藤井隆

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藤井隆
本名: 同じ
生年月日: 1972年3月10日(37歳)
出身地: 日本大阪府豊中市
血液型: A型
身長: 173.8cm
方言: 大阪弁
最終学歴: 大阪市立西商業高等学校
出身: 吉本新喜劇プロジェクト
芸風: 喜劇ほか
事務所: 吉本興業
活動時期: 1993年 - 現在
同期: 陣内智則 ケンドーコバヤシたむらけんじ中川家 など
現在の代表番組: あらびき団
業界技術狩人 ギョーテック
土曜はダメよ!
過去の代表番組: Matthew's Best Hit TV
サルヂエ
藤井陣内のザ・レジェンド
配偶者: 乙葉
公式サイト: 公式プロフィール
受賞歴
第15回日本映画批評家大賞新人賞

藤井 隆(ふじい たかし 1972年3月10日 - )は、大阪府豊中市出身のお笑いタレント俳優歌手司会者。所属事務所よしもとクリエイティブ・エージェンシー。血液型A型。身長173.8cm 。妻はタレント乙葉

目次

[編集] 略歴

豊中市立南丘小学校豊中市立第九中学校(女性シンガーソングライター矢井田瞳も同校の出身)、大阪市立西商業高等学校(現・大阪市立西高等学校)卒業。高校在学中に阪神百貨店の「学生禁止」のアルバイトにあえて応募、接客テストで学生でない他の応募者より優秀だったのと、「顔が学生的ではない」という特別理由で採用された。

高校卒業後の数年間は化学薬品会社の経理課に勤務していた。1992年、サラリーマンを続けながらYSP(吉本新喜劇プロジェクト)へ。同年、毎日放送の『テレビのツボ』でテレビデビューを果たし、これを機に仕事を吉本興業に一本化。吉本興業の同期には中川家陣内智則たむらけんじケンドーコバヤシらがいる(実際は彼らのほうが後輩である。陣内は当初藤井のことを先輩として接していたが現在では「隆」と呼び対等に接している)。『テレビのツボ』では、NHK総合担当のチャンネル君(丸一日特定のチャンネルを視聴し、夜の生放送でその日のいちばんの見所を報告する役割)を務めた。天然パーマに繋がった眉毛という、インパクトの強い容姿が番組のファンにも親しまれていたが、当時のキャラクターはいたって普通の青年であった。本格的に彼の個性が爆発するのは、番組終了後のことである。

一時期吉本新喜劇を退団し、オランダを放浪していたがその後帰国。帰国後吉本に挨拶に出向くと、なぜか何事も無かったかのように即仕事を入れられたため、復帰することとなった。新喜劇の全国展開が活発になってきた頃、中堅クラスの多くが遠征で不在のため座長と二線級以下のYSPメンバーばかりで演じなければならない時期があった。この期間、ある病院で内場勝則(座長)の同室の病人が全員オカマというシナリオで、それまでゲジゲジ眉毛しかギャグがなかった藤井がオカマキャラを演じ、そのままオカマの藤井として一気にブレイク。わずか一ヶ月ほどの間に中條健一らと番組の冒頭で番組紹介をするほどになる。

1997年、レギュラー出演の『超!よしもと新喜劇』番組内でも演じたオカマキャラで全国区で再ブレイク。登場時の声援は凄まじく、「HOT!HOT!」のギャグをする時には観客から手拍子までも起きた。また同番組ではダウンタウンがゲスト出演した際に、松本人志の仕掛けにはまって浜田雅功とキスをするはめになった。これがきっかけでブレイクして以来、ダウンタウンの番組にも多数ゲスト出演。2001年には4年ぶりに復活した『ダウンタウンのものごっつええ感じスペシャル』に元々のレギュラーたちと並んで出演している。

毎日放送ラジオの人気番組『オレたちやってま〜す』でも活躍し、藤井は、林原めぐみと水曜日を担当。アシスタントには初代に原史奈を迎え、以後周防玲子藤本綾加藤明日美さとう珠緒と順に交代している。この時に林原と親交を深め、後年、林原が雑誌『NEWTYPE』に連載していた対談コーナーの最終回に藤井が迎えられ、また藤井の結婚式にも林原が出席した逸話もある。

2000年浅倉大介のプロデュースによるシングル『ナンダカンダ』で歌手デビューし、同年「紅白歌合戦」(NHK)に初出場。司会者からは「お笑い芸人がポップスの世界に殴り込んだ」と紹介された。翌年もRe:Japanのメンバーとして2年連続出場(ウルフルズコラボレーション)し、『明日があるさ』を熱唱した。歌手としては2004年上海、ロサンゼルスでワールドツアーをおこなった。

2001年に放送がスタートし、一時はゴールデンタイムに進出した『BEST HIT TV』シリーズ(2006年終了)でマシュー南というキャラクターとして司会を務め人気を集めた(後述)。

2004年、劇場版アニメ『マインド・ゲーム』で初声優を務める。

2005年4月2日から、関西テレビ制作のフジテレビ系列で毎週土曜日の朝8:30からの情報系番組『ベリーベリーサタデー!』(『いつでも笑みを!』の後番組)の司会を鈴木杏樹とともに務めていた(2007年3月で終了)。

2005年5月7日に、乙葉との婚約を発表。同9日に会見を開いた。

2005年7月29日に入籍、翌7月30日に都内のホテルで挙式・披露宴を行った。

2006年6月2日、映画『カーテンコール』(2005年11月公開)の演技で、第15回日本映画批評家大賞新人賞(南俊子賞)を受賞。

2007年10月31日、一児(女児)の父親となった。

『超!よしもと新喜劇』以降、ブレイクのきっかけとなったNGKの舞台に定期的に立つことはなかったが、2009年4月5日より放送開始の『爆笑!ふれあいコメディ こちらかきくけ公園前』(朝日放送)で週1回ながらも約12年ぶりに復帰する。

[編集] 人物

  • お笑いタレントだが、現在は司会業に力を入れている。
  • ハイテンションで明るく、ややオカマっぽい口調のキャラクターを常に演じている芸風。実際の性格は全く正反対で、とてもおとなしく礼儀正しい。テレビ出演初期は、その素の部分との落差を先輩に指摘されるというのもネタのひとつとしてあり、ブレイクのきっかけにもなった。ブレイクとともに芸風をスライドさせていったため、現在ハイテンションになることはめったにない。
  • 趣味は音楽鑑賞・プラモデル作り・移動などの待ち時間の読書。特に氷点シリーズを愛してやまない。好きな写真集にちんかめシリーズがある。
  • Perfumeの大ファンであり、妻の乙葉が妊娠している最中、乙葉の中の子供にも同グループの歌を聞かせていた程である。2008年4月13日放送分の「MUSIC LOVERS」で初共演を果たした。
  • 持ちギャグは「フォー!!」など。2001年ごろまではテレビでの登場の際、ほぼすべての出演番組で「HOT!HOT!」といいながら出演することが多かった。
  • 2007年7月21日放送のIQサプリ今田耕司と共に持ちギャグ「ウェウェウェ…フォー!!」を披露するが、スタッフが無知だったためにテロップに「レイザーラモンHG?」と表示された。同局では過去にも他のバラエティ番組で「HOT!HOT!ダンス」を真似する関西の小学生のビデオを紹介した際にも藤井の持ちギャグではなく当該小学生のオリジナルであるかのような内容で放送したことがある。
  • オレたちXXXやってま〜す」初回、藤井隆が中心になる初めての番組という事で心配したよゐこが隠れゲストとしてゲリラ参加した際、よゐことしては、「必要ない!!」とツッコんでほしかったそうだが、藤井は感激のあまり放送中泣き出してしまい、結果その回は最後までよゐこが仕切り、藤井は聞き役に回った。また、この後のスペシャルウィークでは、再びゲストとして登場したよゐこに対し「一人でやって行けることを証明する」と宣言、毒舌キャラで押し通し、張り切りすぎた結果、聴いているリスナーにとってはそれが“藤井一人の勝手な暴走”と映ってしまい、ラジオ中から次の週にかけて大量の苦情、批判がよせられた。しかし翌週も引っ込みがつかなくなった藤井は不本意ながら、なおも毒舌キャラを通し、さらに批判・苦情が殺到。洒落ですまなくなり、藤井も半泣きで謝罪したものの、最終的にはそれでも気がすまないとハガキを送ってきたリスナーに対して自ら謝罪文を書いて返信するという事態になった。
  • かなりの人見知りで、プライベートではスイッチが切れたように大人しくなる。結婚するまでは、仲のいい友人はココリコ田中直樹ロンブー田村亮YOU程度であった。
  • 母親が阪神タイガースの大ファン(阪神ファン)であり、藤井の阪神情報は全て「ベリサタ」で共演していた金村義明からではなく母親伝いで入ってくる。
  • 非常に几帳面な性格で、きれい好きで有名な今田耕司からも「家政婦みたいや」と絶賛されるほどである。
  • また、礼儀正しく、腰が低い性格で、取材でも記者との待ち合わせ時間に遅刻することがなく、相手の記者がたとえ5分でも早く来ていたときは「お待たせして申し訳ありませんでした」という。吉本新喜劇の共演者からも「藤井くんはみんなに好かれているから、いいフリがたくさん来るんや」と評されていた。
  • 好感度が高い人気タレントであり、深夜番組や土日の昼間時間帯での出演番組は好評を博するものもある反面、ゴールデンタイムのレギュラー出演番組は大抵が1年以内に終了してしまい、長続きしない事が続いている。視聴率不振で打ち切られた「ベリーベリーサタデー!」終了の翌月に開始された「キャプテン☆ドみの」でも進行役を務めていたが、こちらは1クールもたず、わずか3ヶ月で打ち切りになるなどMCとして災難が続いている状態である。ちなみにゴールデン番組レギュラー最長は「サルヂエ」の1年3ヶ月。
  • 一方で主に1組のゲストでのトーク&バラエティ番組であった「Matthew's Best Hit TV」では、バラエティ慣れしていないアイドルや俳優、往年のアイドル達の魅力を引き出した。自身のキャラクターから、サルヂエの深夜時代の司会にはゲストは4人の少人数でありながらの各ゲストの珍回答にツッコミを入れたり、連敗してるゲストのキャラクターを引き立たせるなど、人気番組へと押し上げた。
  • デビュー曲「ナンダカンダ」の衣装をきた藤井のフィギュア海洋堂(原型製作・寒河江弘)で作られることになったが、「サイズ通りのバランスで作ると頭が大きくて倒れてしまうのでサイズを修正してよいか」と言われてショックを受け、藤井はこのことについて番組で「隆はこれで生きているんです!」と絶叫した。
  • 非常にが濃く、朝に剃っても夕方には青くなっている(一般に、髭が伸びるのは夕方5時頃である)。

[編集] 主な持ちギャグ

現在は司会やタレント活動が主で、ギャグを見られる機会は少ない。

  • 「フォーーーッ!!」
    共演者が藤井の胸を触り「アッ、アッ、アッアッアワワワワワワッ…」と喘ぎながら手が股間に達した時に叫ぶ。ただし、最後に口を押さえられることがあり、その時は他の共演者が「フォーーーッ!!」と叫ぶことになっている。
  • HOT!HOT!ダンス→「○○に出会えてよかった、うれしはずかしオーマイハート、○○に出会えてうれしい僕の体の一部がHOT!HOT!」(共演者に突っ込まれるまで「HOT!HOT!」を繰り返し続ける)。
    前振りとして「この喜びを踊りで表現したいと思います!」と言い、ダンスが始まる。
    パターンは「○○探して歩いた、右へ左へレフトandライト〜」など複数ある。
    トーク番組などで意味を聞かれると、「単に股間勃起した様子を言ってるだけなんですけどね…。」と気恥ずかしそうに答えている。
  • 「フレーッシュ!」(イナバウアーのような体勢で股間を手で押さえる)
  • (共演者)「お前オカマやろ?」(藤井)「僕はオカマじゃありません、ホモです!」
    逆のパターンも存在する。
  • 退場する時に誰かを紹介するように手を前方に差し出して「誰紹介してんねん」とツッコまれる。
  • ヤクザなどに蹴られまくった際に尻を突き出して「も、もっと〜!」
  • 「藤井さん、ハーフなんだって?」(藤井)「ええ、そうなんです。男と女の。」
  • 「時間が経つごとに髭が濃くなり始める」と言われると口元を隠しながら「12時までのシンデレラ!」

[編集] マシュー南

マシュー南とは、テレビ朝日系列のバラエティ番組「BEST HIT TV」シリーズ(「BEST HIT TV」→「Matthew's Best Hit TV」→「Matthew's Best Hit TV+」→「Matthew's Best Hit UV」)で藤井が演じたキャラクター。

チェリストである日本人の父と、元伯爵家令嬢であるイギリス人の母との間にイギリスで生まれ、フルネーム「Matthew・G(弦也)・南」。イギリス出身であるにもかかわらず日本の歌謡曲や芸人、80年代アイドルなどに精通しており、特にWinkの振り付けにおいては右に出るものがいない(兄に厳しく叩き込まれた)。これは10代を京都に住む父方の祖母のもとで過ごしたためだという。自身が司会する「Matthew's Best Hit TV+」は現在世界28か国で放送されていると主張する。

番組内ではマシュー南と藤井隆が同一人物ではないということになっている。その為、ゲストもマシュー南と藤井隆が同一人物であるような発言をしないように気を付けなければならない。CGによりマシューと藤井がトークしている映像も収録された。なお、モーニング娘。高橋愛ピンで初出演した際「藤井さん」と言ってしまい、マシュー南に「言っちゃだめ」と注意された。

松浦亜弥を「あーや」、松たか子を「お松」、要潤を「キャナメ」、上戸彩を「ウェッティ」(当初は「ウェット」)、釈由美子を「シャックス」、押尾学を「プシュー」と呼ぶなど、ゲストを奇妙なあだ名で呼ぶことも多い。

平野レミはおばの設定。

また清涼飲料水、自転車、絵本、文房具などマシュー関連のグッズを何種類か出している。

[編集] マシュー南としての活動

[編集] 主な出演作品

[編集] テレビ番組

[編集] 現在

[編集] 過去

[編集] バラエティ

[編集] ドラマ

[編集] ラジオ番組

[編集] 現在

[編集] 過去

[編集] CM

[編集] 映画

[編集] 舞台

  • ミュージカル「ボーイズ・タイム〜強く正しく逞しく!!〜」(宮本亜門演出、PARCO劇場、1999年12月31日-2000年1月30日)
  • ミュージカル「スペリング・ビー」(寺崎秀臣演出、天王洲銀河劇場、2009年7月17日-8月2日予定)

[編集] 音楽

[編集] シングル

  1. ナンダカンダ(2000年3月8日)
    8cmCD仕様。 浅倉大介がプロデュース。
    ジェイソン・ドノバンの『Too Many Broken Hearts』とイントロ部分からサビに至るまでそっくりであるため、盗作疑惑も巻き起こった。
  2. アイモカワラズ(2000年11月1日)
    「ナンダカンダ」に続いて、浅倉大介プロデュース・GAKU-MCによる詞。
  3. 絶望グッドバイ(2001年12月12日)
  4. 未確認飛行体 (2002年2月14日)
    アルバム先行リリースワンコインシングル。
  5. わたしの青い空(2004年7月7日)
    吉本興業が運営するR&C Japanレーベルに移籍。初回盤のみDVD付。
  6. OH MY JULIET!(2005年10月19日)
    Tommy february6がプロデュース。初回盤のみ特製ジャケット仕様・DVD付。
  7. 真夏の夜の夢(duet with 松田聖子)(2007年8月1日)
    「女子バレーボール ワールドグランプリ2007」の大会イメージソング。

[編集] アルバム

  1. ロミオ道行(2002年2月14日)
    松本隆がプロデュース。『ナンダカンダ』『アイモカワラズ』はボーナストラック扱いでの収録となった。
  2. オール バイ マイセルフ(2004年7月28日)
    小室哲哉Fayrayなどが楽曲提供。本間昭光プロデュース。
  3. 上海大腕(2006年4月26日)
    DVD付。島田珠代との「T&T」名義では作詞・作曲を行った。
  4. 上海大腕Ⅱ(2007年5月23日)

[編集] DVD

  1. 藤井隆ファーストコンサート ロミオ道行(2002年12月18日)
    ソニーミュージック内レーベル改変のため、この作品までアンティノスレコードから発売。
    アンティノスレコードを統轄したエピックレコードには移籍せず、契約を一旦終了する。
  2. 藤井隆ワールドツアー2004 〜わたしの青い空〜(2005年10月19日)
  3. 藤井隆ワールドツアー2005(2006年4月26日)

[編集] VHS

  1. ナンダカンダ(2000年3月24日)
  2. アイモカワラズ(2000年11月17日)
  3. 藤井隆ファーストコンサート ロミオ道行(2002年12月18日)

[編集] 外部リンク

MTV Video Music Awards Japanの司会者
第3回(2004年)
山口智充
第4回(2005年)
藤井隆
MEGUMI
第5回(2006年)
久本雅美
速水もこみち