白馬岳

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白馬岳
白馬岳
小蓮華山付近から見た白馬岳(2006年8月撮影)
標高 2,932.2m
位置 北緯36度45分31秒
東経137度45分31秒
所在地 長野県北安曇郡白馬村
富山県黒部市
山系 飛騨山脈後立山連峰
  

白馬岳(しろうまだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)北部の後立山連峰にある標高2,932mの長野県富山県とにまたがる。日本百名山の一つ。

目次

[編集] 概要

南に続く後立山連峰の山々とともに、南北に伸びる稜線の両側の傾斜が著しく異なる非対称山稜が発達している特徴的な山容を持つ。 山頂を含む南北700mの地帯は県境が設定されていない。 東側の谷筋には冬季の膨大な積雪と周囲の山塊からの雪崩が集積した日本最大の雪渓である白馬大雪渓がある。雪渓の上部は夏期には日本有数のお花畑が広がる。高山植物固有種や希少種も多く、高山植物群落の規模も大きいため、日本を代表する高山植物帯・特殊岩石地(蛇紋岩、石灰岩)植物群落として、1952年昭和27年)3月29日に、長野県側の国有林を中心に富山県・新潟県を含む広大な地域が特別天然記念物「白馬連山高山植物帯」に指定された。

鑓ヶ岳中腹の標高2100m地点には、日本有数の高所にある温泉である白馬鑓温泉があり、白馬大池の北麓には蓮華温泉がある。

雪渓、お花畑、岩場、山の温泉とさまざまに楽しめる要素があり、交通の便も比較的良いことから、夏季にはたくさんの登山者が訪れて混雑する。なお、山頂直下に位置する白馬山荘日本最大の収容人員を誇る山小屋である。夏期の登山者の大半は大雪渓を経由して登るため、夏休みの時期には大雪渓上は長蛇の列となることが多い。しかし、雪渓上は数年ごとに落石事故によって死傷者が出ているので、注意が必要である(最近では、2005年平成17年)8月11日に大規模な土砂崩れによって死者が出ている)。

日本人登山家による初登攀は、1898年明治31年)、河野齢蔵岡田邦松らによってなされた。

[編集] 名前の由来・読み

白馬村営頂上宿舎付近から
白馬村営頂上宿舎付近から
大雪渓
大雪渓
頂上から望む大雪渓
頂上から望む大雪渓
八方尾根から見た白馬三山(左から鑓ヶ岳・杓子岳・白馬岳)
八方尾根から見た白馬三山(左から鑓ヶ岳・杓子岳・白馬岳)
お花畑から見た白馬岳(右)と杓子岳(左手前)・鑓ヶ岳(左奥)
お花畑から見た白馬岳(右)と杓子岳(左手前)・鑓ヶ岳(左奥)
小雪渓から望む大雪渓の登山者群
小雪渓から望む大雪渓の登山者群
黒部川源流部と白馬岳(右上)
黒部川源流部と白馬岳(右上)
山名の由来となった6月頃に現れる代掻き馬の黒い岩肌
山名の由来となった6月頃に現れる代掻き馬の黒い岩肌

もともと白馬岳を中心とする山は「蓮華岳(山)」と呼ばれていた。今でも北に連なり新潟県の最高峰である小蓮華山や蓮華温泉にその名残が見られる。白馬岳の名前の由来は春になると雪解けで岩が露出し黒い「代掻き馬」の雪形が現れることから、「代掻き馬」→「代馬」→「しろうま」となったものである。

「白馬」は当て字であり「はくば」と読むのは本来は誤りだが、現在では白馬村白馬駅白馬山荘・村営白馬岳頂上宿舎等は「はくば」と読むのが正式名称とされており、この山を「はくば」と呼ぶことは、一部の登山者やスキーヤーにもいる。

地元で「白馬」を「はくば」と読むことは古くから行われていたようで、白馬山荘をはじめとする白馬連峰一帯の山小屋を経営している株式会社白馬館は、1890年明治23年)に現在の白馬駅前にあたる場所に登山者向けの旅館「山木旅館」を建設し、1916年大正5年)には「白馬館」と改名した。また、1906年(明治39年)には現在の白馬山荘の位置に山小屋「頂上小屋」を設置し、1915年(大正4年)には「白馬山頂小屋」と改名している。また、1908年(明治41年)には白馬尻小屋を設置しているが、これらは「白馬」を称した当初からすでに「はくば」と読ませていた。

[編集] 主な登山道

  • 猿倉-白馬尻-白馬岳(大雪渓ルート)
  • 猿倉-白馬鑓温泉-鑓ヶ岳
  • 栂池-白馬乗鞍岳-白馬大池
  • 蓮華温泉-白馬大池
  • 蓮華温泉-三国境-白馬岳
  • 欅平-祖母谷温泉-清水岳-白馬岳
  • 唐松岳方面-鑓ヶ岳-杓子岳-白馬岳-小蓮華岳-白馬大池
  • 白馬岳-雪倉岳-朝日岳

[編集] 交通

[編集] 周辺の山小屋

2大チェーンによる大規模な山小屋経営が行われている。

株式会社 白馬館系

村営系

その他

[編集] 近隣の山

白馬岳、杓子岳、鑓ヶ岳を併せて「白馬三山」という。

[編集] 白馬岳からの眺望

[編集] 外部リンク

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