佐々木守

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佐々木 守ささき まもる1936年9月13日 - 2006年2月24日)は、石川県出身の脚本家放送作家漫画原作者。明治大学文学部日本文学科卒業。

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[編集] 略歴

明治大学では児童文学研究部に所属し、鳥越信山中恒古田足日らの児童文学研究誌「小さい仲間」の同人となる。その頃書いた「児童文学における近代性への疑問 -- 児童文学者の戦争責任」(『小さい仲間』26号)「新美南吉『おじいさんのランプ』論」(『日本児童文学』通巻45号)などで注目をあびた。

1961年に『戦国忍法帖』でラジオドラマ放送作家としてデビュー、教育映画作家協会(現:日本記録映画作家協会)の機関誌「記録映画」の編集者を経て、松竹を退社した大島渚監督が結成した独立系映画製作プロダクション「創造社」に参加。『絞死刑』など大島が監督する映画脚本を手がけるようになる。

同時期には、大島の紹介で、当時TBSディレクターだった実相寺昭雄と知り合う。佐々木と実相寺は意気投合し、特撮テレビドラマ『ウルトラマン』を初めとして、以後もコンビでの仕事を多く行なった。また、ABCではプロデューサー山内久司とのコンビで"脱ドラマ"を標榜した『お荷物小荷物』を世に送るなど、テレビの世界にも活躍の場を広げたが、児童文学を知っていることもあり子供向けドラマを中心に脚本を執筆。日本古代史や少数民族に着目した作品が多い。

漫画の原作でも水島新司の作画による『男どアホウ甲子園』などのヒット作を遺した。

一方、鈴木清順日活解雇反対運動に参加する中で、やはりこの運動に加わっていた映画評論家の松田政男、映画監督の足立正生1968年に映画『略称・連続射殺魔』を制作。1970年には、この3人にジャズ評論家の平岡正明相倉久人を加えて「批評戦線」を結成し雑誌『映画批評』を創刊した。

大学時代に日本共産党に入党(数年で離党)した経験から、政治思想的には左翼のスタンスであり、後年のインタビューなどでも「今でも機動隊のバスを見かけると怒りがこみ上げて体が熱くなってくるんですよ」「なぜ今の若者は国に怒りを持たないのだろう」等と述懐しているほか、「今の日本の諸悪の根元は天皇制にあります」等と反皇室思想を明確に表明していた。実際佐々木の代表作「お荷物小荷物」・「アイアンキング」には佐々木の反皇室思想が垣間見える。(※ 前者は琉球王国アイヌ民族による逆襲、後者は熊襲の子孫による逆襲)

1960年代後半においてはいわゆる「新左翼」に近い立場をとり、アイヌ民族解放や琉球独立運動にも支持を寄せていた。

脚本においては、ごく初期に、ウルトラマンの劇場用オリジナル長編を、天皇制の悪性を主張した内容で描くなど(本作は製作中止)、自己の思想を絡めたものを執筆したものの、それ以降は、これらの思想をドラマ設定の背景に使用することはあっても、劇作家という作品における管理者的立場を利用して自分の思想を振りかざす事はなかった。

この点について佐々木は、岩佐陽一のインタビュー(『映画秘宝』5号 1996年7月)に答えて「テレビじゃ反体制の側を主人公にはできないよ。そんな企画書いても通らないし」と述べると共に、そのような立場の人々に対する個人的な共感を込めた、と語っている。

熱心なミステリーファンでもあり、推理ものの脚本も多い。特に横溝正史作品の造詣が深く、2時間ドラマなどでは横溝作品を独自の視点でアレンジした脚本を多数執筆している。

[編集] 代表作

[編集] テレビドラマ

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[編集] 映画

[編集] テレビ番組構成

[編集] 漫画原作

[編集] 作詞

  • 男どアホウ甲子園(『男どアホウ甲子園』オープニングテーマ)
  • アイアンキング(『アイアンキング』オープニングテーマ)
  • ひとり旅(『アイアンキング』エンディングテーマ)
  • 死神の子守唄(『怪奇大作戦』挿入歌)
  • 静かな午后のひととき(『日本一の断絶男』挿入歌)
  • 故郷は地球(『シルバー仮面』オープニングテーマ)
  • コンクリートジャングル(『刑事くん』オープニングテーマ)
  • 石川県立能都北辰高等学校校歌
  • 金沢学院大学付属金沢東高等学校校歌
  • 石川県立県立小松明峰高等学校校歌
  • 石川県立内灘高等学校校歌

[編集] 著書

  • 鷹の砦(れんが書房新社、1978年)
  • 竜宮城はどこですか(くもん出版、1998年12月)ISBN 4-7743-0276-7
  • 戦後ヒーローの肖像 -- 『鐘のなる丘』から『ウルトラマン』へ(岩波書店、2003年9月)ISBN 4-00-023637-7