網走郡
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網走郡(あばしりぐん)は、北海道網走支庁に所属する郡。
人口36,497人、面積1,498.58km²、人口密度24.4人/km²。(2009年3月31日、住民基本台帳人口)
以下の3町を含む。
[編集] 沿革
江戸時代の網走郡域は西蝦夷地に属し、松前藩によってアバシリ場所が開かれていた。江戸時代後期になると、南下政策を強力に進めるロシアの脅威に備え文化4年網走郡域は天領とされた。文化9年、漁場の鎮守とするため近江出身の藤野四郎兵衛により網走川の河口に弁財天を祀る小祠が建てられる。これは後に北見国一宮と称される網走神社の前身である。文政4年には一旦松前藩領に復したものの、安政2年再び天領となり会津藩が警固をおこなった。1869年8月15日に網走郡が置かれる。北海道北見国に含まれた。
- 1881年7月 - 釧路国網尻郡を編入。
- 1882年2月8日 - 廃使置県にともない根室県の所管となる。
- 1902年4月1日 - 二級町村制施行により網走町と能取村と藻琴村が成立する。(1町2村)
- 1915年4月1日 - 網走町と能取村と藻琴村が合併して網走町となり一級町村制を施行する。二級町村制施行により美幌村が成立する。(1町1村)
- 1917年 - 人口:31,357名。マラリア患者数:16名。
- 1919年4月1日 - 美幌村から津別村が分立する。(1町2村)
- 1921年4月1日 - 網走町から女満別村が分立する。(1町3村)
- 1923年4月1日 - 美幌村が一級町制を施行して美幌町となる。(2町2村)
- 1943年4月1日 - 津別村が一級町村制を施行する。
- 1946年9月10日 - 津別村が町制を施行して津別町となる。(3町1村)
- 1947年2月11日 - 網走町から東藻琴村が分立する。網走町が市制施行して網走市となり郡より離脱。(2町2村)
- 1951年4月1日 - 女満別村が町制を施行して女満別町となる。(3町1村)
- 2006年3月31日 - 女満別町(めまんべつちょう)と東藻琴村(ひがしもことむら)が合併し、大空町となる。(3町)
[編集] 参考文献
- 内務省衛生局保健衛生調査室編『各地方ニ於ケル「マラリア」ニ関スル概況』1919年(大正8年)発行(2008年1月21日現在、国立国会図書館の『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)
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