1975年のテレビ (日本)

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1975年のテレビ(1975ねんのテレビ)では、1975年昭和50年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

番組関係の出来事[編集]

1月
3月
4月
5月
7月
  • 5日9月13日 - TBS系の人気番組『8時だョ!全員集合』にて、ザ・ドリフターズの「修行」という理由により公開生放送を一時中止。この間は「夏休み傑作特集」と銘打ち、過去に放送した傑作コントを再放送した[1]
9月
10月
  • 1日 - フジテレビ系の子供番組『ひらけ!ポンキッキ』が、この日より14:00から8:15に移動、昼の番組から朝の番組へと変更する。同時に関東地区では17:30より、当日放送分の再放送を開始した。なお枠移動に伴い、それまで月 - 土8:00 - 8:40で放送されていた『ママとあそぼう!ピンポンパン』は、平日放送が7:45 - 8:15に短縮繰り上げしたのに対し、土曜放送は8:00 - 8:30と短縮したのみ[5]、初めて平日と土曜の放送枠が異なった。この体制は1978年3月まで続く。
  • 4日
  • 5日 - よみうりテレビ・日本テレビ系日曜19時台前半枠にて、視聴者参加スポーツアトラクションバラエティ番組『びっくり日本新記録』放送開始( - 1985年10月。途中中断あり)。
  • 6日
    • 日本テレビ系の朝の子供番組『おはよう!こどもショー』が、この日より大リニューアル。平日版は2部に分け、第2部は今までと同じ「こどもショー」であったが、第1部は前日(5日)まで日曜で放送していた「コンちゃんのトンカチうたじまん」をリニューアルした「こどものどじまん」の曜日別戦となり、その曜日別のチャンピオンを、土曜日の「チャンピオン戦」で戦わせる内容に変更、そして日曜日は、子供の観客から参加者を募って歌わせる「とびいりのどじまん」だった。これに伴い「のどじまん」の司会は、大村崑石川牧子(当時:日本テレビアナウンサー)から横山やすし・西川きよし、審査員は山下毅雄(作曲家)から谷啓に、それぞれ変更[7]
    • TBSの平日18時台前半にて、キー局で初のローカルワイドニュース番組『テレポートTBS6』が放送開始( - 1990年3月30日)。
  • 7日
  • 8日 - 日本テレビ系の『水曜ロードショー』で、1939年製作の米国映画風と共に去りぬ』が世界で初めてテレビ放映された(翌週(15日)にまたがり前・後篇で編成)。
  • 10日 - NET系金曜9時枠の千葉真一主演ドラマ第二弾『燃える捜査網』が始まる。
  • 15日 - NET系水曜19時30分枠で、東映動画制作・日本船舶振興会(現・日本財団)提供のアニメ『一休さん』放送開始[9]1982年6月28日まで7年・全296回にわたって続く長寿アニメとなった。
11月
12月

その他テレビに関する話題[編集]

テレビ新広島(10月1日開局)
3月
9月
  • 1日 - 宮城テレビ放送が開局5周年を機に、局の愛称を「宮城テレビ」から「ミヤギテレビ」に、略称も「MTB」から「mm34」にそれぞれ変更(略称は1985年10月に「MMT」に変更)。
10月

開局[編集]

周年[編集]

番組[編集]

開局[編集]

記念回[編集]

視聴率[編集]

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

バラエティ・歌番組[編集]

  1. 第26回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)72.0%
  2. '75新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)43.1%
  3. 1975年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)43.0%

ドラマ[編集]

  1. 連続テレビ小説 鳩子の海(NHK総合、3月22日)53.3%
  2. 連続テレビ小説 水色の時(NHK総合、5月9日)46.8%
  3. 連続テレビ小説 おはようさん(NHK総合、12月10日)43.3%
  4. 大河ドラマ 元禄太平記・最終回(NHK総合、12月14日)41.8%

スポーツ[編集]

  1. 大相撲春場所・千秋楽(NHK総合、3月23日 17:03-18:00)50.6%
  2. 世界J・ミドル級タイトルマッチ「ショットガン・アルバラード×輪島功一」(フジテレビ、1月21日)47.7%
  3. 第57回全国高等学校野球選手権大会・決勝(NHK総合、8月24日)45.3%
  4. 大相撲秋場所・千秋楽(NHK総合、9月28日 17:05-18:00)41.4%
  5. 木曜スペシャル 世界ライト級タイトルマッチ「ガッツ石松×ケン・ブキャナン」(日本テレビ、2月27日)40.7%

ニュース・報道[編集]

  1. ローカルニュース・天気予報(NHK総合、5月7日 20:55-21:00)50.6%
  2. ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)45.7%
  3. ニュース(NHK総合、8月23日 7:00-7:20)42.5%
  4. 首都圏交通スト情報(NHK総合、5月9日 8:04-8:12)41.1%
  5. ニュースセンター特集(NHK総合、5月7日)40.8%
  6. スタジオ102(NHK総合、2月21日)40.4%

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ系[編集]

TBS系[編集]

廃枠
枠新設

フジテレビ系[編集]

枠移動

それまで火曜22時枠にて放送されていた『どてらい男(ヤツ)』(関西テレビ制作。主演:西郷輝彦)が、4月改編で日曜21時枠へ移動した( - 1977年3月)。

NET系[編集]

テレビアニメ[編集]

特撮番組[編集]

報道・情報番組[編集]

バラエティ番組[編集]

クイズ番組[編集]

音楽番組[編集]

料理番組[編集]

スポーツ番組[編集]

教養番組[編集]

子供向け番組[編集]

単発特別番組枠[編集]

特別番組[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ いかりや長介の著書「だめだこりゃ」(新潮社)において、公開生放送を中止してドリフが合宿を行った時のエピソードが記されている。
  2. ^ 1年後の1976年9月27日より直前のJNNニュースと統合し、タイトルも『おはよう700』となった( - 1980年9月26日)。
  3. ^ 末期は『キンキンのこんにちは』に改名(ただし正式タイトルは不変)。
  4. ^ 後期は牛乳石鹸を含む複数社提供。
  5. ^ 8:00 - 8:30にドキュメンタリー番組『世界の先生たち』を設置したため(『ポンキッキ』は土曜放送していない)。
  6. ^ 末期はサントリーを含む複数社提供。
  7. ^ 後に司会は青空球児・好児、審査員はハナ肇に変更した。
  8. ^ 久米降板後は小島一慶、最末期は吉田照美と交代。
  9. ^ 途中からハウス食品に提供が変更された。
  10. ^ エバは5ヶ月で降板し、上岡龍太郎に交代。1978年4月より和田アキ子が加入。
  11. ^ TBS系は7年後の1982年10月改編で実施に踏み切った。参考資料:毎日新聞1975年7月7日夕刊芸能面「民放ニュースは5分か6分か CMからみ“1分紛争”中」
  12. ^ 1973年10月に関西ローカルでスタートして以来の換算。
  13. ^ 直前まで土曜22時枠で放送された『土曜劇場 6羽のかもめ』の後継作で、『月曜劇場』という枠名が付いていた。だが後継作『土曜劇場 赤ちゃんがいっぱい』とは2ヶ月間重複していた。
  14. ^ 腸捻転解消、仮面ライダーシリーズのネット変更に伴う枠移動のため中断。1976年1月よりTBS系列で再開。
  15. ^ 4月から9月の半年間のみ放送。『コント55号のなんでそうなるの?』の2度目の一時中断に伴うつなぎ番組。翌年4月からレギュラー番組に昇格( - 1986年9月)。
  16. ^ つなぎ番組。1981年4月に同枠(水曜22:00)で『激突!お笑いルーレット』として復活。

参考[編集]