世界救世教
世界救世教(せかいきゅうせいきょう)とは、大本教の幹部だった岡田茂吉が1935年(昭和10年)に立教した新宗教系の教団。現在の教主は四代目の岡田陽一[1]。
神奈川県箱根町強羅に箱根神仙郷[2]、静岡県熱海市に熱海瑞雲郷[3]、京都府嵯峨野(広沢池隣接地)に京都平安郷[4]と、国内3ヶ所に教団の聖地と定めた神殿および庭園を有している[5]。箱根の聖地・箱根神仙郷には箱根美術館、熱海の聖地・熱海瑞雲郷にはMOA美術館があり、教団所蔵の美術品を展示している。
世界救世教の特徴的な宗教活動は、浄霊という手かざしの儀式的行為を各信者が行うこと、自然農法という農法を推進すること、芸術活動を行うことである。
現在の世界救世教は3派体制で運営されている。世界救世教いづのめ教団、東方之光、世界救世教主之光教団である。詳細は、#分派と和解の項を参照のこと。
世界救世教の公称信者数は、2009年(平成21年)9月時点で、国内に103万1506人の信者がいる(職員数4346人、施設数706個所)。[6]海外では80ヶ国で200万人の信者がいる。[6]うち、タイには約70万人[7]、ブラジルには約40万人の信者がいる。タイ、ブラジルには、国内と同様、聖地と定めた神殿および庭園が建設されている。
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[編集] 浄霊
浄霊とは、同教団で行われる儀式的行為のことで、病人の患部、あるいは、「急所」と呼ばれる、各病気ごとに有効とする個所に手をかざす事によって、その病状を癒すというものである。いわゆる手かざしである。
世界救世教では、「おひかり」と呼ばれるペンダント状のものを首にかけることにより、信者ならだれでも行うことが可能な術としている。
岡田茂吉は、病気の原因は薬による二次被害であるとする思想(薬毒)を説き、西洋医療の投薬や手術、東洋医学の漢方にかわる治療として浄霊を推進していた。このため、信者には医学との対立的な姿勢を見せるものもあり、その結果発生したトラブルが新聞に掲載されるようなこともあった。茂吉の死去後、世界救世教は、その方針を教祖存命時よりも、より医学との共存的な姿勢を取る方向に向け、教団自ら医療施設を教団内に設けるなども行った。近年は、浄霊に理解のある医師や学者などと、浄霊の効能を積極的に研究する姿勢を見せている。
また、岡田茂吉が説いた浄霊は、病気治療法としての技術であり、施術者は病気治療の急所などの知識が必要であったが、茂吉の死去後、二代教主らにより、世界救世教の浄霊は宗教的儀式(祈り)の面が強調され、施術者は病気の急所などの知識は必ずしも必要ではないとされた。
現在の世界救世教では、病気治療的面を強調する会派(東方之光)と、強調せず、宗教儀式的なものとして行う会派(世界救世教いづのめ教団、世界救世教主之光教団)が並立している。また、団体の所属とは別に、信者ひとりひとりの浄霊に対する個人的指向として、病気治療的指向と宗教儀式的指向を持つ者が並立する状態である。
[編集] 自然農法
岡田茂吉は、日本で無農薬有機農法が注目されるはるか以前である昭和20年代より、自然農法という名称で、独自の無農薬有機農法を研究、実践、推進してきた。岡田茂吉の死去後、世界救世教では、琉球大学教授比嘉照夫が提唱するEMを使用した環境浄化の推進を活動に積極的に取り入れ、これが自然農法を支援する技術としても採用された。このため現在では、EMによる有機栽培が、世界救世教の自然農法そのものであるかのように見られている面があるが、歴史的事実はそのとおりではない。
現在の世界救世教では、自然農法にEM技術を使用する会派(世界救世教いづのめ教団、世界救世教主之光教団)と、使用しない会派(東方之光)が並立している。
[編集] 分派と和解
世界救世教は、過去において組織からの離脱や分派活動が目立つ教団でもあった。
それは、強大なカリスマ性を有していた教祖の死去という事件が、明治以降に誕生した多くの他集団同様教団に大きな動揺をもたらしたことに端を発し、教祖の死去以降、教団の変革が激しく行われたため、教義上の理由から反対する余地が多かったことや、教団の変革のなかに各教会に経済上の不利益を課すものがあったこと、また、改革以前は傘下の教会の独立性が強く離脱しやすかったと同時に、各々の教会主宰者のカリスマ性が強かったことなどが、こうした分派活動を促した側面があると言える。
事実、岡田茂吉が死去した1955年(昭和30年)には教団財産や組織運営をめぐって内紛に発展、当時の大草直好管長が暴力団員風の男たちに拉致される事態にもなり、世界明主教[8]や世界浄霊会などが分裂した。また、1970年以降には当時の松本明重[9]外事対策委員長が主導する形で教団運営の中央集権化が図られ、これに反発した有力な教会が離脱・分派を形成(救世神教・神慈秀明会など)するに至っている。
その松本明重も墓地開発で救世教と別に宗教法人を創設したことから分派活動との指弾を受け、1980年に救世教内の全役職から辞任。更に当時の川合輝明総長の責任問題に発展し、1982年に川合総長は任期を1年残して総長を辞任。後任総長には中村力が就任するも、1984年に組織運営の主導権を狙う「教団正常化委員会」と称する少数のグループが中村総長に対する批判攻撃を開始。中村総長は教団護持委員会を設置し圧倒したため、正常化委員会グループは先鋭化しつつも窮地に立ち、川合輝明前総長に助力を嘆願。川合輝明は和解の道を開く為、組織内三団体トップと面会し信仰的解決を訴え、トップ三氏は和解のテーブルとなる「新生協議会」設置構想に合意し、事態の収拾に道がついた。しかし、正常化委員会グループは、「新生協議会」を利用し主導権掌握の動きを再び開始。中村総長は突然「新生協議会」を解散すると共に、5名の責任役員を解任したため再び混乱が生じた。これに対抗し、責任役員会は中村総長を解任。後任の総長には松本康嗣を立て、岡田斎教主は松本総長を認証し中村総長を罷免したが、地位確認は法廷の場へと移された。こうした混乱の中、正常化委員会を中心とするグループはダビンチ絵画問題を起こし、ついに「新生協議会」は実質的に解散せざるを得なくなった。正常化委員会を母体とするグループは松本総長を担いだため、責任役員会は松本総長を解任し、中野隆昭を代務者に選任した。中野隆昭総長代務のもとに「新生協議会」の多数派があったが、教祖の教えに立脚した教団再建を訴えたため再建派と呼ばれるようになり、松本を担ぐグループは、教団新生を唱えたため、新生グループと呼ばれ、中村の護持派・川合の再建派・松本の新生派の三派に分かれる結果となった。1986年4月、新生派は礼拝施設であった熱海救世会館を実力行使して占拠したため、機動隊が出動するなど混乱はピークに達した。数々の法廷闘争などを経て、三派は1997年に和解、2000年に宗教法人世界救世教を包括法人とし、三派がそれぞれ被包括法人として、世界救世教いづのめ教団(新生派)・東方之光(再建派)・世界救世教主之光教団(護持派)として独立した。
なお、世界救世教の被包括法人である三派は、和解時の合意に基づき、2010年(平成22年)に統一され、統合される予定となっている(この統合の時期は、2009年に四代教主によって延期の意向が示された[10])。一度分裂した宗教団体が再度統合する例は、宗教界においても前例が少ない希有な事例とされている[11]。また、世界救世教いづのめ教団は、複数の分派教団と友好協定を結んでいるなど、世界救世教には、分派も多いが和解も多いという特徴がみられる。
なお、上記団体以外にも世界真光文明教団など「真光系」と呼ばれる教団も、教祖である岡田光玉が世界救世教の布教師として活動していたことや、教義の類似性などから、一般的には世界救世教の分派として捉えられている(真光系教団は、教祖が世界救世教の布教師として活動していた事実を公表はしていない)。
[編集] 関連団体
- 財団法人 MOA美術・文化財団(エム・オー・エー)
- 財団法人 自然農法国際研究開発センター
- 財団法人 MOA健康科学センター
- 財団法人 環境科学総合研究所
- 財団法人 微生物応用技術研究所
- 財団法人 日伯美術連盟
- 有限責任中間法人 MOAインターナショナル
- 株式会社 MOA商事
- 株式会社 瑞雲
- 株式会社 EM研究所
- 株式会社 東光
- NPO法人 MOA 自然農法文化事業団
- 新田記念総合医学研究所
- 協力医療法人・クリニック
[編集] 関連項目
- 岡田茂吉
- 箱根美術館 - 教祖岡田茂吉創立、敷地庭園内に岡田茂吉記念館を併設した私立美術館。
- MOA美術館 - 教祖岡田茂吉創立の私立美術館。岡田茂吉生誕100周年に改築・改称。
- 自然農法
- 大本
- 国常立尊
- 伊都能売
- 神慈秀明会
- 世界真光文明教団
- 強羅公園
- 下稲葉耕吉(参議院議員)(事務所MOA第1ビル8階=熱海)
[編集] 脚注
- ^ 週刊ダイヤモンド、2009/09/12、30ページから、”新宗教”
- ^ “箱根神仙郷”. 世界救世教いづのめ教団. 2008年8月7日閲覧。
- ^ “熱海瑞雲郷”. 世界救世教いづのめ教団. 2008年8月7日閲覧。
- ^ “京都平安郷”. 世界救世教いづのめ教団. 2008年8月7日閲覧。
- ^ “聖地”. 世界救世教いづのめ教団. 2008年8月7日閲覧。
- ^ a b 週刊ダイヤモンド 2009年9月12日号の特集「新宗教 巨大ビジネスの全貌」より。このデータは、特集作成時に世界救世教が週刊ダイヤモンドからの取材に返答したものであり、世界救世教被包括法人三派の総合的な集計であると思われる。
- ^ タイ王国は人口が約6800万人であるため、国民の100人に1人が信者である計算になる。
- ^ のちに「晴明教」と名称を変え、現在は新健康協会
- ^ 右翼団体・日本民主同志会会長で、政界や暴力団関係者に知己が多かった。
- ^ 大経綸9号 宗教法人世界救世教 2009年(平成21年)1月1日発行。
- ^ 再統合の事例としては、第2次世界大戦敗戦後の1953年(昭和28年)に智山、豊山両派の一部寺院が再統合し創設された新義真言宗、ロシア革命の影響で国内外二派に分裂していたが2007年に再統合を果たしたロシア正教会がある。後者は80年ぶりの統合であり、再統合に向けては露政権の強力な後押しが背景にあったとされている。世界救世教の再統合は、分裂時の当事者の多くが存命であり、第三者機関の後押しなども見られない自発的な統合であるという意味でも、特殊な事例であると言うことができる。
[編集] 外部リンク
- 世界救世教いづのめ教団
- MOA International
- 世界救世教独立教団詳細 - 『[縮刷版]新宗教事典 本文篇』(井上順孝、対馬路人、西山茂、孝本貢、中牧弘允編集、弘文堂、1994年7月。ISBN 978-4335160257)より抜粋
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