網走市
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網走市(あばしりし)は、北海道網走支庁(2009年10月よりオホーツク総合振興局)管内にある市で、支庁所在地である。
市名の由来については、
古アイヌ語で「チパ・シリ」(幣場のある島)と呼ばれていたものが言語の変遷と共に元の意味が忘れられ、 「チ・パ・シリ」(我らの見つけた地)と転じ、さらに「ア・パ・シリ」(我らの見つけた地)と転じた、とされる。 (チ、アはどちらも“我ら”の意)
地名由来の説は複数あり、他にも「アパ・シリ」(入り口の地)という説もある。
目次 |
[編集] 地理
網走支庁東部、北見市から東に約50kmの位置にある。オホーツク海に面する。高い山はなく、丘陵地が多い。市街は網走川河口付近と、その南に続く海岸段丘上の平地に広がる。北西部に能取湖、中部に網走湖、東部に濤沸湖があり、それぞれ網走国定公園の一部である。
[編集] 気候
一年を通じて晴天が多く、年間降水量・降雪量は少ない。海に面するため寒暖差も少なく、北海道東部としては温暖な気候である。
[編集] 人口
| 網走市と全国の年齢別人口分布図(比較) | 網走市の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は網走市
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 歴史
- 1798年(寛政10年) - 谷口青山の「自高島至舎利沿岸二十三図」の第二十二図にアバシリ沿岸及び番屋が描かれる。
- 1812年(文化9年) - 藤野喜兵衛、アバシリ川河口右岸に弁天社を創祀(ご神体は弁財天、のちに町民が譲り受けて厳島神社となる)
- 1857年(安政4年)5月 - 網走初のストーブ(宗谷製)、毛布、コーヒー使用。
- 1858年(安政5年) - 松浦武四郎、アバシリ川を溯り『戊午日誌』(西部安婆之利日誌)を著わす。
- 1864年(元治元年) - 藤野家、アバシリ川河口右岸に稲荷社を創祀(明治28年にオショップに移築)
- 1871年(明治4年) - アイヌが全て平民に編入され、身分上の差別を撤廃。
- 1872年(明治5年)3月 - 北見国網走郡の名が与えられる(網走市の開基)。アバシリ村が設置される。
- 1872年(明治5年)9月 - 官立病院が設けられる。
- 1873年(明治6年)7月20日 - アバシリ村に開拓使根室支庁網走出張所を置き、紋別・常呂・網走・斜里の各郡及び釧路国網尻郡を所轄、紋別郡に分局を置く。
- 1875年(明治8年)5月24日 - 漢字をあてて、網走村となる。
- 1876年(明治9年) - アイヌに苗字をつけさせ、待遇上の差別を取り除き、特別保護を廃止。
- 1881年(明治14年)11月15日 - 網走村網走川河口部右岸に市街地を区画し「北見町」と命名、宅地の払い下げ開始。
- 1882年(明治15年) - 町田孫六が川向の橋のたもとを開墾し、網走で初めて専業農家を始める。馬鈴薯、大根、麻など。
- 1884年(明治17年) - 宮部金吾、クルマトマナイ[1]にうるし樹林発見(安政6年前後に宮崎三右衛門によって会津から移植されたものと推定)
- 1890年(明治23年) - 釧路集治監網走分監、網走囚徒外役所(現在の網走刑務所の前身)が開設
- 1891年(明治24年) - 集治監の収容者の強制労働により北見方面への道路が開通
- 1897年(明治30年)5月2日 - 北光社移民団が網走港に上陸、野付牛村(現・北見市)の北光社農場へ向かう。
- 1897年(明治30年)6月2日 - 網走港に船便で屯田兵の第1陣が到着。
- 1902年(明治35年) - 網走郡網走村、北見町、勇仁村(いさに)、新栗履村(にくりばけ[2])を合併し2級町村制施行、網走郡網走町となる。
- 1906年(明治39年)1月21日 - 私設網走図書従覧所開設。
- 1908年(明治41年)8月14日 - ご神体を広島県厳島神社から分霊してニクル[3](桂町)に網走神社創祀。
- 1910年(明治43年) - クルマトマナイ[1]の造園工事で応永の年号のある板碑発見。
- 1913年(大正2年)12月 - 電話交換業務開始。
- 1913年(大正2年)9月3日 - 米村喜男衛が来住、理髪業(米村バーバーショップ)のかたわら、網走地方の考古学的調査や研究を開始する。
- 1915年(大正4年)4月1日 - 能取村、藻琴村と新設合併
- 1915年(大正4年)6月 - 東洋捕鯨会社、大字最寄村タンネシラリ[4](二ツ岩裏)に網走事業場開設、オホーツク海での捕鯨始まる。
- 1917年(大正6年)10月1日 - 能取岬灯台が完成、初照射。
- 1921年(大正10年) - 女満別村(現・大空町)を分村。
- 1922年(大正11年)7月16日 - 皇太子裕仁親王)が網走町を訪問、網走 尋常高等小学校に宿泊。
- 1925年(大正14年) 9月1日 - 網走支庁長渡辺勘一、「天都山」を命名。
- 1925年(大正14年)11月10日 - 釧網線網走~斜里間開通。
- 1926年(大正15年) - 大字北見町などの旧町村名を廃し、市街地に条・丁目制施行。
- 1931年(昭和6年) - 女満別町との境界線を変更。
- 1938年(昭和13年)2月20日 - 網走町の字名・字界・地番・南北条・東西丁目を一斉改正。
- 1942年(昭和17年)10月 - 網走水産指導所を設置(後の網走支場)
- 1945年(昭和20年)7月15日 - 米軍機、網走を空襲(網走地方の犠牲者14名)
- 1947年(昭和22年) - 東藻琴村(現・大空町)を分村する。市制施行し、網走市となる。
- 1947年(昭和22年)4月30日 - 戦後初の統一地方選挙で中川イセ(本名:いせよ)さんが、初の女性議員として網走市議会議員に当選。
- 1948年(昭和23年)11月 - 網走水産指導所を新築(網走支場)
- 1954年(昭和29年) - 中川イセの熱心な働きかけにより、武田時宗が大東流合気柔術の大東館道場を設立(「大東流合気武道」と名称を改め、宗家に就任)。
- 1956年(昭和31年)6月1日 - 網走市オホーツク水族館が開館。
- 1960年(昭和35年)2月 - 北海道中央水産試験場(網走支場)にて、冷凍すり身技術(多水性魚肉の蛋白変性防止法)が開発される。
- 1964年(昭和39年) - 魚肉協会技術研究所、網走市に設置。
- 1989年(平成元年) - 東京農業大学オホーツクキャンパス開学。
- 1989年(平成元年)1月17日 - 博物館「網走監獄」の移築工事完了。
- 1993年(平成5年)12月2日 - 大東流合気武道宗家の武田時宗が死去。
- 2002年(平成14年)8月31日 - 網走市オホーツク水族館が閉館。
- 2007年(平成19年) - 3月末時点の人口が、市制施行以来初めて4万人を割り込む(39,983人)。翌月末に4万人台に回復。
- 2008年(平成20年) - 3月末時点の人口が、再度4万人を割り込む(39,557人)。以降、4万人台に回復せず。
- 2008年(平成20年)4月9日 - 網走向陽高校と網走高校の統合によって新設された網走桂陽高校の開校式。
- 2009年(平成21年)4月23日 - ラルズプラザ網走店閉店。
オホーツク文化研究発祥の地。
[編集] 行政
[編集] 歴代市長
| 代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 生没年月日 |
| 代理 | 大島 光雄 (おおしま みつお) |
1947年(昭和22年)2月11日 | 1947年(昭和22年)4月4日 | |
| 初代 | 吉田 栄吉 (よしだ えいきち) |
1947年(昭和22年)4月5日 | 1955年(昭和30年)4月29日 | |
| 2代 | 有末 三郎 (ありすえ さぶろう) |
1955年(昭和30年)4月30日 | 1959年(昭和34年)4月29日 | |
| 3代 | 遠藤 熊吉 (えんどう くまきち) |
1959年(昭和34年)4月30日 | 1963年(昭和38年)12月20日 | 1912年(大正元年)12月28日生 |
| 4代 | 佐藤 忠吉 (さとう ちゅうきち) |
1964年(昭和39年)2月2日 | 1974年(昭和49年)10月17日 | 1913年(大正2年)2月28日生 -1974年(昭和49年)10月17日没 |
| 5代 | 安藤 哲郎 (あんどう てつお) |
1974年(昭和49年)12月1日 | 1998年(平成10年)11月30日 | 1926年(大正15年)3月1日生 |
| 6代 | 大場 脩 (おおば おさむ) |
1998年(平成10年)12月1日 | 現職 | 1937年(昭和12年)5月26日生 |
[編集] 行政機関
- 北海道立網走水産試験場
[編集] 経済
[編集] 金融
かつての網走市は12もの金融機関をもっていたが、経営破綻や撤退の動きもあって現在では8つにまで減少した。マリンバンク網走漁協、マリンバンク西網走漁協、北海道労働金庫網走支店を除き南4条通りに集中している。
網走の北陸銀行が撤退した時点で名古屋市や大阪市などの西日本とオホーツク海沿岸を結ぶ銀行のパイプラインは事実上途切れ、郵便局同士かJAバンク同士での取引を除き、振込手数料の問題からオホーツク海沿岸の地域は他行宛で高い手数料を取られるなどで、苦しい現状に立たされている[要出典]。特に北海道以外の出身の学生が8割を占める東京農業大学オホーツクキャンパスの学生はメガバンクの進出を求める声が少なくない[要出典]。
- 現在もある金融機関
- 網走信用金庫(本店と4支店)
- 釧路信用組合網走支店
- 北洋銀行網走支店
- 北海道銀行網走支店
- 北海道労働金庫網走支店
- マリンバンク網走漁協
- マリンバンク西網走漁協
- JAオホーツクあばしり
- かつて置かれていた金融機関
- 北海道相互銀行(旧札幌銀行。現在は北洋)網走支店:1982年(昭和57年)8月7日をもって北見支店に統合。
- 北海道拓殖銀行網走支店:1998年(平成10年)11月10日をもって営業終了、北洋銀行に継承・統合。
- 網走信用組合:2002年(平成14年)7月5日をもって営業終了、釧路信用組合に引き継がれた。
- 北陸銀行網走支店:2005年(平成17年)4月15日をもって北海道銀行網走支店に業務継承、オホーツク海沿岸から撤退。
※北見信用金庫は網走市を営業エリアに含めているものの、支店は2009年07月現在でも未進出。
[編集] 農協・漁協
- オホーツク網走農業協同組合(JAオホーツク網走)
- 網走漁業協同組合
- 西網走漁業協同組合
[編集] 産業
- 農業
- 漁業
- 海面
- オホーツク海
- ウニ 1月〜12月
- スケトウダラ(底引網) 1月〜12月
- ニシン 3月下旬〜4月
- ホタテ(桁網) 3月下旬〜11月
- ケガニ(カゴ) 3月下旬〜5月、6月下旬〜8月
- カニ(刺網) 4月〜12月
- カレイ(刺網) 4月〜5月、10月〜11月
- アサリ 4月下旬〜9月
- タコ 4月下旬〜12月
- キンキ(延縄、刺網) 5月〜1月
- ホッキ貝 5月、8月〜10月中旬
- ホッケ(底引網) 5月〜11月
- サクラマス(定置網) 5月中旬〜6月中旬
- ナメタ 7月〜8月
- カラフトマス(定置網) 7月中旬〜9月中旬
- コンブ 7月下旬〜8月中旬
- ホッカイシマエビ 7月下旬〜8月中旬
- サケ(定置網) 8月下旬〜11月
- イカ 9月下旬〜11月
- サンマ 10月〜11月
- タラ 11月〜12月
- カキ 12月〜1月上旬
- 内水面
- 網走湖
- 能取湖
- 藻琴湖
- 濤沸湖
- 観光
[編集] 特産品
- ニポポ
- 釣りキンキ
[編集] 立地企業・地元資本企業
- デンソー網走テストセンター (網走市字嘉多山708)
- インターファーム知床事業所
- 日本ホワイトファーム知床事業所
- 金印わさびオホーツク(金印の関連会社)
- 清和(主に回転寿司の事業。駒場には月、潮見にはビックサンがある)
- 篠原商店(スーパーマーケットのBASICを展開する)
- タカハシ(ミュージックハウスを道内に展開している)
[編集] 商業施設
かつてはラルズプラザがあった南4条通りが網走の商業の中心であったが、ここ数年は駒場地区に大型店が集中し、駒場周辺が商業の中心となっている。先発店が網走であるのもあれば、美幌町が先発で後から網走にできたものもある。ここでは網走市に本社がない主な店舗を紹介する。
- 駒場ショッピングタウン「アルサキット」とその周辺にあるもの
- 「アルサキット」以外で駒場周辺にあるもの
- 中心市街地にあるもの
- ツルハドラッグ網走北店
などがある。なお、ポスフールの網走出店計画も2007年(平成19年)9月に発表しているが、網走商工会議所などは出店に強く反対。
1979年(昭和54年)以来30年に渡り中心商店街の顔として親しまれてきたラルズプラザ網走店は、2009年(平成21年)4月23日をもって閉店した。これにより中心商店街のさらなるシャッター通り化が懸念される。
[編集] 公共機関
[編集] 警察
[編集] 郵便
- 網走郵便局(日本郵便網走支店併設)
- 浦士別郵便局(日本郵便網走支店浦士別集配センター併設)
- 卯原内郵便局
- 呼人郵便局
- 藻琴郵便局
[編集] 医療
- 主なもの
※網走市内最大の病院であり、大方の診察は受けることができる。しかし、北見赤十字病院が手がけていた膠原病・リュウマチの診察は行っておらず、治療を受けるには旭川市や釧路市などで受けなければならない。
- 網走中央病院
- こが病院
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 海外
[編集] 国内
[編集] 地域
[編集] 教育
- 大学・短期大学
- 東京農業大学オホーツクキャンパス
- 中学校
- 第一、第二、第三、第四、第五、呼人
- 小学校
- 網走、潮見、中央、西、西が丘、白鳥台、東、南、呼人
- 特殊教育学校
- 網走養護学校
[編集] 交通
[編集] 空港
[編集] 港湾
[編集] 鉄道
かつては湧網線(網走市内の駅:能取駅 - 中能取仮乗降場 - 北見平和駅 - 卯原内駅 - 二見中央仮乗降場 - 二見ヶ岡駅 - 大曲仮乗降場 - 網走駅)が通っていたが、現在は廃止されている。
[編集] バス
- 網走バス - 市内・近郊路線・女満別空港連絡バスを運行
- 網走交通バス - 大空町東藻琴へ運行
- 阿寒バス - 阿寒湖へ運行
- 網走バス・斜里バス - ウトロ温泉、女満別空港へ運行
- 網走バス・北海道北見バス・北海道中央バス - ドリーミントオホーツク号 札幌へ運行
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
- 名勝天都山
- 二ツ岩
- 能取岬
[編集] 文化財
[編集] 登録有形文化財
- 博物館網走監獄教誨堂[平成17年7月12日登録]
- 博物館網走監獄五翼放射状平屋舎房[平成17年7月12日登録]
- 博物館網走監獄二見ヶ岡農場[平成17年7月12日登録]
[編集] 史跡
- 桂ヶ岡砦跡[昭和10年12月24日指定]
- 最寄貝塚[昭和11年12月16日指定]
[編集] 名勝
- 天都山[昭和13年12月14日指定]
[編集] 網走市指定文化財
[編集] レジャー
[編集] 観光
- 流氷(1月下旬から3月上旬頃まで着岸、年によって見られる時期が異なる)
- 網走刑務所
- 博物館網走監獄
- 網走湖
- 網走湖畔温泉
- 網走市立郷土博物館
- 網走市立美術館
- 北海道立北方民族博物館
- オホーツク流氷館
- 大慈山弘道寺(北海道三十三観音霊場24番札所)
- 能取湖
- サンゴ草群落(9月頃に見頃となる)
- モヨロ貝塚
- 流氷観光砕氷船「おーろら」
- 網走国定公園
かつて二ツ岩地区にあった水族館は2002年に閉館しており、建物も取り壊されている。
[編集] 祭り
- あばしりオホーツク流氷まつり(2月)
- 網走川祭(あばしりかわったさい)(7月第1日曜日~第3土曜日)
- オロチョンの火祭り(7月第4週)
[編集] 網走を舞台とした作品
- 映画『網走番外地』
- 映画『ゴジラvsキングギドラ』
- 映画『刑務所の中』
- 映画『子ぎつねヘレン』
- 音楽『網走子守唄』(井上宗孝とシャープ・ファイブ)
[編集] マスコミ
[編集] 出身の有名人
- 芸術
- スポーツ
- 木村庄之助 (32代)(大相撲立行司)
- 緒方昇(関脇北の洋)
- ケンドー・ナガサキ(プロレスラー)
- 夏見円(ソルトレイクシティオリンピック、トリノオリンピック スキー競技代表)
- 横山忠夫(元読売ジャイアンツ投手)
- 吉野トヨ子(陸上競技選手)
[編集] 民族
- アイヌ - 先住民族
- 大和民族 - 本州などから移住
- ウィルタ - 戦後、樺太などから移住
- ニヴフ - 戦後、樺太などから移住
- 朝鮮人 - 戦前、強制労働の為に強制移住させられたとされている。
- ロシア人 - バブル期以降、ピザ無し渡航や漁業貿易の関係で多くなった。
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
[編集] 歴史書
- 佐藤久発行・佐藤 紘一編集『網走大鑑 昭和48年版』(網走新聞社、昭和47年11月05日発行)
- 網走小史編集委員会編集・ぎょうせい監修『新網走小史』(網走市総務部、昭和62年12月30日発行)
- 網走小史編集委員会編集『新網走史年表』(網走市総務部、昭和62年12月30日発行)
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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