1930年代の抽象絵画

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1930年代の抽象絵画1930ねんだいのちゅうしょうかいが)とは、1924年アンドレ・ブルトンの創始以降のシュルレアリスムの世界的な流行に対抗するかのように、パリを中心に1930年代に生じた、抽象絵画(一部、抽象彫刻も含む)の国際的な糾合の動きのことである。 当時パリに住んでいた、カンディンスキーモンドリアンの影響が大きく、以下のようなグループが結成されている。

  • セルクル・エ・カレ (円と正方形、Cercle et Carré)
  • アール・コンクレ (具体芸術、Art Concret)
    • 1930年テオ・ファン・ドースブルフを中心に、オットー・カールスンド(Otto Carlsund; 1897年-1948年)、ジャン・エリオン(Jean Hélion; 1904年-1987年)、レオン・チュタンジャン(Leon Tutundjian; 1905年-1968年)、マルセル・ワンツ(Marcel Wantz, Justine Martor Wantz)等により結成された。ドースブルフが、セルクル・エ・カレからの誘いを断り、それに対抗するように結成した。思想的には、要素主義の傾向が強いと思われるが、セルクル・エ・カレに大きく変わるところはない。
  • アプストラクシオン・クレアシオン(抽象=創造、Abstraction-Création)
    • 1931年、セルクル・エ・カレとアール・コンクレを統合する形で結成された。主要メンバーは、オーギュスト・エルバン(Auguste Herbin; 1882年-1960年)、ジョルジュ・ファントンヘルロー(ジュルジュ・ファントンゲルロー、Georges Vantongerloo; 1886年-1965年)、ジャン・エリオン、ナウム・ガボ(Naum Gabo; 1890年-1977年)など。シュルレアリスムへの対抗のための糾合という色彩が強く、抽象的な傾向をもった作家をできる限り参加させようという意図から、フランス以外の作家に対しても多く参加を要請した。そのため、規模としては大きいものの、思想的には妥協的で統一性はなく、単なる大所帯というだけ、といった批判がある。しかし、シュルレアリスムへの対抗という目的は達成でき、戦前における、「『シュルレアリスム』対『抽象絵画』」という図式は、ここにおいて、定着したといえる。このグループは、1936年まで継続した。

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