1989年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)

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1989年度新人選手選択会議(- ねんど しんじんせんしゅせんたくかいぎ)は1989年に行われた第25回目のプロ野球ドラフト会議である。

目次

[編集] 概要

72選手の交渉権が確定した。野茂英雄投手に、近鉄、オリックス、日本ハム、ロッテ、大洋、阪神、ヤクルト、ダイエーと史上最多の8球団の入札が集まり、抽選で近鉄が交渉権を引き当てた。ダイエー1位の元木は指名を拒否してハワイへ、ヤクルト3位の黒須は日本興業銀行へ進んだ。好成績を残した選手を多数輩出し、大豊作のドラフトと評価されている。

[編集] 複数球団指名選手

順位 選手名 ポジション 指名球団
1位 野茂英雄 投手 近鉄、大洋、阪神、ヤクルト、ダイエー、オリックス、ロッテ、日本ハム
2位 金沢健一 投手 ダイエー、オリックス
3位 前間卓 投手 広島、日本ハム、ダイエー
3位 麦倉洋一 投手 阪神、オリックス
3位 吉岡雄二 投手 巨人、ヤクルト
4位 古里泰隆 投手 阪神、ヤクルト、中日
5位 松元繁 投手 ヤクルト、広島

※太字は交渉権獲得球団。

[編集] 指名リスト・パ・リーグ

[編集] 西武ライオンズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 潮崎哲也 投手 松下電器
2位 鈴木哲 投手 熊谷組
3位 大塚光二 外野手 東北福祉大
4位 宮地克彦 投手 尽誠学園高
5位 佐伯秀喜 内野手 国学院久我山高
6位 北原泰二 投手 川口工高

[編集] 福岡ダイエーホークス

順位 選手名 ポジション 所属
1位 元木大介(入団拒否) 内野手 上宮高
2位 金沢健一 投手 日本石油
3位 橋本武広 投手 プリンスホテル
4位 西俊児 内野手 本田技研
5位 馬場敏史 内野手 新日鉄堺
6位 田代広之 内野手 龍谷高

[編集] 日本ハムファイターズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 酒井光次郎 投手 近大
2位 岩本勉 投手 阪南大付高
3位 中山大輔 投手 明徳義塾高
4位 舟山恭史 投手 明大
5位 宮川晃 投手 大館商高
6位 有倉雅史 投手 日体大

[編集] ロッテオリオンズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 小宮山悟 投手 早大
2位 小林昭則 投手 筑波大
3位 鈴木俊雄 捕手 日立製作所
4位 南渕時高 内野手 東芝
5位 鹿野浩司 内野手 帝京高
6位 林博康 外野手 鹿児島実業高

[編集] オリックス・ブレーブス

順位 選手名 ポジション 所属
1位 佐藤和弘 外野手 熊谷組
2位 吉田直喜 投手 青学大
3位 高橋功一 投手 能代高
4位 藤本俊彦 捕手 徳島商高
5位 松山秀明 内野手 青学大
6位 佐々木明義 内野手 三沢商業高

[編集] 近鉄バファローズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 野茂英雄 投手 新日鉄堺
2位 畑山俊二 外野手 住友金属
3位 石井浩郎 内野手 プリンスホテル
4位 藤立次郎 外野手 天理高
5位 平江巌 外野手 成章高
6位 入来智 投手 三菱自動車水島

[編集] 指名リスト・セ・リーグ

[編集] 中日ドラゴンズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 与田剛 投手 NTT東京
2位 井上一樹 投手 鹿児島商高
3位 松永幸男 投手 三菱重工長崎
4位 松井達徳 外野手 日産自動車
5位 山田喜久夫 投手 東邦高
6位 種田仁 内野手 上宮高

[編集] ヤクルトスワローズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 西村龍次 投手 ヤマハ
2位 古田敦也 捕手 トヨタ自動車
3位 黒須陽一郎 外野手 立大
4位 押尾健一 投手 成東高
5位 松元繁 投手 朝霞高
6位 広沢好輝 内野手 明野高

[編集] 読売ジャイアンツ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 大森剛 内野手 慶大
2位 川邉忠義 投手 川崎製鉄千葉
3位 吉岡雄二 投手 帝京高
4位 佐久間浩一 外野手 東海大
5位 鈴木望 内野手 駒大
6位 浅野智治 投手 岡山南高

[編集] 阪神タイガース

順位 選手名 ポジション 所属
1位 葛西稔 投手 法大
2位 岡本圭司 内野手 近大
3位 麦倉洋一 投手 佐野日大高
4位 古里泰隆 投手 福岡一高
5位 新庄剛志 外野手 西日本短大付高
6位 吉田浩 外野手 高岡一高

[編集] 広島東洋カープ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 佐々岡真司 投手 NTT中国
2位 仁平馨 外野手 宇都宮工高
3位 前間卓 投手 鳥栖高
4位 前田智徳 外野手 熊本工高
5位 山口晋 投手 島田商高
6位 浅井樹 外野手 富山商高

[編集] 横浜大洋ホエールズ

順位 選手名 ポジション 所属
1位 佐々木主浩 投手 東北福祉大
2位 東瀬耕太郎 投手 明大
3位 平塚克洋 外野手 朝日生命
4位 今久留主成幸 捕手 明大
5位 川端一彰 内野手 中大
6位 知野公昭 投手 拓大紅陵高

[編集] エピソード

  • 黒須がヤクルトの3位指名を拒否した理由は、報道などでは「評価が低すぎる」「ヤクルトが帝京高吉岡雄二を抽選で外したことによる外れ3位指名だったため、六大学のスラッガーとしてのプライドを傷つけられた」と伝えられていたが、実際は立教大学の2年先輩の長嶋一茂(当時ヤクルト)、1年先輩の矢作公一(当時日本ハム)がプロで伸び悩み、もがき苦しんでいる姿に幻滅しプロへの憧れが失せてしまったことが最大の理由である。なお、これを受けしばらくプロと立教大学の関係が冷めてしまい、翌年のドラフトでは田淵幸一岡田彰布に次ぐ六大学歴代3位(当時)の本塁打数を誇っていた黒須の1年後輩の山口高誉が指名されない、という事態にまで発展した(当時、山口をイソップ童話オオカミ少年』でのラストシーンにおける飼いの少年に例えた[それ以外の各々のシーンの少年が長嶋らで、狩人たちがプロのスカウト]非礼なマスコミもいた)。これ以降、2000年上野裕平が巨人の2位指名を受けるまで、立教から直接プロ入りする選手は11年間皆無という結果となってしまった(川村丈夫など、社会人を経由してプロ入りした立教出身の選手はいた)。
  • 前年までテレビ東京が放映していたドラフト会議のテレビ中継は、この年からテレビ朝日に移行した。このため、北海道宮城広島福岡をはじめとする地方でもドラフト会議がリアルタイムで視聴できるようになり、地方の指名対象選手がブラウン管に目を通し指名を確認する機会が多くなった。
  • この年のドラフト1位指名選手12人中、2007年限りで広島・佐々岡真司が現役を引退したため、現時点で日本プロ野球において現役でプレーしている選手は千葉ロッテ・小宮山悟ただ一人となった。しかし、福岡ダイエー入団を拒否した元木大介を含め現在でもその12人が何らかの形で野球に関わっているため、そういった意味でも同ドラフトは“大豊作ドラフト”だったといえる。
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