宮城球場

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宮城球場
(日本製紙クリネックススタジアム宮城)
Kleenex Stadium Miyagi
宮城球場
施設データ
所在地 宮城県仙台市宮城野区宮城野二丁目
11番6号
座標 北緯38度15分22.34秒
東経140度54分9秒
座標: 北緯38度15分22.34秒 東経140度54分9秒
開場 1950年昭和25年)5月5日
(球場完成前に開場。完成日は
同年5月27日)
所有者 宮城県
管理・運用者 楽天野球団(都市公園法に基づく管理許可制度による)
グラウンド 内外野 - ロングパイル人工芝
ダグアウト ホーム - 三塁側
ビジター - 一塁側
照明 照明塔6基・合計444灯
最大照度
 投捕間:2500Lx
 内野:2000Lx
 外野:1500Lx
設計者 鹿島建設(2004年12月からの改修)
建設者 鹿島建設(2004年12月からの改修)
旧称
  • 県営宮城球場(開場 - 1990年代)
  • 宮城球場(1990年代 - 2005年3月19日、2007年10月5日 - 同年12月31日)
  • フルキャストスタジアム宮城(2005年3月20日 - 2007年10月4日)
  • 日本製紙クリネックススタジアム宮城(2008年1月1日 - 同年2月14日)
  • クリネックススタジアム宮城(2008年2月15日 - 2010年)
使用チーム • 開催試合
ロッテオリオンズ(1973年 - 1977年 専用球場扱いとなるのは1974年から)、
東北楽天ゴールデンイーグルス(2005年 - 現在)
収容能力
23,026人(2010年度)
※各年度の収容能力は施設概要球場改修工事を参照
グラウンドデータ
球場規模 グラウンド面積 - 12,800m²
両翼 - 101.5 m(約333.0 ft)
中堅 - 122 m(約400.3 ft)
左右中間 - 117m(約383.9ft) バックストップ - 60 ft(約18.3 m)
フェンス 2.8 m (約9.2 ft)~4.1 m (約13.5 ft)

宮城球場(みやぎきゅうじょう)は、宮城県仙台市宮城野区にある野球場で、宮城野原公園総合運動場内にある。プロ野球パシフィック・リーグ東北楽天ゴールデンイーグルス専用球場

2008年平成20年)より日本製紙命名権(ネーミングライツ)を所有しており、呼称を日本製紙クリネックススタジアム宮城(ただし、2008年2月15日2010年12月31日は社名を外し、クリネックススタジアム宮城)としている。略称はKスタ宮城。なお、命名権に関する詳細は後述する。

目次

[編集] 概要

宮城県立都市公園条例で定められた正式名称は宮城野原公園宮城球場(みやぎのはらこうえん みやぎきゅうじょう)だが、一般的には公園名を省いて単に「宮城球場」と呼ばれている。施設は宮城県が所有し、楽天の運営法人・楽天野球団が都市公園法に基づく管理許可制度により運営管理を行っている。

なお、一部報道など[1][2]で「県営宮城球場」と表記されることがあるが、これは旧称に基づくものである[3]。1990年代に施設管理権が宮城県教育委員会から県教委の外郭団体である宮城県スポーツ振興財団へ移管した際、県の直接管理ではなくなったことから前述の「宮城球場」に改称しており、「県営」は冠さない。また2004年までは報道などにおいて、球場名に都市名を冠した仙台宮城球場という通称が使用されていた。

[編集] 歴史

大日本帝国陸軍練兵場跡地に1950年昭和25年)5月開業。同月27日の竣工を前にこけら落としとして同月5日、パシフィック・リーグ公式戦・毎日オリオンズ南海ホークス、毎日オリオンズ対大映スターズの変則ダブルヘッダーが組まれた。前売券約3万枚が前日までに売り切れ、混乱が予想されていたが、当日は未明から観衆が続々と詰め掛け、朝には球場外に約2万人が集まった。このため主催者は開場予定を繰り上げ、午前8時から子供を優先的に入場させ始めた。ところが8時20分頃、入場の列を離れた子供がフェンスをよじ登ってスタンドに入ったのを見て、大人たちも殺到。一斉に約500人が殺到してよじ登ろうとしたため、フェンスが約50mに亘って倒壊。群衆は折り重なるように将棋倒しとなり、3名が死亡、26名が重軽傷を負う大惨事となった。

1973年昭和48年)5月22日河北新報社を中心とする宮城県内の有力企業・団体が参画して発足した東北野球企業の資金援助により、プロ野球公式戦のナイター開催に対応する照度を確保可能な鉄塔6基の照明設備と一部電光式のスコアボードが完成[4]。これは東北地方では初の設備だった[4]。折りしもロッテオリオンズが本拠地として使用していた東京スタジアム1972年昭和47年)シーズン終了を以って閉鎖されたため、ロッテは1977年昭和52年)まで宮城球場を暫定的に本拠地として使用した(1973年のみ準本拠地)。詳細はジプシー・ロッテを参照。その期間中の1974年昭和49年)には日本シリーズこそ開催できなかったが、プレーオフ阪急戦第3試合を開催。その試合で3連勝を達成して地元でリーグ優勝の胴上げを果たした(1974年のパシフィック・リーグプレーオフ参照)。

1973年昭和48年)10月10日、ロッテ対太平洋クラブライオンズ戦のダブルヘッダーの第一試合で、ロッテの八木沢荘六投手が完全試合を達成している。また1978年8月31日、ロッテ対阪急戦で、阪急の今井雄太郎投手が完全試合を達成している。

1978年昭和53年)、大洋ホエールズが本拠地を新設の横浜スタジアムに移転したのに伴い、ロッテはそれまで大洋が本拠地として使用していた川崎球場に本拠地を移転した。だがロッテはその後も年間10試合前後の主催公式戦を宮城球場で開催してきた。ロッテが千葉マリンスタジアムに移転した1992年平成4年)以降は仙台での開催は年1~2回・2~5試合と減少したものの、ロッテ主催の公式戦は2004年平成16年)まで継続して開催された。この他横浜ベイスターズが毎年1試合を開催したり、読売ジャイアンツが隔年開催の東北シリーズで使用するなど、セ・パ公式戦が数多く開催されてきた。また1992年平成4年)には地方球場として初めてオールスターの第3戦が開催された[5]。しかし、選手名が手書きのままの電光掲示板、座席の劣化など施設の老朽化が著しかったため、その後のプロ野球公式戦の開催数は大幅に減少した。また、雨の多い時期に公式戦が開催されるうえ、グラウンドに水が溜まりやすいこともあって、雨天中止が多かった。夏の高校野球大会の予選でも雨天中止が続出したため、予定が大幅にずれ込むこともあった。このような状況を打開すべく、宮城県内では改修や移転新築などがたびたび議論に上がり、1999年には、約12万人分の署名と全面改修の嘆願書が県に提出された。しかし、県の財政難や都市公園法など法律上の問題がネックとなり、具体的な改善策を打ち出すに至らなかった。

転機となったのは2004年平成16年)である。オリックス・ブルーウェーブ大阪近鉄バファローズの合併に伴い、日本野球機構選手会側の要望により1チームの新規参入を認めることになり、ライブドア楽天がNPBに加盟を申請、双方とも宮城県を保護地域とし、宮城球場を改修した上で本拠地として使用する旨を発表した。審査の結果、11月に東北楽天ゴールデンイーグルスの新規加入が決定。こうして、老朽化が進んでいた宮城球場はプロ本拠地として設備を拡充すべく、大規模な改修工事を受けることになった。12月に第1期改修工事開始。大雪の影響もあり、工事の遅れも懸念されたが、当初の予定通り翌2005年平成17年)3月に工事終了。2005年シーズンが終了した10月からは第2期改修工事が行われ、大幅な遅れもなく2006年平成18年)3月に完工した。改修に関する詳細は後述。また仙石線の地下化や、仙台駅東口側の都市整備が進んだことで鉄道、自動車等でのアクセスも向上した。

2005年平成17年)4月1日、楽天初の試合となる対西武ライオンズ戦が行われ、これに勝利する。またこの年は15年ぶりとなる巨人主催試合が行われ(対横浜)、仙台出身の横浜投手・佐々木主浩が現役最後の登板を行っている(高校時代からのライバルでもあり親友でもある清原和博との対戦。結果は三球三振)。9月17日には萩本欽一率いる茨城ゴールデンゴールズさとう宗幸が総監督を務める地元の社会人球団NTTグループ東北マークスとの練習試合がナイターで行われ観客13,600人を集めた。試合は16-10でNTTマークスが勝利した。

2006年平成18年)7月31日、夏の高校野球宮城大会決勝・仙台育英東北戦が行われ、仙台育英・佐藤由規、東北・高山一輝両投手による投手戦が展開される。お互いに譲らず、試合は延長15回・0-0の引き分けに終わり、翌日に再試合。その再試合では仙台育英が勝利し、5年ぶりの宮城代表に輝いた。

2007年平成19年)7月21日には、ガリバーオールスターゲームが開催された。宮城球場でのオールスター開催は先述の1992年以来、15年ぶり2度目。前述のロッテ本拠地時代にはオールスターの開催実績がないため、プロ野球球団の本拠地としてのオールスター開催は東北地方では初めてとなった。なお試合は8回表、セ・リーグの攻撃中に雨脚が強くなり、雨天コールドゲーム。試合は11-5でセ・リーグの勝利。オールスターの雨天コールドは日本プロ野球史上初の出来事である。

同年シーズン終了後、フルキャストとの命名権契約を解消し名称が一時的に元の「宮城球場」に戻ったが、その後日本製紙に命名権を売却。2008年2月に「クリネックススタジアム宮城」に改称(詳細は後述)。

2008年平成20年)6月14日、楽天対巨人戦がデーゲームで行われる予定であったが、この日の試合前のAM8:43に発生した平成20年岩手・宮城内陸地震に伴う交通機関の混乱や被害状況拡大などを考慮して、晴天であるにも関わらず試合を中止した。尚、地震による試合中止は日本プロ野球史上初であった。翌日の15日には試合が行われたが、試合前にはこの地震の被害者に対して黙祷が捧げられた。

2009年平成21年)、楽天主催のオープン戦が初めて行われた(3月23日は対オリックス戦、翌24日は対西武戦を開催)。これまで当球場では改修工事ならびに気候の問題でオープン戦が開催されていなかったが、この年はWBC開催の影響で公式戦開幕が4月3日に設定されていた。
また、この年、楽天はレギュラーシーズン2位となったため、パ・リーグクライマックスシリーズ第1ステージを初めて開催(3位ソフトバンクと対戦)した。

2010年平成22年)6月13日対東京ヤクルトスワローズ戦で、外野スタンドの観客が2.8メートル下のグラウンドに転落する事故があった。幸い男性は左足首の打撲で済んだ。

2011年平成23年)1月1日付で球場名に社名を冠し、「日本製紙クリネックススタジアム宮城」に改称(略称の「Kスタ宮城」は変わらず)。3月25日、楽天初のリーグ開幕戦(対ロッテ戦)を行う予定であったが、同11日に発生した東北地方太平洋沖地震東日本大震災)及び東京電力福島第一原子力発電所での事故の影響で中止(開幕日は4月12日に延期となり、楽天はQVCマリンフィールドでのロッテ戦で開幕を迎えた)。球場も一部損傷し、その補修工事のため使用できず。チームの当球場での初戦は4月29日の対オリックス戦となった。7月24日、マツダオールスターゲーム2011第3戦が開催された[6]

[編集] ロッテ移転後のプロ野球本拠地構想

[編集] ヤクルトスワローズ誘致構想

2004年平成16年)6月、東北地方へのプロ野球チーム誘致を目指す複数の市民団体が、プロ野球・ヤクルトスワローズを仙台市に誘致する活動を開始した。ヤクルトの本拠地・明治神宮野球場の使用契約の更新は1年毎となっているなど不安定で、移転を検討している可能性がある、との情報から、活動を活発化した。非公式ながら署名など誘致活動を行い、団体では「5年後を目途に誘致したい」という意向を見せていた。しかし、宮城球場の老朽化、新球場計画に具体案がないことなどから実現性に関しては不透明な状況だった。更にはその後起こった球界再編問題も絡み、宮城球場を本拠地とする新球団参入計画に引き継がれることによりその話は事実上消滅した。

[編集] 「ライブドア」、「楽天」新球団構想

2004年平成16年)9月16日、インターネットポータルサイトを運営するライブドアが、宮城球場を本拠地とするプロ野球チームの運営子会社「ライブドアベースボール」を設立し、日本プロ野球組織に加盟申請を行った。また、同月22日には同じくインターネット関連企業の楽天が、同じく宮城球場を本拠地の第一候補としてプロ野球に加盟申請を提出する旨を表明。24日午後に加盟申請の手続きを行い、こうしてこの2社による、仙台を本拠とする新規球団を巡る攻防が繰り広げられた。

10月6日の両社に対する第1回公開ヒアリング(審査会)では、両社が同球場の改修計画について述べた。楽天側は「段階的に増改築を施し、2005年開幕時には23,000人収容で暫定オープン。将来的には3万人規模にスタンドを拡張する」とし、対するライブドア側は「2005年シーズン途中を目途に改修工事を完了させ、3万人収容でオープンさせる」という提案をそれぞれ行った。改修工事費用についてはそれぞれ親会社が負担し、楽天は32億円程度、ライブドアも20~30億円程度の予算を提示した。

2004年11月2日に行われたプロ野球実行委員会とオーナー会議の席上で、新規参入球団を「東北楽天ゴールデンイーグルス」とする決定がなされた。これにより、ロッテ時代以来28年ぶりにプロ野球チームの本拠地に返り咲く形となったが、創設当初から東北地方を本拠地とする球団が誕生するのは史上初。

[編集] 施設概要

陸上自衛隊霞目飛行場制限表面[7]による高さ規制が当球場の約半分にかかっているため、構築物やアドバルーンなどの高さが規制されている。

[編集] 球場データ

  • 建築面積:13,351.83m2
  • 延床面積:26,135.04m2
  • 収容人数:23,026名(2010年)
  • 両翼:101.5m、中堅:122m、左右中間:117m
    • 両翼サイズは日本で建造された球場の中で最長である。2004年までの最長は阪急西宮球場の101m(1992~2002年)。
  • 外野フェンス高:2.8m(中堅から左右中間にかけて) - 4.1m(両翼)
  • グラウンド面積:12,800m2(インフィールド面積:10,400m2、ファウルグラウンド面積:2,400m2
    • インフィールド面積が公表されているのは日本国内では当球場のみである。
  • 内外野:ロングパイル人工芝「ビッグターフ」(日本フィールドシステム社製)
  • 照明設備:鉄塔6基・444灯(バッテリー間:2500ルクス、内野:2000ルクス、外野:1500ルクス)
  • ブルペン:三塁側3人分、一塁側2人分。三塁側に限って投球練習を見ることができる(見られない日もある)。一塁側はビジターチームのグッズ運搬トラックが駐車しており、見るのは不可。
  • ベンチ:ベンチにあるシートは個別になっており、リクライニング・シートウォーマー付[8]

[編集] 2004年以前

  • 収容人数:28,000人(内野:座席13,000人、外野:芝生15,000人)
    改修前の座席以外の部分の収容人員の算出は、興行場法に定められた観客1人当たりの面積によってなされている。しかし、改修後はその約60%増しで算出しており、その分が減員につながっている。
  • 両翼:91.4m、中堅:122m
  • 外野フェンス高:2.5m(ラバー1.8m+金網0.7m)
    • 金網は1990年代に追加されたもので、観客の乱入を防ぐ意味もあった。
  • 内野:クレー舗装、外野:天然芝
  • スコアボード:得点部チーム名、オーダー表示は手書き、得点表示のみ電球式、一度に12回まで表示可能
    アマチュア使用時は、主に得点表示部と、ボールカウントと打順表示のランプを使用し、選手・審判名は夏の高校選手権と春・秋の東北大会各決勝時に使用。チーム名表記は黒バック白字2文字表示。1998年に行われた全国中学大会では全試合表示した。
    また、ロッテが本拠地としていた一時期、バックスクリーンに東芝の看板がかけられていたとされている(試合前後、選手がホームランを打った際の演出として。[9]
  • 照明設備:鉄塔6基・444灯(バッテリー間:2500ルクス、内野:2000ルクス、外野 : 1500ルクス)
    2004年以降に行われた改修においても、照明設備の改修はランプの交換を行う程度にとどまっており、6基の鉄塔は1973年の設置当初のものを継続使用している。

[編集] フィールド

フェアグラウンドの面積は、NPB球団が本拠地(専用球場)としている球場の中では最大級(公称値において他に上回る可能性があるのは阪神甲子園球場福岡Yahoo! JAPANドームのみ)である。ただし他のパ・リーグの球場もほぼ同等の広さを持ち、外野フェンスがより高めのところが多いためにパークファクターの数値は毎年それほど低くない。

2004年までは通常規模のファウルグラウンドがあったが、2005年に設置されたフィールドシートのおかげで当時の他の本拠地球場では類を見ないほどの狭さとなり(2009年現在ではダッグアウト前がより狭いMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島や改修された西武ドームの方が狭くなっている)、ファウルフライアウトが非常に少なくなっている。

外野フェンスはスタンドが2004年以前のものをそのまま削りとったような構造となっているため、最前列の高さが変わる中堅と両翼の中間辺りから両翼にかけて徐々に高くなるようになっている。

[編集] スタンド

2004年まではバックネット裏のスタンドやダッグアウト部分のみが鉄筋コンクリート製で、他の部分は土盛りであった。2005年からの改修では土盛り部分のスタンドの座席と床面を取り壊したが、土盛りの構造は照明塔とともに内外野ともそのまま残されている。バックネット裏の外周部(2階コンコース部分)や、内野スタンドと外野の両翼側にある上段部は継ぎ足すように鉄筋コンクリート製の建物が造られている。元々のコンコース面積が小さいために拡張後も売店の半数は球場外側にあり、チケットがなくても利用できるようになっている。

フィールドシート部分はグラウンド面より低く掘り下げられており、出入り口にはそれまで球場外から車椅子席(1998年に増設されたもので現在も一部がそのまま使用されている)やグラウンドへの通路であったものを流用している。(グラウンド面より低く掘り下げられていることから、別名・砂かぶり席と呼ばれている。)

スタンド全体の規模は、NPB球団が本拠地(専用球場)としている球場の中では最も小さく、収容人員も少ない。ただ客席と選手が近いことにより観客の声援や野次が聞こえやすく、2006年から2009年までイーグルスの指揮を執った野村克也監督は「そんなに(観客が)入る球場ではないけど、声がよく聞こえるから、敵にとっては甲子園並みにアウェー感があるんじゃないか」と語っている。

[編集] スコアボード

  • 楽天参入前
    • 開設当初は、甲子園球場と同じように得点表示するのみの簡易的なスコアボードであった。しかし、前述の歴史で述べたように、東北野球企業の資金援助により1973年に完成した。そのスコアボードは得点表示、チーム名、オーダー表示は手書き、得点表示のみ電球式、一度に12回まで表示可能であった。また、プロ野球のチーム名はアルファベットで書された。(例、千葉ロッテ→「M」、西武「L」)しかし、アルファベット1文字では表示できないヤクルトや横浜などは「YS」、「YB」などと2文字で表示される。また、メンバーの枠に投手枠が無かったのでDH制を採用する試合では守備チーム側のDH選手のところに投手のボードを入れていた。スコアボード下部分に「カニトップ」が、左右それぞれに「東北電力」と「サンシティ」の広告が設置されていた。
  • 楽天参入後

まず、2004年オフに、スコア表示のみ電光掲示式でほかは手書きパネル式だった以前のものから、LEDを採用した最新鋭の電光掲示式に改められた。選手・チーム名表示はこれまでと同じ横書き。下方には東芝ライテック製の大型スーパーカラービジョンが設けられた。それにより、プレーのリプレイや、各種情報などが表示できる。打順のチーム名表示は「楽天」、「日本ハム」などといった通称を使用。スコア表示部分のチーム名は各チームの帽子のマークを表示。ポジションの表記は数字であるが、指名打者は「DH」、投手は「P」と表記される。なお、イニングスコア表示、選手名表示、試合時間は固定式であるが、そのなかでも簡単なアニメーションを表示できる。また、バックネット裏にあるサブボードは突貫工事であるため以前SBO表示のみのものがそのまま使われた。 改修工事の完工直前、バックスクリーンがやや狭く投球の視認性が悪いことがNPB側から指摘されたため、スクリーン両側に遮光板を急遽追加。アサヒビールがスポンサーとなり、同社製品「アサヒスーパードライ」の缶を模した広告スペースが設けられた。またスーパーカラービジョン下部には東芝のロゴが設置されていたが、こちらも視認性の問題から急遽ビジョン上部に移設された。

2005年オフには、1塁側のイーグルスネスト上部に東芝ライテック製スーパーカラービジョンが設置され、インプレー中は楽天の攻撃の場合は選手の顔写真が、ビジターチームの攻撃の場合はビジターチームのロゴマークが表示される。他にも、ボールカウント、打率、本塁打、打点を表示でき、常につかわれている。なおこのボードは1軍試合のみに使用され、ファーム戦や一般利用の場合は使用しない。また、バックスクリーンには、メインビジョン下部に広告用ビジョン(ペンタビジョン)が設置された。阪神甲子園球場などに設置のものと同様、以前から同スタジアムでメインスポンサーとなっており仙台を拠点に拡販するシティ派マンション分譲会社サンシティの広告が掲出されている。同社は、前述した通り2004年以前からバックスクリーン部に広告を出しており、楽天の東北遠征時にも「サンシティみちのくシリーズ」と銘打たれるメインスポンサーである。

2006年オフに、バックネット裏に、試合の展開に応じて様々な文字・画像情報を提供する横幅94.08mのLEDの電光表示装置「オーロラリボン」(三菱電機製)を、日本の野球場では初めて設置した。(のちにQVCマリン甲子園にも使用された。)

2007年オフには、前年バックネット裏に設置された「オーロラリボン」をレフト・ライト両ウィング上方に増設した。

2008年オフに、バックネット裏の広告スペースが改修当初の回転幕式から、T字型の三菱電機製「オーロラビジョン」に入れ替えられた。これによって試合進行中に広告スペースとして使用する他、試合前後やイニング間には各種情報を表示できるようになった。フィールドレベルに映像装置が導入されたのは、国内の野球場では初のケースである。 2009年オフには、右中間寄りにあった遮光板(前掲)の位置に、三菱電機製「オーロラビジョン」が設置された。幅20.64m、高さ16.32m、1036インチ、面積336.8m²で、スコアボードのスーパーカラービジョンの約7倍の表示面積を有し、日本の屋外球場に設置されている映像装置としては最大級である。この映像装置にも設備命名型広告が適用され、前年まで設置されていた遮光板のスポンサーであった創造電力が命名権を取得し「創造電力ビジョン」と命名された。これによって、打者は、打率、得点圏打率、出塁率、長打率、打点、本塁打、得点が表示されるようになった。今までは一般的に、打率と打点、本塁打のみ表示する球場しかなかったがインプレー中に表示するのは日本のプロ野球本拠地では唯一である。また、投手は、登板数、勝ち数、負け数、セーブ、投球回、ホールド、奪三振、防御率、投球数(2010年のみ)が表示されるようになった。これも打者と同じくすべてをインプレ―中に表示するのは日本で唯一である。

2010年シーズンから導入された大型ビジョン (2010年3月22日)

2010年オフは、スコアボード、サブスコアボードのカウント表示部が、従来の「SBO(上からストライク・ボール・アウト)」順から、国際ルールに則った「BSO」順に改修された。これは2010年シーズンからプロ本拠地などで採用されているもので、同年から横浜スタジアムMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島などがこの表示順を踏襲している。改修ではないが、2010年シーズンまでは試合時間を表示していたが、2011年シーズンは表示しなかった。

[編集] 球場使用料

  • 当球場の使用料は他球団と比べて比較的安価で年間約7000万円であることが横浜ベイスターズ身売り問題を取り上げた報道ステーション中で公表された。これは自前の球場を持つ阪神甲子園球場西武西武ドームを除いた10球団の中では一番安価である。また、約90億円を投資して改修工事を行い、それを宮城県に寄付する形でその見返りとして無形固定資産として使用権、営業権を楽天野球団が所持している。その結果、自前球場と比べると固定資産税の負担がなく、税制上もランニングコストも低く抑えることができ、スタジアムから、販売戦略に乗った入場料収入、広告看板を利用するスポンサーシップ収入、直営ショップによるグッズ販売収入、飲食、テナント収入を効率よく上げることができた。

また、一般向けには時間帯によっては4時間で10000円を切る時間帯も存在する。(同じくパリーグの福岡Yahoo!JAPANドームの最低価格は2時間で約26万円つまり同じ条件では52万円。)このように、他球場に比べ球団も一般も安く利用することができる。

[編集] 球場改修工事

新規参入球団の仙台進出計画に呼応するように、宮城県は2004年10月に県立都市公園条例を改正し、宮城野原総合運動場内で球場に隣接する宮城陸上競技場(現仙台市陸上競技場)の補助グラウンド(宮城陸上補助競技場)を条例上の運動施設から削除する事務調整を行った。

都市公園法上の規定で、公園内の運動施設は総面積の50%未満と定められている。しかし総合運動場は同法が施行された1956年以前からこれを上回る約52%となっていた。これでは仮に球場を拡張した場合には規定を充足できなくなるので、県の条例を改正して敷地面積が18,000m²ある補助競技場を「運動施設」から削除し、総合運動場内の運動施設総面積を削減した。宮城陸上競技場はこれまで日本陸上競技連盟公認の第1種陸上競技場で、補助グラウンドの設置が必要となっていたが、2001年、市北郊の利府町宮城スタジアムが完成したのに伴って補助グラウンドが不要な第3種に格下げしているので、規定上の問題がなくなった。これにより、最大14,000m²まで球場を拡張することが可能となり、ライブドア、楽天の両者が順次明らかにした宮城球場の改修計画に対応できることとなった。

そして楽天の参入決定に伴い宮城球場の改修工事が行われることとなり、同時に宮城球場の運営管理についても、県の外郭団体である宮城県スポーツ振興財団から楽天野球団に移管した。球場改修工事の工期は2004年秋から2005年春にかけてと、2005年秋から2006年春にかけての2期に分けて行われ、現在にいたる外観や設備が形成された。

その後も毎シーズンオフに、顧客満足度の向上やチケット興業を目的とした小規模な改修を実施している。それに伴って施設内容も年々変貌を遂げ、また座席の増減などによって収容人数も毎シーズン変更されている。

[編集] 2期にわたる大規模改修工事

第1期(2005年3月完成)
第1期改修後のスタンド内(2005年9月11日)
外周に「ボールパーク養成ギプス」が造られた第1期改修後のバックネット裏スタンド外観(2005年9月11日)
  • グラウンド
    拡張した上で全面ロングパイル人工芝とした。当初は改修前と同様、内野は土、外野は天然芝を維持する予定だったが、気候や芝生の管理の関係から切り替えられた。
  • 客席
    バックネット裏スタンドの全ての椅子をこれまでより大きめのサイズに取り替えた。
    バックネット裏スタンド前方には日本球界初の「砂被り席」を設置した。規定(ホームベースより60ft≒18.3m)より大きなファウルゾーン部分を利用して半地下式とし、グラウンドと全く同じ視点で観戦できるようにしている。この砂被り席は、基本的にはチームのスポンサー企業ならびに関係者専用となり、一般販売は行われていない。ただし一般ファン用にもオークション等で若干数を座席設定しているという。
    内野スタンドは床を作り直したほか、椅子をこれまでの背もたれなしの長椅子式から背もたれありの個別式に改めた。
    ファウルゾーンにあったブルペンの箇所には、フィールドシートを設置。ファウルライン寸前まで客席をせり出させ、より臨場感あふれるスタイルに改めた。しかしフェンスが前にあって観にくいと不評である。
    全て芝生席となっていた外野席には新たに椅子席を設置。が翼を広げたような形に似るところから「ウイング席」と呼ばれるようになる。しかし現在はあまり「ウイング席」と呼ばれていない。バックスクリーンから左右中間部分にはこれまでの芝生エリアを残した。
    レフト側芝生エリア後方には「楽天山」と呼ばれる小高い丘のようなエリアが設けられた。尚この際、外野席の芝生部分には、改修前に外野のフィールドで使用していた芝の一部も移植されている。
以上の改修により、収容人員はこれまでの28,000人から20,000人に改められた。
  • 改修工事の完工直前、バックスクリーンがやや狭く投球の視認性が悪いことがNPB側から指摘されたため、スクリーン両側に遮光板を急遽追加。アサヒビールがスポンサーとなり、同社製品「アサヒスーパードライ」の缶を模した広告スペースが設けられた。またスーパーカラービジョン下部には東芝のロゴが設置されていたが、こちらも視認性の問題から急遽ビジョン上部に移設された。
  •  その他
    バックネット裏スタンドの外周部分にはロッカールーム等の球団関係者専用室、球団のグッズショップ等が設けられ、売店も増設された。球団は「ボールパーク養成ギプス」と名付けた。
    ブルペンはダッグアウト後方に移設された。このブルペンは3塁側に限って球場の外からも見ることができ、試合時には投球練習を見ることも可能。ただし、見られない日もある。
第2期(2006年3月完成)
内野スタンドが増築された第2期改修後のスタンド内(2006年4月2日)
「ボールパーク養成ギプス」が5階建てとなった第2期改修後のバックネット裏スタンド外観(2006年9月18日)
第2期改修後のスタンド内全景。左端がラウンジ等を内包する「イーグルスネスト」(2006年9月18日)
デーゲームの模様(2008年9月撮影)
ナイトゲームの模様(2006年7月撮影)
  • 客席
    バックネット裏スタンドの外周部分「ボールパーク養成ギプス」を2階建てから5階建てに拡張。3 - 5階には屋根付き席「クラブシート」を設置。3階にはフードコートが設けられ、気軽に飲食を楽しみながら観戦できるスペースを提供。4階には8名程度が入れる完全個室型の「ロイヤルボックス」14室が設けられた。5階には中央部にテレビ/ラジオ中継用の放送席ならびに記者席が設けられ、三塁側には会員制のプレミアムラウンジが設けられた。
    3塁側内野席の上段にスタンドを増設し1800席を設置した。一塁側内野席の後方には5人1組で利用可能なボックス席「ボックスシート5」が設けられた。
    以上の改修により、収容人員が前年の20,000人から23,000人に増えた。
  • その他
    1塁側「ボックスシート5」後方に最大300人を収容できるガラス張りの大型ラウンジ「イーグルスネスト」を設置。この名称は「鷲の巣」を意味する。空調の整った室内で快適な観戦が可能。各種飲食物も取り扱っている。ただし利用できるのは年間席ホルダーやバックネット裏やフィールドシートなどの席の購入者や、ファンクラブの「ブースタークラブ」(ファンクラブの組織で、最も会費が高い)会員に限られる。また、試合のない日は結婚式を含めた各種パーティ等を行うことが出来る。
    球場外1塁側内野席後方にはクラブハウスと50m四方の室内練習場を新設。クラブハウスと球場とは連絡通路で直結。
    楽天野球団の島田亨オーナーによると客席を当初の予定だった28,000人収容から23,000人に減らした分、特別感を楽しめる内容の改修にしたという。また、女性トイレの設置増やオムツ換えベッドの全てのトイレへの設置、授乳室4箇所の設置、全階層への多目的トイレやオストメイトの設置などを実施した。
    使用するベンチや応援席などの配置は3塁側をホーム・楽天、1塁側をビジターチームとする。2007年4月24日に開催された「巨人対横浜」でもホームチームである巨人が3塁側を使用していた。その他、球場のフェンス広告もこれまでの白色1色だけのものからスタンド広告と同じカラー広告を多く配することとなった。このカラー広告フェンスはかつて大阪球場(1979年まで)、日本生命球場(1997年の閉鎖まで)、藤井寺球場(1983年まで)、平和台野球場(1970年代から80年代前半ごろ)でも採用されたことがある。

[編集] 2007年以降に行われた改修

大規模な改修工事は2006年春に完工したが、その後も毎シーズンオフに球場施設の改修・新設などが行われている。

2007年の改修
ベンチにシートヒーター内蔵型の防水本皮シートを取り入れた。ドイツレカロ製で、野球場としては世界初の採用である。
またスコアボードに隣接する右中間側に、巨大な遮光板が新設された。楽天が使用する三塁側ダッグアウトは南西側を向いており、特にデーゲームや薄暮の際に右翼側からの直射日光を受けやすいことから、選手側からの要望で防眩のため設置された。広告スペースとして活用され、2007年から2年間は東新住建グループ、2009年からは創造電力がスポンサーとなった。
2008年の改修
右翼スタンドのうち右中間部分の芝生席を廃止し、新たに約400人収容の外野グループシート(5人掛け)を新設した。宮城県と楽天野球団は同年2月20日付で「宮城球場設備命名型広告基本協定書」を締結、球場内の設備にも施設命名権を導入することになった。このグループシートはその適用第1号となり、コンビニエンスストア大手のローソンが2年契約で命名権を取得。同社店舗に設置されているオンライン端末に因んで「Loppiグループシート5」と命名され、グループ5のチケットはローソンチケット限定での取り扱いとなった。これによる収容人数の減少と概数から実数への変更で、収容人数は23,000人から22,187人となった。
グラウンドの人工芝の全面張替えを行い、左中間・右中間にそれぞれ1箇所、楽天グループのシンボルマーク(R)が白色で塗色された。蛇足であるが、張替えの理由は県・球団の公式発表においては「経年劣化のため」とされたが、これとは別に楽天の球団非公認マスコット「Mr.カラスコ」のストーリーの一環として「カラスコの度重なるグラウンド乱入によって、人工芝が傷ついたため」とも発表している。この人工芝の張替えによって打球が大きく弾むようになり、エンタイトルツーベースの数が激増した。
スタジアム名変更に伴い、入り口およびスコアボード上部に設置されていた「フルキャストスタジアム宮城」のロゴを撤去。新しく「クリネックススタジアム宮城」のロゴを設置した。
2009年の改修
バックネット裏の前部を改修した。従来は露天だった砂被り席の上にも座席を作り、既設置の砂被り席と併せて年間シートエリア「プレステージゾーン」とし、座席をフルクッションシートにグレードアップさせた。このゾーンには設備命名型広告が適用され、青葉区に製造拠点を保有するニッカウヰスキーが2年契約で命名権を取得し「ニッカウヰスキー・プレステージ」と命名された。エリア内にはプレステージゾーンチケット保有者が自由に使えるバーラウンジ「ニッカ・プレステージバー宮城峡」がオープン。各種食事、飲み物がビュッフェ形式で用意されている。また一塁側と三塁側の行き来も可能になり、メインスタンド部の回遊性・利便性が改善された。この改修により、収容人数は前年比89人減の22,098人となった。
2010年の改修
右翼スタンドのグループシート5(ローソンは命名権契約を更新せず、座席名称から「Loppi」を削除)の隣接部にペアシート316席(158組)とトリプルシート75席(25組)を新設。また左翼スタンドの「楽天山」は雨天時に足許が滑りやすくなるため、天然芝を撤去して全面ラバーチップに張り替え、足場の安定を確保した。この改修により、収容人数は前年比928人増の23,026人となった。
なお同年オフにはこの他、左翼スタンドを改修して1,500席程度の増席を予定していたが、観客動員数が伸び悩んだことなどから着手は見送られた。また開幕前の2011年3月11日東日本大震災が発生し、場内の設備が一部損傷する被害を受けたため、同年4月中旬まで応急の復旧工事を実施した。
2011年の改修
現在、前述の震災による損傷箇所を全面復旧するための工事を実施している。

[編集] 収容能力に関する問題

当球場の収容能力は2005年の改修以来、23,000人前後となっている。規定上30,000人以上の収容能力を求められるオールスターゲームや日本シリーズの開催時には問題が生じる可能性が高い事が予想されたが、様々な改修内容が高く評価されたため、現在では特例として2007年のオールスターゲームを当球場で開催する事ができた。さらに東日本大震災が起こった2011年にも、被災地の復興等を目的として、当初は予定されていなかった当球場でのオールスターゲームを、急遽開催する事が決まった。なお当球場開催以前のオールスターゲーム開催球場の収容人員最少は、長崎県営野球場(長崎ビッグNスタジアム)の25,000人だった。またポストシーズンでは2009年のクライマックスシリーズ第1ステージ(対ソフトバンク戦)が開催された。楽天が日本シリーズに進出した場合も当球場を使用することが決まっていたが、第2ステージ(対日本ハム戦)で敗退したため実現には至らなかった。

しかしその一方で、NPB側は当球場の収容能力の少なさを問題視しており、前述のCS第2ステージの期間中には当球場で日本シリーズを開催した場合、札幌ドーム(約43,000人収容)との収益差が1試合あたり約1億円にも及ぶ事を指摘している。日本選手権シリーズ試合規定第15条では、入場料で得られた収益をNPBと進出2球団で折半する割合が定められているが、収容能力が30,000人に満たない当球場で日本シリーズを開催した場合、前述の通り他球場で開催した場合よりも収入額は大幅に少なくなる可能性がある。楽天側は先の指摘を受けた当時「1席あたりのチケットの価格を上げ、札幌ドームで見込める収益に追いつかせる」と回答しているが、当初2004年秋に球界へ参入する際、宮城球場の施設規模について「当面23,000人規模で運営し、その後段階を経て28,000~30,000人規模に改修する」としていた公約は現在も実現に至っていない。

この当球場に関する問題は同年11月11日のプロ野球実行委員会で議題となり、NPBは楽天に対し、2009年シーズン当時22,098人収容であった当球場の観客席を6,000席分増設し、28,000人収容とするよう要望した。席上では先の収益に関する問題が指摘され、各球団からも巨人・清武英利球団代表が「NPBの収益や球団・選手の分配金が減るのは問題」と話したのをはじめ、改善を求める意見が楽天側に寄せられた。だが楽天の井上智治オーナー代行は「仙台では22,000ぐらいがちょうどいい。都市毎に適切なキャパシティがある。席を増やさなくても、値段を上げる手もあるし、やり方はいろいろある。検討するが、絶対にやらなきゃいけないとは思っていない」と大規模な増席には否定的な見解を示した。11月18日のオーナー会議では、この増席問題は議題にこそならなかったものの、会議後に巨人の滝鼻卓雄オーナーは前述の改修計画を引き合いに出して「『(増席は)現金が300億円あるからすぐできる』と言っていた。約束したのだから実現してもらわないと」と苦言を呈し、また楽天側が示す入場料の値上げ案についても「ファンへ押し付けるのはひどい」と批判した。だが楽天の島田亨オーナーは「実現すると約束したのは23,000席で、28,000席はあくまでも努力目標。論拠はなく法的拘束力もない。1,000席分は対応するが、闇雲な増席は経営を圧迫する」と、NPBと各球団の増席要求に改めて反論した。

12月7日の実行委員会でも再びこの増席問題が議題となり、NPB側から改めて6,000席の増席要望が出された。席上、下田邦夫コミッショナー事務局長は参入審査時に楽天側が提出した資料を提示した上で「28,000席という約束があった」と早期実現を再度求めた。これに対し井上オーナー代行は「23,000席は約束したが、28,000席はあくまでも検討課題であり努力目標」と従来の主張を繰り返し、同年オフの改修で外野席1,000席分を増席する方針を示したが、今後の増席については「NPB主催試合(日本シリーズ、オールスターゲーム等)が前提ではないが、段階的に状況を見ながら前向きに検討したい」と回答するにとどめ、明確な着手時期は示さなかった。

その後当球場は2010年シーズン前の改修において約900席を増席し、収容人数は23,026人となっている。加えて2011年シーズン前には左翼スタンドを改修して1,500席程度の増席を予定していたが、2010年は観客動員数が伸び悩んだことなどから、楽天は10月上旬までに県へ提出する予定だった改修申請を見送った。球団関係者は「来季、観客数が増えたら(増席を)再検討したい」と話している。

だが一方、NPB側は楽天側の消極姿勢を引き続き疑問視しており、2010年12月28日にはNPBの加藤良三コミッショナーが仕事納めの総括会見で「プロ球団がどういうサイズの球場を持つかは非常に大事。楽天(当球場)と横浜(横浜スタジアム)で日本シリーズをやったら、どれだけ観客が入るのか。日本シリーズをやる球場は3万席が最低だと思う」と、セ・パ双方で収容能力が最少の2球場を引き合いに出して見解を示した。横浜スタジアムは約3万人の収容能力がある上、3万人に満たない本拠地は当球場のみであることから、事実上楽天を名指しして増席を求めたともいえる。また入場料の値上げについても「客席が少ないと座席料を高くするしかないが、今の経済状況で料金を上げるのは難しい」と否定した。これに対して12月29日、島田オーナーは仕事納めの総括会見で「(レギュラーシーズン中の観衆が)常に満員となれば増やす価値はあるが、慎重に考えないといけない。日本シリーズのためだけに増やすのは経営判断として違う」と反論し、再度慎重な姿勢を示した。

楽天は2009年シーズン終盤、熾烈なクライマックスシリーズ進出争いを繰り広げた事から観客数が大幅に増加し、チケット入手が困難になる事態を引き起こした。また過去6シーズンの間、パ・リーグ公式戦はもとよりセ・パ交流戦でも、対戦カードや当日の予告先発投手等によってはチケットが早々に売り切れる事態が頻発するなど、当球場の収容能力は既に限界に近付いているという意見がある。また楽天側がこのまま増席に応じず、試案として示している入場料の値上げを仮に実行すれば、日本シリーズ進出を果たした場合やオールスターゲーム開催の際には、ファン・観客に対し多額の出費を強いる事になる。さらにはかつて本拠地としていたロッテオリオンズが、当球場の収容能力等の問題から1974年の日本シリーズを開催できなかったという過去の事実もある。そうしたことから、楽天側の消極的な姿勢に対して疑問を抱く一部の球界関係者は「このまま座席を増やさなければ、仙台で日本シリーズが再び開催できない事態になりかねない」と危惧している[10]

一方で楽天は2010年4月20日に、「楽天グループお客様感謝デー」と銘打って東京ドームで初の主催公式戦(対ロッテ戦)を開催、当日は40,421人(球団側発表)の観客動員を記録した。三木谷浩史球団会長は2011年以降の東京ドームでの継続開催を示唆、2011年6月28日に対ソフトバンク戦1試合を開催し、41,084人(球団側発表)の観客動員を記録、2012年も対ロッテ戦1試合を予定している。これはこの問題が解決できなかった場合、前述のロッテのケースと同様に仙台での日本シリーズ開催を断念し、東京ドームで開催する為の布石ではないかと一部関係者から囁かれている[11]

また当球場の大幅な収容人員増が不可能な理由として、前述の都市公園法の問題が挙げられる。現在宮城野原公園総合運動場内の運動施設の総面積は、同法で規定された「50%以下」の規定ぎりぎりの49.6%となっている。2005年から2箇年にわたって実施した大規模改修の際には公園内の施設を廃止するなどして規定を充足させたが、現在公園内に所在する各施設は利用者が多く、競技団体などからも施設の存続を強く要望されており、また近隣地区への移転新築も財政難等で難しいことなどから、これ以上公園内の施設を廃止するのは事実上困難である。また現状、公園内の施設は宮城県所有だけでなく仙台市が所有する施設もあり、施設ごとの所有者・管理者の権限も錯綜している。しかし、楽天側はNPB内での議論の際にもこうした施設上の問題点を明確にしておらず、最大限の努力を図っているかについては疑問がつく状態である。

[編集] 野球以外での利用

[編集] 応援時の鳴り物等の持込規制

楽天イーグルスの新本拠地となったことにあたり、球団では当球場で開催するホームゲームで鳴り物入りの応援を大幅規制している。理由は、「近隣住宅地への配慮」「ボールの音が聞こえる観戦環境の確保」「国立仙台病院が近隣にある」などとされている。(仙台市によると、市民からの「応援の騒音に対する苦情」は毎年起きており、事実、球団ではスピーカーなどの音響装置の改修工事を毎年行い1億円程度の設備投資を行っている)

具体的な制限事項は以下の通り。

  1. トランペット、カネ、笛、拡声器、ラジカセの持込・使用は一切禁止。
  2. 太鼓はNPBが公認した私設応援団のみに許可され、「四方40cm、高さ30cm以内」のもの1個のみ可。使用場所は指定席を除いた外野席に限られ、22時以後は使用禁止。
  3. 応援旗もNPB公認の私設応援団のみ可。「縦2m、横3m以内」で枚数は制限なし。また横断幕は手持ちのみとし、フェンス、スタンド等の球場施設への取り付けは禁止。
  4. 過度の座席確保のためのレジャーシートなどのによる敷物使用禁止。
    なお、ジェット風船については特に規制されておらず、他球場に倣い応援の盛り上げに使われている。ボランティアによる使用後の風船の回収とリサイクルの実施が継続して行われ、全国的に注目されている。
  5. しかし、高校野球ではこの規則に関係なくブラスバンドによる応援がされる。

球場では売店の売り上げを確保するため(球団のコメント)、及び、保安の強化とごみなどの問題を考慮し、食べ物はコンビニや弁当屋からの買出し、自宅からの持込を含めて禁止している。ただし球場敷地内でチェック済みで販売されている、専用のシール(通称:楽天シール)が貼ってある食べ物に限り、持込を許されている。入場時には警察など関係機関からの指導を受け手荷物検査も実施されており、飲料については、缶、瓶、ペットボトル、水筒、パック飲料の持ち込みは禁止で、ゲートにて自分自身で中身を指定の紙コップに移し替えが必要となる。 

ただし、外周に飲食可能スペースが多くあるため、このスペースを利用し持ち込み飲食物の飲食を済ませることは可能である。持ち込み禁止については、球団は施設管理者であり営業権も付与されている為、法規上は特に問題が無く現状に至るものの、一部には根強い批判がある事も事実である。

[編集] 命名権

施設命名権による名称の変遷

※施設命名権導入後も、宮城県条例上の施設名称は「宮城球場」を維持している。

[編集] フルキャストスタジアム宮城

宮城球場が楽天の本拠地となるにあたり、所有者である宮城県は、県が保有する資産を有効活用して収入確保を図ると共に、地域に密着したプロ球団の育成を目指すため、楽天野球団と共同で施設命名権(ネーミングライツ)の売却を決定し、2005年1月11日からスポンサー企業の募集を開始。契約期間3年以上、年額1億5,000万円以上で、名称の一部に「宮城」の2文字を使用することが条件だった[12]。その結果、労働者派遣業大手のフルキャスト(現フルキャストホールディングス。当時の本社は東京都渋谷区に所在)1社のみが応募し、球団と宮城県などによる審査を経て、1月22日に契約期間3年、年額2億円(うち1億5000万円は球団、5000万円は県の収入)で基本合意に達し、呼称はフルキャストスタジアム宮城に決定、同年3月20日から採用された。「フルスタ」「フルスタ宮城」「フルキャスト宮城」などといった略称・通称でも呼ばれ、報道などでも使用された。なお、県と楽天野球団が命名権導入にあたって締結した「ネーミングライツ基本協定書」において、最低売却額は年額1億5,000万円、売却益の分配率は1:3(県25%、楽天野球団75%)と取り決められた。

だが2007年8月3日に、フルキャストが警備や建設・港湾荷役など労働者派遣法で定められている禁止業務に労働者を派遣する違法行為を繰り返し行ったとして、1箇月ないし2箇月の業務停止処分を受けた。これについて村井嘉浩宮城県知事は「重大で許し難い行為。県民は快く思わないのではないか」と不快感を表明し、また楽天の池田敦司取締役も「出てきた事実に基づき県と相談する」と話した。

フルキャストは2005年に県・球団と命名権契約を交わした際、契約解除条項の一として「社会的信用が失墜したと認められる場合」を明記していた。また2008年3月18日までの契約期間終了に伴って、県は年内を目途に新たな契約企業を募集する方針を当時既に決定しており、引き続きフルキャストと契約を更新することも選択肢の一つとしていたものの、前述の違法行為が発覚した際、ある県幹部は「その可能性はなくなった」と話した。

この一連の事態を受けて8月30日夕方、フルキャストの役員が県庁を訪れ、県に対し謝罪した上で「自社の業務停止処分の問題に関する県民・ファンへの影響などを考慮した」として命名権の契約解除を申し出た。これは翌31日に県教育委員会が開いた「広告審査委員会」の席上で明らかにされた。県は9月3日以降に改めてフルキャスト側の事情聴取を行った上で結論を出すことを決めた。なおフルキャスト側は契約解除の時期を「混乱を避けるため、できればシーズン終了後にしたい」と話したという。

そして9月7日、県は楽天主催公式戦のシーズン最終戦当日を以って、フルキャストとの命名権契約解消を決定した。プロ野球本拠地野球場の命名権契約が途中解消されるのは日本では初めてのケースとなった。これに伴い、県は新たな契約企業募集に向けた準備に入り、楽天主催公式戦のシーズン最終戦(対千葉ロッテ23回戦)が開催された10月4日を以って「フルキャストスタジアム宮城」の名称使用を終了し、翌10月5日から新たな契約先が決定するまでの間は県条例上の施設名称である「宮城球場」のみを暫定的に使用することになった。なお、フィールドやスコアボード、メインスタンド正面など球場施設内に掲出されていたフルキャストの社ロゴや看板、その他球場内外の標識・案内板などの撤去費用等については、その後県、仙台市などの関係機関とフルキャスト両者が協議して負担割合を決定した。

[編集] 日本製紙クリネックススタジアム宮城

フルキャストとの命名権契約解消に伴い、県は2007年10月29日から11月20日にかけて命名権契約企業の募集を実施した。前回と同様、球場名には「宮城」を入れることを条件とした。その結果、県内外3社から応募があったことを公表。その後、県内から応募した1社が辞退し、県外2社について審査を継続した結果、東京都千代田区有楽町に本社を置き、宮城県内にも岩沼市石巻市に製造拠点を置く日本製紙に命名権を売却することが決定した。県・楽天野球団と同社が検討を進めた結果、同社グループの日本製紙クレシアが製造販売するティッシュペーパーの商品名「クリネックス」を施設名に冠することが決まり、新たな施設名称は日本製紙クリネックススタジアム宮城に決定した。契約期間は2008年1月1日から2010年12月31日までの3年間で、契約金額は年額2億5000万円(うち1億8750万円は球団、6250万円は県の収入)。また、公式略称をKスタ宮城とすることも併せて決定した。なお新規契約先募集に先だって、基本協定書の内容が2007年10月11日付で一部変更され、最低売却額は年額2億円に引き上げられた。

略称「Kスタ」の「K」は、クリネックスの英字表記「Kleenex」の頭文字をとったもの。先の「フルスタ」に倣って「クリスタ」と省略することも検討されたものの、「『クリスタ』はいくつかの商品で商標登録されている」「大阪市中央区にある地下街クリスタ長堀』など類似した名称を使用している施設が既にある」「『クリスタ』では『クリスタル (Crystal)』を連想させ、『クリネックス』を略した事が認識しにくくなる」などの要因から、略称にはイニシャルを使用する運びとなった。

だが、両者が契約文書の細部調整作業を進めていた同年1月9日、日本製紙が製造する再生紙年賀はがき古紙配合率が定められた基準値を下回っていることが発覚したのを発端に、製紙各社による古紙配合率偽装問題が勃発した。1月25日、日本製紙の本村秀常務らが仙台を訪れ、県に対して謝罪するとともに命名権の契約継続を要請。席上、同社側は「一定期間、呼称から『日本製紙』の社名を外したい」という考えを示した。村井知事は1月28日の定例記者会見でこの問題について「消費者を欺いた大きな社会問題だが、配合率の基準に無理があった事情も汲まなければならない」と一定の理解を示し、社名を呼称から外す提案について「会社のPRを狙って命名権を取得したのだから、問題を非常に重く受け止めている証しではないか」と同社の姿勢を評価。楽天の島田社長も「基本的に続けて頂きたい」と契約維持を求めていた。

2月1日の広告審査委員会でこの件が審議され、日本製紙が社内に調査委員会を設け、原因究明と再発防止を進めていることや、社名外しを求めたことについても「信頼回復に努めている姿勢の表れ」と評価。また既に命名権による呼称が印刷物などで使用され始めており、特にパ・リーグ開幕が3月20日に迫っていることから、仮に契約を解除した場合、大きな混乱が生じる可能性も考慮され、契約を継続することが決まった。これを踏まえ、村井知事は2月4日の定例記者会見で契約継続を正式に発表。また併せて契約継続の条件として、契約満了までの3年間、呼称から社名を外すことも発表した。社名外しの期間については、日本製紙側は「1年間ないし2年間」を提示していたが、契約満了までとしたことについて、村井知事は「社会的影響を考えると、自粛して頂くのが妥当と判断した」と話した。これを受けて日本製紙側は「それだけ重大であると判断されたということ。真摯に受け止めたい」として、県、球団に改めて陳謝した。こうした過程を経て、2月15日に県・楽天野球団と日本製紙は正式に契約を締結。これにより、同日以降の呼称はクリネックススタジアム宮城となった。なお、略称のKスタ宮城は引き続き使用した。

宮城県は、旧契約の期間満了を前にした2010年9月13日、日本製紙との命名権契約を更新する方針を明らかにした。当時既に日本製紙側が契約更新の意思を県・楽天野球団側へ事前に伝達していたことから、契約中の企業が優先交渉権を有すると定めた県の規定に基づいて、県・楽天野球団は日本製紙側と契約更新に向けて交渉を進めた結果、3年間の契約延長が決まり、11月1日に発表された[13][14][15]。契約期間は2011年1月1日から2013年12月31日までの3年間で、契約金額は年額2億円(うち1億5000万円は球団、5000万円は県の収入)。年額が5000万円減となったことについて、村井知事は同日の定例記者会見で「企業では厳しい経済状況を背景に広告経費を削減する傾向にあり、他県でも命名権の契約額を減額する傾向にある。2億円は基本協定書の最低金額を満たしており、やむを得ないものだと考えた。2億円でも更新になったのは大変ありがたい」と説明した。また契約更新にあたって県教委の広告審査委員会が同社を再審査した結果、コンプライアンス(法令順守)体制や地域貢献活動への取り組みを評価し、再び名称に社名を冠することを認めたため、2011年からの呼称は日本製紙クリネックススタジアム宮城とすることが決まった。併せて略称のKスタ宮城もこれまで通り継続して使用し、加えて旧呼称のクリネックススタジアム宮城も新たに略称として使用することになった。

[編集] 宮城県におけるアマチュア野球の聖地

1950年から半世紀以上に渡って、宮城球場は県内のアマチュア野球界にとって聖地となってきた。高校野球甲子園大会の予選のみならず、・中学野球・大学野球社会人野球などの決勝戦等で使用され、様々なドラマを演出してきた。そのため、東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地に決まった時、宮城球場でのアマチュアの試合回数が減るのではないかと危惧された。しかし、宮城県と楽天の協定の中で、

  1. 従来の料金でのアマチュア野球への貸し出し
  2. 楽天が野球振興に協力する

という条件で、フルスタ宮城(~Kスタ宮城)となってからもアマチュア野球の試合数は一定数確保されることとなり、アマチュア野球の聖地としての地位の一部は守られている。

例をあげると「杜の都早慶戦」と称される「仙台一高二高硬式野球部定期戦」、は明治33年(1900年)に始まったもので、大正から戦中の中断を経て戦後の昭和21年(1946年)に復活後、現在まで続いている。宮城県における伝統ある試合として約半世紀に渡って試合会場となってきたが、プロ野球参入後は日程の問題や「仙台国際ハーフマラソン」との競合で、宮城球場での開催が危ぶまれた。しかし、宮城県・楽天双方の努力と関係者の奔走により、日程の確保がなされた。

2005年の定期戦では、試合中に両校による伝統ある熱烈な応援合戦がなされてきたが、改修された球場では、応援団が乗る大舞台の設置が難しく楽天側から拒否されてしまった。宮城県、楽天双方で設置と現状復帰について何度か協議したが、物理的・時間的に法的基準を満たす設置と復旧が難しいことがクリア出来ず、最終的には、一高はビールケースで作った小さな舞台を内野スタンドに作って応援し、二高は舞台を設置せずに外野スタンドで応援する、という形式に変更することとなった。 しかしながら、2008年以降は楽天側が日程や設置方法の変更をアドバイスし、問題点がクリアされたことにより舞台が設置されている。

また、毎年楽天野球団が公表している報告書によると、2005年以降のアマチュアへの貸し出し日数は70日以上となっており、2004年以前の貸し出し水準を大きく超えている状態が維持されている。これは、プロ野球が開催されるホーム球場ということで、設備の整った球場の人気が高まり利用希望が増えている為といえる。 宮城県が意図していた、「管理占有許可を認めることでプロスポーツ企業に大幅な利用権限を与え、施設の向上を図り利用者の利便性を向上させる」という考えが成功したものと言え、内外のスポーツ関係者からは高く評価されている。

尚、宮城球場が2005年から楽天の本拠地(フルスタ宮城〜Kスタ宮城)となり、プロ野球の開催が優先されるようになったため、アマチュア野球の試合・練習場所を確保する必要が生じた。2007年には市が宮城野区内で整備計画を進めている野球場が完成する予定だったので、竣工までの向こう2シーズンの間、アマチュアが優先的に使用できる施設が必要となった。そこで市は2005年から、廃部されたJT硬式野球部が練習場として使用していた宮城野区の旧JT球場(東仙台球場日本たばこ産業仙台工場跡地内、硬式・軟式いずれも使用可)を2年契約でJTから借り上げ、市の管理施設として供用した。また泉区・泉パークタウンの明通球場は主に軟式野球で使用された。このうち東仙台球場は2006年10月を最後に利用契約が終了したが、代わって2007年5月、宮城野区に仙台市民球場が竣工して供用を開始し、アマチュア野球公式戦の一部が行われている他、一般利用向けにも供用されている。

[編集] 交通機関

JR仙石線宮城野原駅
  • JR仙石線 宮城野原駅または榴ヶ岡駅から徒歩5~10分。
    • 宮城球場を含む宮城野原公園総合運動場の北端に位置している宮城野原駅の方が、信号3つ分遠い榴ヶ岡駅から下車するよりも利用しやすい。宮城野原駅は駅舎外観、内部、ホームとイーグルスカラーで染められている。
  • 仙台駅からも30分弱ほど歩けば到達可能である。試合終了時はバスを待つより、徒歩の方が早い場合もある。道中も榴ヶ岡駅付近までは若干上り気味であるが、ほぼ平坦かつ直線。コンビニや他チームのレプリカユニフォームを販売する店もあり、店舗もそれなりに充実している。
  • 楽天の主催試合時には、仙台市交通局および宮城交通により仙台駅東口発着のシャトルバスが運行される。運賃は大人100円、小学生以下は50円(2008年時点)。また本数は少ないが定禅寺通市役所発着(大人200円、子供100円)の便もある。
  • またJRバス東北の一部高速バスが当球場前まで延長運転される(当球場の向かいに同社の仙台支店があり、入庫回送を活用したもの)なお当球場始発の便は設定されない。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注

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  1. ^ ベースボールマガジン 2001年夏季号 「野球場」大特集 - 2001年、ベースボール・マガジン社発行
  2. ^ 球場物語―この1冊で球場のすべてが分かる! B.B.mook―スポーツシリーズ(338) - 2005年3月、ベースボール・マガジン社発売 ISBN 4583613113
  3. ^ 開場から1970年代に改修されるまでの間、メインスタンド正面には「縣營宮城球場」と掲出されていた。1970年代の改修から、楽天が本拠地とする前年の2004年までの間は「宮城球場」という銘板が掲出されていた。
  4. ^ a b (7) 東北初ナイター・宮城球場河北新報「ニュースの記憶~仙台圏・あのころ」)
  5. ^ (28) 宮城球場・プロ野球オールスター戦(河北新報「ニュースの記憶~仙台圏・あのころ」)
  6. ^ 当初、当球場での開催は予定されていなかったが3月に発生した東日本大震災の被災者救済チャリティー試合として急遽開催されることになった。但し予備日が設けられていなかったため、仮に降雨等で中止となった場合は開催取り止めだった。
  7. ^ 霞目駐屯地から「高さ制限」のお知らせ霞目駐屯地 2009年3月24日)
  8. ^ 2010年12月4日放送のTBSテレビS☆1」より。
  9. ^ 出典・2ちゃんねる「ロッテ本拠地時代の仙台球場」
  10. ^ 2009年11月9日付・スポーツニッポンより
  11. ^ 2010年4月22日付・サンケイスポーツより
  12. ^ 宮城球場の命名権者(ネーミングライツスポンサー)の公募について (PDF)
  13. ^ 宮城県 (2010-11-01), “宮城県知事記者会見(平成22年11月1日)”, プレスリリース, http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/h22/k221101.htm 2010年11月1日閲覧。 
  14. ^ 東北楽天ゴールデンイーグルス (2010-11-01), “宮城球場のネーミングライツに関して”, プレスリリース, http://www.rakuteneagles.jp/news/detail/981.html 2010年11月1日閲覧。 
  15. ^ 日本製紙グループ (2010-11-01), “宮城球場のネーミングライツを更新 ~正式名称を「日本製紙クリネックススタジアム宮城」へ~”, プレスリリース, http://www.np-g.com/news/news10110101.html 2010年11月1日閲覧。 

[編集] 外部リンク

前本拠地:
東京スタジアム
1962 - 1972
ロッテオリオンズの本拠地
1973 - 1977
1973年のみ、公式には準本拠地
次本拠地:
川崎球場
1978 - 1991
前本拠地:
創設
-
東北楽天ゴールデンイーグルスの本拠地
2005 - 現在
次本拠地:
n/a
-
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