08/15

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『08/15』(小説)は、元ドイツ国防軍の将校であったハンス・ヘルムート・キルストHans Hellmut Kirst, 1914年12月5日 - 1989年2月23日)によって1954年に書かれたナチス時代のドイツ国防軍兵士たちの戦前の兵営・戦線・敗戦前後の生活と苦難を描いた三部作であり、戦後ドイツの最初のベストセラーである。日本では1955年三笠書房から邦訳が出版されている。

概要[編集]

この三部作のタイトル「08/15」(nullachtfünfzehn=ヌル・アハト・フュンフツェーン)は、ドイツ語で月並みなもの、特別でないもの、凡庸なものに対して使われる軽蔑の意味のある慣用語である。また標準型のものや時代遅れのものに対しても使われる。この語源は第一次世界大戦ドイツ陸軍で使われた水冷式機関銃MG08/15に由来する。

この作品の登場人物に限らず、ドイツ人にとって「08/15」は単なる一兵器の名称を超えた意味を持っている。まず第一次、二次世界大戦を通じて膨大な数の兵士たちが毎日この機関銃とともに長く単調な訓練を強いられた。その結果、退屈で過酷な軍隊生活にうんざりした兵士たちの間からいつの間にか月並みなもの、凡庸なものに対して、この08/15という言い回しが出てきたと考えられている。また、MG08/15が部品の規格化を実現したドイツ軍最初の制式兵器であることもこの名称を語る上で重要な事実である。MG08/15の原型であるMG08重機関銃までは、ドイツ帝国を形成する各国(プロイセン王国バイエルン王国など)は戦時にプロイセン参謀本部の指揮命令を受けることとなっているのみで、それぞれ独立した軍を組織していた。そのため軍の装備も別個に行っていたため、同じ形式の兵器でも異なる国家・工廠が製造したスペア部品には互換性がなかった。この改善のため、兵器製造を規格化する王立兵器製造局がベルリン・シュパンダウに設立されて部品の規格化を推進した。この組織が母体となったドイツ規格協会が1918年3月にドイツ工業規格(DIN) 第1号=DIN1として制定したのがこのMG08/15遊底のテーパーピンであった。 ここから08/15は「規格」と「標準」の同義語ともなり、やがてそれぞれが混濁していったものと思われる。 第二次世界大戦でもこの機関銃は同様に使われた。もちろん兵器としてすでに旧式化しており、この意味で「時代遅れのもの」という意味が付加された。

08/15とはこのような意味を持つ言い回しであるが、この『08/15』三部作の題名に関して、作者キルストのオフィシャルサイトによれば、単にその語源となったMG08/15に由来するとされている。キルストがライヒスヴェア(ヴァイマル共和国軍。1935年に国防軍=ヴェアマハトとなる)に志願入営したのは1933年であり、世界最初の汎用機関銃MG34が制式採用される前年であったために実際にこのMG08/15を使った可能性は大きい。

構成[編集]

"08/15 in der Kaserne" 『零八/一五 兵営の巻』(邦訳:櫻井正寅櫻井和市

第二次大戦の勃発直前、ドイツ国防軍のある砲兵中隊の兵営での物語である。自身志願兵の砲兵であったキルストの体験から、下士官や兵たちの訓練風景や兵営生活が生き生きと描かれている。 三作を通しての主人公はヘルベルト・アッシュ。本作では上等兵である。戦友フィアバイン二等兵に対する新兵いじめなど、どこの国の軍隊にでもいそうな理不尽な下士官と無定見な将校たち。アッシュ上等兵はそんな軍隊の不条理に一人反抗していく。 本作の裏の主人公と言えるのは中隊の最先任下士官、シュルツ先任曹長である。その妻とともに単なる憎まれ役以上の細かい性格づけがなされている。

"08/15 in der Krieg" 『零八/一五 戦線の巻』(邦訳:藤村宏・櫻井和市)

第二次世界大戦が始まり、アッシュたちの砲兵中隊は東部戦線へ。主な舞台は戦場であるが、本作では戦闘の描写よりも、前進車両陣地の様子、物資調達の「神様」、そして慰問団など戦場での生活が第一作同様細かく描かれている。 本国から転勤して来た、実戦経験がないために戦功章を狙っている新任の中隊長が混乱を巻き起こす。アッシュは今や軍曹となっていて、この栄達しか頭にない中隊長と対決する。他方、鉄十字章受章の砲班長となったフィアバイン伍長は機材受領のため故郷の補充大隊へ派遣されるが、そこで中尉に特進していたシュルツ元先任曹長に捉まってしまう。泥濘の戦場と、のんびりした日常が続いていた本国との対比が描かれている。

この、「本国から転勤して来た、実戦経験がなく戦功章を狙っている新任の中隊長」がサム・ペキンパー監督の『戦争のはらわた』 "Cross of Iron"の設定とそっくりであるとして映画の公開当時話題になったことがある。

なお、この巻に限り、現在のドイツ語版原作にある戦争の実相を描いた部分数か所が、1955年初版の三笠書房版には欠落している。

"08/15 bis zum Ende" 『零八/一五 終戦の巻』(邦訳:城山良彦・櫻井和市)

1945年。戦線は崩壊し戦場は故郷へと迫る。 第三作の舞台は再び本国のかつての砲兵中隊の駐屯地である。戦争末期の混乱に乗じて抜け駆けの利益を得ようとするハイエナのような二人の将校が登場する。しかも彼らは多くの兵士を情容赦なく処断してきた、即決軍事裁判の構成員なのである。今は少尉になったアッシュは彼らを追及する。上等兵であった時と同じく、あくまでも自らの信念に基づいて不条理と戦おうとするアッシュ。やがて米軍が兵営を占領し、CICつまり米軍対諜報部隊が君臨する。

本作は終戦直後、ナチズムの信奉者であったとの誹謗によって9ヶ月間米軍収容所に収監された作者の、敗戦後まだ10年を経過していない時点でのドイツの戦後に対する思いが現れている。敵役の二人の将校はいわゆるナチスの代表である親衛隊将校でなく「親衛隊とは異なる真の愛国者たち」と賞賛される国防軍の将校であり、米軍は犯罪者と抵抗運動者を誤認し、大尉まで登り詰めたシュルツの妻は新しい支配者に媚を売る。三部作の中で最もシニカルな筆致で書かれているのが本作である。 1955年この作品が映画化された時、敵役の二人の将校はSD(親衛隊保安部)の将校に変えられていた。再軍備=ドイツ連邦軍の創設に当たって旧国防軍に対する配慮があったものと思われる。

映画化[編集]

1954年から1955年にかけて、この三部作は"08/15"、"08/15 Im Krieg (2. Teil)"、"08/15 In der Heimat (3. Teil)"として、パウル・マイ監督、エルンスト・フォン・ザロモン脚本、ヨアヒム・フックスベルガー主演で映画化され、世界的なヒットとなった。日本では1956年~1957年にかけ、『08/15』『戦線の08/15』『最後の08/15』の題名で公開された。


関連項目[編集]

外部リンク[編集]