リューベック

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リューベックLübeck) はドイツ連邦共和国の都市。シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州に属する。バルト海に面する北ドイツの代表都市。かつてはハンザ同盟の盟主として繁栄を誇った。正式名称をハンザ都市リューベック(Die Hansestadt Lübeck)という。"Lübeck"の発音は、標準ドイツ語では/ˈlyːbɛk/リューベクに近い)のに対し、地元では/ˈlyːbek/(リューベックに近い)となる傾向がある。面積214.14平方キロメートル、人口214,338人(2003年末)。

目次

[編集] 地勢

上空から見たリューベックの風景

バルト海南西部のリューベック湾に面する海港を有する港湾都市である。造船産業などでも繁栄した。約55キロ南西にハンブルク、60キロ北西にキール、55キロ南西にシュヴェリン、100キロ東にロストックが位置する。

[編集] 歴史

中世のリューベック

1143年ホルシュタイン伯のアドルフによって建設された。一旦火事で荒廃したものの、ザクセンハインリヒ獅子公によって再建された。北海・バルト海交易で一時期独占的な地位を築いたハンザ同盟の盟主でもあった。リューベック商人は、ノルウェーベルゲンに商館を築き、ノルウェーのを南に売却して大きな利益をあげた。また、リューネブルクの岩塩をおさえたことで、塩漬け(ニシン)でも独占的な地位を誇った。近世にはいると、ハンザ同盟の衰退とともに、リューベックも衰退していった。

第二次世界大戦中は空襲を受け、戦後の冷戦期には西ドイツであったが、東西ドイツ国境のそばにあった。

[編集] 文化

ホルステン門(1478年)
リューベックのタウンホール

トラベ川とトラベ運河に囲まれた島にある旧市街地は世界遺産に登録されている。

旧市街地の入り口のホルステン門Holstentor)はユーロ導入以前の旧50ドイツマルク紙幣の図柄にも採用されている。 マルクト広場に面して黒レンガ造りの市庁舎がある。その隣にゴシック様式のマリエン教会がある。

なんといっても、トーマス・マンの故郷で、『ブッデンブローク家の人々』はこの町に住んだ彼の一族をそのままモデルにしたもの。生家は以前は銀行の支店だったこともあるが、現在ではマンの記念館になっている。

旧市街地は、運河が周囲に掘り巡らされていて、船での周遊が観光の目玉。古い船員組合の建物がレストランになっていて、大航海時代の巨大な帆船模型が天井から吊り下げられ、また壁面はさまざまな航海の様子を描いた油彩で飾られた中での魚料理はまた格別と評判。

[編集] トラヴェミュンデ

町の中心部から20kmほど離れたところに、トラヴェミュンデ(Travemünde)というバルト海に面した海水浴場がある。ドイツ有数のリゾート地として有名で、夏場は多くの海水浴客で賑わう。

[編集] 姉妹都市・友好都市

[編集] リューベック出身の人物

[編集] スポーツ

[編集] 外部リンク

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