岡本夏生

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おかもと なつき
岡本 夏生
プロフィール
生年月日 1965年9月12日
現年齢 58歳
出身地 日本の旗 日本静岡県
公称サイズ(2010年[1][2]時点)
身長 / 体重 165.4 cm / kg
スリーサイズ 82 - 68 - 84 cm
カップサイズ E65
活動
デビュー 1986年
ジャンル タレント
他の活動 女優
モデル: テンプレート - カテゴリ

岡本 夏生(おかもと なつき、1965年9月12日 - )は、日本タレントレースクイーングラビアアイドルである。

現在は芸能事務所には所属せず、フリーランスとして活動している[3]

略歴[編集]

静岡県出身。東京都在住。

6人兄弟(男3人女3人)の5番目で、3女。高校卒業後、静岡県のモデルクラブに所属し、ローカルモデルとして「村上千夏」の芸名でデビュー[4]。地元のテレビ静岡1986年4月からスタートした情報生番組(深夜番組)『情報交差点DO!』に1年間レギュラー出演。このときに芸名を「早川ゆうき」とした[4]

同番組を降板して1987年5月に上京し[4]、所属事務所を変更。『11PM』で全国デビュー[5]。芸名も現在の「岡本夏生」とした。

1989年オートバイ全日本選手権青木宣篤を擁して参戦する『日清カップヌードルホンダレーシングチーム』のレースクイーンとなり、『森田一義アワー 笑っていいとも!』への出演を機に本格的にタレント活動を始め[5]、「ハイレグ女王」として広く知られるようになった[6][7]

1990年代になると、飯島愛杉本彩と並ぶセクシー系バラエティタレントとして広く活動するようになり、女優としてのドラマ出演なども行った。

1991年女囚さそりシリーズ東映Vシネマ作品『女囚さそり 殺人予告』に主演して好評を博し、続いて自身の映画初主演となる同作の劇場版の製作も予定されていたが本人の途中降板により製作中止となる[7]。降板の原因は体調不良による休養とも[8]、ヌードになるならないで揉めたとも伝えられた[6]。これを機に芸能活動を一時休止することになり、その間、ノイローゼ説や体重激減が報じられ、所属事務所を移籍 [9][10][11]

その後、テレビのバラエティー番組、『たけし・逸見の平成教育委員会』のレギュラーとなり、天然ボケを交えた珍回答をしばしば披露。色気を売り物とするセクシータレントから、なんでもありのくだけたキャラクターのバラエティータレントに転身した[12]

1995年6月には、ホテルで警官が出動する騒ぎを起こして話題となる[13][14][15]。その後、立て続けに返品[16]や化粧品店でのトラブルが報じられ[17][18]、岡本夏生芸能界抹殺計画なるものがあると記事にもなった[18][19]。同年にはスタッフの離反も報じられる[20]

1996年に舞台出演を優先したことから1992年より出演していた『新婚さんいらっしゃい!』を3月末で降ろされ、同時にフジテレビで放送の『たけし・逸見の平成教育委員会』『志村けんのだいじょうぶだぁ』のレギュラーも失い、1996年4月にはレギュラー番組が全てなくなった[5]。仕事のオファーが減少し、当時のことを後に「慢心しちゃったのね」と振り返っている[21]

2000年代にはテレビ出演は稀となるが、ゴルフのプロアマ大会には頻繁に登場していた。2005年4月には深夜テレビ番組『夜美女』にレギュラー出演。それに先立つ同年2月には、『くりぃむナントカ』で、スケートリンク内にいるお母さん役で出演していた[22]。その後は下記の2010年まで仕事がほとんどなくなっていた。その間は地元の静岡朝日テレビで『とびっきり!しずおか』にレギュラー出演するなどしていた。

2009年9月、テレビ番組での『あの人は今!?』をモチーフにした企画にゲスト出演、レースクイーン時代に着用していた『日清カップヌードル レーシングチーム』の衣装であったハイレグ水着姿での登場を試みたが、ほかの出演者たちによってマントで体を隠された[23]

ぞろ目時刻である2010年2月2日午前2時22分22秒、初めてとなるブログを開設。40歳代でありながらアメーバブログのグラビアアイドル部門でアクセス数が1位となったことがきっかけとなり再ブレイクし[21]、同年より芸能活動を本格再開した[24]。同時にグラビアアイドルとしての活動も再開したことから、「日本最高齢・40代のグラビアアイドル」と称するようになった[25]。トークショーなどのオファーも多い。挨拶はたいがい「こにゃにゃちわ〜お久しブリーフ、岡本夏生です」である[26]。「びっくりマンボーよ」など、語尾に「マンボー」をつけて話すことも多い。「失礼ぶっこきマンボ」は潜伏期間中に考えたフレーズであると述べている。

2011年東日本大震災発生後、自分にできる事は無いかと考え被災地でのボランティア活動を行うことが多くなり、6月7日付けのブログでは芸能活動休止とも解釈できるような書き込みをする[27]。しかし6月12日の書き込みではそれを否定している[28]

2013年8月1日には自身が魅力にとりつかれていた富士山への登頂に成功。この模様は、同年8月20日・27日放送分の『5時に夢中!』にて放送された。

2016年3月、2011年10月から出演していた東京のローカルテレビ局・TOKYO MXの生番組『5時に夢中!』の火曜レギュラーを降板[29]

2017年5月、AbemaTVで放送された『くりぃむナントカ』の特番で約1年ぶりにテレビに復帰。

人物[編集]

公称プロフィール問題[編集]

岡本に関して発表されているプロフィールの内容には、これまでしばしば疑義が呈されており、その内容には「自称」と付記されることも多い。

年齢詐称[編集]

当初は1967年生まれと実年齢より若くサバ読みしており、1991年2月に実は23歳ではなく25歳ではないかと報じられ[30]、後に1965年生まれとプロフィールが改められた。

1995年には『週刊女性』で35歳という噂があると報じられた[31]。その2年後の1997年節分2月3日に放送されたテレビのトーク番組『ライオンのごきげんよう』で、年齢と同じ数を食べるとされる節分の豆を37個も食べ、実は37歳だったと明かした[32]。これについては本人が2010年になって、「笑いを取るために、とっさに豆を沢山食べて驚かせようと思った」としている[33]

年齢詐称疑惑は2000年頃にも再燃したが、岡本本人は疑惑の真相について半ば肯定ともとれるスタンスを取り続け、暗黙の了解として程なく沈静化した。

2010年代には生年月日を証明するため身分証明書を公開しており、『情報ライブ ミヤネ屋』2010年12月17日放送内で「昭和40年9月12日」と記載された運転免許証を実際に公開した。岡本は「なんなら戸籍謄本取りに行ってください」とまで言っており、「保険証を見せても実際の年齢を信じてもらえない」などと、自身でも年齢詐称疑惑をネタにしている。

スリーサイズ[編集]

2010年9月、下着メーカーのキャンペーンイベント出演に際して岡本のスリーサイズを計測したところ、B82、W68、H84であり、それまでの公称「B87/W59/H87」との違いが明らかとなった[1]。また、自身がCカップで70だと思っていたバストサイズは、Eカップ65であった[2]

これまで公表されているプロフィールのデータは所属事務所がいつの間にか書き換えたもので、それを知った時には自分が一番驚いたという[34]。特にスリーサイズについては岡本自身が、苦笑しながら「私、あんなにスタイル良くありませんよ」と言った程である。

交友関係[編集]

1990年(平成2年)に『日清カップヌードル レーシングチーム』のレースクイーンを務めた際の同僚であり、後に歌手として人気となった坂井泉水ZARD)とは親交があった。坂井は2007年(平成19年)に急死。

芸能事務所・タイタン社長・太田光代と政治家の蓮舫がタレント時代に、岡本と一緒に「漂流GALS」というユニットを組んで活動していたことがある[35]。その後、光代の家に遊びに行き、そこで爆笑問題と出会った。その後、コンビはブレイクし、以来疎遠になってしまった[36]

この他、同世代で自身と同じ時期に芸能界入りして活躍した杉本彩や、『5時に夢中!』で共演している北斗晶とも親しい。

芸名[編集]

「岡本夏生」という芸名の由来は、苗字は、地元・静岡の「岡」と、当時活躍していたプロゴルファー岡本綾子から。名前は、当時働いていた銀座のクラブで一緒に働いていたモデル仲間の源氏名が「なつき」で、その響きを気に入っていたことから拝借した[37]

「早川ゆうき」から「岡本夏生」に改名した理由は、当時所属していた事務所の先輩に工藤夕貴がおり、事務所スタッフから「紛らわしい」と言われたため、事務所から「宣伝用パンフレットを印刷しないといけないから、2時間以内に決めろ!」と言われ、改名した[37]

エピソード[編集]

出演[編集]

バラエティ・情報[編集]

ドラマ[編集]

CM[編集]

映画[編集]

PV[編集]

インターネット[編集]

  • 夏生に夢中!(2011年8月2日 -、アメーバスタジオ)
  • 岡本夏生記者会見・東京オートサロン2012 with NAPAC(2012年2月26日 -、WWSチャンネル[41]
  • 情熱報道ライブ「ニューズ・オプエド®」(2016年12月9日 -、NOBORDER NEWS TOKYO)

パチンコ[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  • するNO?しないNO? / いけないボサノバ(1990年12月16日、CRDP-8)
  • GOLD / 怨み節(1991年5月1日、CRDP-13)
  • 絹の靴下 / オアシスでお眠り(1991年11月21日、CRDP-27、「絹の靴下」は夏木マリのカバー曲)
  • 好きだから / 愛は季節のなかで(1992年7月1日、TODT-2874、新婚さんいらっしゃい!テーマソング/桂三枝(現・六代桂文枝)とのデュエット)

アルバム[編集]

  • 抱きしめて(1990年7月21日、CRCP-20006)
  1. 抱きしめてDestiny
  2. いけないボサノバ
  3. 悪魔のささやき
  4. 夏が帰る頃
  5. TYO from N.Y.
  6. 悪魔のささやき
  7. 青い地平線 -Blue Horizon-
  8. もっとHeart beat
  9. 黄昏のプリーズ
  • 絹の靴下/ベストセレクション(1991年11月21日、CRCP-20028)
  1. 絹の靴下
  2. Water Flower
  3. 抱きしめてDestiny
  4. Savage Night
  5. 怨み節
  6. するNO? しないNO?
  7. オアシスでお眠り
  8. GOLD
  • トークマンス『虚々実々物語』(1994年11月21日、COCC-12072)

音楽映像ソフト[編集]

  • するNO? しないNO?―悩殺BODYを抱きしめて―(1990年2月21日、日本クラウン)VHS、LD 29分
  • GOLD〜クレオパトラのように〜(1991年8月21日、日本クラウン)VHS、LD 30分
  • DANCING SEXY NIGHT~裸のクレオパトラ(1991年、VHS:大陸書房 LD:日本クラウン)VHS、LD ライブビデオ

作品[編集]

写真集[編集]

ビデオ[編集]

  • TROPICAL WIND (1989年7月20日大陸書房)VHS 30分  ISBN 4-8033-2129-9
  • サンビーム (1990年5月6日、大陸書房)VHS 30分  ISBN 4-8033-2713-0
  • FEEL(1992年11月20日、ポニーキャニオン)VHS 30分
  • TOUCH(1992年11月20日、ポニーキャニオン)VHS 30分
  • FEEL&TOUCH(1992年11月20日、ポニーキャニオン)LD 60分

DVD[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b “岡本夏生 : ピッタリ下着で“おっぱい美魔女”に進化 サイズ“詐称”も訂正 ワコールイベント”. まんたんウェブ. (2010年9月8日). オリジナルの2012年7月9日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/20120709215322/http://mantan-web.jp/2010/09/08/20100908dog00m200023000c.html 2011年2月9日閲覧。 
  2. ^ a b 岡本夏生、仰天告白!「スリーサイズ全部ウソ」”. 2010年9月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年9月9日閲覧。 - スポーツニッポン(2010年9月9日)
  3. ^ ③一匹狼(笑) - 岡本夏生 GREE公式ブログ(2010年8月20日)
  4. ^ a b c OGな人々 Vol.52 岡本夏生 最年長グラビアアイドルの源流は、ノンノモデルに遡る。 OCN TODAY
  5. ^ a b c OGな人々 Vol.52 岡本夏生 芸能界バブル崩壊の後に残った恐怖のゴミ億ション。 OCN TODAY
  6. ^ a b 「岡本夏生の『脱ぐ』『脱がない』事件 突然、主役を"降板"したハイレグ女王」『FOCUS』1991年10月4日号
  7. ^ a b 「『女版・加勢大周』!?ハイレグ女王・岡本夏生の映画降板劇」『週刊ポスト』1991年10月4日号
  8. ^ 「岡本夏生が謎のダウン!初主演映画が無期延期に」『週刊明星』1991年10月3日号
  9. ^ 「コレが見納めハイレグ!?5キロもゲッソリ、ハイレグ女王・岡本夏生が突如休養のワケ」『週刊宝石』1991年10月10日号
  10. ^ 「『私は引退もしないしノイローゼでもない』告白!岡本夏生が沈黙を破って語った『胸の内』」『FRIDAY』1991年10月18日号
  11. ^ 「岡本夏生『今後も脱ぎます魅せます』移籍とダイエットの"ミステリー"」『週刊現代』 1991年11月2日号
  12. ^ 井戸一平「イメチェンの掟」『別冊宝島 芸能人という生き方』宝島社、1998年、p.82
  13. ^ 「警官も出動した大騒動 岡本夏生が独占激白!『年下男とホテル事件』」『FRIDAY』1995年6月23日号
  14. ^ 「『男と密会』が宿泊代値切って発覚 岡本夏生ホテル大暴れの『真相』」『週刊現代』1995年6月24日号
  15. ^ 「一流ホテルで年下男とH大トラブル!スイート料金66000円めぐって」『週刊女性』1995年6月20日号
  16. ^ 「岡本夏生一度使った下着を返す、仰天"返品癖"に『撮影フィルムよこせ』のゴーマン」『女性セブン』1995年10月26日号
  17. ^ 「岡本夏生またまた発覚!化粧品店で"粗悪品"をめぐって大騒動」『週刊女性』1995年11月14日号
  18. ^ a b 「岡本夏生 化粧品の『おまけ』めぐり店員に怒声 芸能界に涌き上がる『TV界抹殺計画』!」『アサヒ芸能』1995年11月23日号
  19. ^ 「本誌記者が決死の突撃取材 岡本夏生『芸能界ポア計画』に大反論」『週刊文春』1995年10月30日号
  20. ^ 「岡本夏生 前代未聞スタッフ集団脱走 『ワガママ』が原因?」『週刊女性』1995年11月28日号
  21. ^ a b 「岡本夏生 ワタシ、10年間の潜伏期間を経て、奇跡的にゾンビのように蘇ったのよ」『日刊ゲンダイ』2010年9月28日号
  22. ^ くりぃむナントカ 2005年2月6日放送[出典無効]
  23. ^ 「DONDONリクエストあの人に逢いたい」 おもいッきりDON! 2009年9月18日放送[出典無効]
  24. ^ 「岡本夏生『正常位は体型が崩れる』発言に隠された"オンナの本音"」『週刊ポスト』2010年10月29日号、p.134
  25. ^ 日本最年長グラドル”の岡本夏生「ふと気がついたら芸能界から消えていた」 週プレNEWS 2011年1月8日
  26. ^ OGな人びとVol.52 - OCN TODAY
  27. ^ 阿佐ヶ谷のイベントと今後の芸能活動について…皆さんにご報告です - 岡本夏生 オフィシャルブログ 「人生ガチンコすぎるわよ!」(2011年6月7日)
  28. ^ おいおい、オイラをムリヤリ引退させるなっちーゅうの(爆) - 岡本夏生 オフィシャルブログ 「人生ガチンコすぎるわよ!」(2011年6月12日)
  29. ^ 岡本夏生、『5時に夢中』降板の全真相 日刊サイゾー 2016年3月31日
  30. ^ 「公称年齢に疑いが? ホントは25才(?)の噂でもちきり」『女性自身』1991年3月5日号
  31. ^ 「岡本夏生 実は35歳・結婚歴ありの噂」『週刊女性』1995年10月10日号、pp.26-27
  32. ^ ナンシー関『聞く猿』朝日新聞社、1997年、pp.201-202
  33. ^ 年齢詐称疑惑について(爆) - 岡本夏生 GREE公式ブログ(2010年8月31日)
  34. ^ 岡本発言 「ライオンのごきげんよう」[いつ?]
  35. ^ 【エンタがビタミン♪】蓮舫大臣の思い出したくない過去? 岡本夏生らと、ハイレグ・ユニットを組んでいた。 - Techinsight(2011年6月14日)
  36. ^ 爆!爆!爆笑問題さんありがとうにゃんパラリン - 岡本夏生 オフィシャルブログ 「人生ガチンコすぎるわよ!」(2010年9月10日)
  37. ^ a b 有名人39人「芸名の秘密」全部バラす(2)”. exciteニュース (2012年6月20日). 2019年3月24日閲覧。
  38. ^ 雑誌インタビュー[要追加記述]
  39. ^ 【芸能】「あの人は今こうしている」岡本夏生さん…ワタシ、10年間の潜伏期間を経て、奇跡的にゾンビのように蘇ったのよ”. 2011年7月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月17日閲覧。 - 日刊ゲンダイ(2010年9月28日)
  40. ^ 祝!5時に夢中!から2012年日本を代表する24時間テレビのランナー北斗晶さん誕生〜の巻 - 岡本夏生 オフィシャルブログ 「人生ガチンコすぎるわよ!」(2012年6月7日)
  41. ^ 岡本夏生記者会見2012年2月26日、WWSチャンネル

外部リンク[編集]