票 総合
トニー・ブレア 52.3% 58.2% 60.5% 57.0%
ジョン・プレスコット 28.4% 24.4% 19.6% 24.1%
マーガレット・ベケット 19.3% 17.4% 19.9% 18.9%

結果、ブレアが新党首に選ばれた。プレスコットは副党首となり、1997年の総選挙を通して労働党は18年ぶりに政権を奪回。ブレア労働党政権が発足する。

立候補が噂された人物[編集]

トニー・ブレアの支持にまわり、後にブラウンがブレアの後継となるという密約が交わされていたという説が有力である。その説を裏付けるかのように、ブレア退陣後の党首選では圧倒的な数の推薦人を取り付け、無投票で党首に選出された。
次期総選挙で有権者を引き付けるだけの魅力が無いとして、立候補はしなかった。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]