1975年のテレビ (日本)

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1975年のテレビ(1975ねんのテレビ)では、1975年昭和50年)の日本におけるテレビジョン放送全般の動向についてまとめる。

番組関係の出来事[編集]

1月
3月
4月
5月
6月
7月
  • 5日9月13日 - TBS系の人気番組『8時だョ!全員集合』にて、ザ・ドリフターズの「修行」という理由により公開生放送を一時中止。この間は「夏休み傑作特集」と銘打ち、過去に放送した傑作コントを再放送した[1]
9月
10月
11月
12月

その他テレビに関する話題[編集]

テレビ新広島(10月1日開局)
3月
9月
  • 1日 - 宮城テレビ放送が開局5周年を機に、局の愛称を「宮城テレビ」から「ミヤギテレビ」に、略称も「MTB」から「mm34」にそれぞれ変更(略称は1985年10月に「MMT」に変更)。
10月

開局[編集]

周年[編集]

番組[編集]

開局[編集]

記念回[編集]

視聴率[編集]

(※関東地区、ビデオリサーチ調べ)

バラエティ・歌番組[編集]

  1. 第26回NHK紅白歌合戦(NHK総合、12月31日)72.0%
  2. '75新春スターかくし芸大会(フジテレビ、1月1日)43.1%
  3. 1975年度輝く!日本レコード大賞(TBS、12月31日)43.0%

ドラマ[編集]

  1. 連続テレビ小説 鳩子の海(NHK総合、3月22日)53.3%
  2. 連続テレビ小説 水色の時(NHK総合、5月9日)46.8%
  3. 連続テレビ小説 おはようさん(NHK総合、12月10日)43.3%
  4. 大河ドラマ 元禄太平記・最終回(NHK総合、12月14日)41.8%

スポーツ[編集]

  1. 大相撲春場所・千秋楽(NHK総合、3月23日 17:03-18:00)50.6%
  2. 世界J・ミドル級タイトルマッチ「ショットガン・アルバラード×輪島功一」(フジテレビ、1月21日)47.7%
  3. 第57回全国高等学校野球選手権大会・決勝(NHK総合、8月24日)45.3%
  4. 大相撲秋場所・千秋楽(NHK総合、9月28日 17:05-18:00)41.4%
  5. 木曜スペシャル 世界ライト級タイトルマッチ「ガッツ石松×ケン・ブキャナン」(日本テレビ、2月27日)40.7%

ニュース・報道[編集]

  1. ローカルニュース・天気予報(NHK総合、5月7日 20:55-21:00)50.6%
  2. ニュース(NHK総合、12月31日 20:55-21:00)45.7%
  3. ニュース(NHK総合、8月23日 7:00-7:20)42.5%
  4. 首都圏交通スト情報(NHK総合、5月9日 8:04-8:12)41.1%
  5. ニュースセンター特集(NHK総合、5月7日)40.8%
  6. スタジオ102(NHK総合、2月21日)40.4%

テレビ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[編集]

日本テレビ系[編集]

TBS系[編集]

廃枠
枠新設

フジテレビ系[編集]

枠移動

それまで火曜22時枠にて放送されていた『どてらい男(ヤツ)』(関西テレビ制作。主演:西郷輝彦)が、4月改編で日曜21時枠へ移動した( - 1977年3月)。

NET系[編集]

テレビアニメ[編集]

特撮番組[編集]

報道・情報番組[編集]

バラエティ番組[編集]

クイズ番組[編集]

音楽番組[編集]

料理番組[編集]

スポーツ番組[編集]

紀行番組[編集]

教養番組[編集]

子供向け番組[編集]

単発特別番組枠[編集]

特別番組[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ いかりや長介の著書「だめだこりゃ」(新潮社)において、公開生放送を中止してドリフが合宿を行った時のエピソードが記されている。
  2. ^ 1年後の1976年9月27日より直前のJNNニュース(当時は『JNNニュースコール(第1期)』)と統合し、タイトルも『おはよう700』となった( - 1980年9月26日)。
  3. ^ 末期は『キンキンのこんにちは』に改名(ただし正式タイトルは不変)。
  4. ^ 後期は牛乳石鹸を含む複数社提供。
  5. ^ 8:00 - 8:30にドキュメンタリー番組『世界の先生たち』を設置したため(『ポンキッキ』は土曜放送していない)。
  6. ^ 末期はサントリーを含む複数社提供。
  7. ^ 後に司会は青空球児・好児、審査員はハナ肇に変更した。
  8. ^ 久米降板後は小島一慶、最末期は吉田照美と交代。
  9. ^ 途中からハウス食品に提供が変更された。
  10. ^ ただし1978年5月13日には、特別に春も開催され、『土曜グランドスペシャル』で放送された。
  11. ^ 5か月後、エバに代わって上岡龍太郎が登場。1978年4月より和田アキ子が加入。
  12. ^ TBS系は7年後の1982年10月改編で実施に踏み切った。参考資料:毎日新聞1975年7月7日夕刊芸能面「民放ニュースは5分か6分か CMからみ“1分紛争”中」
  13. ^ 1973年10月に関西ローカルでスタートして以来の換算。
  14. ^ 直前まで土曜22時枠で放送された『土曜劇場 6羽のかもめ』の後継作で、『月曜劇場』という枠名が付いていた。だが後継作『土曜劇場 赤ちゃんがいっぱい』とは2ヶ月間重複していた。
  15. ^ 腸捻転解消、仮面ライダーシリーズのネット変更に伴う枠移動のため中断。1976年1月よりTBS系列で再開。
  16. ^ 4月から9月の半年間のみ放送。『コント55号のなんでそうなるの?』の2度目の一時中断に伴うつなぎ番組。翌年4月からレギュラー番組に昇格( - 1986年9月)。
  17. ^ つなぎ番組。1981年4月に同枠(水曜22:00)で『激突!お笑いルーレット』として復活。

参考[編集]