早乙女太一

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さおとめ たいち
早乙女 太一
本名 西村 太一(にしむら たいち)
別名 流し目王子
生年月日 1991年9月24日(17歳)
出生地 福岡県太宰府市
国籍 日本
民族 日本人
血液型 B型
職業 俳優タレント
ジャンル 舞台映画
活動期間 1995年[1] -
活動内容 1995年:初舞台[1]
2003年:映画初出演
家族 葵陽之助(父)
主な作品
映画
座頭市
TAKESHIS'

早乙女 太一(さおとめ たいち、1991年9月24日 - )は、日本俳優タレント大衆演劇の劇団、劇団朱雀(げきだん すじゃく)2代目。父は座長葵陽之助本名西村 太一(にしむら たいち)。血液型B型身長173cm。

マスコミから流し目王子と呼ばれる[1]

目次

[編集] 経歴

福岡県太宰府市出身。劇団の座長と劇団員の間に生まれ、劇団員として育つ。

小学生の頃からビートたけしに役者として目をつけられ、彼が本名名義(北野武)で監督する映画作品に起用された。銀幕デビューは2003年公開の『座頭市』。芸者姉妹の妹(弟)おせいの子供時代を演じた。その後、2005年には『TAKESHIS'』で本人の芸名でもある、早乙女太一役を演じた。

2006年に公認のファンクラブが発足。女形として舞台に立つほか、各種マスメディアでも注目を集めている。

[編集] エピソード

無名時代である13歳から芸術家筒井はじめと写真作品を撮り続けた後、写真集「13-15」をワニブックスから出版、幼少より芸術に強い興味を持っていた。メジャーに成り始めた頃に着用していた花柄着物は筒井はじめ作であり、交友関係者はタレントよりもアーティストが多い。また、フジテレビ企画番組コラボネーゼでは筒井とキャストバッグをデザイン製作し販売、限定300個が一日にして売り切れた。

以前に契約していたキャスティングプロダクションに写真家活動を反対され覆面を被りカメラカメンとして活動する。写真家としての賞歴もあり多くの作品を発表、無名の子役だった早乙女太一の才能を見抜き、早乙女を13歳から撮り続けた作品を編集した写真集「13-15」がワニブックスから出版される、他にも人間国宝をテーマにした写真集や自身が世界中を撮り歩いた写真集などを出版している。

『座頭市』でおせい役を演じた橘大五郎とは異なる劇団だが、共に舞台に上がることも多い。写真家篠山紀信は、その美貌に惚れ込み、女には気をつけるよう注意したという。

2007年1月26日フジテレビで放送された『Dのゲキジョー』の反響は大きく、放映直後から当時舞台を行っていた大勝館の予約電話は鳴りっぱなしでパンク寸前だったとのことである。翌日は満員御礼札止め状態であった。また、もう一人の主役である橘大五郎の20歳の誕生日でもあり、遠方からお祝い客もあふれ、大混乱となったという。

新歌舞伎座での最年少座長を記録。

[編集] 主な出演

[編集] 映画

[編集] バラエティ番組

[編集] ドラマ

[編集] 舞台

  • MISSING BOYs~僕が僕であるために~

[編集] 作品

[編集] 写真集

  • 早乙女太一写真集(2007年、小学館)撮影:橋本雅司
  • 早乙女太一フォトブック「大舞台」(2008年2月、小池書院)撮影:尾形隆夫
  • 13⇔15(2008年7月18日、ワニブックス)撮影:cameracamen
  • 太一 16歳・千年の祈り(2008年12月5日、朝日新聞出版)撮影:アミタマリ

[編集] DVD

  • 早乙女太一 15歳(2007年10月17日、ポニーキャニオン)
  • 早乙女太一 十六歳 妖艶絵巻 北京'07冬〜赤坂'08春(2008年9月17日、ポニーキャニオン)
  • 早乙女太一 千年の祈り(2008年11月28日、ポニーキャニオン)

[編集] その他

  • 2004年 第13回東京スポーツ映画大賞
  • 2004年 エンターテイメント部門 「日本芸能大賞」受賞
  • 2005年 国立博物館 「戦国のファンタジー」 森蘭丸
  • 2008年 宮本亜門演出 トゥーランドット ミン役
  • 2008年 第25回 浅草芸能大賞 「新人賞」 受賞

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ a b c nikkansports.com (2007年8月12日). "芸能界の「流し目王子」15歳早乙女太一". 2009年1月2日 閲覧。

[編集] 外部リンク

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