八尾市

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八尾市
やおし
日章旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
団体コード 27212-4
面積 41.71km²
総人口 271,317
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 6,500人/km²
隣接自治体 大阪市平野区東大阪市
柏原市藤井寺市松原市
奈良県生駒郡平群町三郷町
市の木 イチョウ
市の花 キク
八尾市役所
所在地 〒581-0003 大阪府
八尾市本町一丁目1番1号
八尾市役所庁舎
電話番号 072-991-3881
外部リンク 八尾市のホームページ

八尾市位置図(大阪府)

:政令指定都市 / :市 / :町・村
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八尾市(やおし)は、大阪府東部に位置するの1つ。 特例市に指定されている。

目次

[編集] 地理

[編集] 概要

大阪平野の中部、大阪市の東南部に隣接し、市域西側は概ね平坦で標高は10メートル程度である。市の東部は高安山をはじめとする急峻な生駒山系が控えており、奈良県との府県境を形成している。 市の南端を大和川が流れる他、旧大和川水系である長瀬川玉串川などの小河川も見られる。

市の南部には八尾空港があり、陸上自衛隊の駐屯地や民間の小型航空機に供用されている。

[編集] 気候

気候は、西に大阪湾、東に生駒山地大阪平野の中央部東に位置する地形的条件により、一般に温暖である。年間平均気温はセ氏約15.5度。 は平地部では滅多に降らないが、1965年3月の大雪で商店街アーケードが倒壊したことがある。

高安山付近では、平野部とは違い、たまに積もるぐらいのが降ったりと寒い。

年間降水量は約1100mm。風速は年間平均約2.4m/s、湿度は年間平均約69%。   

[編集] 隣接する自治体

[編集] 歴史

[編集] 概要

[編集] 古代

旧分国では河内国に属する。古代においては河内湖がこの付近まで広がっていたと考えられている。旧大和川流域の肥沃なデルタ地帯として、弥生時代から耕作が行われていた。 古墳時代には多くの豪族がこの地一帯に勢力を維持し、生駒山地の麓に数多くの陵墓を造築した。その多くが現在でも古墳として残っており、その数の多さから千塚(ちづか)という地名として残っている。

飛鳥時代には、一帯は物部氏の勢力圏下にあり、その武具を製造する集団が居たとされている(またそのことが市名の由来となっている)が、物部氏物部守屋のときに蘇我馬子とこの一帯で戦い敗れたために滅亡した。 物部氏傍系一族の弓削氏来栖氏矢作連などは引き続きこの一帯で勢力を維持し、特に弓削氏の道鏡は奈良時代後期の日本における実質的な最高権力者となっている。道鏡は当地(現在の中田・八尾木地区あたり)に西京(由義宮)を造築したが、失脚とともに歴史に埋もれてしまい、現在でも遺構は発見されていない。

朝鮮半島での白村江の戦いで敗北した大和朝廷の侵攻に備えるために西日本で古代山城などの防御施設の整備を進め、この時高安山にも高安城が築かれたとされる。1978年に高安山の東側で遺構が発見されたが、後に壬申の乱以降に再建された高安城の倉庫であると判明。しかし、1999年の調査で高安山頂の北西約300メートルの場所で花崗岩を二段積みした石垣がおおよそ100メートル続いているのを発見。その後の調査などから城壁の高さは10mを越えるものであり、高安山の西側に張り出した尾根の先端を平坦に整地してあり、その周囲に石垣が構築されていたことがわかっている。

[編集] 中世・近世

奈良時代以降、この地一帯は難波大和国を結ぶ中継地として栄え、渋川道(→竜田越奈良街道)、十三街道などが設置され、さらに仏教の広まりとともに、寺院への参道として信貴道東高野街道などが設置された。

平安時代以降、平安京遷都により、都から遠いこの地域の文化は衰退し、かつてこの地域で勢力を保っていた氏族は衰退していった。この地域は多くの寺社や貴族の荘園となる。

戦国時代から江戸時代初期にかけて、この一帯は、たびたび合戦が繰り広げられる場所であった。初期に久宝寺や萱振で寺院を中心に寺内町環濠集落が形成され、時の権力に対抗する勢力の拠点となった。また、大坂夏の陣においては北の若江(東大阪市)、南の道明寺(柏原・藤井寺市)と並んで序盤の激戦地となった。 江戸時代初期には浄土真宗の宗派対立を発端とし、八尾寺内町が創設され、現在の八尾市発展の基となった。

江戸時代中期、それまで八尾市域を貫流して淀川水系と合流する流路を形成していた大和川の付け替え工事が行われ、方面に流れるようになった。これにより度々水害に悩まされていた状況が改善されると共に、大和川の付け替え後の川床は新田として新規農用地の開拓が進んだ。川床跡の砂地は木綿栽培に適しており大坂という消費地が近かったため、商品作物としての木綿の栽培や農村工業としての紡績が盛んになり、全国でも有数の裕福な農村となった。

[編集] 近代以降

明治以降は大阪だけでなく八尾も綿糸生産で繁栄したが、次第に外国産の安い綿花の輸入を求める声が紡績業界に強まり、ついに輸入綿花の関税が廃止され、八尾の綿花栽培は大正末期までに急速に衰えていった。その後は綿を生産していた農家や工場がブラシ生産に活路を見出し、いわゆる地場産業へと移り変わっていった。

1889年には大阪鉄道(現JR大和路線)、1924年には大阪電気軌道(現近鉄大阪線)が開通。交通・物流の便が良くなったため、大阪近郊の手頃な住宅地、また工場地帯として開発されていった。戦後は道路網の整備も行なわれ、奈良街道に沿って国道25号が整備され、また、大阪万博開催に間に合わせるように大阪中央環状線大阪外環状線が供用開始された。 かつては竜華地区に竜華操車場が設置され、物流の中継点となっていたが、その後の情勢の変化により廃止された。跡地は長らく放置されていたが、1997年以降にようやく再開発(大阪竜華都市拠点土地区画整理事業)が開始され、市立病院の移転をはじめ、多くの施設が建設されている。

[編集] 自治体としての歴史

[編集] 年表

主なできごと
1948年(昭和23年) 4月 八尾市発足(八尾町、龍華町、久宝寺村、大正村、西郡村が合併)
人口64,431人・面積18.99km2
5月 初代市長 脇田幾松 が就任
1950年(昭和25年) 2月 八尾市立病院(旧病院)開設
1951年(昭和26年) 2月 市役所庁舎(旧庁舎)完成
1952年(昭和27年) 11月 教育委員会が発足
1955年(昭和30年) 2月 河内市の福万寺・上之島地区を編入
4月 南高安町・高安村・曙川村を合併
人口94,694人・面積37.46km2
1956年(昭和31年) 11月 山本球場が近鉄から市に移管
1957年(昭和32年) 4月 志紀町と合併
人口97,674人・面積41.05km2
1958年(昭和33年) 4月 高安山一帯が金剛生駒国定公園に指定される
1962年(昭和37年) 6月 衛生処理場完成
1963年(昭和38年) 4月 2代目市長 大橋清治 が就任
1964年(昭和39年) 4月 松原市若林地区の一部を編入
人口147,090人・面積41.26km2
11月 八尾市民憲章を制定
1965年(昭和40年) 1月 地域住民が玉串川沿道に植樹を開始
1967年(昭和42年) 4月 教育センター開設
1968年(昭和43年) 4月 市制施行20周年
1969年(昭和44年) 11月 アメリカ合衆国ワシントン州ベルビュー市と姉妹都市提携
12月 国道170号大阪外環状線 供用開始
1970年(昭和45年) 4月 府道大阪中央環状線 供用開始
1971年(昭和46年) 7月 久宝寺緑地 開園
1974年(昭和49年) 1月 安中診療所開設
1975年(昭和50年) 4月 3代目市長 山脇悦司 が就任
1978年(昭和53年) 1月 市立図書館(本館/現・市立八尾図書館)開設
4月 市制施行30周年
第1回八尾まつり 開催
12月 保健センター開設
1979年(昭和54年) 11月 近鉄大阪線高架化事業完成、近鉄八尾駅前広場完成
1980年(昭和55年) 11月 地下鉄谷町線 天王寺八尾南間開通
1984年(昭和59年) 7月 八尾空港施設移転・整備 竣工
1986年(昭和61年) 9月 中華人民共和国上海市嘉定県(現・嘉定区)と友好関係議定書締結
1987年(昭和62年) 3月 近畿自動車道八尾IC供用開始
11月 歴史民俗資料館 開館
1988年(昭和63年) 8月 市制施行40周年
河内音頭全国大会開催
11月 八尾市文化会館(プリズムホール) 開館
1991年(平成3年) 4月 山本球場 改装竣工
1994年(平成6年) 4月 市役所新庁舎竣工
1995年(平成7年) 4月 4代目市長 西辻豊 が就任
1996年(平成8年) 4月 市立山本図書館 開館
11月 市立志紀図書館 開館
1997年(平成9年) 7月 JR久宝寺駅橋上駅舎 完成
9月 八尾市立総合体育館(ウイング) 開館
1998年(平成10年) 4月 市政施行50周年
やおコミュニティ放送(FMちゃお)開局
1999年(平成11年) 4月 5代目市長 柴谷光謹 が就任
2000年(平成12年) 4月 市立屋内プール 開設
コミュニティバス「愛あいバス」運行開始
2001年(平成13年) 4月 特例市に移行
2004年(平成16年) 5月 八尾市立病院 (新病院) 開院
2005年(平成17年) 4月 心合寺山古墳復元整備が完成、しおんじやま古墳学習館 開館
2006年(平成18年) 3月 大阪竜華都市拠点土地区画整理事業 竣工
2007年(平成19年) 4月 6代目市長 田中誠太 が就任

[編集] 行政

[編集] 歴代市長

氏名 就任年月 退任年月
初代 脇田 幾松 1948年5月 1963年4月
2 大橋 清治 1963年4月 1975年4月
3 山脇 悦治 1975年4月 1997年4月
4 西辻 豊 1995年4月 1999年4月
5 柴谷 光謹 1999年4月 2007年4月
6 田中 誠太 2007年4月 現職
  • 市議会:定員32名

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 地域

[編集] 人口

八尾市と全国の年齢別人口分布図(比較) 八尾市の年齢・男女別人口分布図
紫色は八尾市
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 272,706人
1985年 276,394人
1990年 277,568人
1995年 276,664人
2000年 274,777人
2005年 273,487人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 国の出先機関

[編集] 大阪府の出先機関

[編集] 八尾市管轄の機関

[編集] コミュニティセンター(出張所)

各コミュニティセンター内には市役所出張所が置かれている。

  • 志紀コミュニティセンター
  • 久宝寺コミュニティセンター
  • 大正コミュニティセンター
  • 緑ヶ丘コミュニティセンター
  • 南高安コミュニティセンター
  • 竹渕コミュニティセンター
  • 曙川コミュニティセンター
  • 高安コミュニティセンター
  • 龍華コミュニティセンター
  • 山本コミュニティセンター

[編集] 教育

[編集] 大学・短期大学

[編集] 高等学校

公立
私立

[編集] 中学校

公立
私立

[編集] 小学校

[編集] 特別支援学校

[編集] 所轄郵便局

  • 八尾郵便局
  • 八尾相生町郵便局
  • 八尾駅前郵便局
  • 八尾老原郵便局
  • 八尾太田郵便局
  • 八尾恩智郵便局
  • 八尾上之島郵便局
  • 八尾亀井郵便局
  • 八尾萱振郵便局
  • 八尾北本町郵便局
  • 八尾木の本郵便局
  • 八尾久宝寺郵便局
  • 八尾久宝寺四郵便局
  • 八尾教興寺郵便局
  • 八尾幸町郵便局
  • 八尾志紀郵便局
  • 八尾高美郵便局
  • 八尾高安郵便局
  • 八尾竹渕郵便局
  • 八尾東山本郵便局
  • 八尾本町郵便局
  • 八尾緑ヶ丘郵便局
  • 八尾南太子堂郵便局
  • 八尾南本町郵便局
  • 八尾八尾木郵便局
  • 八尾山本北郵便局
  • 八尾山本七郵便局
  • 八尾山本郵便局
  • 千塚郵便局

[編集] 交通機関

[編集] 航空

[編集] 鉄道

[編集] バス

  • 近鉄バス
    • 一般路線:八尾線、山本線、恩智線、経法大線、久宝寺線、志紀線、萱島線、中央環状線、信貴山上線
      近鉄八尾駅、河内山本駅、八尾南駅、JR久宝寺駅を主な拠点に、近鉄八尾-藤井寺、近鉄八尾-JR住道・萱島、山本駅-花園駅・瓢箪山駅、アリオ八尾-JR久宝寺、JR久宝寺-八尾南駅 などの路線が運行している。
      市内には八尾営業所がある。ただ、近年の休廃止により路線バス空白地も多くなっている。その一方、アリオ八尾への乗り入れ開始や新路線(JR久宝寺駅~南太子堂五丁目~八尾南駅前)も開通している。
    • 愛あいバスコミュニティバス):全4路線は2008年6月30日をもって廃止された。

詳細は「愛あいバス」を参照

[編集] 道路

[編集] 産業

歯ブラシの生産量日本一で、全国生産量の四割を占める。歯ブラシの生産が八尾市をはじめ河内地方で盛んになったのは、河内木綿の生産が衰退していた明治中期に、新たな副業を求めていた農家と安価な労働力を求めていた大阪のブラシ業界の利害が一致したため。

かつては綿業の副産物として綿種油の生産も盛んであった。現在も長瀬川沿い付近には油脂関連の企業が立地している。

大阪外環状線より東側、高安山麓には造園業者が多い。

[編集] 特産物

  • 若ごぼう
  • 恩智いちご
  • 八尾えだまめ

[編集] 八尾市に本社・本店を置く主な企業

[編集] 八尾市に営業所・事業所を置く主な企業

[編集] 主な公共施設・商業施設・名所・旧跡・祭事・地理等

[編集] 公共施設・団体

[編集] 主な商業施設

[編集] 神社・仏閣

矢作神社のイチョウの写真がしばしば八尾市刊行物の表紙を飾る。

[編集] 公園

[編集] 地理・旧跡・その他

[編集] 出身・在郷有名人

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ