中居正広

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なかい まさひろ
中居 正広
生年月日 1972年8月18日(36歳)
出生地 日本の旗 神奈川県藤沢市
血液型 A型
職業 アイドル
活動期間 1987年3月 - 現在
主な作品
ドラマ
味いちもんめ』/『輝く季節の中で
勝利の女神』/『ナニワ金融道
最後の恋』/『ブラザーズ
グッドニュース』/『伝説の教師
白い影』/『砂の器
映画
模倣犯
私は貝になりたい
備考
SMAPのリーダー

中居 正広(なかい まさひろ、1972年8月18日 - )は、男性アイドルグループ・SMAPリーダー。所属事務所ジャニーズ事務所。「中正広」ではない(『中井正広のブラックバラエティ』(日本テレビ系)ではわざとスタッフが「中」にしている)。身長165cm。足のサイズ24.5cm。

SMAPでの初期からのイメージカラーはブルーだが、『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)のコーナー「BISTRO SMAP」の時のみピンクである。

愛称は中居中居君中井さんまたは中井しゃん(『中井正広のブラックバラエティ』の場合)。

目次

[編集] 来歴

神奈川県藤沢市辻堂出身。父は通関業勤務。男3人兄弟の末っ子(三男)。藤沢市辻堂二葉幼稚園、藤沢市立鵠沼小学校、5年生の時に藤沢市立明治小学校に転入、藤沢市立明治中学校、私立平塚学園高等学校中退東京都立代々木高等学校定時制卒業。この高校で木村拓哉とは同じクラスでに所属する。

中居曰く、高校時代の中居は「ヤンキー派」で、木村拓哉は「チーマー派」。中ラン・ボンタン、潰した学生カバンなどのエピソードは、テレビやラジオなどでたびたび紹介される。

1987年3月にジャニーズ事務所に入社し、同年秋にSMAPの前身グループであるスケートボーイズに選ばれる。

1988年、スケートボーイズの6人によるグループSMAPを結成。1991年9月9日、『Can't Stop!! -LOVING-』でCDデビュー。

その後、歌手活動を始め、タレント、俳優、司会などの活動をしている。

[編集] 参加ユニット

[編集] 人物

[編集] 趣味・嗜好

  • ロックダンスが得意。
  • スポーツ歴は野球バスケットボール。熱狂的なプロ野球読売ジャイアンツファンとして知られ、特に原辰徳のファンとされる。
  • 1992年デビュー当初、プロ野球aiに「巨人原辰徳や、阪神掛布雅之に憧れた世代」をアピール。しかしわずか3週間前に阪神ファンの機関紙月刊タイガースで「湘南出身なのに熱烈なタイガースファンの中居です」「SMAPもよろしくお願いします」とコメントを寄せていたことがことが阪神ファンに発覚、雑誌の投稿コーナー(「VOW」)に投稿される。
    • 月刊タイガース200号に阪神タイガースのファンであること公表。同編集部の功績を讃える手記が掲載された[1]
  • 翌1993年には、甲子園球場の電光掲示板に、7回裏の攻撃の際に中居が登場し、阪神ファンにいっそうの応援を呼びかける画像が流されていた。
  • ドラマ「砂の器」でピアニスト役を演じる直前の2003年に草野球で右手の中指の先を骨折。中指の先が曲がってしまう。
  • 1980年代の人気アイドル堀ちえみ柏原芳恵のファンでサタスマに彼女達を招待している。
  • 若い頃は尖っていたらしく、同じメンバーの木村(木村もまた中居と同じく若い頃は尖っていた)とよく衝突していたが、現在ではわだかまりも解けてツーカーの仲であるとのこと。
  • 愛車は、長年にわたり日産・シーマ(FY33型)であったが現在はメルセデス・ベンツCLS550を所有。
  • 最新の家電製品が苦手。家ではVHSのビデオデッキを使っている。携帯電話も2006年4月に壊れて修理不能となるまで、12年間同じ機種(NTTドコモのPシリーズ。購入時期からデジタルムーバPと思われる)を使い続けていたほど。ただし、並行して使用していた2台目の携帯電話は当時の最新機種であった。
  • 帽子(整髪するのが面倒で、そのために時間をかけるぐらいならギリギリまで寝ていたいという理由でほとんどと言っていいほど被っている。冬はニット多め)・アクセサリー・リストバンド・時計等が好きで数多く所有している。帽子は家に60個ほどある。
  • 普段からアンクレットを2つ身に着けている。テレビ出演の際も基本的に外すことは無い。片方は親戚の子供から貰ったと番組内で公言しているが、もう片方については一切語ろうとせずに、なぜかこの話題が終息に向かってしまい話題を変えようと図る。
  • 水族館のクッションが好きで甥っ子・姪っ子や友達と水族館に行ったときには必ず2つほど買っている。ベッドの上には常時シロイルカの抱き枕を置いてある。

[編集] 親交関係

  • めちゃ2イケてるッ!の総監督などで知られている片岡飛鳥とは、半年に一回飲みに行く仲である。そこでの会話はほとんどが仕事についてである(雑誌より)。
  • 基本的に名字(中居)で呼ばれることが多い。業界関係の人物で名前(正広)で呼ぶのは、フジテレビ荒井昭博、キム兄こと木村祐一など。水谷豊が『うたばん』に出演したときは、はじめ「正広くん」と呼んだが話し合い(?)の末「正広ちゃん」と呼んだ。
  • RIP SLYMESUの姉(一般人)と、DJ FUMIYAの兄(EAST ENDのバックダンサーTAKE)は小学校・中学校時代の同級生でその時よくTAKEの家に遊びに行っていた。また、『うたばん』ではその当時の素行をSUとDJ FUMIYAに暴露されていた。

[編集] 身体的特徴

  • 身長165cmとしているが、それより低いのではないのか、という身長詐称疑惑がよく流れている。しかし、2007年8月5日放送の笑っていいとも!増刊号で身長測定をしてみたところ、170cmあったことが判明。だが、ニット帽を被っていたので正確には170cmより低い。タモリによると「168cmはあるよ」という。
  • 視力が悪い(右目が0.1~0.2、左目が0.09)。車を運転する時と家にいるときなどは、いつもメガネをかけている。仕事などでは眼鏡をかけていないことも多いが、コンタクトレンズはしていない。

[編集] 仕事

[編集] バラエティ業

  • 出演しているレギュラー番組の多くで司会を担当している他、NHKNHK紅白歌合戦』の司会や、フジテレビ系『FNSの日』(FNS27時間テレビFNS26時間テレビ)の総合司会、TBSアテネオリンピックトリノオリンピック北京オリンピックのメインキャスターを務めた。ニッポン放送ラジオ・チャリティー・ミュージックソンのパーソナリティ(1996年、1997年)など大型特別番組の司会も多く担当している。
  • 『NHK紅白歌合戦』では、1997年・1998年・2006年・2008年は白組司会、2007年は紅組司会として述べ5回司会を担当。通算司会5回は、NHKアナウンサー以外では黒柳徹子佐良直美と並び最多タイであり、男性では単独で最多となる。他にも、最年少白組司会者記録(2008年現在)、歌手・司会兼任出場回数の最多タイ記録(男性では単独で最多)、NHKアナウンサー以外の白組司会の最多回数記録、NHKアナウンサー以外の司会者による勝利回数の最多タイ記録(いずれも白組でのもので、男性では単独で最多)も持つ。さらに、NHKアナウンサー以外で初めて、男性による紅組司会を務めた(NHKアナウンサー以外で初めての紅白両方の司会も達成した他、歌手としてはSMAP名義で白組から出場したため、歌手と司会で別々の組から出場する紅白史上初の珍記録も持つ)。また、NHKアナウンサー以外の男性で初めて返り咲き司会を経験。
  • フジテレビ系『FNSの日』の総合司会(1998年~2000年・2004年・2006年)を、北野武と並び歴代最多である5回担当した。
  • 2008年11月24日(月曜日)に、仲間由紀恵からの紹介で『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングのゲストとなる。これによって同番組としては、初めて番組レギュラー(中居は火曜日レギュラー)のままテレフォンショッキングのゲストとして出演することとなった。また、お友達紹介では同じくSMAPでいいともレギュラーの草彅剛香取慎吾を指名するもどちらも断れ、金スマで共演しているTBSアナウンサーの安住紳一郎[2]を紹介した。

[編集] 俳優業

  • 2000年代以降は文芸物や名作のリメークへのシリアスな役柄での出演が続いている。
  • 俳優業では、監督に全てまかせるという方針をとっている。作品や芝居に対する意見を言わずに、真っ白のままで現場に行き、監督に色を付けてもらって芝居をする。2008年公開の私は貝になりたいでは、役作りのために10kgの減量をしたり、約25年ぶりに髪を刈って坊主頭にしたりしている。
  • 木村拓哉とともに3年B組金八先生第3シリーズの生徒役のオーディションを受けたが、落選している(その際、ジャニーズ事務所から合格したのは森且行長野博)。

ものまねユニット イチロータモリ森進一役所広司東幹久長州小力高橋克典小林稔侍など 関根勤藤井隆高橋克実八嶋智人とは関係深い人物である。

[編集] その他エピソード

  • 語尾に「~だべ」をつけるのが癖。
  • 単語の語尾に「~っち」や「~っぴー」をつけることが多い(例:子供っち、彼女っち、地元っぴー「じもっぴー」など)。
  • 放映権を持つテレビ局の日本代表野球チームのサポーターとして、07年北京五輪アジア最終予選で星野仙一監督「公認サポートキャプテン」を務め、08年北京五輪ではTBSメインキャスターとして日本代表を応援。その後、テレビ朝日の09年WBC日本代表サポートキャプテンに起用される。TBS系では冬季オリンピックのメインキャスターも二度務めている。

[編集] 賞詞

  • 『第21回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞』-主演男優賞(2008年12月28日)「私は貝になりたい」により。

[編集] ランキング

  • 『メガネが似合う男性芸能人(06年)』10位
  • 『"帽子男"ランキング(06年)』1位
  • 『今年、紅白の司会を務めてほしい有名人(07年)』1位
  • 『ギャルの間で話題のキーワードランキング総合(08年)』4位
  • 『「an・an」読者の好きな男ランキング(08年)』5位
  • 『今年、紅白の司会をしてほしい有名人(08年)』1位


[編集] 出演

[編集] バラエティー

レギュラー
単発
過去

[編集] テレビドラマ

[編集] 映画

[編集] CM

現在
過去

[編集] ラジオ

現在
過去

[編集] 参考・脚注

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  1. ^ 月刊タイガース200号に掲載された実際の記事写真
  2. ^ 中居いわく、『断れない親友』。