建築家
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| 建築家 | |
|---|---|
製図台で製図する建築家(1893年)
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| 基本情報 | |
| 職業分野 | 専門職 |
| 業種 |
デベロッパー (開発業者) |
| 詳細情報 | |
| 技能 | 技術知識、管理技能 |
| 必須試験 | 必須経験・資格参照 |
| 就業分野 | 建築 |
| 関連職業 | 建設コンサルタント |
建築家(けんちくか)とは、自らの美学的見地・論理的分析にもとづいて建築物を設計し、実現に必要な知識や折衝能力・監督能力を有する人のことである。すなわち、計画・意匠面の考案者・著作者であるとともに、実現の上での技術的側面を統括・指揮する責任者である(参照: 建築)。
目次 |
[編集] 世界の建築家の地位
[編集] 欧米の「建築家」
欧米における建築家は、伝統的に医師・弁護士と共にプロフェッショナル(公益のために働く専門家)として扱われており、構造・設備などの技術者(エンジニア)とは区別される。
「建築家」というとき、西欧流アーキテクトを想起するが、その成立までにはさまぎまな歴史がある。古代ギリシャ・ローマではそれは建築術をはじめ土木技術、造兵技術、機械技術を含んだ「大技術者」、いうなればグラフトマン(工匠)で「大工」という意味であった。中世ヨーロッパに大聖堂を築いた工匠は存在しても、建築技術者は一般に職人と見られていた。建築家の地位が確立したのはルネサンス期以降で、建築家の名前が作品とともに伝えられるようになった。15世紀イタリアのブルネレスキが建築家の始めとされる。当時、フィレンツェ大聖堂(サンタ・マリア・デル・フィオーレ)に世界最大のドーム屋根をかけることが課題となっていたが、巨大な足場が必要になるため、建設は非常に困難と見られていた。ブルネレスキはこの課題に合理的な解決をもたらし、足場を築かずにドームを造る方法を提案して、ドームを完成させた。また、万能の天才といわれた人文主義者アルベルティは『建築論』を著し、学問的に建築学を位置づけた。これらの人物の活動によって、次第に職人とは異なり、高い教養と科学的知識を持つ建築家の職能が確立していった。イタリアなど南欧諸国においては、ルネサンス期以降、建築家は主に社会的な事業に関わる芸術家として尊敬を集めてきた。こうして、アーキテクトが芸術家的意味を帯びるのは15世紀のイタリア・ルネサンスに始まると同時に建築の形態が学問として科学的に解析検討され、芸術としての本性が追求された。建築家は技術者との職分から、学者であり芸術家・デザイナーとしての側面を持つに至る。
ところがイタリアに比べ当時は後進国であったイギリスでは環境芸術家や都市デザイナー、アーキテクト的な側面は、イギリスで中世以来発展してきたサーベイヤー(測量技師、調査師または調査官などと邦訳される)という職能の一部として機能する。そしてこのイギリス的特性の中で形成されていくのが、近代的アーキテクト像とされる。イギリス最初期にデザイン系の建築家となるイニゴー・ジョーンズや後のクリストファー・レンなど、多くの著名な建築家は、当初王室サーベイヤーとして活躍し、のちに建築家へと発展し、建築作品を残していく。たとえば、1666年当時のロンドン大火後の再建計画を国王や市に寄せた幾人か、クリストファー・レンのほか友人のジョン・エブリン、その他ピーター・ミルやリチャード・ニューコート、バレンタイン・ナイトなど、この時点では専門の建築家でも都市計画家でもなく、本職をもちながらサーベイヤーを委嘱されていた人物らである。
この一群の中から、南ヨーロッパ伝統の、芸術家的側面の建築家とは異なる、技術的な側面の強い近代主義の建築家につながるもう一方の系統が生じ、さらにギルト・職能主義の進展、近代的教育組織や職能団体を結成し、さらに国家試験を課して資格制限を目指す排他性を基調とした動向などに伴い、サーベイヤーからアーキテクトは分離独立していく。1761年には王室建設局が、これまで長らく使用してきたサーベイヤーという職名からアーキテクトという呼称に切り替えていく。こうして発生した英国内のアーキテクトは、根本的には芸術家であるからとの理由で、画家や彫刻家と同列にとどまろうとはせず、すでに多くの機会に彼らは弁護士に伍する専門家として、すなわち意匠設計に携わることだけに劣らず、建設の際施主の経済的また利害の保護に携わる高潔、聡明の士、として活動することになる。
サーベイヤーという器の中で成長してきたイギリスのアーキテクトは、その歴史をみるとおり、芸術家というより、不動産としての建築、をつくる立場から職能的倫理や資格が問われていたのであり、1838年創立の英国建築家協会(後のRIBA)の憲章に、建築家は本来、施主と施工者との中間者である、と説かれているのは、このような立場からである。近代的アーキテクト像がアーティスト的性格と、サーベイヤー的性格を統合する形で成立していったのには、このような歴史的背景がある。
[編集] 日本の「建築家」
現在の日本においては、必ずしも「建築家」の明確な定義が法律でなされてなく、たとえ国家資格である建築士の資格を取得している人でも1割以外は建築設計の経験がない。そのため、アメリカ合衆国やヨーロッパなどにみられるような建築家としての地位は存在してなく、あくまでも個人の自称に留まっているのが現実である。
日本では伝統的に設計と施工を兼ねる大工棟梁がいた。幕末・明治初期に擬洋風建築を造った大工棟梁として二代目清水喜助(清水組)らが知られる。 Architect の概念は、明治時代以降に輸入されたもので、まずは明治政府が雇用したお雇い外国人トーマス・ウォートルスやジョサイア・コンドルらが活躍した。次いで旧官立大学を中心に西欧の建築学が導入された。東京駅の設計で知られる辰野金吾は工部大学校(後の東京帝国大学工学部)1期生である。
Architecture は当初「造家」と訳され、1886年に工部大学校卒業生を中心に「造家学会」が設立された。やがて伊東忠太による提案を受け、1897年に建築学会(現・日本建築学会)と改称した。伊東は、「造家」では技術的な要素が強すぎるので、芸術的な要素を強調するため「建築」という名称を主張したものであったが、すでに明治6年に発行された英和辞書でconstlactionを「建築術なり」と称していた。学会も発足当初からやはり技術的な側面が強く、純粋な建築家のみでなく、施工側の建設会社も参加する団体となっていた。
これに対する反発として、大正時代に日本建築士会と関西建築協会(現・日本建築協会)が結成された。日本建築士会は設計と施工の分離を主張し、西欧の Architect に相当する地位を確立すべく、「建築士法」制定運動を起こした。1925年に「建築士法」案が議会に提出されたが、建築界全体の足並みがそろわず、成立を見なかった。
第二次世界大戦後の1950年、建築士法が成立し、国家資格としての「建築士」制度が誕生した。名称は戦前のものと同じだが、その内容は戦前期に提案されたものと異なり、一定規模の建築物を手がけるすべての建築従事者が対象の資格となり、「建築士 = Architect(建築家)」というわけにはならなかった。現在に至るも、日本では「建築家」として認定するための公的認定機関は存在せず、それを名乗るのに免許証や資格証等の証明は不要で、それに代わる資格認定機関も存在しないのが実状である。
実務上は、建築設計事務所のなかでも国家資格である「建築士」を擁した登録事務所でなければ、一定規模の建築を設計・監理することはできない。他方では、前述したように「建築家」というのは資格制度上のクレジットではなく、自身では資格がなくとも、スタッフに有資格者を置くことで建築士事務所を主宰し、職業として建築家と名乗る、ということも可能ではある。
このため「建築家」の明確な定義はないが、一般的には
- 建築関連の何らかの賞を受賞した人物
- 著名建築物の設計等で広く名前が知られた人物
- 日本建築家協会の会員である人物
などについて、建築家と呼ぶことが多い。一般マスメディアは資格名である「一級建築士」で権威付けすることが多いが、業界内では、「建築家」という呼称が作家性の存在、また職能性を示唆するため一般に使用されている。 『新建築』『GA JAPAN』『建築文化』などの建築関連専門雑誌メディアなどを作品発表の場とする人がいわゆる有名建築家とされることが多い。
社団法人日本建築家協会では、建築家を職業のひとつとして扱う。建築家職能原則に従って、同協会への入会資格を以下のように定めている。
- 専業で建築設計監理業務を行なう者
- 前記業務を行なう組織の主宰者または協同者
- 責任ある立場で設計監理業務を行なっている者
- 前記の立場に相当し公的資格を持つ者(建築士)
国際的な建築設計競技などでは、UIA(国際建築家連合)の会員資格を求められるものが多いが、日本ではJIA(日本建築家協会)に所属することでUIA資格保持に準拠するものとしている。
[編集] 日本と海外との比較
欧米では建築家個人の作家性や学際性の問題と、実務上の資格・責任・経験の問題とが一体となっているのに対し、日本ではいまだばらばらである。現在までJIAが中心となり、国際水準に合わせるため建築家としての統一資格制度の整備を試行してきたが難航している。
また、欧米では、建築家の社会的な自立性・中立性保持の観点から、専業の設計・監理以外で収益や給料を得る者(ゼネコンの設計部、不動産会社・広告代理店の企画設計部門、大学の研究者など)は、たとえ建築に携わっていようと「建築家」としては認めていない(但し、大学教授など、一定の職能資格を有し、学外において設計実務を兼任している場合はこの限りではない)。また「設計・監理」と「施工」とは互いにプロフェッションとして独立している(設計と施工の分離)。対して日本では、教育と実務、設計・監理と施工の分離が明確に規定されてこなかった。このため、現在、入札方式や設計料ダンピングの問題などが浮上している。
[編集] 米国
アメリカ合衆国では、建築家と認められるためにはいくつかの試験に合格し、登録料を支払う必要がある。なお、米国の建築家は資格取得までに実施前提の建築設計に携わることを含む8年間の実務経験を必要とされる。アメリカ建築家協会(American Institute of Architects、AIA)は建築家に保証・保険などのサービスとネットワークを提供する職能団体である。身分証明に AIA を付記することは、この会員建築家にのみ許される。とはいえ、 AIA メンバーでなければ建築家ではない、というわけではなく、 AIA に所属しない建築家も多い。
[編集] 英国
RIBA(王立英国建築家協会、Royal Institute of British Architects)の定めでは、「建築家」としての資格取得までに、特定の教育研修機関でのディプロマ取得と一定期間の実務経験を有することとしている。これは最短でも大学院以上の履修課程を含め6年間かかる(日本やアメリカの「学部」に相当するものを入れると8年以上)が、最短で取得できる者はまれである。ヨーロッパのディプロマ制度・実務資格も、これに準拠している。(参照:RIBAゴールドメダル)
[編集] ゼネコン設計部
日本では明治時代後半から清水組などの大手建設会社が大学出の学士を採用するようになり、自社で設計から施工までを一貫して行う体制を整えてきた。この点は西欧流に設計と施工の分離を唱える立場からは問題視され、戦前の「建築士法」制定運動の中では、施工会社が設計を行うことを禁止しようという主張も見られた。しかし、現在の日本でも大手ゼネコンの抱える設計部は建築界において大きな位置を占めており、評価の高い作品も多く生み出している。
[編集] プロフェッサー・アーキテクト
大学で建築学の教育を行ないながら、実際の設計に関わるものをいう。日本では、古くは東京大学の伊東忠太や早稲田大学の佐藤功一らの例がある。特に東大の内田祥三は営繕課長を兼ねて安田講堂を含むキャンパス計画を作成し、教え子を育てながら大学のグランドデザインを実現させていった。第二次世界大戦後も丹下健三、芦原義信、吉田五十八、吉村順三、堀口捨己、大野秀敏、坂本一成などプロフェッサー・アーキテクトの例は多い。単なる理論のみでなく実務に関わることは研究上・教育上も必要であり、学生に設計実務を示すことができるなどのメリットがあるとされる。
[編集] 建築に関する賞
建築家が生前に受賞できる最も著名な賞はプリツカー賞(The Pritzker Architecture Prize)である。その他の賞では、国際建築家連合から贈られるUIAゴールドメダル、王立英国建築家協会から贈られるRIBAゴールドメダルなどがある。日本においては日本建築学会賞が知られている。
[編集] おもな関連団体
(順不同)
- 国際建築家連合 (UIA)
- 日本建築学会
- 日本建築家協会 (JIA)
- 日本建築士事務所協会連合会
- 各都道府県、建築士事務所協会(事務所協会)
- 日本建築士連合会(士会連合)
- 各都道府県、建築士会(士会)
- 日本建築協会
- 新建築家技術者集団
- 国際建築精算協会
- 日本アーキテクチュラル・レンダラーズ協会 (JARA)[1]
- 日本建築仕上学会
[編集] 著名建築家(海外)
[編集] ルネサンスから歴史主義建築
[編集] イタリア
- フィリッポ・ブルネレスキ:フィレンツェ大聖堂ドーム、サン・ロレンツォ教会(フィレンツェ)
- ヴィンテンツォ・スカモツィー:パルマノヴァ
- ドメニコ・フォンタナ:ヴァチカン
- レオーネ・バッティスタ・アルベルティ<「建築論」を著した人文主義者>:サンタンドレア教会のファサード(フィレンツェ)
- ドナト・ブラマンテ:テンピエット(ローマ)
- ミケランジェロ・ブオナローティ:サン・ピエトロ大聖堂、カンピドリオ広場(ローマ)
- ルチアーノ・ラウラーナ:パラッツォ・ドゥカーレ(ウルビーノ)
- アンドレア・パラーディオ:ヴィッラ・ロトンダ、バシリカ(ともにヴィチェンツァ)、サン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂、イル・レデントーレ教会(ともにヴェネツィア)
- ヤーコポ・サンソヴィーノ:サン・マルコ図書館(ヴェネツィア)
- ジョルジョ・ヴァザーリ:ヴァザーリの回廊(フィレンツェ)
- フランチェスコ・デ・サンクティス:スペイン階段(ローマ)
- アルノルフォ・ディ・カンピオ:サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(フィレンツェ)
- ピエトロ・ダ・コルトーナ:サンタ・マリア・デッラ・パーチェ教会(ローマ)
- ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ:サン・ピエトロ広場、サンタンドレア・アッレ・クィリナーレ教会(ともにローマ)
- フランチェスコ・ボッロミーニ:サン・カルロ教会、サンティーヴォ・アッラ・サピエンツァ教会(ともにローマ)
- ジュゼッペ・ヤペッリ
[編集] フランス
- ジュール・アルドゥアン=マンサール:ヴェルサイユ宮殿 、アンヴァリッド(廃兵院)
- ルイ・ル・ヴォー : ヴェルサイユ、コレージュ・ド・キャトル・ナシオン
- ポール・ヴィニョン : マドレーヌ寺院
- ルドヴィコ・ヴィスコンティ:カルーゼル広場
- ヘクター・ルフュエル:カルーゼル広場の修正設計 ルーブル宮の建築家
- ガブリエル・ダヴィヴ:シャトレ広場の劇場、天文台噴水、レンヌ市庁舎高等法院
- ロオ・ド・フリュリ:自然誌博物館、エトワール広場整備
- オーギュスト・シドポール・モリノ:サント=マリ教会
- ビクトル・ルイ:ボルドー大劇場、パリ・パレロワイヤルギャルリー
- J・F・Th・シャルルグラン : エトワール凱旋門(パリ)
- ピエール・フォンテーヌ : 贖罪聖堂、パレ・ロワイヤル、オルレアン回廊
- ルイ・デュク : 最高裁判所
- アントワーヌ・ニコラ・バイー : パリ商業裁判所
- アルチュール=スタニスラス・ディエ : パリ救済病院
- レオン・ジナン : ノートルダム・デ・シャン教会、医科学校 ガリエラ美術館
- レオン・ヴォードワイエ : ラ・マジョール大聖堂
- ファルディナン・デューテール : ギャルリー・デ・マシン
- エミール・ヴォードルメール : サンテ刑務所 リセ・ビュッフォン校
- ポール=アンリ・ネノー : ソルボンヌ大学
- アンリ・ドグラーヌ : グラン・パレ
- クロード・ニコラ・ルドゥー:パリの旧市門 <磯崎新好みの新古典主義の建築家>
- シャルル・ガルニエ:オペラ座(パリ)
- シャルル・ジロー : プチ・パレ
- エマニュエル・エーレ:スタニスラス広場
- ヴィクトール・オルク
- ルイ=イボリット・ルバ:ノートルダウ・ド・ロレット教会、プチロケット監獄
- ジャック・イニャス・イトルフ:サン・ヴァンサン・ド・ポール教会
- フェリックス・デュバン:エコール・デ・ボザール校舎、ルーブル宮改築
- アンリ・ラブルースト:国立図書館、サント・ジュヌヴィエーヌ図書館
- ヴィクトール・バルタール:パリ中央市場、サンドギュータン教会
- テオドール・バリュー:サン・ジェルマンオーセロア教会、トリニテ教会
- ジュリアン・ガデ:パリ中央郵便局、サン・ジェルマン通りのアパルト
- ジャン=ルイ・パスカル:ボルドー大学医学部、国立図書館改築
- ヴィクトール・ラルー:サン・マルタン教会、トゥール駅
- ウジェーヌ・エマニュエル・ヴィオレ・ル・デュク:中世教会堂の修復(パリのサント・シャペル、ノートルダム、アミアン、ルーアンの大聖堂)
[編集] イギリス
- イニゴー・ジョーンズ:コヴェント・ガーデン
- クリストファー・レン:セント・ポール大聖堂(ロンドン)
- ロバート・アダム:アダムスタイルのカントリー・ハウス
- ジョン・ソーン:イングランド銀行(ロンドン)
- リチャード・ノーマン・ショウ:スコットランド・ヤード
- トーマス・レヴァートン : ベットフォート広場周辺連続住宅
- ジョン・ナッシュ : トラファルガー広場、リージェント・ストリート開発
- デシマス・バートン : ハイド・パーク (ロンドン)
- トーマス・ハリソン : グロウヴナー橋
- ギレズ・スコット : バターシー火力発電所
- フランシス・グリーンウェイ:シドニー兵舎、収容所
[編集] ドイツ・オーストリア
- カルル・フリードリッヒ・シンケル:ベルリン王立劇場、帝室美術館(ベルリン)
- ルードリッヒ・フォン・フェルスター:ウィーン・リンクシュトラーゼ
- ゴットフリート・ゼンパー:ドレスデン歌劇場
- ヨハン・バルダサール・ソイマン
- エリアス・ホル:マクレミリアン通り
- ヒエロニムス・ロター:ライツィヒ広場
- カールルードリッヒ・エンゲル:ヘルシンキ大聖堂・政庁舎など
- S・ソラーリ : ヘルブルン・キャッスルとガーデン
- フリードリヒ・ヴァインブレナー :カールスルーエ・カイザー通り
[編集] 近代建築以降(生年順)
- ギュスターヴ・エッフェル(1832年 - 1923年):ギャラビー鉄道高架橋、自由の女神像鉄骨構造設計(ニューヨーク)、マリア・ピラ・ブリッジ(ポルトガル)エッフェル塔監理(パリ)
- オットー・ワーグナー(1841年 - 1918年)<ウィーン分離派>
- アントニ・ガウディ(1852年 - 1926年):サグラダ・ファミリア大聖堂(バルセロナ)
- ルイ・ボニエ(1856年 - 1946年):パリ・ビュット・オ・カーユの市立プール
- ジョルジュ・シュダンヌ(1861年 - 1940年):リヴィエラ・パレス・ホテル、エリーゼ・パレル・ホテル
- ヴィクトール・オルタ(1861年 - 1947年)<アールヌーヴォーの建築家>:タッセル邸(ブリュッセル)
- エクトール・ギマール(1867年 - 1942年) <アール・ヌーヴォーの建築家>:メトロ入口、カステル・ベランジェ
- ジュール・ラヴィロット( 1864年-1924年):ラップ街のアパート セティヨ街の邸宅
- ルネ・ビネ(1866年-1911年):パリ万国博正面入り口
- シャルル・ド・モンタルナル(1867年 - 没年不詳):パリの問屋街のオフィスビル
- トニー・ガルニエ(1869年 - 1948年):リヨン工業都市セタ・ジュニ、オリンピック・スタジャニ
- アンドレ=ルイ・アルフヴィドソン( 1870年-1898年)芸術家のための集合住宅
- オーギュスト・ペレ(1874年 - 1954年) <フランス近代コンクリート建築の先駆的存在>
- アイリーン・グレイ(1878年 - 1976年) アール・デコ様式:女性建築家>
- ブルーノ・タウト(1880年 - 1938年):自邸(ベルリン)
- ポール・トゥルノン(1881年 - 1964年):エリザネートヴィル教会、ヴィルモンブル教会
- ヴァルター・グロピウス(1883年 - 1969年):バウハウス(デッサウ)、アメリカ大使館ビル(ロンドン)
- グンナール・アスプルンド(1885年 - 1940年):森の火葬場(ストックホルム)
- ミース・ファン・デル・ローエ(1886年 - 1969年):ファンズワース邸(世界遺産)、シーグラムビル、バルセロナ・パビリオン
- ミッシェル・ルー=スピッツ(1888年 - 1957年)リヨン医科学校、国立陶芸学校、国立図書館増築
- ウジェーヌ・ボードゥアン(1898年 - 1983年):レ・マンゲットの優先市街化区域、ヴェニシュー
- ル・コルビュジエ(1887年 - 1965年):ユニテ・ダビタシオン(マルセイユ)、サヴォア邸
- ジオ・ポンティ (1891年 - 1979年) :ピレリ・ビル
- ピエール・ルイージ・ネルヴィ (1891年 - 1979年) :スポーツ・パレス(ローマ)
- バックミンスター・フラー(1895年 - 1983年) <「ジオテック・ドーム」「フラーレン」の名前の由来>:モントリオール万博アメリカ館
- アルヴァ・アールト(1898年 - 1976年)
- ルイス・I・カーン(1901年 - 1974年):バングラデシュ国政センター(ダッカ)、ソーク研究所(ラホヤ)
- ジャン・プルーヴェ(1901年 - 1984年):自邸(ナンシー)
- アダルベルト・リベラ(1903年 - 1963年 :EUR会議場、マラパルテ邸
- ジュゼッペ・テラーニ(1904年 - 1943年):ヴィッラ・ビアンカ、サンテリア幼稚園、カサ・デル・ファッショ等
- フィリップ・ジョンソン(1906年 - 2005年)
- オスカー・ニーマイヤー(1907年 - ):国際連合本部ビル、ブラジリア大統領府
- エーロ・サーリネン(1910年 - 1961年):TWA空港ターミナル
- ミノル・ヤマサキ(1912年 - 1986年):世界貿易センタービル(ニューヨーク、現存せず)
- イオ・ミン・ペイ(1917年 - ):行政センター(ボストン)
- ヨーン・ウツソン(1918年 - ):シドニー・オペラハウス(シドニー)
- ロバート・ヴェンチューリ(1925年 - ) <ポストモダニズム>:母の家、大江戸温泉物語湯屋日光霧降
- フリーデンスライヒ・フンダートヴァッサー(1928年 - 2000年):フンダートヴァッサーハウス、大阪市ゴミ焼却工場
- リチャード・ロジャース (建築家):ポンピドゥー・センター、タワー3
- ノーマン・フォスター(1935年 - ):香港上海銀行・香港本店ビル(香港)
- レンゾ・ピアノ(1937年 - ):ポンピドゥー・センター、関西国際空港
- ピーター・ズントー(1943年 - ):テルメ・ヴァルス、聖ベネディクト教会
- ベルナール・チュミ(1944年 - ):ラ・ヴィレット公園(パリ)
- レム・コールハース(1944年 - ):ラ・ヴィレット公園コンペ案、新図書館(シアトル)
- ジャン・ヌーベル(1945年 - ):アラブ研究センター(パリ)、電通本社ビル(汐留)
- フィリップ・スタルク(1949年 - ):アサヒビール・スーパードライホール(吾妻橋)
- ザハ・ハディッド(1950年 - ):ヴィトラ消防局庁舎
- サンティアゴ・カラトラヴァ(1951年 - ):ターニング・トルソ
- ヘルツォーク&ド・ムーロン
[編集] 来日して活動した建築家
- ヘルマン・エンデ(1829年 - 1907年):官庁集中計画(旧司法省庁舎、最高裁判所)
- ヴィルヘルム・ベックマン(1832年 - 1902年) 同上
- ヘルマン・ムテジウス(1861年 - 1927年) 同上
- ジョヴァンニ・ヴィンチェンツォ・カッペレッティ(1843年 - 1887年):参謀本部、遊就館
- ダニエル・クロスビー・グリーン(1843年-1913年):同志社大学彰栄館・礼拝堂・有終館
- ジョサイア・コンドル(1852年 - 1920年):ニコライ堂
- リヒャルト・ゼール(1854年 - 1922年):同志社大学クラーク館
- アレクサンダー・ネルソン・ハンセル(1857年 - 1940年):旧ハッサム住宅、旧シャープ住宅、同志社大学ハリス理化学館
- フランク・ロイド・ライト(1867年 - 1959年)(前出):帝国ホテル、ヨドコウ迎賓館(旧山邑邸)落水荘、ジョンソン・ワックス本社ビル、帝国ホテル
- ゲオルグ・デ・ラランデ(1872年 - 1914年):風見鶏の館、朝鮮総督府
- ヤン・レッツェル(1880年 - 1925年):広島県物産陳列館(原爆ドーム)
- ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880年 - 1964年):神戸女学院大学、関西学院大学西宮上ケ原キャンパス
- アントニン・レーモンド(1888年 - 1976年):自邸、東京女子大学本館、群馬音楽センター
- エフ・オー・アーキテクツ:横浜港大さん橋国際客船ターミナル
[編集] 日本人の著名な建築家(生年順)
- 曽禰達蔵(1852年 - 1937年) 旧三菱銀行神戸支店、慶應義塾大学図書館
- 片山東熊(1853年 - 1917年) 奈良国立博物館(本館)、京都国立博物館(本館)、赤坂離宮
- 辰野金吾(1854年 - 1919年) 日本銀行、東京駅、奈良ホテル
- 河合浩蔵(1856年 - 1934年) 旧小寺家厩舎、海岸ビルヂング、海岸ビル
- 佐立七次郎(1856年 - 1922年) 日本水準原点標庫、旧日本郵船小樽支店(現小樽市博物館)
- 山口半六(1858年 - 1900年) 旧東京音楽学校奏楽堂、兵庫県公館、旧第四高等中学校本館
- 妻木頼黄(1859年 - 1916年) 旧横浜正金銀行本店(現・神奈川県立歴史博物館)、横浜新港埠頭倉庫
- 横河民輔(1864年 - 1945年)三越日本橋本店、初代三井本館、帝国劇場、三信ビルディング
- 下田菊太郎(1866年 - 1931年)香港上海銀行長崎支店、スタンダード石油横浜支店
- 長野宇平治(1867年 - 1937年)日本銀行、台湾総督府本庁舎
- 伊東忠太(1867年 - 1954年) 二楽荘、湯島聖堂、築地本願寺、復興記念堂
- 中条精一郎(1868年 - 1936年) 旧山形県庁舎、上杉記念館
- 野口孫市(1869年 - 1915年) 大阪府立中之島図書館
- 桜井小太郎(1870年 - 1953年) 旧呉鎮守府司令長官官舎、神戸市立博物館
- 武田五一(1872年 - 1938年) 藤井斉成会有鄰館、旧山口県庁舎、芝川邸
- 片岡安(1876年 - 1946年) 大阪市中央公会堂(実施設計)、芦屋仏教会館
- 置塩章(1881年 - 1968年) 旧国立生糸検査所、旧大阪砲兵工廠化学分析場、宮崎県庁旧庁舎、旧茨城県庁舎
- 安井武雄(1884年 - 1955年) 大阪倶楽部、日本橋野村ビル、滴翠美術館、大阪ガスビルディング
- 渡辺節(1884年 - 1967年) 綿業会館、商船三井ビルディング、旧乾邸
- 内藤多仲(1886年 - 1970年) 通天閣、名古屋テレビ塔、さっぽろテレビ塔、東京タワー
- 中村順平 (1887年 - 1977年)如水会館、馬車道駅レリーフ、東京駅RTOレリーフ、厳正寺
- 木子七郎 (1887年 - 1955年) 愛媛県庁舎、萬翠荘、関西日仏学館
- 関根要太郎(1889年 - 1959年) 秩父宮記念三峰山博物館、旧多摩聖蹟記念館
- 遠藤新(1889年 - 1951年) 甲子園ホテル、自由学園
- 村野藤吾(1891年 - 1984年) 宇部市渡辺翁記念会館、日生劇場、新歌舞伎座
- 高橋貞太郎(1892年 - 1970年) 亀井伯爵邸、日本生命館、芝パークホテル
- 古塚正治(1892年 - 1976年) 宝塚ホテル、六甲山ホテル、正司邸
- 岩元禄(1893年 - 1922年) 西陣分局
- 山田守(1894年 - 1966年) 日本武道館、京都タワー、聖橋
- 吉田五十八(1894年 - 1974年) 大和文華館、岩波茂雄別邸
- 吉田鉄郎(1894年 - 1956年) 京都中央電話局、東京中央郵便局、大阪中央郵便局
- 堀口捨己(1895年 - 1984年) 八勝館御幸の間、明治大学和泉大教室、常滑市陶芸研究所
- 今井兼次(1895年 - 1987年) 碌山美術館、桃華楽堂、演劇博物館、日本二十六聖人殉教記念施設
- 土浦亀城(1897年 - 1996年) フランク・ロイド・ライトの助手を務めた
- 田上義也(1899年 - 1991年) 旧小熊邸、網走市立郷土博物館、北海道教育文化会館
- 山口文象(1902年 - 1978年) 黒部第二発電所、林芙美子邸
- 東畑謙三(1902年 - 1998年) 筑波研究学園都市
- 坂倉準三(1904年 - 1968年) 神奈川県立近代美術館、芦屋市民センター、東京日仏学院、羽島市庁舎
- 谷口吉郎(1904年 - 1979年) 帝国劇場、東京国立博物館東洋館
- 白井晟一(1905年 - 1983年) 親和銀行、松涛美術館
- 前川國男(1905年 - 1986年) 東京文化会館、東京都美術館、熊本県立美術館本館
- 吉村順三(1908年 - 1997年) 皇居新宮殿、奈良国立博物館新館、軽井沢の山荘
- 丹下健三(1913年 - 2005年) 広島平和記念公園、香川県庁舎、国立代々木競技場、東京カテドラル聖マリア大聖堂、東京都庁舎
- 伊藤喜三郎(1914年-1998年)神戸市中央病院 、国立身体障害者リハビリテーションセンター
- 吉阪隆正(1917年 - 1981年) アテネ・フランセ、大学セミナー・ハウス
- 天野太郎(1918年 - 1990年)東京藝術大学図書館、東京藝術大学絵画棟、親子の家、新花屋敷カントリークラブ
- 清家清(1918年 - 2005年) 私の家(自邸)、豊雲記念館、森博士の家、ザ・プリンス軽井沢(旧軽井沢プリンスホテル南館)、札幌市立高等専門学校
- 芦原義信(1918年 - 2003年) 駒沢体育館、ソニービル、東京芸術劇場
- 石井修(1922年 - 2007年) 目神山の家
- 篠原一男(1925年 - 2006年) 白の家、から傘の家、東京工業大学百年記念館
- 早川正夫(1925年 - ) 彦根城博物館、黄金の茶室(MOA美術館)、八甲田ホテル、八勝館(数奇屋料亭)
- 岡田新一(1928年 - ) 最高裁判所、警視庁本部、宮崎県立美術館
- 槇文彦(1928年 - ) ヒルサイドテラス、京都国立近代美術館、幕張メッセ、風の丘葬斎場
- 林雅子(1928年 - 2001年) Oさんの住まい、自邸「私たちの家II」、ルーフテラスを持つ家
- 小林美夫(1928年 - )岩手県営体育館、秋田県立体育館、日本薬学会長井記念館、東京薬科大学八王子キャンパス、静岡県立大学
- 中原暢子(1929年 - 2008年) 木村別邸
- 上田篤(1930年 - ) 日本万国博覧会お祭り広場、京都精華大学キャンパス、奈良県高山地区交流センター
- 磯崎新(1931年 - ) 大分医師会館、北九州市立中央図書館、つくばセンタービル
- 川崎清(1932年 - ) 京都市勧業館、旧国立国際美術館
- 東孝光(1933年 - )新宿駅西口地下広場(実施設計・設計監理)、塔の家、日本万国博覧会三井グループ館、姫路工業大学書写紀念会館
- 内井昭蔵(1933年 - 2002年) 世田谷美術館、東京YMCA野辺山高原センター
- 黒川紀章(1934年 - 2007年) 中銀カプセルタワービル、国立民族学博物館
- 竹山実(1934年 - ) 一番館、SHIBUYA109、晴海客船ターミナル
- 原広司(1936年 - ) ヤマトインターナショナル東京本社ビル、梅田スカイビル、京都駅
- 宮脇檀(1936年 - 1998年) 松川ボックス、姫路市書写の里・美術工芸館、出石の建造物群
- 阿部勤(1936年 - ) 私の家(自邸)、蓼科レーネサイドスタンレー、賀川豊彦記念・松沢資料館
- 谷口吉生(1937年 - ) 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館、法隆寺国宝館、ニューヨーク近代美術館増築
- 香山壽夫(1937年 - ) 彩の国さいたま芸術劇場、東京大学弥生講堂一条ホール・附属資料館
- 山本長水(1938年- ) 高知県立美術館、稱名寺本堂
- 渡辺明(1938年- ) 蓮池濠手洗所新築工事、二期倶楽部PartⅡ
- 高宮眞介(1939年 - ) 日本大学理工学部駿河台校舎新1号館
- 伊東豊雄(1941年 - ) シルバーハット、風の塔、せんだいメディアテーク
- 安藤忠雄(1941年 - ) 住吉の長屋、六甲の集合住宅、Times'、淡路夢舞台、表参道ヒルズ
- 黒沢隆(1941年- ) 千秋薬品SYNAP館ANNEX
- 長谷川逸子(1941年 - ) 湘南台文化センター
- 六角鬼丈(1941年 - ) 東京武道館、東京藝術大学大学美術館
- 毛綱毅曠(1941年 - 2001年) 釧路市立博物館、鏡の間、釧路公立大学
- 石井和紘(1944年 - ) 数奇屋邑、清和文楽館
- 石山修武(1944年 - ) リアス・アーク美術館
- 椎名英三(1945年 - ) 光の森、IRONHOUSE
- 山本理顕(1945年 - ) 東雲キャナルコートCODAN、埼玉県立大学
- 元倉眞琴(1946年 - ) ヒルサイドテラスアネックス、 東雲キャナルコートCODAN
- 岡部憲明(1947年 - ) 関西国際空港旅客ターミナルビル、ヴァレオユニシアトランスミッション厚木
- 栗生明(1947年 - ) 植村直己冒険館、平等院鳳翔館、愛・地球博各種施設
- 高松伸(1948年 - ) キリンプラザ大阪、植田正治写真美術館
- 横河健(1948年- ) 横河電機本社、警視庁日比谷公園前派出所、都営大江戸線汐留駅駅舎
- 岸和郎(1950年 - ) 日本橋の家
- 北川原温(1951年 - ) 中村キースヘリング美術館、ビッグパレット福島
- 今村雅樹(1953年- ) ヨックモック青山カフェ 太田市沢野中央小学校
- 小川晋一(1955年- ) 平田町タウンセンター
- 古谷誠章(1955年 - ) やなせたかし記念館、早稲田大学ハイテク・リサーチセンター西棟
- 妹島和世(1956年 - ) 熊野古道なかへち美術館、金沢21世紀美術館
- 青木淳(1956年 - ) 潟博物館、青森県立美術館
- 坂茂(1957年 - ) 紙の家、ハノーバー万博2000日本館
- 小嶋一浩(1958年 - ) ビッグハート出雲、千葉市立打瀬小学校
- 中村勇大(1959年 - ) ST-1/斜めテラスの家、此花の長床
- 宮本佳明(1961年 - ) ゼンカイ・ハウス
- 松畑強(1961年 - )
- 手塚貴晴(1964年- ) 副島病院 ふじようちえん
- 西沢大良(1964年- ) 駿府教会
- 仲亀清進(1965年-) 鶴見のアトリエ・住居
- 西沢立衛(1966年 - ) ウィークエンドハウス
- 本江正茂(1966年- )
- 山中新太郎(1968年- ) シリンダーハウス
- 槻橋修(1968年- )
- 福田創(1968年- ) 界壁の家
- 新関謙一郎(1969年 - ) 鴨川の家、八街の家、WEP下北沢
- 乾久美子(1969年- ) LOUIS VUITTON OSAKA、ディオール銀座
- 仲條雪(1970年- ) ふたつの木箱
- 國武陽一郎(1970年- ) N邸
- 木内厚子(1971年- ) 久留和海岸の住宅
- 関本竜太(1971年- ) OPENFLAT
- 藤本壮介(1971年- )
- 川上堅次(1975年- ) HE-HOUSE
- 鍋島千恵(1975年- ) 輪の家
- 松崎正寿(1975年- ) B house
- 馬場兼伸(1976年- ) アシタノイエ
- 黒川泰孝(1977年- ) アシタノイエ
[編集] 主要な建築設計事務所
[編集] 海外
- スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル (SOM)
- ヘルムス・オバタ+カッサバウム(HOK)
- コーン・ペダーセン・フォックス (KPF)
- デザインパートナーズ インコーポレイッテド (DPI)
[編集] 日本
[編集] 組織系建築設計事務所
詳細は「組織系建築設計事務所」を参照
[編集] ゼネコン系設計部
[編集] 大林組
- 木村得三郎(1890年 - 1958年)歌舞伎座設計管理、大阪松竹座、弥栄劇場
- 松井清足
- 石井修 (建築家)
- 木子七郎
- 白杉嘉明三(亀三)
- 大林芳郎(1918年 - 2003年)
- 谷口廉児
- 田中多三郎
- 坂口利夫
- 大出康一
- 吉井長七
- 高宮真介
[編集] 鹿島建設
- 天野太郎(1918年 - 1990年)東京藝術大学図書館、東京藝術大学絵画棟、親子の家、新花屋敷カントリークラブ
- 横濱勉
- 土岐達人
- 鹿島昭一
- 神谷竜
- 樋口清
- 増沢洵
- 押野見邦英
- 吉原正
- 柳英男
- 佐藤正巳
- 中島隆
- 織本直
- 岡田新一(1928年 - ) 最高裁判所
- 佐野幸夫
- 芦原信孝
- 木村俊介
- 宗本順三
- 末松政孝
[編集] 清水建設
- 中村達太郎(嘱託)
- 坂本復経
- 佐藤功一(1878年 - 1941年) 日比谷公会堂、早稲田大学大隈記念講堂
- 佐野利器(1880年 - 1956年)丸善構造設計、国技館構造設計
- 岡田信一郎(1883年 - 1932年) 歌舞伎座、明治生命館、鳩山会館、黒田記念館
- 波江悌夫(1885年 - 1965年) 大阪城天守閣
- 近藤芳美(1913年 - 2006年)
- 秋元和雄
- 清水釘吉
- 柴田拓二
- 小笹徳蔵
- 渡辺譲(1855年 - 1930年)
- 田辺淳吉
- 田中実
- 海野浩太郎
- 八木憲一
- 大田利彦
- 桜井博
- 小林隆徳
- 矢田茂
- 西村好時(1886年 - 1961年)- 第一銀行横浜支店、台湾銀行本店、満州中央銀行総行、
- 堀越三郎
- 横山虎雄
- 松田軍平
- 村松基安
[編集] 大成建設
- 武豊英一(1887年 - 1949年)東京中央郵便局基本設計
- 新家孝正
- 岩下秀男
- 加倉井昭夫
- 茶谷正洋
- 清水一
- 吉家光夫
- 大熊喜英
- 桜井省吾
- 本間嘉平
- 高原弘造
- 鳥居菊助
- 船越徹哉
- 田中豊輔
- 中浜西次郎
[編集] 戸田建設
- 戸田利兵衛
- 戸田順之助
- 久野節(1882年 - 1962年) 南海ビル、蒲郡ホテル、佐倉高等学校記念館
- 隈研吾(1954年 - ) 登米町伝統芸能伝承館、馬頭町広重美術館、長崎県美術館、朝日放送新社屋
- 成瀬嘉一
[編集] 竹中工務店
- 竹中藤右衛門
- 石本喜久治(1894年 - 1963年)東京朝日新聞社、広島市民球場
- 柳澤孝彦(1935年 - ) 東京都現代美術館、新国立劇場
- 出江寛(1931年 - ) かわらミュージアム、桃山学院大学、東京竹葉亭
- 菊竹清訓(1928年 - ) スカイハウス(自邸)、ホテル・ソフィテル東京、江戸東京博物館
- 北川原温(1951年 - )
- 岩本博行 国立劇場
- 藤井彌太郎
- 松下甚三郎
- 小林三造
- 小林利助
- 伴野三千良
- 小川正
- 竹中錬一(1911年 - 1996年)
- 藤井厚二
- 鷲尾九郎
- 石川純一郎
- 北村隆夫
- 村松映一
- 小沢行二
- 徳岡昌克
- 高橋志保彦
- 長島孝一
- 鈴木了二
- 有馬裕之
- 早川邦彦
- 狩野忠正
- 永田裕三
- 藤井厚二
- 早良俊夫
- 島本四郎
- 青柳貞世
- 岡野寛次
- 北村隆夫
- 赤坂喜顕
- 葭内博史
- 難波新平
[編集] 建築家を養成する(養成した)著名な学校
- ソ連高等芸術学校ウブテマス(VHUTEMAS)
- クーパー・ユニオン
- SCI-Arc 南カリフォルニア建築大学
- ハーバード大学建築・デザイン大学院
- イエール大学
- ペンシルベニア大学
- カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA) 芸術建築学部
- カリフォルニア大学バークレー校 環境デザイン学部
- コロンビア大学大学院建築計画学部
- MITマサチューセッツ工科大学建築・計画学部
- アーマー工科大学・IITイリノイ工科大学建築・計画学部
- カーネギー大学建築学部
- ニューヨーク州立大学バッファロー校建築・計画学部
- ニューメキシコ大学建築計画学部
- ワシントン大学建築・都市計画学部
- コロラド大学デンバー校建築・計画学部
- クレムソン大学建築学部 - アメリカ
- ニューヨーク州立アルフレッド工科大学建築学科
- ベルラーヘ・インスティチュート - ロッテルダム
- ウルム造形大学
- ヴァイマール建築大学
- シュツットガルト大学建築都市計画学部
- IaaC - バルセロナ
- バートレット大学 - ロンドン
- バウハウス(Bauhaus) - ヴァイマル(Weimar)、デッサウ(Dessau)、ベルリン
- パリ芸術学校(ボザール、Ecole des Beaux Arts) --パリ Prarie
- コンフラン建築大学 - パリ Prarie
- ベルヴィル建築大学 - パリ Prarie
- ヴェルサイユ国立建築大学
- ラヴィレット建築大学
- 国立パリ建築大学ラヴィレット校
- 国立マルセイユルミュニ建築大学
- 国立ストラスブール建築学校
- 国立工科大学建築学部 - リマ
- 国立整備計画学院 - リマ
- タマサート大学建築計画学部 - タイ
- バングラデシュ工科大学(BUET)建築・都市計画学部
- プノンペン王立芸術大学建築・都市計画学部
- ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ建築・計画学部
- グラスコー大学美術学部・グラスコー美術学校
- AA School - ロンドン
- ウィーン工科大学建築学部建築学科
- グルノーブル建築大学 - フランス
- シドニー大学建築・計画学部 - オーストラリア
- メルボルン大学建築・計画学部 - オーストラリア
- メルボルン工科大学
- ミュンヘン工科大学
- ベルリン工科大学建築学部
- ヘルシンキ工科大学
- アテネ工科大学建築学部
- WUTワルシャワ工科大学建築学部
- 慶熙大学校 建築専門大学院 - 韓国
- マレーシア科学大学住居・建築・計画学部
- バレンシア工科大学建築学院
- トロンヘイム大学 - オスロ
- サンリュック大学建築学部
- リスボン工科大学建築学部
- ジュネーヴ大学建築学部
- フィレンツェ大学建築学部
- ローマ大学建築学部
- ミラノ工科大学建築学部
- リュブリアーナ大学建築学部
- ダマスカス大学建築学部
- クランブルック美術学院
- デンマーク王立美術アカデミー建築スクール
- ポルト大学建築学部
- 香港大学建築学部
- 浙江大学建築工程学院 - 中国
- デルフト工科大学建築学部
- グラスゴー芸術大学/グラスゴー大学マッキントッシ・スクール・オブ・アーキテクチュア
- レーピン絵画彫刻建築大学
- モスクワ建築大学
- トロント大学
- マニトバ大学建築学部 - カナダ
[編集] 関連項目
- 建築設計事務所
- 構造家 - 構造エンジニア (Structural engineer)
- 造園家 - ランドスケープ - 景観設計(Landscape architecture)
- 都市計画 (Urban planning)- 都市計画家 (Urban planner)
- 土木工学 (Civil engineering)- 技術士
- 建設コンサルタント
- 建築物
- 1960年代の建築 - 1970年代の建築 - 1980年代の建築 - 1990年代の建築 - 2000年代の建築
- 建築学
- 建築史 - 日本建築史 - 日本近代建築史
[編集] 外部リンク
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