竹中直人

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たけなか なおと
竹中 直人
生年月日 1956年3月20日(53歳)
出生地 日本神奈川県横浜市金沢区富岡
民族 日本人
血液型 A型
職業 俳優、コメディアン、映画監督、歌手
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1977年 -
配偶者 木之内みどり

竹中 直人(たけなか なおと、1956年3月20日 - )は、日本の俳優コメディアン映画監督歌手フロムファーストプロダクション所属。妻は元アイドル歌手女優木之内みどり

目次

[編集] 来歴

[編集] 経歴

神奈川県横浜市金沢区富岡出身。横浜市立富岡小学校、横浜市立金沢中学校、関東学院六浦高等学校多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科卒業。大学在学中は映像演出研究会に所属。8ミリ映画の制作に没頭し、監督から出演までこなした(ブルース・リーをモチーフにした作品が多く、代表作は「燃えよタマゴン2」)。大学在学中の1978年劇団青年座に入団。前年の1977年、『ぎんざNOW!』(TBS)の「素人コメディアン道場」で第18代チャンピオンに輝き、芸能界入り。その後、『TVジョッキー』(日本テレビ系)の素人参加コーナーへ出演しモノマネ芸でチャンピオンとなり注目される。当時の持ちネタでは「笑いながら怒る人」が有名。1979年12月に、『欽ちゃんの仮装大賞』の第一回に出場しモノマネを披露(タイトルは「松田優作ドラキュラ」)、番組初の不合格となる。

[編集] 芸能界入り後の活躍ぶり

1983年、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』のオーディションコーナー「飛び出せ!笑いのニュースター」に出場し、グランドチャンピオンとなり脚光を浴びる。同番組で司会を務め、普段は辛口な評論をする横山やすしからも絶賛された。1985年には大竹まこときたろう斉木しげる(以上三人は「シティーボーイズ」)、いとうせいこう宮沢章夫らと演劇ユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成し、人気を博す。1990年に青年座を退団後、劇作家岩松了と組んで「竹中直人の会」を開始、2002年に至るまでほぼ一年に一度のペースで公演を行う。 1991年つげ義春の漫画『無能の人』を映画化する際、奥山和由に才能を見出されて主演を務めると共に監督にも抜擢され、同作にて映画監督デビュー。1996年NHK大河ドラマ秀吉』で主演の豊臣秀吉役を務めた。同作は平均視聴率30%を超え、後にモビットのCMで竹中が秀吉役を演じたり、パチスロ機『竹中直人のパチスロ太閤記』が登場するなど、社会現象と呼べるほど反響が大きかった。テレビ朝日敵は本能寺にあり』(2007年12月放送)にて、他局ではあるが再び秀吉を演じている。1999年、遠藤周作を主人公とした遠藤夫人の回顧録が原作のTBSドラマ『夫の宿題』で遠藤周作役を好演。2006年7月、竹中直人&ワタナベイビーとして、『今夜はブギーバック』をカバー(プロデュース・スチャダラパー)。

[編集] 人物

  • 妻・木之内みどりとの間に2人(1女、1男)の子供に恵まれている。プロポーズの言葉は、「一緒に年を重ねていこう」と誠実さあふれるものだったという。血液型はA型。趣味はギター映画ビデオDVD収集など。キャラクターや声を自在に操る。俳優や監督としての注目が集まる一方、なおもコメディアンとしてオリジナルビデオ『普通の人々』やTV番組『東京イエローページ』、『竹中直人の恋のバカンス』、『デカメロン』においてシュールなコントを展開。番組終了後もCSにおける再放送やDVDソフト化が実現するなど、現在もお笑いファンからカルト的な支持を得ている。その他様々なラジオパーソナリティバラエティ番組などの司会を担当している。歌手としても高橋幸宏プロデュースのアルバム『MERCI BOKU』、『イレイザーヘッド』を発表。
  • 木之内との結婚前、美保純と交際して結婚寸前までいったが破局。
  • 2003年、47歳にして普通自動車運転免許AT限定を取得。
  • 女優の室井滋とは不仲説もあるが、二人ともネタとしてラジオや雑誌でふざけて罵りあっているだけで、実際は何度もドラマで夫婦役(夫婦漫才に近い掛け合いが特徴)などで共演している。
  • かつては漫画家やフォークシンガーを目指していて、高校・大学時代には、フォークデュオ『古井戸』のコピーバンドをやっていた。『恋のバカンス』のコント中でもギターを片手に自作の歌を披露する事も多く、その演奏・作曲能力は高い(なぜか『夾竹桃』のフレーズをよく使う)。幼少時から絵を描くのが趣味であったという。
  • 好きな音楽は忌野清志郎フィッシュマンズクラムボンホフディランSUPER BUTTER DOGなど。特にSUPER BUTTER DOGは彼らの楽曲「サヨナラCOLOR」にインスパイアされて同名の映画を制作したほどである。特に、忌野とは親交が深く、2009年5月2日に忌野が他界、同年5月9日に行われた忌野の告別式では「僕は忌野清志郎の友達なんだぜと、世界中の人たちに自慢したいです。」と、号泣しながら弔辞を読み上げた。
  • 筋金入りの加山雄三ファン。モノマネやコントに取り入れたほか、楽曲のカヴァーや本人と共演も果たしたことがある。
  • 石井隆押井守周防正行矢口史靖監督らの映画作品の常連俳優であり、自身の監督作品『東京日和』では周防正行監督を郵便配達役に配役して出演させている。また。崔洋一監督とは、若い頃から映画談義を夜を明かして語り合うほどの親友である。

[編集] 作品

[編集] 監督作品

[編集] シングル

  • ポストマンパットのうた(1994年)
  • ドクトクくん(1995年)
  • デカメロン(1997年)
  • 君に星が降る(1997年)
  • 日曜日の食事(1998年)

[編集] アルバム

  • かわったかたちのいし(1984年)
  • 24HOURS+レスラー
  • 竹中直人の君といつまでも(1995年)
  • siesta?
  • MERCI BOKU(1995年)
  • イレイザーヘッド(1996年)
  • MERCI BOKU,UNPEU BOKU〜LIVE IN JAPAN(1995年)
  • 口笛とウクレレ(2000年)

[編集] 参加作品

  • DEMENTOPS2カプコン、2005年) - シネマティクスディレクター、モーションアクター リカルド役
  • 友情のエール(2006年)
    世界中の子供達にサッカーボールを届けるというチャリティー企画「YELL FROM NIPPON」に参加。

[編集] 書籍

文芸評論家の武藤康史は竹中のエッセイを、非常に高く評価している。

  • 芸の無原理(ねじめ正一との共著、1985年6月)
  • 無能の人』のススメ(編集担当、1991年12月)
  • 少々おむづかりのご様子(1993年12月)
  • 朱に交わればしゅらしゅしゅしゅ(1994年11月)
  • 映画日和(岩松了との共著、1997年10月)
  • 月夜の蟹(2000年11月、改題『直人の素敵な小箱』)
  • おぢさんの小さな旅?(絵本、2006年3月)

[編集] 出演

[編集] テレビドラマ

[編集] テレビ番組

出演する際には、観客から「笑いながら怒る人やって!」といつも言われている。一度だけ「国分寺から来ましたムタトオルです」と言いながらムタトオル名義で出演したことがあるが、結局最後にお友達紹介のときに普通の竹中に戻った。

[編集] 映画

[編集] ビデオ作品

[編集] 舞台

  • 青年座公演「どん底」
  • 青年座公演「パラダイス・オブ・ギンザ」
  • 青年座公演「写楽考」
  • 竹中直人の会 旗揚げ公演「隣の男」
  • 竹中直人の会 第2回公演「鉢植を持つ男」
  • 竹中直人の会 第3回公演「市ヶ尾の坂〜伝説の虹の三兄弟〜」
  • 竹中直人の会 第4回公演「こわれゆく男〜中産階級の然るべき頽廃」
  • 竹中直人の会 第5回公演「月光のつヽしみ」
  • 竹中直人の会 第6回公演「テレビ・デイズ」
  • 竹中直人の会 第7回公演「水の戯れ」
  • 竹中直人の会 第8回公演「隠れる女」
  • 蜷川幸雄演出「四谷怪談」
  • 竹中直人の会 第9回公演「月光のつヽしみ」(2002年)
  • 竹中直人の会 改メ 竹中直人の匙かげん1「唐辛子なあいつはダンプカー!」(2004年)
  • 竹中直人 ハードボイルド・ソーセージ in 下北沢(2005年)
  • 竹中直人の匙かげん2「そう。」(2006年)
  • 竹中直人の匙かげん3「三人の女」(2008年)

[編集] ラジオ

[編集] 劇場版アニメ

[編集] ゲーム

[編集] CM

[編集] 映画賞

ヴェネチア国際映画祭(国際批評家連盟賞)「無能の人」
ブルーリボン賞(主演男優賞)「無能の人」
報知映画賞(新人賞)「無能の人」
日本アカデミー賞(最優秀助演男優賞)「シコふんじゃった。」
日本アカデミー賞(最優秀助演男優賞)「EAST MEETS WEST」
日本アカデミー賞(最優秀助演男優賞)「Shall we ダンス?」

[編集] 主なネタ・ものまね・キャラクター

[編集] 脚注

[編集] 外部リンク

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